第75話挨拶
早朝
「じゃあ、挨拶に行ってくるわね」
琴音に告白されてから三日後。
色々と準備をし終えた琴歌おばさんが、私のお母さんに挨拶に向かった。
私のためにわざわざ挨拶に行ってくれる琴歌おばさんには感謝しかない。
そして、場合によってはしばらく帰ってこないかも知れないらしい。
これで、沢山琴音とイチャイチャ出来る。
「千夜ちゃん、琴音を喰い尽くさないように気を付けてね?」
「大丈夫ですよ。生活に支障が出るほどイチャつくつもりはないので」
何故か琴音が私から距離を取ったみたい。
不思議だね。
「琴音も、千夜ちゃんに酷いことしないのよ?」
「しないよ。…むしろ、私がされそうで怖い」
別に何も酷いことはしないのに……でも、SMプレイはやりたいなぁ。
私が攻めで、琴音が受け。
告白された時は、私が一方的にやられてたから、今度は私がやり返す番。
しっかり調教して、上下関係を叩き込まないと。
……何故かまた琴音が私から距離を取ったみたい。
別に私は何も悪い事してないのに…
「……まあ、私が居なくても頑張ってね?」
「はい!」
「とりあえず、不審者と千夜には気を付けるよ」
琴音から不審者と同等の扱いを受けてしまった…
「じゃあ、行ってきます」
「「いってらっしゃーい」」
私達は手を振って琴歌おばさんを見送った。
そして、琴歌おばさんが見えなくなったあたりで私が琴音の方を向くと、琴音は逃げるように二階へ駆け上がっていった。
私が後を追いかけると、台所に入った琴音。
「それ以上近付いたら刺すよ」
「いや…どうして包丁なの?」
琴音は、包丁を取り出して私に向けてきた。
包丁よりも、遥かに殺傷能力の高い刃物は沢山持ってるはずなのに……
「いや、刑事ドラマ風の雰囲気を出したくて…」
「刑事ドラマ見たことあるの?」
「無いよ」
「無いのね…」
琴音はドラマとか見るようなタイプじゃないからね。
ドラマよりも、バライティーをよく見てる。
……そう言えば、告白された時少女漫画みたいな展開だなぁって思ってたけど、琴音って少女漫画読まないよね?
もしかして、私や琴歌おばさんに隠れてひっそり読んでたとか?
だとしたら、私のために色々と勉強を……
「…千夜?」
「琴音、私達って今付き合ってるんだよね?」
「え?う、うん……それがどうかしたの?」
包丁を元の場所に戻す琴音にそう聞くと、首を傾げながらそう答えてくれた。
「じゃ、じゃあ、大人のキッスとか…やってみない?」
「……お母さんが抑えられるか心配って言ってた理由が分かった気がする」
琴音は一歩後ろに下った。
そんなに嫌なのかな?
確かにまだ二人共十六歳だから、そういう事は早いけど……私は今のところそのつもり無いんだよね〜
「キスくらい良いでしょ?ねぇねぇ、お願い!」
「だったら、目を瞑って」
「え?いいよ」
私が、言われた通り目を瞑ると、琴音が私に近付いて来るのが足音で分かった。
「絶対目を開けないでね?」
目を合わせてするのは恥ずかしいのかな?
まあ、キス出来るなら別にいいけど。
私の前に来た琴音は、私の目を手で覆って顔を近付けてくる。
琴音の息が私にかかる。
あと少し……という所で電話がなった。
「ごめんね。また今度」
琴音はそう言って、電話のある一階に走っていった。
「……チッ」
◆
「琴音、大丈夫だった?」
『うん、ギリギリセーフ』
私は、一階の固定電話にスマホから電話を掛けていた。
時間的に、そろそろ千夜ちゃんが琴音を襲う頃だろう。
あの二人がそういう行為に及ぶにはまだ早い。
「じゃあ、千夜ちゃんが降りてくる前に切るわね。気を付けてね〜」
私はそう言って電話を切る。
万が一、私が電話を掛けた事がバレたら、千夜ちゃんに殺される。
「…大丈夫。琴音が守ってくれるはず」
私に危害を加えようものなら、琴音が千夜ちゃんから守ってくれるはず。
多少喧嘩になるだろうけど、あの二人なら大丈夫なはず。
最悪、琴音が千夜ちゃんの事を押し倒して……本末転倒な気がするけど、きっと大丈夫。
「さて、気持ちを切り替えてと……千夜ちゃんのお母さん、どんな人なのかなぁ」
私はナビに従って、千夜ちゃんのお母さんが住む家に向かった。
◆
ある住宅街
「今日も負けた……もうすぐ七月も終わるし、今月はもやし生活で我慢…」
私は世間的にギャンブル依存症と呼ばれる状態にある人間だ。
旦那を事故で無くしたショックから酒やタバコに逃げ、更にはパチンコまで始めた。
遺産はあっという間に使い尽くし、娘には辛い思いをさせた。
そのせいで、娘に嫌わてしまった。
ただ、一応血の繋がった母親という事で、毎月支援はしてもらってる。
それどころか、探索者カードのスペアを貰っているため、そこからいくらでもお金を引き出せる。
「スペアを使ってもいいけど、千夜に怒られるからなぁ」
私の娘である千夜は、私が今月いくら使ったかすぐに確認出来る。
だから、私がスペアのカードを使ってパチンコをした事はすぐにバレる。
それでも使ってしまう。
競馬や競輪で取り返せば借りた分は返せるから……ん?
