第73話平日の店

テレビ局からの電話を受けて数日。


「…あれって盗撮で訴えられるのかな?」


私は、二階の窓から朝からずーっと私の事を撮っている何処かのテレビ局の人間を指差す。

あれから何度も似たような話が来たけど、全て蹴ってる。

そして、私はあいつに撮影許可を出した覚えはない。


「さあ?また今度警察にでも聞いてみたら?それでも改善されないようなら、千夜ちゃんと榊の二方面から圧力をかけてもらえばいいし」

「権力で黙らせるってことか。確かにそれならいけそうだけど……あんまりそういうのって好きじゃないんだよね〜」


権力を乱用するのは良くない。

そういう事をするのは、大抵クズかゲスだからね。


「分かるわよ。権力を乱用してる奴に良いイメージはないわね」


お母さんも納得してくれた。

一番良いのは話し合いで解決する事なんだけど、ダメそうなら警察国家権力にお願いしてみよう。

それでも駄目なら、私の後ろ盾を使って粛清だね。

まともに取材出来ると思うなよ?

私が悪い笑みを浮かべていると、お母さんがお茶を飲みながら時間を教えてくれた。


「そろそろ十二時半だよ?」

「もうそんな時間なんだ……はぁ、お昼休憩はここまで。さて、仕事を再開しますか」


私はそう言って階段を降りる。

そして、看板を回収し扉を開ける。

いつも通りカウンターで座って魔力操作の練習をして、お客さんが来るのを待つ。

いくら有名になったとはいえ、こんな平日の真っ昼間から来るような人はいない。


「ハァ…ハァ…また買いに来たよ。琴音さん」


…こういう変態を除けば。


「いらっしゃい。いつものね?」


汗を流しながらやって来た男は、見た目は100キロくらいありそうで、包まずに言えばデフだ。

そして、私の事が有名になった次の日から毎日うちに駄菓子を買いに来る。

常連さんがいるのは嬉しい事だけど、彼は私目当てだから店が有名になったとは言い切れない。

きっと、世間一般の認識は『駄菓子屋を経営してる』で止まってるんだろうね。

あくまで私が有名なだけ。

まーた『店は有名じゃない』思考をしちゃってるよ…

すぐにそんな事を考えてしまう自分にうんざりしていると、常連さんが話題をふってくれた。


「また魔力操作の練習ですか?勤勉ですね」


勤勉か…確かに、毎日毎日魔力操作の練習をするのは勤勉なのかもね。

でも、私は千夜に勝ちたいから時間を有効活用してるだけなんだけどなぁ。


「そう?でも、この勤勉さが千夜に追いつくための努力なのよ。ダンジョンに行きたい所だけど、今は店が忙しいからね。平日のお昼くらいなら行っても問題はないんだけど、深く潜ると帰りが遅くなるのよね〜」


