第78話取材
駄菓子屋
「うん…うん…分かった。千夜にも言っとくね」
電話を切って千夜にお母さんの話を伝えに行こうと立ち上がろうとしたその時、
「うわっ!?」
後ろから急に抱きしめられた。
まあ、犯人が誰かはすぐに分かるけど。
「千夜、ここ一階だよ?外から見える位置なんだから気を付けてよ…」
「ごめんごめん。で?私に伝えたい事ってなに?」
千夜の危機感の無い発言に溜息をつきそうになる。
私は、なんとかそれを抑えて要件を伝える。
「お母さん、しばらく帰れないんだって。千夜のお母さんの生活習慣を少しでも改善するとかなんとか…」
「……私も行こうかな?」
「止めて。絶対面倒なことになるから」
あのお母さんが生活習慣を改善するなんて言い出すほど酷いんだよ?
千夜が行ったらそりゃあもう大変なことになるよ。
「……そうだ、昨日千夜が居ないときにテレビ局から電話があってね。私がダンジョンに潜ってるところを取材したいんだって」
なんとか話をそらして、千夜があっちに行かないようにする。
「その話、詳しく聞かせて」
……意外と食いついてきた。
私は、昨日電話で話した内容を千夜伝える。
途中、千夜が嫌そうな顔をしてたけど、なんとか最後まで話を聞いてくれた。
「――で、行くならお母さんと一緒に行こうかなぁって思ってたんだけど、しばらく帰れないらしいからさ」
「…私が行ってもいいの?」
「千夜がいいなら別にいいよ。でも、あくまで私の取材だからね?」
変に出しゃばって、話を持っていかれると困る。
いつまでも『剣聖の親友』から抜け出せなくなるかも知れないから、千夜には出来るだけ大人しくしてほしい。
「分かった。で?取材っていつあるの?」
「まだ返事をしてないからね。まあ、昨日の話だと出来るだけ早めにしたいらしいよ」
私は、あんまりテレビ撮影に協力してないから、ゆっくりしてても良いと思うんだけど……
一度前例を作ると他の所がわらわらと集まってきて、せっかくのネタを盗られるとか?
まあ、あっちにはあっちなりの理由があるんだろうね。
「とりあえず、取材オッケーの電話をしてくるね」
私は、昨日聞いた電話番号をスマホに入力しながら寝室を出る。
別に、千夜に会話の内容を聞かれたくないって訳じゃない。
相手はマスコミ。
千夜がずっとここに居る事を知られると良くない。
『親友にしては仲がいいですね~』とか。
最悪、千夜か私がボロを出して恋仲がバレたら週刊誌に載る。
同性カップルという事も相まって、面倒なことになりそう。
……特に、変な虫どもが湧きそうという意味で。
私は、そんな警戒をしながらテレビ局に電話を掛けた。
数日後
某ダンジョン前
「はじめまして。私責任者の永瀬と申します。本日はよろしくお願いします」
「はじめまして。神条琴音です。よろしくお願いします」
たった数日で準備を整えたテレビ局の人達は、組合の許可を得てダンジョン前に集まっていた。
私はそこで責任者の永瀬さんと挨拶をする。
私も永瀬さんもかなり緊張してる。
……だって、千夜が後ろで変なオーラを漂わせてるんだもん。
永瀬さんは、普通に威圧されてビビってる。
私は、千夜が変なことをしないかヒヤヒヤしてる。
緊張のし方は違えど、理由は同じ。
やっぱり、千夜を連れてくるべきじゃなかった。
私が軽く後悔していると、千夜が口を開いた。
「撮影はいつからですか?」
…それ、私が聞くことじゃないの?
それに、そんなに明らかに不機嫌ですよって言い方しなくてもいいんじゃ…
「えっと、まだ準備が終わっていないので、もうしばらく待っていただけると……」
「もうしばらくってどれくらい?しっかり時間を教えてほしいんですけど?」
千夜…流石にそれは良くないよ。
次なにか余計なことを言ったら、私が止めないと。
「えっと……一時間もあれば終わると思います…はい」
「一時間?じゃあ、一時間後にまた来るから。行こう、琴音」
「え?あぁ、ちょっと」
私の手を無理矢理引いて、撮影現場を離れる千夜。
明らかに悪い印象を与えてるよね?
『剣聖』の名前に傷が付くんじゃないの?
……そう言えば、私のイメージアップに付き合ってくれるって言ってたけど、もしかしてこれのこと?