「誰……あの人」
家の前に、大型二輪に腰掛けてタバコを吸っている背の高い女がいた。
見た感じ、私と同年代くらいみたいだけど、雰囲気が明らかにヤバイ。
どれくらいヤバイかって言うと、昔借金取りと一緒に来た本職の人と同じ空気を纏ってる。
でも、今はどこからも借金してない。
ただ単に家の前にいるだけだといいんだけど……
「神科さん、ちょっと来て」
私が家に帰ろうとすると、後ろから声をかけられた。
振り向くと、塀の角に近所の人達や地域のママさん達が隠れていた。
「あの人大丈夫なの?明らかにヤクザとかそういう類の人でしょ」
「急にバイクの音が聞こえたと思ったら、神科さんの家の前に止まったのよ?しかも、インターホンも押してたし」
「え?あの人、うちに用があるんですか?」
「そうなんじゃない?一応、いつでも警察を呼べるように待機してるけど……どうするの?」
うちに用があるなら、話しかけた方がいい。
でも、雰囲気が雰囲気だから近付くのが怖い…
いやいや、もしかしたら見た目の割に良い人だったり……ッ!?
「こ、こっち来たわよ!」
「か、神科さんのお客さんでしょ?どうにかしてね!?」
「え?えっえっえっ!?」
ママさん達に押されてあの人に見える位置に出たしまう。
うわっ、見られてる。
仕方ない……覚悟を決めないと。
「う、うちに何か、よ、用ですか?」
恐怖で言葉がカタコトになってる。
でも、我ながらよく喋れたと思う。
私がビクビク怯えながら顔色を伺っていると、目の前のヤバそうな女性は明るい笑みを浮かべた。
「貴女が神科千夜ちゃんの母親ですね?」
「え?あっ、はい」
千夜が何かしたんだろうか?
でも、あの子が何かやらかせば、ニュースになると思うんだけど…
「ここじゃあ近所の人の目があります。別の場所で話しませんか?」
「そ、そうですね。じゃ、じゃあうちに上がって下さい」
意外と優しそう?
…ダメダメ!最初は優しくして、後から本性を表すってのは、暴力団とかの常套手段。
警戒しないと…
私は警戒しつつ、この人を家に上げた。
しばらく使っていなかった客間に案内したあと、私は一応お茶とお菓子を用意した。
…あんまり興味は無さそうだけど。
目の前の女性は真剣な表情で口を開き、衝撃の事実が知らされた。
「はじめまして、私は神条琴歌と申します。率直に言いますと、千夜ちゃんの彼女の母親です」
「……え?」
か、彼女?
つまり、あの子に恋人が出来たの?
別に相手の性別はどうでもいいけど、あの子にもついに恋人が出来たのね……
「…あっ!えっと、こちらからも自己紹介したほうがいいですよね。私は神科千夜の母親の、『神科千鶴』と申します。えっと、娘がお世話になっております」
「千鶴さんですね。これからもよろしくお願い致します」
日本人特有のお辞儀合戦をしたあと、私は琴歌さんに質問を投げかける。
「えっと、千夜は今何処にいますか?」
「千夜ちゃんですか?多分……」
挨拶を人様の親にやらせるなんて…人としてどうなのかしら?
今度あった時にお説教しないと。
「多分、娘の駄菓子屋にいますよ。それと、今千夜ちゃんに説教しようとか思いませんでした?」
「えっ!?ど、どうして分かったんですか!?」
「勘です」
か、勘…
勘で私の考えてる事を言い当てるなんて…この人どれだけ勘が鋭いのよ…
そう言えば、優夜さんや千夜も勘が鋭かったわね。
特に、千夜なんて私の考えてる事をそのまま言い当てる事もあったし…
「その、今の千夜ちゃんに説教するのは良くないと思いますよ?」
「え?」
いけないいけない。
また自分の世界に入ってた。
…ふぅ、それで今の千夜に説教は良くない?
