第72話夏休みとテレビ

七月下旬


この時期は、多くの子供達が狂喜乱舞する。

理由は簡単、『夏休み』があるからだ。

何して遊ぼう。どこに行って遊ぼう。誰と遊ぼう。

頭の中が遊ぶことで埋め尽くされた幼気な子供達が、駄菓子屋の前を通っていく。

中には、駄菓子屋に来て駄菓子を買ってくれる子も居る。


「ジャン負け奢りな!」

「「「おう!」」」


目の前のおそらく野球部の男子達も、遊ぶことで頭の中が埋め尽くされた連中の一部だ。

制服的に中学生か?

にしても、かなりの量をカゴに入れてるけど…ちゃんと払えるんだろうね?


「アアァーー!!負けたぁーー!!!」

「ううぇぇーーい!wwwじゃっ、これ全部買ってもらおうか?」 


誰がお金を払うか決まったらしい。

野球部の男子達が私の前に駄菓子が沢山入ったカゴを持ってくる。

私はそれを一つ一つレジに通し、会計を言う。


「4980円です」

「「「「はあ!?」」」」


そりゃあ、ね?

カゴがいっぱいになるくらいの駄菓子を、4カゴ分も買えばそれくらいいくよね。

しかも、比較的高い駄菓子が多いし。


「よ、4980円……流石にぼったくりじゃね?」

「じゃあ数えてみたら?」


ぼったくりかも知れないと思った野球部の男子達は、手分けして値段を計算し始めた。

そして、全ての計算が終わると、表情から余裕の色が消えていた。


「払ってね?」


私がニコニコしながらそう言うと、ジャンケンで負けて奢る事になった男子が値切りを始めた。


「ほ、ほら!ほぼ五千円なんだし、これはかなりの儲けになるだろ?店長さんには内緒でまけてくれよ」

「ふ〜ん?初めて見たよ、駄菓子屋で値切り交渉する人」


店長に内緒という部分は、後でネタばらしするとして、駄菓子屋で値切りなんて聞いたことない。


「こっちも商売でやってるの。利益になるように考えてる以上、値下げは出来ないわ。するのすれば、手持ちの少ないホームレスがチョコを二、三個買うときにほんのちょっとだけ安くしてあげるくらいよ」


私がそう言うと、困った顔で黙ってしまった。

流石にホームレスと同じだと言われるのはキツイらしい。

しっかり払うか、買う量を減らすとかして対応してほしいものね。


「おい、まさか減らそうとしてねえよな?」

「いや…流石に五千円はキツイって」

「そもそも、お前五千円も持ってるのかよ?」

「……二千円ちょっとしかねぇ」


いや、金無いのかよ。

まったく、これだから深く考えない事は良くないのよ。

さて、どうするのかな?


「しゃーねえな、お前は出せるだけ出せ。残りは俺達で割り勘しようぜ」


おお、すごいまともな方法で支払ってくれるのね。しかも全額。

これは、多少は儲けられそうね。

まあ、黒字になる事は無いけど。


「はい、4980円ちょっきりね。それと良いこと教えてあげる」

「ん?良いこと?」

「そうそう。ここの店長、私だから。…こんなんだけど、正式な店長なんだよ?」


それを聞いて、最初に意味を理解した子が爆笑する。


「お前、店長相手に『店長には内緒でまけてくれよ』とか言ってたのかよ!www」


私の言っていた事の意味を聞いた値切り君以外は大爆笑。

値切り君の事を散々馬鹿にしながら店を出ていった。

頑張れ値切り君、今度うちに来たらまけてあげよう。

そんな事を考えていると、見慣れた顔の女子高校生が店にやって来た。


「今日はずいぶん賑やかね。売れ行きはどう?」


今日も今日とて千夜が来た。

いつなく賑やかな駄菓子屋を見て、千夜も嬉しそうだ。

まあ、私はもっと嬉しそうな顔をしてるんだろうけど。


「今日が終業式の学校がほとんどだからね。実質夏休み初日として、ここに来る人もいるのよ」


いや〜!夏休み最高!!

