第81話二週間後

二週間後


ダンジョン探索取材から二週間。

あれから何度も取材の話が舞い込んできて、正直面倒くさかった。

しかし、最近になってようやくその話も落ち着いてきた。


「ようやくテレビ取材も落ち着いて来たね」

「あのダンジョン探索の取材がきっかけで、山ほど似たような番組に取材されたからね。お疲れ様、琴音」

「ふふっ、ありがとう。千夜」


私達は今、ようやくマスコミが落ち着いた事を見計らい、デートに来ている。

今はショピングモールの喫茶店でケーキを食べながら話してる。

本当なら、お互い『あ〜ん』で食べさせ合いたいけど、それをすると間違いなく週刊誌に載るので出来ない。


「二週間でこれが出来るようになったのも嬉しいけど、それ以上に著しい変化があったよね」

「え?何かあったっけ?」 


著しい変化?

そんなものあったかな?

私が普通二輪免許を取った事は…著しい変化でもない。

千夜にナイショでかなり高いバイク買って、軽く喧嘩になったのはもう解決してるし、特に大事にもならなかった。

お客さんの変化は緩やかだし、マスコミも緩やかに消えた。

…いや、二週間でマスコミが消えるのは緩やかとは言えないけどさ。

まあ、どっかの神に木を付けた漢字の家の人が、何かしたんだろうなぁ。

それは置いといて、著しい変化か……わからん。


「まあ…自分では気付きづらいよね」

「私の事?えー?なんだろう…」


千夜がニヤニヤしながら悩んでる私を観察してる。

そんなに私の悩み顔が好きかね?


「じゃあ、ちょっと早いけど答え合わせ。正解は、琴音の成長だよ」

「……喧嘩売ってる?」


確かに私の成長は著しいよ。

著しいくらい何も変化がない。 

ずーーーーーーっと、このちび体型。


「身体の話はしてないよ。強くなったって事」

「強くなった?…う〜ん、そうなのかなぁ?」


……確かに、自分では気付きづらい。

言われてもよく分かんないし。

まあ、ダンジョンに行くか、千夜と切り合うかで分かるだろうけど。

……まさかと思うけど、“アレ”は気付かれてないよね?