「えっと…どうしてですか?」
自分の世界に潜り込む前に相手に聞く。
こうすれば大丈夫。
「失礼ですが、今の千鶴さんと千夜ちゃんの関係はお世辞にも良いとは言えないと思います。そんな状況で説教しては、思春期真っ盛りの千夜ちゃんなら何をするか分かりません。…例えば、生活費を含めた仕送りを全て打ち切られるとか」
この人…例えばと言っている割には真剣ね。
おそらく、来る前に千夜から大方の話は聞いてるんでしょう。
となると、今の私の生活も知ってるはず。
仕送りを打ち切られるというのは、この人の予想というよりは、千夜の考えといったところかしら?
「そうですね……でしたら、千夜に説教するのは止めておきます。…自分から挨拶に来なかった理由もなんとなく理解出来ますし…」
千夜は、家を出ていく時にこう言っていた。
『もう二度と顔も見たくない。絶対、私に近付かないで』
要は、私に会いたくないから、恋人の母親に行かせたんでしょう。
琴歌さんの娘さんがどんな人かは知らないけど、千夜の事だから無理を言ったんでしょうね。
『私は行きたくない。○○にも行ってほしくない』
とか。
まったく、困った子ね。
「…そう言えば、あの子の恋人…琴歌さんの娘さんはどんな人なんですか?」
私がそう聞くと、琴歌さんは苦笑いを浮かべた。
「身長と胸以外は私にそっくりな、生意気な娘ですよ。でも、根は優しくして、一つの事に一生懸命になれる子です。…今は、やりたい事が沢山あって困ってるみたいですけど」
なるほど……性格はなんとなく分かった。
見た目での判断になるけど、喧嘩っ早くて短気ってことかしら?
「まあ、やりたい事が増えて困ってる理由は八割千夜ちゃんが原因だったりするんですけど…」
「……はい?」
え?
千夜が原因なの?
場合によっては謝った方がいいんじゃ……
「えっと、千夜が何をしたのでしょうか?」
私はまたビクビクしながらそう聞く。
しかし、琴歌さんは今までと変わらない態度で話し始めた。
「千夜ちゃんが信じられないくらい強くなって、対抗心を燃やしてるみたいです。ただ、対抗心に火を付けたのは千夜ちゃんだと思いますよ?琴音だけなら、ちょっと落ち込むくらいで終わってるはずなので」
「……つまり、うちの子が余計なことを言ったと…」
どうしましょう……その琴音ちゃんは千夜のせいで危険な探索者になったんじゃ…
そもそも、千夜は生まれつきの天才だから、対抗心を燃やしたところで才能の差を見せつけられるだけなんじゃないかしら?
琴音ちゃんが更に可哀想になってきたわね……ん?
琴…音?
「琴音……神条……神条…琴音!?」
「どうかされました?」
「え、えっと!琴歌さんの娘さんは“あの”神条琴音なんですか!?」
「え、えぇ…そうですけど…何か?」
神条琴音ですって?
なるほど、通りで千夜が興味を持つ訳ね。
中学生だった頃、唯一千夜と剣で対等に戦えた人物。
剣道の歴史に名を残すような伝説の試合をした、千夜に匹敵する天才。
「そ、そうですか…それは対抗心を燃やしますね……そして、千夜が恋人として選ぶのも納得出来ます」
「……同性愛ですよ?」
「はい?それがどうかしたって言うんですか?」
私が勝手に納得していると、琴歌さんは逆に不思議そうにしていた。
同性愛はそんなにいけない事かしら?
……ああ、普通の人なら奇妙な目で見るだろうと思ってたのね。
「千夜の同性愛は、私から来てると思いますよ?」
「えっ!?ち、千鶴さんは、男の人と結婚して子供を作ってますよね?」
「そうですね。私は
…あっ、この人理解できてないね。
私は分かりやすく説明したつもりだったけど、琴歌さんは理解できなかったらしい。
多分、レズビアンとバイセクシュアルのあたりで頭の中を?が占領したんでしょうね。
「簡単に言いますと、異性も同性も愛せるって事です。千夜は、私の同性を愛せるという部分を強く受け継いだんでしょうね」
「な、なるほど…?」
……多分、ギリギリ理解できたらしい。
これは…割と普通の人なのでは?
私は、警戒心を緩めて、出来るだけ親しく接する方向に切り替える事にした。
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