第71話駄菓子屋のお客さん
お風呂と食事を終えて、駄菓子屋に帰ってきた私達は、布団を敷いて寝る準備を始めた。
ここには布団も毛布も三つあるんだけど、二つしか出してない。
どうせ、千夜は私に抱きついて寝るだろうし、お母さんも出来るだけ私の近くで寝たいはず。
わざわざ布団を一人一つで使う必要はない。
「そろそろコインランドリーにでも持って行って、洗濯しないと……臭いが出てきた」
「残ってる一つも洗濯したほうがいいわよ。梅雨と比べればいくらかマシだけど、日本の夏は蒸し暑いからね。布団にカビが生えても知らないわよ?」
お母さんに駄目出しされちゃった。
確かに布団にカビが生えるのはやだなぁ。
しっかり防カビしないと、あっという間に広がるからね。
…そう言えば、エアコンの風もカビ臭い。
ハウスクリーニングに依頼して掃除してもらいたいけど、ダンジョンがバレるかも知れないと考えると簡単には呼べない。
やり方を調べて、自分で掃除しようかな?
「カビといえば、うちにカビの生えは食パンがあったはずなんですけど、琴歌おばさんは食べてないですよね?」
「私はごはん派だから食パンは食べないわ。でも、どうしてすぐに捨てなかったの?」
「寝起きでめんどくさかったので、後で捨てようと放置してまして……」
カビたパンなんてすぐに捨てればいいのに。
うちの食材は全部千夜が管理してくれてるから、いつも安全な食材が揃ってます。
…もしかして、古い食材を千夜が持って帰ってるのかな?
それで、カビの生えは食パンなんてものが千夜の家にあったり……
ごめんね千夜。私の食べ残しを渡しちゃって。
……いや、千夜なら私の食べ残しくらい喜々として持ち帰りそうだね。
うん、これからも残さず食べよう。
まあ、こんな感じで偶に雑談を挟みつつ、布団を敷き終わった。
「よし、じゃあもう寝よっか」
私がそう言って寝転がると、千夜がそれに続いて私の隣に寝転がってくる。
そして、そのまま私を抱きしめてきた。
…そう言えば、レストランで抱きしめてもいいって言ってたような…
千夜がすごく嬉しそうな笑顔で私の事をぎゅ〜〜っと抱きしめる。
……悪くないかも。
すると、お母さんが溜息をついた。
「この調子だと私は要らなかったかもね」
いやいや!お母さんがいないと安心して眠れない。
いつ襲われるか分からないんだから、お母さんが隣にいる事で、私を守ってほしい。
「私、お母さんがいないと安心出来ないなぁー」
「そう?でも、千夜ちゃんに抱きしめられて、嬉しそうじゃない。二人でイチャイチャするのに、私は邪魔でしょ?」
イチャイチャ……別にそういう事がしたい訳じゃないんだけど。
確かにこの状況は嫌じゃないけど…
「琴音」
「ん?どうしたの?」
私が振り向くと、千夜が私の顔を引っ張って胸に押し付けてきた。
あっ……すごい弾力…
「ほら、イチャイチャするのに邪魔じゃない。今からでも、千夜ちゃんの家に行ったほうがいい?」
「だ、大丈夫。ここに居て」
お母さんにはここに居てもらわないと。
それに、わざわざまた帰ってきてもらうのもあれだし、最初からうちに居てほしい。
……何より、まだ私の心の準備が出来てない。
せめて、十八歳になってから…
「……まあ、もう十一時なんだし、程々にね?」
お母さんはそう言って部屋の電気を消す。
そして、隣の布団に入っていった。
「おやすみ琴音、千夜ちゃん」
お母さんは寝るのが早い。
目を瞑れば、一分も経たずに寝てしまう。
多分、今日もすぐに寝るだろうね。
お母さんの様子を観察していると、千夜が私の服を引っ張る。
「おやすみ」
千夜もそう言って目を瞑った。
…あれ?二人共寝るの早くない?
わ、私も寝よう。
その後、普通に寝てしまい、朝不機嫌そうな千夜のご機嫌取りに苦労した。
◆
正午
駄菓子屋は今日もお客さんゼロ。
そろそろお腹が空いてきたし、一回お昼休憩を挟もうかなぁ〜?
「琴音。はい、お昼ごはん」
「あっ、ありがとう。お母さん」
お母さんが二階からお昼ごはんを持ってきてくれた。
やっぱりお母さんが居るといいね。
いちいち二階に行かなくていいし。
私はお母さんのありがたみを噛み締めながら、お母さんの作ってくれた美味しいお昼ごはんを食べる。
「すいません…」
ギリギリ聞き取れるくらいの小さな声で呼ばれた。
お客さんだ!!
