第80話恩


「またダンジョンに行くの?」

「うん。日課みたいなものだからね」


私は、嫌そうに口をへの字にする千夜を無理矢理引っ張って、ダンジョンへ連れて行く。

どうせ、ここに居ても襲われるだけだし、ダンジョン探索で疲れた事を理由に休みたい。

私はお昼のアレで満足してるんだけどね…


「ほら、行くよ。いつか、飛び道具無しで千夜と戦えるようになりたいからね」

「…お昼の事、まだ怒ってる?」

「別に?あの時はちょっとカッとなってただけだから」


むしろ、あの時怒らせてくれたおかげで、私が攻めに回れたから良かった。

普段、ずーっと千夜にやられっぱなしだもん。

力の差を存分に利用して、無理矢理抑え込んでくるせいで、私が下になって好き放題されてる。


「それに、千夜を好き放題出来て楽しかったし」

「もしかして、それが狙いだった?」

「いや?普通にキレて、何故か勝てたから仕返しの為にアレをしただけ」


まだお願いは一つ残ってる。

ん?二つじゃないのかって?

『自由にしていいよ』って言ったら、いきなり襲われたから『止めて』で一回使っちゃったんだよね。

まんまと嵌められた。

だから、また襲われないようにするために、ずーっと警戒してる。


「琴音が警戒してなかったら、最後の『お願い』も無駄に使わせられたんだけどね〜」

「恐ろしい事言わないでよ…」

「ふふっ、『お願い』があっても私のほうが攻めだね」


くそぅ…これだけじゃあ千夜に勝てない。

こっちの強さじゃあ、私は一生かけても千夜には敵わなそう。


「さぁ、早くダンジョンに行こう。さっさと探索を終わらせて、琴音と沢山イチャイチャしたいんだから」

「千夜はそれしか考えることがないの?」

「だったら、もっと色々しようよ。買い物デートとか、遊園地デートとか、ツーリングとか」


ツーリングか……私の原付きじゃあ出来ないからなぁ。

普通二輪免許取ろうかな?

…でも、二人乗りって免許取ってから一年経たないと駄目なんじゃ無かったけ?

