第76話不幸自慢
押入れダンジョン
私は今、ストップウォッチを使って一時間でどこまで行けるかのチャレンジをしてる。
何かあったときの観察者として千夜が見張っていてくれている。
「結構遠くまで来たね……ここなら琴音とあーんなことや、こーんなことをしてもバレないよね?」
「やらないからね?……はぁ、やっぱり千夜を連れて私が行くべきだったかなぁ…」
親子関係は悪そうだけど、説教くらいはしてもらえるはず。
それに便乗して私も怒れば、千夜を抑えられるんじゃないかな?
しかし、私が何か言うよりも早く千夜が動いた。
「琴音、私は絶対行かないからね?」
「えぇ…」
直感で読まれたか…
千夜を説得するのは難しそう。
「琴歌おばさんに任せておけば大丈夫だよ。お酒持って行ってたし、お母さんはお酒好きだからきっと酒の席で仲良くなってるよ」
「お酒か…飲み過ぎてないといいけど……」
私はお母さんがお酒の飲み過ぎでおかしくなってないか心配しながら、ダンジョンの奥へ向かった。
◆
神科宅
「はぁ〜〜!?そーんな男、離婚ですよ!離婚!すごいですね、琴歌さんは。私なら絶対離婚して、慰謝料がっぽり貰いますよ!!」
「そうですよね~。でも、私はちょっと甘いので、許しちゃうんですよ〜」
完全にお酒が回った千鶴さん。
この人、意外とお酒に弱いのかも。
まあでも、話しやすくなったから別にいいんだけど。
「にしても〜、琴歌さんも大変ですね~。旦那にまったく愛されないなんて……私みたいに、旦那に先立たれるよりも辛いんじゃないですか?」
「そうですね…結婚した頃は、優しくしていい旦那だったので、今は余計に…」
結婚したての頃は、優しくして私の事を気遣ってくれるいい旦那だった。
妊娠してからも、私の体を気遣って頻繁に休みを取ってくれた。
しかし、途中で病気になり、これ以降子供を産めないと言われた時からあの人は変わってしまった。
「所詮私は、優秀な子供を産ませるための道具でしかなかったんです…しかも、私は病気で子供を産めなくなった」
男の子なら、あの人も少しは子供に愛情を注いでくれたのかも知れない。
しかし、琴音は女の子。
男女格差は昔に比べてかなり改善されてきたとはいえ、未だに完全に格差が無くなったとは言えない。
あの人も例外じゃなかった。
「あの人は、私が病気で子供を産めなくなった途端、態度が一変しました。そして、産まれてきた最初で最後の子供も女の子」
「……」
千鶴さんは、コップをテーブルに置いて、真剣な表情でこっちを向いてくれた。
きっと、私を気遣って真剣に聞いてくれてるんだろうね。
「私は……母親失格ですよ。もう一度あの人に愛されたくて、我が子を良いように使い、振り向いて貰えないと理解すればまともに育児もせず、まだ幼い琴音の前で平然とタバコを吸い、暴力までふるった」
「……」
今思えば、とても正気とは思えない。狂ってる。
あんなののために、あの可愛らしい琴音を――
「……琴音は…優しい子です。最初こそ私の事を嫌っていたものの、精神的にまともになり、母親らしく生きようと努力している私に、もう一度チャンスをくれましたから」
「チャンス…ですか?」
「私に似たのか、配慮してくれてるのかは分かりませんが、私の事を頼ってくれるんです。あの子は一人で生きるには忙し過ぎるので」
私に似て誰かに依存しがちなのか、私の事を思って頼ってくれてるのか…
どちらにせよ、今の私は胸を張って“琴音の母親”だと言える。
……千鶴さんにも、そう言えるようになってほしい。
「それは…羨ましいですね」
…本心かな?
千鶴さんは未だに千夜ちゃんと仲が悪いらしい。
同じ娘を持つ母親として、娘と和解した私が羨ましいはず。
「ここに来る前、何度か千夜ちゃんに声を掛けました」
「ほ、本当ですか!?」
千鶴さんは、急に声を大きくして身を乗り出してくる。
「本当ですよ……いい返事は貰えませんでしたが」
「そう…ですか……まあ、そうですよね」
悲しそうに身を引く千鶴さん。
また声が小さくなり、心做しか体も小さくなった気がする。
……酔いが覚めてきてる。
私は、コップにお酒を注ぐ。
「酔いが覚めてきましたね。千鶴さんもいりますか?」
「いえ、私は結構です」
駄目か……大人しく、千鶴さんの話を聞くか。
「千鶴さんは…どうして千夜ちゃんと不仲になったのですか?」
「どうして、ですか……理由は色々ありますけど、100%私が悪いですね」
千夜ちゃんの話だと、旦那さんを無くしたショックで酒やタバコ、パチンコに逃げたせいらしいけど…
実際はどうなのかしら?
「知ってると思いますが、事故で旦那を亡くしまして…そのショックでお酒、タバコ、パチンコに逃げたからです。これは、千夜から聞いてると思いますが…どうですか?」
「はい。千夜ちゃんもそう言っていました」
「ですよね……私も、これが一番の理由だと思います。後は、遺産を全てそこに溶かしてしまったことや、機嫌が悪い時は母親らしい事をまったく出来なかったからですね」
なるほど……理由は違えど、琴音と似た状況ね。
これならいけそう。
「あの、千夜ちゃんとはどんな事を話してますか?」
「え?……そうですね、お金の話と……いや、お金の話しかしてませんね」
「あー……そうですか」
困った……しばらく口を利いてないよりも遥かにたちが悪い。
現在進行形で仲が悪くなるような会話しかしてないのか…大丈夫かしら?