私は、その場に踏みとどまって、千夜に抵抗する。
「……どうしたの?」
「どうしたのって…流石にあの言い方は良くないよ。それに、ちゃんと一時間後に戻ってこれるかも分かんないし、ここに残ろうよ」
私が取材班の人達に見えないようにハンドサインを送ると、千夜も反応してくれた。
どうやら、これが私のイメージアップのための演技らしい。
「別に、こんなに所で一時間も待つ必要はないよ。そもそも、琴音は今回のこれの主役なんだから、汗かいてたりしたら不味いよ。クーラーの効いた部屋にでも行こう」
「いや、準備を全部やらせた挙げ句、私達だけ涼んでるなんて…やっぱり良くないよ。手伝える事が無かったとしても、せめてここに残るくらいはしたほうがいいよ」
しっかりと声色を調節して、ぶりっ子っぽくならないように気を付ける。
好感度を気にする女子でもなく。
ただ真面目な女の子というわけでもなく。
しっかりと常識を弁えている普通の人らしく振る舞う。
この三種類の中なら、三番目が一番好印象で、好感を持たれやすいはず。
ぶりっ子とか真面目ちゃんよりも、常識を弁えた普通の人の方が遥かに話しかけやすい。
この演技には、そういう意図がある。
「はぁ……分かったよ。ここに残ればいいんでしょ?」
「ありがとう。――もし、手伝える事がありましたら、是非、手伝わせてください」
私は頭を下げてお願いしてみたけど、「大丈夫だよ」と軽くあしらわれた。
まあ、ゲストに準備を手伝わせるなんて聞いたことないし、普通の対応だね。
一応、反応を見るために耳に魔力を流して聴力を強化する。
「『剣聖』さんって、意外と自分勝手なんですね」
「そうか?ああいう実力者は大体あんな感じだぞ?」
「神条さんでしたっけ?あの子見た目の割に真面目そうね」
「確かに。見た目で損してるタイプですかね?もっとおしゃれして、髪型とか変えたらすっごく可愛くなりそうですね」
「……な〜んか猫被ってる感があるんだよなぁ」
「誰だって猫の一匹や二匹被ってるでしょ?…まあ、神条さんはあんまり猫を被った事が無いのか、ちょっと下手ですけど」
「あれなんじゃない?ちょっと前まで見た目相応の事をしてたとか?俺、昔不良少年的な事して、似たような連中とつるんでたから分かるんですけど、あの子そういう雰囲気がありますよ」
「経験者が言うならそうなのか?まあ、見た目が見た目だから人間関係で苦労してそうだな」
…賛否両論って感じかな?
にしても、だいぶ丸くなったつもりだったんだけど、まだそっちの気配が残ってたのか……気を付けないと。
…ん?
千夜が不満そうな雰囲気を纏ってる。
何か嫌な事言われてたかな?
「意外と私に興味が向いてない?」
……そんな理由?
「まあ、千夜は有名だし。なんとなく想定内何じゃない?」
「想定内……なんか嫌だ」
なんか嫌だ……わがままだなぁ。
別に、そこまで変なことを言われてないだけマシだと思うけど…
「とりあえず、琴音は私の膝の上に乗って」
「え?」
「いいから」
いや、何がとりあえずなの?
話がびっくりするほど変な方向に曲がったんだけど。
あ〜…膝をトントン叩いて、『早く来い』ってアピールしてるよ。
仕方ない…
「はい。これでいいんでしょ?」
「うん。こうすれば、琴音を後ろから好き放題出来るんだよね〜……ちょっと、冗談だって。逃げないでよ〜」
私は何故か背筋が凍るような気がして、すぐに千夜の膝の上から逃げた。
千夜は私の手を引いて、連れ戻そうとするけど、私それに必死で抵抗する。
しばらく不毛な攻防が続いたけど、千夜が諦めてくれたおかげで、私は普通に椅子に座ることが出来た。
「はぁ…ダンジョンに入ってないのに、こんなに疲れるなんて……ちょっと千夜はしつこいよ」
「別にこれくらい大丈夫だって。親友って呼べるほど仲がいいんだから、ちょっとくらいイチャイチャしてもバレないよ」
仲がいいからバレかねないんだよ…
今時、同性カップルはそんなに珍しくないんだから、疑われるかも知れないのに…
やっぱり、千夜はメディアに対する警戒心が薄いんじゃない?