お客さんが来るようになった弊害について愚痴る。

いつお客さんが来るか分からないから、何時間も店を空けるダンジョン探索は怖い。

それと、夜の押入れダンジョン探索も、お母さんと交代でやってる。

理由は、有名になった私に集まってくる連中の中には、良くないのがいるかも知れない。

例えば、店を荒らすとか店を荒らすとか店を荒らすとか。

私はそれが怖いから一日交代にして監視している。

そして、今日はお母さんが探索に行く。


「行きたいなぁ…ダンジョン」


適当に愚痴っていると、常連さんはいつもの駄菓子に加えて、ラムネを二本持ってきた。


「ん、560円だね。ラムネがかなり値段を占めてるよ」

「そうですか。こっちは琴音さんの分です。ゆっくり練習の途中にでも飲んでください」


なるほどね…その為の二本のラムネか。

この人は見た目はアレだけど、根は良い人だ。

せっかくの好意を無下にするわけにもいかない。

ありがたく受け取っておこう。


「ありがとう。喉が乾いたときにでも飲むわ」


まあ、その予定のラムネが空間収納の中に十本以上あるんだけどね。

それは言わないでおいてあげよう。

その表情を表に出さないように頑張っていると、常連さんはテレビの事を聞いてきた。


「そう言えば、琴音さんはテレビには出ないんですか?せっかく有名になってるのに、出ないなんてもったいないと思いますよ?」


この人は、私がテレビに出る気がないという事と、その理由を知っている。

それでもテレビに出ない事はもったいないと感じるらしい。


「そうね…ダンジョン探索の取材来れば受けようかなぁ」


どうせ有名になるなら、『剣聖の親友』としてじゃなくて、一人の探索者として有名になりたい。

いつまでも千夜の恩恵を受けてるだけじゃ、寄生虫みたいだからね。


「その時は頑張ってください。応援してます」

「私は別にアイドルとかじゃないんだけどね?」


『頑張ってください』『応援してます』だなんて、まるで私がアイドルみたいじゃん。

私は探索者兼駄菓子屋の店長なのにね。

一応、愛想よく手を振って常連さんを見送る。

私って見た目があれだから、愛想がかなり大事。

だから、常識あるお客さんには愛想を振り撒いておこう。


「さて……またヒマだね」


どうせ今日はもうお客さんは来ないだろうし、久しぶりに昼寝でもしようかな?

ずーっと魔力操作の練習をしてるだけじゃあ、楽しくないし。

うん、寝よう。


「枕でも用意しておけば良かったなぁ…」


お母さんに持ってきてもらうのも手だけど、こんな所で昼寝してるって知られたら怒られそうだし、無しでいっか。

私は腕を頭の下で組んで、枕代わりに使って昼寝をする事にした。





夕方


「んんー!よく寝た」


昼寝…と言うには長い時間寝ていたらしい。

外はもう夕方になっていて、帰宅ラッシュが始まっていた。

お客さんを待つために起き上がると、カウンターの上に紙切れが置かれていた。


『後で話がある』


お母さんの字でそう書かれていた。

…不味い。

これは早々に店を閉めてお母さんの所に行ったほうがいいかも。

私は駄菓子屋の扉を閉め、看板を吊るす。

そして、急いで二階へ駆け上がった。


「あら?今日はもうやめるの?」


台所に駆け込むと、お母さんがニコニコしながら夜ご飯を作っていた。


「えっと…お母さんが話があるって言ってたから早めに来たんだけど…」

「ふ〜ん?じゃあ、寝室に行こうか?」


私はニコニコ笑顔のお母さんに連れられて寝室に向かう。

そして、ちゃぶ台の反対側で正座させられた。

私がビクビクしていると、お母さんが比較的普通の声で話し始めた。


「仕事中に気持ち良さそうに昼寝して……いい度胸ね?」

「うっ……で、でも!こんな平日の真っ昼間にお客さんが来るとは思えないし!実際、誰も来なかったでしょ!?」

「そうね。誰も来なかったわね」


お母さんは腕を組み、うんうんと頷く。

でも、こんな理由で納得させられるとは思えない。

…まだ怒ってるみたいだし。


「それは結果論でしょう?世の在り方はそうでも、人の印象はそうはいかないわよ?」

「…?」

「店長が昼寝してるような店に、ものを買いに行きたいと思う?」

「それは…」


確かに……

店長が昼寝してるような店じゃあ、ちゃんと衛生管理してるのか心配だし、人としての印象も悪くなる。

お母さんの言ってる事は正しい。


「意味が理解できたのなら、次からは気を付けないさい。商売は一発勝負なんだから」


そう言って、お母さんは台所に戻っていった。

…何だろう、どうして私はこんな事でイライラしてるの?

正しいのはお母さん、それを理解してるはずなのに…


「まだ夜ご飯までは時間がある……ダンジョンで気晴らしでもしよう」


私はフラフラと立ち上がり、襖を開けて押入れの奥へ入った。

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