第74話思春期

獲物ゴブリンに狙いを定め、私は気配を消して背後から一突きする。

その一突きは背骨を貫通し、心臓を破壊した。

返り血を浴びないように注意しながら短刀を抜くと、魔石を無視して次の獲物を探す。


「……」


私がやっている事は、八つ当たり。

下らない事でお母さんに怒られて、自分が悪いと分かっていながら不満を抑えきれず、サンドバッグ代わりにダンジョンでモンスターに八つ当たりしている。

これからご飯だって言うのに、こんな事をしていたらまた怒られそうだけど、せめて返り血は浴びないように気を付けている。


「いた」


またゴブリンだ。

本当、このダンジョンはゴブリンを見かける割合が高すぎる。

遠くに行ってもゴブリンしか出てこない。

もちろん、他のモンスターも居るには居るが、圧倒的にゴブリンが多い。


「害獣駆除」


私は、さっきと同じように背後から一突きする。

ゴブリン程度なら、この一突きで即死だ。

背骨を貫かれ、心臓を破壊されたゴブリンの体から生命の気配が消える。

短刀を抜き、べっとりとついた血を拭き取ると、また次の獲物を探して歩き出しだ。





十数分後


「「いただきます」」


ダンジョンから帰ってきた私は、軽くお母さんに小言を言われた後、夜ご飯を食べるためにお母さんと二人で食卓を囲んだ。


「美味しい?」


私が無言で夜ご飯を食べていると、お母さんが優しい声で聞いてきた。

まったく怒ってない、純度100%の優しさのこもった声。


「…美味しいよ」


私は少し恥ずかしがりながら返事する。


「良かった〜」


お母さんは普通の笑顔で嬉しそうにしてる。

もう怒ってないのかな?

私はまだ信じきれず、チラチラとお母さんの顔色を伺いながらご飯を食べていると、おもむろにお母さんが立ち上がり、私を後ろから抱きしめてきた。


「お、お母さん?」


私が困惑していると、お母さんは私を椅子から下ろし、そのまま私を抱きかかえて寝室へ向かう。


「ちょ、ちょっと!下ろしてよ!」

「こらこら、暴れないの」


この歳でお母さんに抱っこされるのは普通に恥ずかしい。

私がなんとか脱出しようと藻掻いていると、お母さんは私を寝室に敷いてあった布団に寝かせる。

そして、布団に寝転がった私に抱きついてきた。


「ちょっ!千夜に怒られるって!!」

「大丈夫よ。我が子に手を出すほど変態じゃないから安心して」

「じゃあこの状況は何!?」


お母さんは私をぎゅーーっと抱きしめて離さない。

それどころか、足まで使って私を拘束してくる。


「もう!お母さんは何がしたいの!?」

「何がしたい?…琴音を可愛がりたい」

「はあ!?だ、だからって今しなくてもいいじゃん!!」


別に今じゃなくても、夜に魔力操作の練習をしてる私を抱きしめるとか、寝てる私を抱きまくらにするとか、とにかく甘やかして私の方から甘えに来るのを待つとか。

方法は他にもあるはずなのに、よりもよってこんな方法で…

私はお母さんの腕の中出ようと必死に藻掻く。

しかし、お母さんもそうはさせまいと妨害してくる。

こんなの千夜に見られたらどうしよ…う……

私とお母さんは、部屋の入口でこちらを見下ろしている人物に気が付き、ピタリと動きを止める。


「ち、千夜……違うの!別にそういう意図があってやってた訳じゃなくて、ちょっとじゃれ合ってたというか…」

「そ、そうよ千夜ちゃん!決して千夜ちゃんから琴音を盗ろうなんて考えてないわ!」


私達は必死に弁明してみたけど、無表情で部屋に入ってくるのを見て、すぐに正座をする。

私達の前に来た千夜は、正座して膝をポンポン叩いている。

……ああ、そういう事か。

私は意味を察して、千夜の膝の上に頭を乗せる。

すると、千夜は私の頭を撫でてきた。


「で?何私を差し置いて二人でイチャイチャしてたんですか?」


人を殺せそうな殺意を放つ千夜が、私とお母さんにそう聞いてきた。


「え、えっと〜、ちょっとお母さんに軽く怒られて、私がイライラしてたら急にお母さんが私を抱きしめて、それから……」

「私が入ってきたと」


少しだけ千夜の殺意が薄まった。

しかし、やっぱり千夜はまだ怒っているらしく、私を無理矢理起こして抱きしめてくる。


「私は琴音の運命の人なのに……」

「…まあ、もう否定はしないよ」

「「!?」」


メンヘラ化した千夜に私がそう返すと、お母さんと千夜が目を丸くしてこっちを見てきた。


「お母さんはまだしも、どうして千夜までそんなに驚いてるの?」

「いや…『勝手に決めないで』って怒られると思ってたから……」 

「はぁ…」


私は、『やれやれ』という態度で溜息をつき、千夜の目をじっと見つめる。

…どうしてここで恥ずかしそうにするかな?