「前まで私に振り回されて、何とか食らいつこうてしてる剣術が基本だったけど、今ではそれらしい動きが出来るようになったでしょ?後は経験を積んで技術に磨きをかけてね」

「う、うん……」


良かった、多分バレてない。

これ以上この話を続けると感づかれるかも知れないし、疑われないようにゆっくり話を変えよう。


「分かった。じゃあ、沢山ダンジョンに潜って頑張るよ」

「うんうん、その意気だよ。…私との時間も頑張ってほしいなぁ」

「またお母さんに怒られるよ…」


千夜のお母さんの食生活をある程度改善したお母さんが、ちょっと前に帰ってきた。

そのおかげで、千夜の家事の負担がマシになった。

…まあ、寝室が一つしかないから、夜に私の事を襲えないって千夜が嘆いてるけど。


「琴歌おばさん、あのままずっと私のお母さんと一緒に暮らせば良かったのに…あそこなら、私も居ないから酒もタバコも好きにできたのにね」

「…千夜最近お母さんと仲悪いよね」

「まあね。私は琴音を襲って欲求を満たしてるのに、琴歌おばさんがそれを邪魔してくるせいでストレスが溜まるんだよね〜」


そりゃあ、大事な一人娘が目の前で襲われてたら助けるよね。

そのせいで、千夜とお母さんが何回喧嘩したことか…

お母さんも私達の関係は応援したいらしいけど、親として未成年者である私達のコレは、過度なスキンシップなんだろうね。

どうにかして、このギスギスを解決したいんだけどなぁ…


「う〜ん…私は店から離れられないし、お母さんに別の家を用意してあげるのもあんまり良くないし…」

「ん?お金なら、榊を頼ればいくらでも出てくるでしょ?何が駄目なの?」

「いや、せっかく仲直りして一緒に住めるようになったのに、千夜と距離を置く為に別の家に行ってほしいなんて言えないじゃん」

「あー…」


かと言って、千夜に離れてなんて言えない。

そもそも、言ったところで勝手にやって来て、ずっと居座りそう。

つまり、特に効果がない。


「とりあえず、十八歳になるまで千夜が我慢するのが一番簡単かな?」

「え〜?二年も待たないといけないの?」

「そうだね…私としても、毎晩千夜に襲われるのは疲れるから、そうしてほしいんだけど…だめ?」

「ダメ!…まあ、一週間に一回くらい駄菓子屋をお休みして、その日はずーっとイチャイチャするとか?」

 

何その一週間に一度私が搾取される日みたいなの。

流石に一日中千夜の相手をするのはキツすぎるんだけど…

というか、十八歳になったらもっと過激になるんだよね?

うん、流石に丸一日は無しにしてもらおう。


「一日中千夜の相手をしなきゃいけない訳じゃないならいいよ。もちろん、夜は駄菓子屋に帰るから」

「……確かに丸一日は琴音の負担が大きいね。仕方ない、それでいこう。じゃあ、これからは一週間に一回よろしくね?」

「…なんだろう、今から気が重い」


はぁ…千夜が私に配慮してくれると良いんだけど…

…ん?なんか視線を感じる。


「そう言えば、ここ喫茶店だったね。…誰にも聞かれてないよね?」

「さぁ?でも、そんなに大きな声は出してないし、隣に人は居ないし、大丈夫なはず」

「そっか。じゃあ、ケーキも無くなった事だし、ショッピングを再開して……」


会計の為にカードを取り出し、立ち上がった千夜が一気に表情を険しくする。

私は理由がなんとなく分かったけど、喫茶店に来てるお客さん達は気付いてなさそう。


「この気配、スタンピードだよね?」

「そうだね。異常に禍々しいけど」


千夜がそう言った直後、『ピピピッ!』という電子音が鳴った。

音は、千夜の方から聞こえてきてる。

私が首を傾げそうになった時、千夜はポケットから変な機械を取り出した。


「組合からの直接通信をするための通信機だよ。これが鳴るって事は、相当不味いことになってるんだろうね」


千夜は通信機のアラームを切ると、スマホでなにかを調べ始めた。

多分、組合からメールが来てないか確かめてるんだろうね。


「あっ、来た来た」

「なんて書いてあるの?」

「えっと……」


組合からのメールを確認した千夜の表情がどんどん険しくなる。

いや、険しいと言うよりは、真剣になると言った方がいいかな。


「不味いね、『大墓地』がスタンピードを起こしかけてるらしい。組合が関東圏に居る全ての『英雄候補者』以上の探索を招集してる」

「『大墓地』?…それって確か千夜が絶対近付きたくないって言ってたダンジョンじゃ…」


私の記憶が正しければ、『大墓地』は日本最大の墓地型ダンジョンだったはず。

上級ダンジョンに分類されていて、あのデスナイトが雑魚モンスターとして、うようよ居るって言うヤバ過ぎるところ。

…あれ?

これってつまり、あのデスナイトが東京のコンクリートジャングルを蹂躙するって事?


