第79話道場にて
千夜の道場
道場に、木刀がぶつかり合う音が響く。
千夜が、私に稽古をつけているのだ。
「ぐぇっ!?」
「そうやって守りを疎かにするから、喉元をやられるのよ」
木刀を使っているだけで、実戦とほとんど変わらない動きをする千夜に、私は翻弄され、守りが疎かになった隙をついて、喉仏に木刀を刺突された。
「だからって、そんな強い力で喉を突かなくても良くない?おぇ、気持ち悪い…」
「はあ?もし、私が持ってるのが木刀じゃなくて真剣だったら、琴音は軽く十回以上死んでるからね?……それとも、危機感を感じてもらうために、真剣を使おうか?」
どうしてそんな発想になるのよ…
私はただ、相手を傷付けるような稽古を遠回しに反対してるだけなのに。
「…分かった。どうなっても知らないから」
何度も理不尽に怒られていた私は、やけくそになって真剣を取り出す。
それを見た千夜は、一瞬驚いていたけど、すぐに元の顔に戻り、真剣を取り出した。
「…そう、じゃあ私も使わせてもらうわよ。自分の身は、自分で守ってね?」
そう言って刀を鞘から抜いた瞬間、私は全力で千夜との距離を詰める。
まだ、刀を抜いている最中の不意打ち。
千夜は若干焦った表情を見せた。
「チッ」
「クソッ」
しかし、瞬速の抜刀で私の刀を弾く千夜。
それでも、突然の事に体勢を崩してしまった千夜は舌打ちをした。
私はというと、この一撃で決める予定だっけど、予想以上の速度で弾かれた事で計画が頓挫し、悪態をついた。
もちろん、千夜が体勢を崩している今がチャンス。
この好機を逃すまいと追撃を仕掛ける。
「くっ!」
速度だけは、千夜に一番近い自信がある。
私は、その自慢の速度を最大限利用して、刀に連撃を叩き込む。
真剣同士がぶつかり合い、金属音が鳴り響く。
体を狙わないのは、体を狙った場合、万が一千夜が防ぎきれなかったら大変なことになるから。
だってこれは真剣だもの。
しかし、
「ふぅ…甘いッ!!」
「なっ!?」
千夜は、私の連撃を防ぎきった。
しかも、反撃までしてきた。
その反撃は正確に私の急所を捉えていて、ギリギリで防ぐ事が出来たから良かったものの、当たっていればどうなっていたか……
私は、後ろに飛んで距離を取り、千夜の動きに警戒しながら文句を言う。
「ちょっと!私を殺す気なの?私はちゃんと刀を狙ったのに、千夜は確実に急所を狙ってるじゃん!」
「不意打ちしてきた癖によく言うよ。しかも、殺す気のない舐め腐った剣。琴音はそんなに私の事を侮辱するのが好きなの?」
「う、うるさい!!だったら私だって本気で殺しに行くからね?」
私も千夜も殺気を纏っており、空気が緊張する。
明確な殺意の宿った眼光がぶつかり合い、火花を散らしているような幻覚が見える。
「「……」」
お互い、相手が動くのを待っており、相手に殺気をぶつけながら構えている。
その状態が三十秒ほど経った時、
「ッ!?」
私が毒針を投げた。
流石の千夜も、剣の勝負の最中に私が飛び道具を持ち出した事で動揺している。
千夜は毒針を横に飛んで回避するが、それを読んでいた私が追撃をする。
「くっ!」
「チッ!」
ギリギリで体勢を立て直した千夜は、私の刀を受け止め、鍔迫り合いになる。
もちろん、総合的な腕力では千夜のほうが上。
魔力の練度の差で、ジリジリと私は押し返される。
「くそっ…」
「飛び道具まで使ったのにこれしか出来ないの?それに、あの状況を崩す為に飛び道具を使ったんじゃあ、『私は剣で勝てない』って言ってるようなものだよ?それだからいつまで経っても私を超えられないんだよ」
千夜の説教兼挑発に、私は頭が沸騰しそうになる。
挑発に乗ってしまったという理由ももちろんある。
しかし、格下で技術も未発達な相手に対して、分かりきっている事を説教された事に強い怒りを覚えた。
分かりやすく例えるなら、勉強しようとした時に親がやって来て、『ちゃんと勉強しろ!』って怒られた時と同種の怒り。
自分でもよく分かってる事を怒られるのは、それはもうどうしょうもない怒りが湧いてくる。
「……黙れよ」
「なんですって?」
私は歯を食いしばり、千夜を睨みつける。
「こっちは千夜の土俵で戦ってるんだよ…相手に有利な状況で精一杯足掻いてるんだよ……それなのに、さも私が悪いみたいな言い方をして…」
千夜が動揺しているのか、鍔迫り合いで何故か私が押し勝ち始めた。
少しずつ刀を押し返す事が出来ている。
きっと、ここまで本気で殺意を向けられるなんて思いもしなかったんだろう。
ジリジリと千夜が下がっていく。
「私だって千夜に勝つ為に努力してるんだよ!知らないと思うけど、空いた時間に素振りしたり、モンスターを倒したり、千夜に通じそうな剣を考えたり、色々と頑張ってるんだよ!」
「琴音…」
「こうやって散々私を痛め付けて、努力を否定するだけが千夜のやり方なの!?千夜は私に強くなってほしくないの!?そうなら早く言ってよ!!」
怒りに任せて無理矢理刀を振り、千夜の刀を弾く。
そのままがら空きになった千夜の心臓目掛けて刀を突きだす。
突然私の力が強くなった事に驚いた千夜は、反応が遅れ突きに対応出来なかった。
そして、私の刀が千夜の心臓に――刺さらなかった。
「ハァ…ハァ…」
私の刀は千夜に突き刺さるギリギリの所で止まり、切り傷一つつけることはなかった。
「……」