毎日が日曜日みたいな私でさえ、ここまで喜べるんだもの。

学生からすれば、本当に狂喜乱舞しそうな気分だろうね。


「私は毎日が日曜日だから、そんなに恩恵はないと思ってたけど、予想外の恩恵を受けたわね。まさか、ここまでお客さんが来るとは」


今日は十人以上のお客さんが来てる。

一人来ればいい方のこの店で、十人来るなんて正直異常だ。

まったく、笑顔が止まらないよ。


「毎日が日曜日…でも、特別な理由以外ではいつも開いてるじゃん。毎日が平日じゃないの?」

「…千夜、お客さんが来ないから、店頭でぼーっとしてるのは平日に入ると思う?」


千夜は少し考えた後、複座そうな顔をする。


「ほとんど変わらないね…」


そう!いつもの私は、日曜日に家でゴロゴロしてるのとほぼ同じ。

それくらいお客さんが来ないのだ。

……自分で言ってて悲しくなってきた。

まあ、せっかくお客さんが来てくれてるんだし、気持ちを切り替えないと。


「さて、せめて今日くらいは儲けるよ!!」

「頑張れー(棒)」


千夜は何故か棒読みだけど、応援はしてくれてる。私の事を応援してくれる千夜のためにも、頑張らないと!


「千夜、ちょっと店番お願い。さっき沢山買ってもらったから、駄菓子が少なくなってるの」

「補充の為に、倉庫に取りに行くってわけね。行ってらっしゃい」


私は、千夜に店番を任せて奥の倉庫に駄菓子を取りに行く。

…そう言えば、千夜は値段とか知らないはずだけど、大丈夫かな?


「……念のため、早めに戻ろう」


ちょっとだけ不安になり、必要な駄菓子を回収して店に戻る。

すると、千夜が数人の女子高校生と写真を取っていた。


「えっと…お客さん?」

「あれー?もしかして、ここのバイトさん?駄目だよ〜、この人は『剣聖』って呼ばれてる凄い探索者なんだから〜」


何コイツ…明らか私事を見下してるよね?

これが世間一般で言う、『陽キャ』ってやつか?


「失礼ね。私はこれでもここの店長なの。あと、千夜が『剣聖』って事くらい知ってるから」


私が不快感を露わにして怒ると、女子高校生達は目を丸くした。

そして、私から少し距離を取ってヒソヒソと話し始める。


「今の聞いた?『剣聖』の事を“千夜”って名前で読んでたよ?」

「何あれ。『剣聖』と仲がいいからって調子乗ってるんじゃないの?」

「私達に対しても偉そうにしてるしさ。チビの癖に調子乗ってるみたい」

「止めなよwチビだなんて可哀想でしょwww」


チッ……そういう話は店の外でしろや。

駄菓子買う気がないならさっさと出て行ってほしいんだけど?

…ん?