まあ、千夜にも免許取って貰えばいっか。


「ツーリングがしたいなら、千夜もバイクの免許取る?二人乗りしてもいいけど、免許取ってから一年経たないと出来ないからさ」

「琴音が法律を気にするなんて…」

「は?……なに?私が法律なんか一切気にしない不良に見えるの?」


私が不満げにそう言うと、千夜は『は?』と言いたいような顔をしながら、鏡を取り出した。

鏡には、何の変哲もないいつもの私が写っている。


「まず、見た目が完全にヤンキーのそれなんだけど?」

「別に良いじゃん。この格好が一番気に入ってるんだから」

「そ、そうなんだ……えーっと、琴音ってタバコ吸ってたんだよね?」

「…まあ、中三の始めぐらいまでは」


それと一緒にお酒も止めた。

受験に備えて、少しでも普通の女子中学生になろうと先生と一緒に努力した。

いい思い出だね。


「未成年者喫煙禁止法って知ってる?」

「知ってる。それが何?」

「……ほら、不良じゃん」


なるほどね。

千夜は昔の私を見て不良扱いしてるんだね。

確かに、あの時は間違いなく、自他ともに認める不良だった。

今は、だいぶ丸くなったと思ってる。


「それは昔の私だよ。今は違う」

「ふ〜ん…」

「まあ、確かに勝手にダンジョンに入るとか、色々と法に触れそうな事はしてるけど……昔ほど酷くはないよ。安心して」


千夜はまだ私に疑いの視線を送ってる。

確かにそんなに簡単には信じてもらえないだろうけど……恋人なら、信じてほしかったなぁ。


「はぁ…分かったよ。最後の『お願い』を使う」

「へぇ?何に?」

「簡単だよ。確かに、私はたまーにそういう事をするけど、基本法律に従ってる。だから、信じてほしい」

「…そんなのでいいの?」

「信じる事は大切だよ。特に、付き合ってる相手を信じないでどうするの?それじゃあ、相手からも信じてもらえなくなるかも知れないし」


…あー、その顔はいらない。

私が珍しくいい事を言うと、『琴音がまともな事言ってる』という表情をされた。

自分でも、そういう自覚はあるんだから、あんまり傷口を抉らないでほしい。


「まあ…そうだね。私は千夜の未来のお嫁さんなんだもんね。信じるよ。…だから、この前みたいに琴歌おばさんからこっそりお酒貰おうとしたら、容赦なく怒るね」

「あ、アレはお母さんが酔っ払って、私に飲ませようとしてきただけなんだって!誤解だよ!誤解!!」

「そうだとしても、どうして琴歌おばさんはお酒を持ってるのかなぁ?」


千夜は、笑顔で黒いオーラを放ちながら責めてくる。

せっかくいい雰囲気だったのに…千夜の健康への気遣いは嬉しいけど、こういう雰囲気をぶっ壊す事があるから複雑なんだよね…

すると、突然千夜が私を抱き寄せて、頭を撫でてくる。


「私は、いつまでも琴音と健康に暮らしたいの。だから、体に悪いものは控えてほしい」

「…ずるいよ。こんなシチュエーションでお願いしてきて…」

「それが狙いだもん。とにかく、二十歳になるまでは、もう絶対にお酒もタバコもしないでね?」


うぅ…絶対断れない雰囲気だぁ…

もちろん、断る気なんてない。

そもそも、こんな事を言わなくてもやらないように気を付けてる。


「……言われなくてもそのつもりだよ。…これ以上、恩を仇で返したくないから」

「…?」

「こっちの話。とりあえず、約束するって言ってたとだけ覚えて置いて」


私はそう言って、話を切り上げた。








ダンジョンに入ってから十数分後


ダンジョンのクソゴミこと、コボルトモドキを殲滅し終えた琴音は、どこか動きがぎこちない。


「一旦休憩する?ちょっと調子が悪そうだけど」


戦闘中も、昼間の稽古と比べて動きがガタガタだった。

アレは、何か精神的な影響がある時の動き。

私は心配になって休憩を提案する。


「大丈夫。いつも最高のコンディションって訳じゃないんだから、こういう調子が悪い時の感覚に慣れておかないと」


しかし、琴音には断られてしまった。

まあ、琴音がこの程度止まるはずないんだから、当然といえば当然なんだけど…

にしても、何かある。

私にも簡単には相談出来ないような悩みとかが。


「ん?またコボルトモドキが来たかな?」

「私がやる。千夜は木の上で見守ってて」

「はいはい」


私は、琴音の指示通り木の上に登る。

丁度いい、琴音が戦闘してる間に色々と考えておこう。

気配的にも、琴音が負けるとは思えないし。

木の上から琴音を見下ろしつつ、私は色々と考え始めた。


(私に相談出来ないような悩みってなんだろう?タバコとか?それなら、私に相談すると間違いなく怒られるから相談出来ないよね……でも、そんな感じじゃないんだよね)


琴音は、やって来たコボルトモドキと戦闘を始めた。

しかし、やっぱり動きがぎこちない。


(そう言えば、さっき『恩を仇で返したくない』って言ってたね。琴音は誰かに、恩を仇で返すような事をしたのかな?それで、私に幻滅されたくなくて相談出来ないのか…それか、単純にその事を知られたくないのか)


次々と押し寄せるコボルトモドキを全て切り裂き、効率的に倒していく琴音。

普段の私なら、間違いなくここで動きに指摘を入れるだろうけど、今はそんな事はしない。


(琴音が本気で悩むような、『恩を仇で返す』。一体、誰に何をしたのか……すっごく気になるね。まあ、まだそれで確定した訳じゃないんだけど、私の勘が『正解』と言っている。こういう時は、大体当たってるから、間違いないんだろうね)


下では、琴音が最後のコボルトモドキの首を刎ねている。

思っていたよりも数が少なくて、すぐに終わってしまった。


(もう終わったのか……まあ、琴音にとって知られたくない事に変わりはないだろうし、余計な詮索もこの辺にしておくか)


私は、これ以上の詮索を止めて、木から降りる。


「おつかれ。やっぱり休んだ方がいいんじゃない?動きがぎこちないよ?」

「大丈夫。それに慣れたいから」


また適当な理由を並べて…

普通に、強くなりたいって言えば良いのに。

そうやって言う方が、カモフラージュになると思うんだけどなぁ。


「分かった。無理はしないでね?」

「もちろん」


そう言って、私達は探索を再開した。





三時間後


ダンジョンから帰ってきた琴音は、溶けるように布団に潜り込み、眠ってしまった。

これ多分、私に襲われたくないからダンジョンに行ったよね?