「…分かったよ。イチャイチャするのは見えない所だけにする」
「そうしてね?どこで誰が見てるか分かんないんだから」
なんとか千夜を説得させ、人前では自重してくれる事になった。
これでそう簡単にバレる事はないはず。
「話すくらいならバレないよね?」
「そういう発言を控えるならね」
私と千夜は、準備が終わるまで二人で楽しく話して待つことにした。
およそ一時間後
「本番五秒前。…五…四…三――――」
準備が終わり、私は指定された位置で撮影に備えていた。
「こんにちはー!『突撃!ウワサの探索者』のリポーター、大河アナです!!」
ダンジョンを背景に、スーツを着こなした男性アナウンサーがマイクを持って挨拶をしてる。
名前は大河さん。
下の名前は聞いてないので知らない。
まあ、名字が分かれば大丈夫でしょ。
「今回のゲストはこちら!!」
大河さんが、始めの挨拶を済ませカメラ私の方を向く。
大丈夫。練習通りやればいいだけ。
「こんにちは。最近、『剣聖の親友』としてネットでウワサになっています。神条琴音です。よろしくお願いします」
よし、最初の関門は越えた。
後は、大河さんに合わせて話を進めるだけ。
予定通り、何度か質問に答えてダンジョン前での取材は終わる。
「では!早速ダンジョンに向かいましょう!!ハッ!!」
私と大河さんはジャンプする。
テレビでよくある『ジャンプしたら場面が変わる』というアレ。
私がこれをするなんて、昔の私なら絶対信じないだろうなぁ…
「はい、オッケーです」
とりあえず、一番最初のシーンは終わり。
次はダンジョンに入ってからの撮影。
ダンジョンに入る準備は整っているため、私達はすぐにダンジョンの中に入って続きの撮影をした。
一時間後
もろもろの撮影を終えた私達は、ついに本命のモンスター討伐に向けてモンスターを探していた。
気配である程度場所を掴めるとはいえ、モンスターは基本神出鬼没。
常にカメラは回っている。
「やっぱり、なかなか見つかりませんね〜」
「そうですね……いや、噂をすればなんとやら…」
「いましたか!?」
いい感じにタイミングよくモンスターを見つけた。
「私の探知に何か引っかかりました。おそらくモンスターですね」
「おお!では、これからお手並み拝見という事で…」
「任せてください。ただ、ちょっと遠いのでもうしばらく待ってください」
私の探知に引っかかるって事は、およそ五十メートル先にいる。
直径百メートルの範囲は、私の探知領域だからね。
私は、モンスターの気配に気を遣いながら取材班を案内する。
「あれが……なんか、大きくないですか?」
「そうですね。確かに、徘徊モンスターにしては強いような…」
探知に引っかかったモンスターは身長が二メートル以上ありそうな、全身真っ黒の化け物。
おおよそ人型なのが、その恐ろしさを増幅させている。
…あんなモンスター、見たことない。
「タイラントか…」
「え?神科さんは、あれがなにか知ってるんですか?」
流石千夜、あのモンスターが何か知ってるのか。
「ええ。知ってますよ。アレはタイラントと呼ばれるモンスターの一種ですね。アンデッド系モンスターで、強靭な肉体を使った近接攻撃をしてきます。たまに、知能の高い個体が投石とか、武器を投げたりしてきますね」
「タイラント……あのモンスターは強いですか?」
「まあ、そこそこ強いと思いますよ。単純な筋力や魔力量では琴音よりも上なので」
ふ〜ん、やっぱりステータス的には格上か…
まあ、筋力と魔力量だけで勝負が決まるのは、よっぽどな差がないと無理なんだよね。
「神条さん。やっぱり別のモンスターにしませんか?相手は格上ですよ?」
臆病風に吹かれた大河さんが、獲物を変えないかと提案してくる。
周りを見ると取材班の人達も同じ意見のようだ。
「格上?あれがですか?」
「いやいや、冗談言ってる場合じゃないですよ!神科さんも強いって言ってるんですから」
はぁ…心配性だなぁ。
「大丈夫ですよ。私なら勝てます」
私は、そう言ってタイラントに向かって毒針を投げる。
「ちょっ!何してるんですか!?」
大河さんが驚いてるけど、とりあえず無視。
毒針がタイラントの身体に突き刺さって、私達の存在に気が付いたみたいだからね。
「ひぃ!?こ、こっち見ましたよ!?って、こっちに来てる!!?」
私達を見たタイラントが、こっちに向かって走ってきた。
大河さんが大袈裟なリアクションをしてる。
ヤラセを疑われそうな事するの止めてほしいなぁ。
私は、慌てふためく大河さん達を落ち着かせる為に、簡単な説明をする。