「琴音、あいつら斬ってもいいかな?」


チラッと千夜の方を見ると、頬をピクピクさせてキレていた。

こんな事も言ってくるし…


「流石にそれは不味いよ。まあ、これ以上私の事を馬鹿にするならちょっと脅すし」


魔力を放ちながら睨みつければ、一般人はビビって逃げる。

ぬるま湯の中でぬくぬくと育ってきた女子高校生なんて、一目散に逃げ出しそうだけどね。

さて、どう出る?女子高校生さん。


「とりあえずラムネ四つくださ〜い」

「そこにあるよ。一本百円ね」


私はガラス張りの冷蔵庫を指差して自分で持ってくるように呼びかける。

すると、何やらクスクス笑いながらラムネを取ってくる女子高校生達。


「はい。ラムネと四百円」

「うん、じゃあ四百円だけ頂戴。ラムネはどうぞ」


私は四百円を受け取って、レジに入れる。

すると、女子高校生達はスマホを取り出した。


「帰る前に写真撮ってもいいですか?私達と、『剣聖』さんと店長さんで」


写真か……ネットにあげるなら、拡散されてここが有名になるかも。

私は別にいいけど、千夜は……大丈夫そうだね。


「私はいいよ。千夜ちゃんと確認取ってね」

「私も大丈夫。お客さん来てるから、早めに撮って」


四百円を受け取った時くらいに、小学生が店に来ていた。 

早めに済ませないと、後が支える。


「んじゃ撮るよ〜」


スマホのカメラを自撮りモードに切り替えて、ポーズを取る女子高校生達。

私は特にポーズは取らずにニコニコしてるだけ。

千夜は……私と同じみたい。


「ありがとうございました〜」


女子高校生達はまたクスクス笑いながら店を出ていった。

……何がしたかったのやら…


「あの…これを……」


私が首を傾げていると、小学生がグミを持ってきた。

何処にでも売っている、よくある三角袋のグミ。


「それは五十円だね」


私がそう言うと、小学生は十円を五枚渡してくる。


「はい、五十円ちょうどね」


私が五十円を受け取ると、小学生はスタスタと店から出ていった。


「あれが最後じゃない?」

「……確かに、もう誰も歩いてないや」


頑張ると意気込んだものの、もう下校が終わり、小学生も中学生も高校生も歩いてない。

これじゃあ、お客さんは来ないだろうね。


「仕方ない、ちょうどいい時間だし、お昼休憩にしようかな。千夜も食べていかない?」

「いいね。じゃあお邪魔させてもらおうかな」


私は、一度扉を閉めて『休憩中』の看板を吊るす。

そして、千夜を連れて二階へ向かった。




数日後


「最近、やけにお客さんが多いわね」

「夏休みだから……にしては、社会人が多いね」

「しかも、探索者が何人も来ることもあったわよね?どうして急にお客さんが増えたのかしら?」


夏休みが始まってから数日。

何故か沢山のお客さんが訪れ、店はそこそこ賑わっていた。

お客さんが来てくれるのは嬉しいけど、何がありそうで怖い。


「よし、今はお客さん来てないし、一回お昼休憩にしようよ」

「分かったわ。先に二階に行ってるよ」


私は、扉を閉めて『休憩中』の看板を吊るす。

そして、お母さんと一緒にお昼ごはんを作っていると、店の電話が鳴った。

私はお母さんにご飯作りを任せ、急いで一階に降りる。


「はい『榊屋』です」


受話器を取ると、聞き覚えのない声が聞こえてきた。


『あっ、すいません、お食事時に……あの、東京放送局の者なのですが、お時間いただけないでしょうか?』


東京放送局?

テレビ局の人がうちに何のようだろう?


「はい、構いませんよ」

『ありがとうございます!早速で申し訳ないのですが、お店を取材させていただけないでしょうか?』

「……はい?」





「えーっとつまり、私が千夜と一緒に写っていた事で、ネットでうちが噂になっているという事でよろしいでしょうか?」

『はい。SNS上では、『#剣聖の親友』という形で投稿されていまして、かなり注目を集めていらっしゃるのですよ』

「はあ……そもそも、誰がそんな投稿を……あっ」


そう言えば、終業式の日に来た女子高校生達がネットに上げるとか言ってたような…

アレのせいか……これは面倒くさい事になった。


『日本でも有数の知名度を誇る英雄候補者である剣聖・神科千夜様の親友となれば、あっという間に日本中に噂が広がるでしょう。それに駄菓子屋を経営しているのであれば、今回の放送でさらに知名度に火が付き、そちらの売り上げ向上にも繋がると思いますが……どうでしょう?』

「……そうね」


確かに、ニュースになれば多くの人がこの駄菓子屋について知ることになるだろう。

そして、“『剣聖の親友』が経営している駄菓子屋”に興味を持った人が、うちに来るかも知れない。

でも――


「とても素晴らしい話だとは思いますが、お断りさせていただきます」


私はこの話を蹴る事にした。


『…そうですか。その理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?』

「理由は――」


私がこの話を蹴った理由。

それは、千夜の知名度を使っているから。

もちろん、売り上げのためなら千夜の知名度を使うことだってする。

でも、ネットやニュースで有名になった理由は、『剣聖の親友』という部分。

駄菓子屋が有名になった訳じゃない。

“私が”有名になった事で、私が経営する駄菓子屋が認知されるようになった。

そして、私に対する熱が冷めれば駄菓子屋に来る人はこれまでと変わらなくなるだろう。

一時稼げるだけでも充分だけど、私が求めているのはそうじゃない。


「この駄菓子屋は、私のご先祖様が代々受け継いできたものです。『剣聖の親友』の店ではなく、私と私のご先祖様の店です。そんな事で儲けるよりも、地道に頑張りますよ」

『…プライド、ですか?』

「まあ、そんなところです」


私の思いを語ると、以外にも簡単に引き下がってくれた。

もっとゴネられるかと思ったけど、結構潔いね。

何度か電話越しに頭を下げて、私は電話を切った。

はぁ……なんか疲れた。


「お母さ〜ん。ご飯できたー?」


私は疲れを癒すためにお母さんに甘えに向かった。


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