「なに?千夜は私とそういう関係になりたくないの?」

「なりたい!!」

「じゃあ、びっくりするんじゃなくて、素直に喜んでほしかったなぁ」


私は、失敗したと悲しそうな顔をする千夜にいきなりキスをした。

ほっぺとか、首とか、腕じゃなくて、唇に。


「!?…????」


口をパクパク動かして、表情で喋る千夜。

私はそんな千夜が面白くて、つい笑ってしまう。

そして、千夜の顎をクイッとあげて、顔を近付けた後、


「貴女の事が好き」


少女漫画でありそうな言い方で千夜に告白した。


「あぅ……あぅあぅあぅあぅ〜」

「あらら、ちょっと刺激が強すぎたかな?」


千夜は突然の告白に真っ赤になって倒れてしまった。

普段、散々私に愛を伝えながらセクハラしてくる癖に、やり返されると弱いんだよね〜。

それとも、こういうロマンチックな事をしてほしかったのかな?


「……本格的に赤飯の用意を考えた方が良さそうね」


一部始終を横から見ていた、お母さんは複雑そうな表情でそう言ってきた。

赤飯か……あんまり好きじゃないんだよね〜


「お母さん、千夜寝ちゃったし、先に夜ご飯食べよう」

「え?…ああ、うん」


私が何事もなかったみたいに話しかけたせいで、お母さんは終始複雑そうな表情で私の事を見てきてた。





夕食後


「はっ!?」


突然の告白に頭が回転しなくなった千夜がようやく起きた。

そして、首をブンブン振って私を探す。

まあ、私と目があった瞬間また真っ赤になってるんだけど。


「その……琴音は…嫌…じゃないの?」


は?

何を言ってんだ?


「はぁ……その言い方は、無責任にも程があるんじゃない?」


私は不満そうに軽く千夜を睨みながら質問に質問で返す。


「散々私を誘惑しておいて、いざ相手がその気になった慌てるの?……千夜がそんな奴だとは思わなかった」


私は冷ややかに思った事を伝える。


「ッ!?…そ、そんな事ない!私は琴音の事が大好きだよ!愛してるよ!琴音に私の、私の…」


はぁ…また顔を赤くして…


「…千夜って意外とヘタレ?」

「そんな事ないもん!!」

「ふ〜ん?じゃあ、今キスしてみて」


私がそう言うと、千夜は一瞬困ったような顔をした。

しかし、すぐに首を振って気合いを入れ直したのか、顔を近付けてくる。

そして、もう少し唇が重なるという所で動きを止める。

……はぁ。


「これは、夜は私がお世話する必要があるかもね」

「うっ…」


千夜は自分から顔を離し、あからさまに落ち込んでいる。

……もしかして、嫌われたとでも思ってるのかな?

一応、確認の為に軽く押し倒してみよう。

私が千夜に近付いて肩に手を置くと、千夜は分かりやすく困惑してる。

そして、そのまま腕に力を入れて千夜を押し倒す。


「えっ?こ、琴音?」


う〜ん、確定だね。

私に嫌われたって勘違いしてる。

どうしようかなぁ……日頃の恨みを込めて、さっきみたいな少女漫画的に勘違いを解こうかな?


「千夜」

「はっ、はい!」


私が顔を近付けて名前を呼ぶと、この段階でさっきと同じくらい真っ赤になった。

…弱い。


「千夜のせいで、こんなに私は千夜のことが好きになっちゃったんだよ?」

「え?えっえっ?」

「絶対、私のお嫁になってね?他の誰かの所に行くなんて許さないから」


……う〜ん。

実は私、少女漫画読んだことないんだよね〜

それっぽい事言っただけなんだけど……


「えっ?こ、こと、琴音?えっえっえっ?」


これは確実にクリーンヒットしてるね。

というか、こんな雑なので千夜って落ちるんだね……

今度は混乱してるし、


「お母さん。こんなに簡単に落とされるようじゃ、この先千夜が心配なんだけど……」

「同感ね。他の誰かに落とされる事は無いでしょうけど、そこにつけ込んで琴音が何かしないか心配ね」

「う〜ん、それはどういう事かな?」


お母さんにサラッと良くないこと言われた。

何だろう、普通に腹立つ。


「にしても良くないわね」


無視された……まあ、それより良くないって何?