「ただ、腕力があって、魔力量が多いだけで相手に勝てるほど、この世界は甘くないんですよ。ちょっとの魔力の差なんて、いくらでも覆せます」
まあ、それで納得してくれるほど、今は冷静じゃないだろうけど。
「大丈夫ですよ。最悪、こっちには千夜が居るので。あんなの一刀両断してくれますよ」
「はっ!?そ、そうでしたね!こっちには『剣聖』神科千夜さんがついてるんです。大丈夫…大丈夫なんだ……」
う〜ん、全然大丈夫じゃあ無さそう。
まあいいや。今はそれを気にしてる状況じゃないし。
私はもう一度毒針を取り出して、タイラントに投げつける。
私が投げた毒針は、タイラントの眼球に突き刺さり、ヤツの視界を奪う。
「へぇ?毒針で目潰しを…」
大河さん達は、何が起こったかまったく分かってないだろうけど、千夜は全部見えてるらしい。
「毒の効果は期待してないけどね。まあ、目潰しが出来れば何でもいいよ」
わざわざ毒針を使わなくても、小石や砂でもなんでもいい。
狙いは視界を奪う事。
私は、練り上げた魔力を最大限活かし、全力で身体能力を強化する。
これで、筋力は私のほうが上。
更に、脚を重点的に強化する。
こうする事で、かなりの速度で走れるようになる。
「じゃあ…行くよ」
私は、強化された脚力を使って、常人ではあり得ないような速度で走り出す。
そして、あっという間にタイラントとの距離を詰める。
しかし、そのまま首を狙うような真似はしない。
私は横に飛び、壁に足をつける。
その時、先程まで私がいた場所にタイラントの拳が振り下ろされた。
「グォォォォォオオオオオ!!!!」
視界を奪われたタイラントは闇雲に腕を振り回すが、私には一発も当たらない。
当然だ。私は今、タイラントの背後にいる。
「さようなら」
そして、走り出すのと同時に取り出していた刀を鞘から抜き、居合斬りの要領でタイラントの首目掛けて刀を振るう。
私の刀は、千夜に鍛え上げられている。
そこに普段から鍛えていた魔力を流し込めば、少し前の私がボロ負けした岩亀の甲羅だって、真っ二つに出来るだろう。
それほどの破壊力を秘めた刀は、タイラントの首を切り裂き、一撃で全てを決めた。
「ふぅ…」
私は、膝から崩れ落ちるタイラントに背を向けて、刀身に付いた血を拭き取り、鞘にしまう。
油断しているつもりはないけど、いくらアンデッドと言えど、この程度のモンスターが首を刎ねられた後も動けるはずがない。
そして、私の身体に微かに流れ込んできた魔力が、タイラントの死を物語っていた。
「終わりましたよ」
私は、刀を片手に大河さん達の方へ向かう。
せっかく撮影されてるんだ。かっこ良く見せたい。
「……す、すげぇ」
大河さんが、何とかコメントを捻り出した。
それも、リポーターとして、何かコメントしないと不味いとしてそれっぽく言っただけ。
本心では、今でも絶句してるはず。
私は、その状況が嬉しくて、つい頬を緩めてしまう。
しかし、私の前に出てきた千夜を見て、すぐにいつもの表情に戻る。
「もっと、どっしり構えて、地を踏みしめないと。まだまだ鍛えたりなさそうだね」
「えぇ〜?またあの地獄の…いやいや!!過酷な特訓しないといけないの?」
しまった!
つい口が滑っちゃった!!
千夜の表情がみるみるうちに笑顔になり、額に青筋が浮かぶ。
……なんか、黒いオーラも纏ってるし。
「……本気で地獄のメニュー組んであげようか?」
「すいません許してくださいお願いします何でもしますんでよろしくお願いします」
私は早口で謝り続けるけど、千夜の纏う黒いオーラは消えない。
これは相当怒ってらっしゃる。
「この取材が終わったら、家じゃなくて道場に行こうか?」
千夜が明後日の方向を指差して私に道場へ来るよう脅迫してくる。
何とか助けを求めようと、大河さんや取材班の人達に『助けて』と視線で訴える。
「残念だったね。誰も助けてくれなさそうだよ?」
全員が、『こっち見るな!!』とか『火の粉をこっちまで撒かないで!!』という視線を返してきた。
そんなに飛び火するのが嫌か……
「と、とりあえず!このタイラントの魔石を回収して、換金所に持っていきましょう!神科さんもそれで良いですか?」
「……良いですよ。その方が、琴音と話しやすくて良いので」
そう言いながら、少しずつ距離を取っていた私の肩を掴む千夜。
そして、私の方を向いてにっこり笑う姿を、カメラはバッチリ捉えていた。
――この取材が放送された時のネットの反応で一番多かったのは、
『ガチギレ剣聖さん怖すぎ』
だった。
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