「ヤバイじゃん!今すぐ行かないと!!」

「そうだね。琴音は琴歌おばさんに事情を説明しておいて。私は先に組合に行ってくる」

「分かった。私もすぐに行くから頑ば――」


私が話している最中に、スタンピード発生を警告するサイレンが鳴った。

しかも、国が定めた中で一番ヤバイサイレンが。


『要注意ダンジョンにてスタンピードが発生しました。東京都全域、埼玉県南部、神奈川県北部、千葉県西部におられる方は、今すぐお近くの避難所へ避難してください』


サイレンの後に、避難を促すアナウンスが流れる。

そうか…『大墓地』は要注意ダンジョンだから、スタンピードの規模を問わず大規模な避難が必要なんだ。

周りの人は…予想通り混乱してるね。

これじゃあ、電話は頼れないかも。

私がスマホを眺めて頭を抱えていると、横から舌打ちが聞こえてきた。


「チッ!もう電話が繋がらないか…これじゃあ、組合と連絡が取れない」

「え?あの通信機はどうなの?」

「ああ、アレを使って連絡を取るのは、私よりも高位の探索者に連絡してからだから、あんまり期待出来ない。仕方ない、組合まで走るか」

「じゃあ、私も駄菓子屋に走って、お母さんに説明してくるね」


私達は、電話が使えない為に目的地まで走ることになった。

ショッピングモールを出てすぐに千夜は組合に、私は駄菓子屋に向かって走った。

魔力を使いつつ、五分ほどで駄菓子屋に帰ってきた私は、お母さんに事情を説明する。


「なるほど、『大墓地』がスタンピードね…良かったわね。ここの近くのダンジョンじゃなくて」

「まあ、それは不幸中の幸いかも知れないけど、万が一ここまでスタンピードが来たら不味いでしよ?だから、お母さんも討伐に参加してほしいの」

「……私達が戦力になるかしら?」

「協力すれば、デスナイトを倒すくらいなら出来るよ。それに、逃げ遅れた人を避難させるだけでも十分貢献出来るはず」


避難の支援に回していた人員を、スタンピード対処に当てられるからね。

出来る事はしておきたい。


「わかったわ。じゃあ、すぐに行きましょう。念の為、この前買ったグローブも持ってね」


お母さんは、少し前に探索者用の店で、グローブを買っていた。

そのグローブは、手を保護しつつ攻撃もできる優れもの。

流石に高価な買い物だったから千夜に支援してもらったけど、いい買い物をしたと思う。


「琴音はどこまで本気を出すの?」

「え?」

「千夜ちゃんに隠してる魔導具を何処まで使うの?って話」


私は、偽装の指輪や影のくノ一を筆頭に、押入れダンジョンで手に入れた魔導具はほとんど千夜に隠してる。

それどころか、真の実力も偽装してる。

お母さんの言っいるのは、それを何処まで使うのかって話だ。

どこまで、か…


「…千夜に見つからない場所で本気を出す。出し惜しみをしたら、この駄菓子屋が壊されるかも知れない。それくらいなら、千夜に最大限注意を払いつつ、本気を出す」

「そう……じゃあ、私も久し振りに本気を出そうかしら?」


私の本気を出す宣言に、お母さんは嬉しそうな顔をする。

お母さんは、私の実力を隠すために、あえていつも手加減してる。

本気を出せば、私じゃ正面からの戦闘だと絶対勝てないくらい強い。

それどころか、千夜と戦えそうな気配まである。


「それは頼もしいね。…よし、今のうちに準備運動して、いつでも動けるようにしておこう」

「そうね。相手はデスナイトだもの…ふふっ、面白くなりそうね」


お母さんは、本心でデスナイトとの戦闘を楽しみにしてるみたい。

流石に引き際は弁えてるはずだけど、余計なことをして怪我しないといいなぁ…

私は、お母さんが怪我しないか心配しつつ、軽く準備運動をする。


「ふぅ……これぐらいで十分かな」

「あら?もういいの?」

「うん。私の勘が、もうスタンピードが始まってるって言ってるんだよね。それが本当か確かめる為に、先に行ってくるね」


そう言って、私は駄菓子屋を飛び出した。

この駄菓子屋は絶対に破壊させない。

なんとしてでも守り通す。

……鍵閉め忘れたけど、お母さんが掛けてくれるはず。

だから、スタンピードに集中しよう。


「瞬間着脱」


人目に付かない路地裏に入った私は、一気にフル武装になる。

そして、消費魔力を最大限に抑えつつ、一般人には見えないようになると、糸を使ってビルの上に登り、スタンピードが発生している『大墓地』へ向かった。










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