せっかく娘に恋人が出来たんだから、喜ぶべきなんじゃないの?


「この思春期真っ只中の琴音と千夜ちゃんが恋人同士になる……う〜ん、私の一人で抑えられるかしら?」

「?」


いや、何を抑えるの?

別に抑えるような事なんて無いと思うんだけど。


「何を抑えるの?」

「性欲」

「ッ!?」


せ、性欲ですか……

確かに思春期真っ盛りの私達は、そういう事しちゃうかもね……

そう言えば、千夜はスキンシップが激しいし、私は遠慮なくそういう所に入ってく。

…絶対何か起こるわね。

というか、『何も起きないはずがなく』ってまさにこの事でしょ。

……いや、あれってホモビだっけ?

ま、まあ!私達の関係って同性愛だし?

性別が違うだけで似たようなものでしょ?


「はぁ…これは、千夜ちゃんのお母さんに報告に行ったほうが良いわね」

「でも、千夜って親子関係が最悪だよ?」


お母さんは千夜のお母さんに報告に行くつもりらしい。

……そういうのって、普通私が千夜と一緒に行くものだよね?

まあ、千夜が行きたがらないだろうけど。


「だからこそよ。千夜ちゃんは行きたくないだろうし、琴音にも行ってほしくないはずよ」

「そうだろうね〜」

「うん、行きたくない」

「あれ、正気に戻ったんだ?」


どうやら、いつの間にか千夜が正気に戻っていた。


「住所教えるので、行ってきて下さい」

「分かったわ。一応、お菓子持っていった方が良いわよね」

「無くていいと思いますけど……一応、礼儀として」

「いや、何もトントン拍子で話を進めてるの?」


私を置いて、あっという間に話が進んだ。

そんなに親に会いたくないの?

ちょっとくらい話した方が良いと思うんだけど…


「こういう事って、私達がやるからこそ意味があるんじゃない?そんな親同士で報告しても、許可貰えないんじゃ……」

「許可してもらえないなら、支援切るから大丈夫」

「うん、止めてあげて」


それは、下手したら千夜のお母さんの生死に関わるから、絶対止めてほしい。

すると、お母さんが私を諭すように優しい声で説得してきた。


「琴音。千夜ちゃんは『嫌だ』って言ってるんだよ?どうして嫌がってる事を強制させるの?」

「うっ……で、でも、礼儀ってものがあるでしょ!」 


本人の意志は大事だけど、礼儀は重要だ。

周りの目とかあれだし、社会人としての信頼とか…

私が不満そうにしていると、千夜が悲しそうな顔で私の同情を煽ってきた。


「琴音は…私にそんな事をさせるの?」

「いや、礼儀は人間関係の基本だよ?」

「琴音……」


千夜は目をウルウルさせて、子犬のように私にすり寄ってくる。


「琴音、どうして礼儀は大事?」

「大事」

「私よりも?」


うわっ、そんな事まで言ってくるか…

千夜と礼儀なら間違いなく千夜を取るけど……礼儀は大事だし、何より千夜のためになる。

でも、それで千夜を傷付けるのは……


「……あーもう!もう知らない!勝手にして!!」


私は吹っ切れた。

何が周りの目だ。

何が社会人としての信頼だ。

同性婚してる時点で、周りからは奇妙な目で見られるんだよ!!

もうどうでもいい!!

別に-1が-2に変わった所で大した事ないんだよ!!


「私は知らないからね?何言われても知らないからね?」


一応、最後の確認を取る。

しかし、


「大丈夫だよ。私は別に困らないし」


千夜はそう言い切った。

もう少しお母さんを大切にしようよ……

…駄目だ。正論とか一般常識で考えるせいで、千夜の相手をすると疲れるだけだ。

もう深く考えるのは止めよう。

一回でも千夜を慌てさせられたし、これから千夜を甘やかす方に切り替えるか。


私は千夜を説得するのを諦めた。


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