私は刀を鞘に戻し、空間収納へ入れる。
そして、近くに転がっていた木刀を手に取る。
「琴音…」
千夜が力のない声で私を呼ぶが、私はそれを無視して木刀をしまう。
振り返ると、千夜がこの世の終わりかのような顔をして、私に手を伸ばしていた。
私は、そのまま表情を変えず千夜に向かって歩く。
そして、千夜の目の前まで来ると千夜を抱きしめた。
「え?えっえっえっ??」
嫌われたとでも思っていた千夜は、変な声を上げて混乱してる。
まあ、急に抱きしめられたら混乱するよね。
「私の勝ちだよね?」
混乱している事など一切考慮せず、私は千夜に勝敗を聞く。
「え?う、うん…まあ、琴音の…勝ち?」
千夜は歯切れを悪くしながらも、私の勝ちを認めてくれた。
ふふっ、千夜が私の勝ちを認めてくれた。
やり方はどうあれ、勝ちは勝ち。
これで勝利報酬がもらえるね。
「そう言えば、千夜は稽古の前に、『琴音が勝ったら何でも言う事を聞いてあげる』って言ってたよね?」
「えっ?…あっ……」
なにかを察した千夜は、私から離れようとする。
ふふふ、逃がすつもりは毛頭ないよ。
「何でも言う事を聞いてあげるとは言ってたけど〜。“一つだけ”とは言ってなかったよね〜」
「そ、そこは…その、琴音のモラルを信じて…」
「ん〜?じゃあ、千夜に嫌われない為にも、三つまでにしてあげる。まずは一つ目。そのままじっとしている事。私が何をしても動かないでね?」
「…分かった。そういう約束だもんね。動かないよ」
千夜は約束を守ってくれるみたい。
よし、じゃあ準備を始めようか。
数分後
全てのドアと窓を締め、鍵を掛けた。
そして、たまたまあった座布団を床に敷いて千夜をそこに寝かせる。
「ねえ…琴音は前に、『まだ早い』って言ってなかった?」
「大丈夫。ソレはしないから」
私は千夜の横に寝転がると、顔を私の方へ向けさせる。
そして、そのまま唇を重ねた。
「ねぇ…私も襲っていい?」
何度か唇を重ねた辺りで、千夜の限界が近付いてきたらしい。
これ以上はいくら千夜といえど、欲望に忠実になる。
キスはこれくらいにしておこう。
「駄目だよ。そんなに我慢出来ないなら、私も止める。その代わり、しばらくこのまま抱きついてもいい?」
「……まあ、私も琴音のことを抱きしめて良いなら」
交換条件を出されちゃったけど、その程度で良いならいくらでも抱きしめればいい。
「いいよ。でも、私の事を襲わないでね?」
私がそう言うと、千夜はにっこり笑って私を抱きしめる。
本当なら、私の方から抱きしめる予定だったんだけど、甘えられるなら別にいいか。
私は全身の力を抜いて、千夜に身を任せる。
すると、千夜が私に質問してきた。
「…どうして、急にこんな事始めたの?」
「え?」
「別に、こんな真っ昼間にこんな事しなくても良かったでしょ?それに、誰かに見られるかも知れない危険を犯してまでやることなの?」
どうして……う〜ん、言わないと駄目かなぁ。
言わないと千夜は納得してくれないよね〜。
…まあ、言っても納得してくれなさそうだけど。
「えっと…ほら、こういう事ってさ、いつも私の駄菓子屋でやってるでしょ?お婆ちゃんの大切な駄菓子屋で、そんなイケナイコトして……って思っちゃってね」
「確かに……琴音の大好きなお婆ちゃんの遺産である駄菓子屋であんな事してたもんね…で?どうしてここでしようと思ったの?」
やっぱりこれだけじゃあ納得してくれないよね…
「それは……そのぉ〜……」
私が目を泳がせながらゴニョゴニョと話していると、千夜が明らかに不機嫌そうな表情で睨んできた。
はぁ…言わないと怒られるよね…
「その……千夜の大切な道場で同じ事をして、千夜の大切なモノも汚そうと……」
「……襲っていいかな?」
「ごめんなさい。怒った?」
「今すぐ琴音の服を剥いで、ピクピクするまで犯し倒したいくらい怒ってるよ」
あ〜…ブチキレてらっしゃる。
そりゃあ、そうだよね。
私だって同じ立場になったら、千夜のことぶん殴ってる。
そして、そのままガチ喧嘩してると思う。
まあ、せいぜい反省してほしくて喧嘩するで止めようとするだろうね。
千夜との関係は大事にしたいからね。
「やっぱり襲っていい?琴音に上下関係ってものを叩き込んであげるわ」
「へぇ?それって、私が攻めで千夜が受け?」
「逆に決まってるでしょ?それとも、調教の方がいいかな?」
調教って……私もあんまり人の事は言えないけど、千夜ってSが強くない?
ことあるごとに、私の事を狙ってるし。
そもそも、恋人を調教するとか、性癖歪みすぎじゃない?
「分かったよ。チュッチュしてあげようか?」
「……今それをしたらどうなるか、身を持って学習してみる?」
遠回しに脅された。
仕方ない、別の方法で落ち着いてもらおう。
……と言っても、何をすればいいんだろう?
「…千夜は、私に何してほしい?」
「そのままじーっとして、私に―――」
「うん、分かった。それは無理だね」
私はやっぱり千夜に聞くのは止めた。
そして、特に何かすることもなく、しばらく抱き合っていた。
ずーっと不満げに睨まれてたけど、また今度許してくれるでしょ。
私はそんな楽観視をしながら、殺気をバンバン放つ千夜に木刀を構えた。
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