探索で疲れた事を口実に私から逃れようとしたね?

はぁ…まだ欲求不満なんだけど、琴音が嫌がってるなら仕方ない。

私は、ある人に電話を掛けた。


『もしもし千夜ちゃん?どうしたの?こんな夜中に』

「こんばんわ、琴歌おばさん。実は聞きたいことがあって――」


私は琴歌おばさんに電話を掛け、琴音の現状について相談してみた。

詮索が良くない事は分かってるけど、探索をする上で調子が悪いのは命に関わる。

せめて、理由を知れば何かしてあげられるかも知れないと思い、何か知っていそうな琴歌おばさんに電話を掛けた。


『なるほど……多分、中退したことじゃないかな?』

「中退?どうして琴音がそれで悩んでるんですか?」


別に、大切な駄菓子屋を継ぐ為に中退したんだから、悩む事無いと思うんだけど…

『恩を仇で返す』も、琴音は多分学歴を得る為のだけの裏口入学だから、そんなに恩とかなさそう。

学費とか榊からすればはした金も良いところだし。


『中退した事で恩を仇で返すのは、家族だけかしら?』

「え?……中退…中退……家族以外……学歴……学校……………先生?」


琴音が、先生に『恩を仇で返した』?

そんなバカな…琴音がそんな恩義を感じるの?

あのバリバリヤンキーだった琴音が?


『ふふっ、混乱してるわね。琴音が恩を仇で返した相手は、中学三年生の担任の先生よ』

「え?…でも、どうして琴音が担任の先生に恩を感じてるんですか?」


琴音が先生に恩を感じるなんて相当だ。

別に必死になって受験勉強しなくても合格出来るのに、どうして中学三年生の担任の先生に恩義を…


『そう…千夜ちゃんは知らないのね。じゃあ、琴音がいつタバコを止めたか知ってる?』

「さっき、中三って言ってました」

『聞いてたのね。そう、中三の時にタバコとお酒を完全に止めたの。どうしてだと思う?』

「……担任の先生が止めさせた?」


あり得ない話だけど、それ以外に恩義を感じるような話がない。

消去法的にもそれが理由だと思う。


『正解よ。琴音はね、担任の先生の弛まぬ努力によって何とかタバコとお酒を止めたの。そして、その先生と猛勉強して、態度も改めた』

「その先生の執念はすごいですね」

『そうね。私もそうも思うわ。まあ、琴音はそこで一般的な考え方を身に着けた。私の非常識な考え方から抜け出して、今の琴音みたいにトゲが取れていったの』


そうか…琴音が丸くなった理由は、その先生にあるのか。

おそらく、その先生は琴音を合格させることに本気になってたんだろう。

琴音は多才だから、本気で勉強すればあの程度の高校には簡単に受かる。

そして、その勉強を教えたのはその先生。


「それで、『恩を仇で返す』か…自分の人生を変えてくれた真の恩師に対して、中退という形で恩を仇で返した訳か」

『そうよ。千夜ちゃんは知らないでしょうし、琴音がその状態になる事自体が珍しいから、気にする必要はないわ。いつも通り接してあげて』

「分かりました。いつも通り接するようにします」

『琴音をお願いね?じゃあ、お休みなさい』

「はい。お休み……あれ?切れてる」


私がお休みなさいと言おうとした時にはもう電話が切れていた。

もしかして、あっちはもう眠たかったのかな?

申し訳ない事しちゃったなぁ…

…まあ、琴歌おばさんならすぐに忘れるでしょ。


「真の恩師、か……いや、この話はやめよう。今まで通り接すればいいんだから」


私は、琴音の寝ている布団に入り、琴音を抱きまくらにする。

余計なお節介を焼くよりも、普通に接して自然回復を待った方がいい。

琴歌おばさんの言う通りだ。

今の琴音には時間が必要。

それまで待ってあげよう。


「それも、恋人としての仕事」


私は琴音の額にキスをして、可愛らしい寝顔を見つめながら眠くなるまで過ごした。





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