「えっと…まずはギャンブル依存症をどうにかしたほうがいいですね。お酒とタバコは…まあ、大丈夫でしょう」
「パチンコを、ですか……分かりました、努力します」
「はい。頑張って下さい……じゃあ、こんなのもあるんですけど…続きはどうしますか?」
私は、持ってきていたおつまみを空間収納から出す。
ジャーキーとか、スナック菓子とか……千夜ちゃんの塩キャベツとか。
「飲みましょう!私もお酒持ってきますね」
千鶴さんは出されたおつまみを見て、バッと立ち上がるとお酒を取りに行った。
「……お酒が好きってのは本当だったのね」
あまり強くはないみたいだけど、千鶴さんはお酒が好きというのは本当だった。
――このあと、二人で酔い潰れるまでお酒を飲んだ。
◆
夜
晩ごはんを済ませ、お風呂に入った私はまた琴歌さんとお酒を飲んだ。
そして、二人ともいい感じに酔ったあたりで外が真っ暗になっている事に気付き、寝ることにした。
「どうぞ、この部屋を使って下さい」
私は昔千夜が使っていた空き部屋に琴歌さんを案内する。
「ありがとうございます。…少し、寝る前に外に行ってきてもいいですか?」
「良いですけど…どちらに?」
「酔い醒ましに夜風に当たりながら…タバコを」
タバコね……私も吸おうかな?
「じゃあ、私も行きます。二階のベランダか縁側、どっちにしますか?」
「そうですね……ベランダで」
琴歌さんとは結構仲良くなり、敬語も少しずつ薄れてきた。
親同士で仲良くなるのはいい事だと私は思ってるけど、実際はどうなんだろう?
…まあ、仲が良くないよりは遥かにマシなはず。
私は琴歌さんをベランダに案内する。
「やっぱり、夜でも暑いですね」
「そうですね。でも、エアコンに頼っているとすぐに精神力が落ちるので、外に出るのは大切ですよ?」
せ、精神力…
そう言えば、琴歌さんは探索者だったわね。
何時間もダンジョンに潜る探索者にとって、精神力は重要な要素なのか…
そんな事を考えていると、琴歌さんが星空を見上げながら話し掛けてきた。
「ふぅ……千鶴さんは、寂しいですか?」
「え?」
辛い過去を思い出して、悲しんでいるような声。
疲れた人が、誰かに相談する時の声。
何か、そんな状況になるような事をさせてしまったかしら?
「私、琴音に二度嫌われてるんです。一度目はこれまでの行いのせいで。二度目は、少し前に喧嘩しまして…その時にお互いカッとなって縁を切る寸前までいったんです」
「それは…」
「今の千鶴さんを見ていると、その時の記憶が蘇ってくるんです。生きる意味を失って、酒とタバコに溺れていた日々が」
琴歌さんは、そんな事になるほど娘を愛していたのね…
……私はどうかしら?
ずっと旦那の虚像に縋って、現実から目を背けて、娘から嫌われて、そんな娘に毎月のように多額のお金を借りている。
「……そうやって苦しめるのも、私にとっては羨ましい事ですよ」
「…?……ああ、そういう事ですか」
最初は首を傾げていた琴歌さん。
しかし、私の言いたい事に気が付いた琴歌さんの目には、少しだけ侮蔑の感情が宿っていた。
「私は……母親を名乗れますか?」
私は、琴歌さんに助けを求めるように聞いた。
助けてもらえない事は分かっていたけれど、縋らずにはいられなかった。
しかし、琴歌さんの答えは、意外にも優しいものだった。
「名乗れますよ。千夜ちゃんが、貴女の事を母親だと思っている間は」
『名乗れない』
そう言われると思っていた私には、寝耳に水のようだった。
琴歌さんの言っている、『千夜ちゃんが貴女の事を母親だと思っている間は』という言葉。
これはつまり、千夜は今、私の事を母親だと思っていると受け取っても良いのかしら?
「千夜は今…私の事を母親だと思っているでしょうか?」
琴歌さんに聞くべきではない事は、分かっている。
でも、千夜にこれを聞く勇気は私には無かった。
「それは、本人に聞くべきでしょう」
琴歌さんは、そう言って私から興味を失ったかのように星空を見上げ、タバコを吸い始めた。
本人に……千夜に聞く……
胸が締め付けられるような苦しさが込み上げてくる。
私の手には、煙を上げるものがある。
ソレを、琴歌さんと同じように加えれば、この気持ちも少しはマシになる。
でも、そんな現実から目を背けるような事を続けていいのか?
ここで逃げるような女が、千夜の母親を名乗っていいのか?
私は震える手で灰皿にソレを置き、スマホを取り出す。
指紋認証でロックを解除すると、横から手が伸びてきた。
「こ、琴歌さん!?」
琴歌さんは、勝手に私のスマホを使って電話をかける。
相手は千夜。
スマホの画面を私には向けて、また星空を見上げながらタバコを吸う琴歌さん。
私が琴歌さんに文句を言おうとしたその時、
『もしもし?』
電話が繋がった。
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