「いらっしゃいませ〜」
私は急いでご飯を飲み込み、箸を置く。
お客さんを探すと、ラムネが置かれている冷蔵室のそばに小学生よりも小さそうな男の子がいた。
「僕、ラムネが気になるの?それはシュワシュワしてるから、君には早いんじゃない?」
私がそう言うと、ラムネから離れる男の子。
今度は、小さなチョコを手にとってまじまじと見つめている。
チョコが食べたいのかな?
男の子は店の中をキョロキョロ見回して、他の駄菓子屋を探す。
まだ時間がかかりそうだし、お昼ごはん食べちゃおう。
私がお昼ごはんに再び手を付けた時、男の子が走って逃げ出した。
――万引きだ。
私はカウンターから飛び出し、男の子を追いかける。
幼稚園児くらいの男の子と、探索者じゃあ身体能力に差があり過ぎる。
私はすぐに男の子を捕まえて、手に持っている物を確認する。
「僕〜、これまだお金払ってないよね〜?」
私は、あえて周りの人に聞こえるように少し大きな声で話す。
すると、近くを歩いていた人達がこっちを見てくれた。
さて、ここからは優しく接してあげよう。
いざという時に、周りの人が証人になってくれる。
「ちゃんとお金を払わないと、お姉さん困っちゃうなぁ」
「……」
「僕、お金持ってる?」
「……ない」
なるほど……元々万引きするつもりだったのね。
可哀想だけど、子供の教育のためにもタダであげるなんて事はしない。
「お金がないんじゃ仕方ないね、このお菓子は返してね?また今度、お母さんと一緒に買いに来て「ちょっと!」…ん?」
私が優しく諭していると、後ろからおばさんの声が聞こえてきた。
振り返ると、いかにも面倒くそうな顔の小太りなおばさんがズカズカとやって来た。
「ちょっとあんた!!うちの子に何してるの!!」
「この子がうちの商品を盗ったんですよ。まあ子供なので、商品を返してもらって済ませるつもりです」
私がそう言うと、おばさんは偉そうにふんぞり返って、
「別にいいじゃない、くれたって」
そんな事を言ってきた。
このBBA、頭大丈夫か?
「それ、チョコレートでしょ?うちの子が掴んでたせいでちょっと溶けてるわよ?そんなものを棚に戻すの?」
「はぁ?そんなわけないじゃないですか。こっちで処分しますよ」
「ふ〜ん?つまり捨てるのね?じゃあ、いいじゃない、くれたって」
…いや、意味が分からん。
要は、『捨てるならよこせ』って言いたいんだろ?
でも、このチョコを捨てる理由を作ったのは、お前のガキが万引きしたからなんだよ。
そのくせこのチョコをよこせ?こいつ、頭大丈夫か?
「あのですね?このチョコを捨てる理由を作ったのはおたくのお子さんですよ?それなのに、よこせと?私がお子さんになにかして、そのお詫びとしてあげるならまだしも、被害者はこちらですよ?」
私は至極真っ当な返事をするが、世の中話の通じない馬鹿というのがいるらしい。
「うるさいわね。うちの子がこんなに怯えちゃってるじゃない!!そのお詫びよ。お・詫・び!」
まったくもって意味不明な理由で詫びを求めるBBA。
呆れた…まさか、ここまで話が通じないとは…
「はぁ…あのですね、私は一般常識を子供にも分かりやすく、そして優しく教えただけなんですよ?それで泣くという事は、その子が怒られていると思ったからでは?つまり、怒られるような事をしたという自覚があるという事で「うるさい!!」っ!?」
BBAが、急にヒステリックな声を上げて私の話に割って入ってきた。
「ヤンキーバイトのくせに生意気ね!!さっさとその駄菓子を渡しなさいよ。どうせ潰れる店の商品なんだから、別にいいでしょ!?」
……あぁ?
このクソBBAは、今なんつった?
どうせ潰れる店だと?
私は頭が沸騰するほどの怒りを覚える。
その強烈な怒りは私の中にある魔力を呼び起こし、私の身体を包み込む。
「私の店が…どうなるって?」
殺気や敵意、悪意に疎い一般人でもこれには気付くだろう。
何故なら、本来であれば人の目には見えないはずの魔力が、一般人にも見える程の厚さで私の身体を包み込んでいる。
クソBBAは、腰を抜かしてへたり込んでいる。
その顔は青色を通り越して白くなっていて、額には冷や汗が流れている。
「私がヤンキーバイトってのはどうでもいい。一応、これでも店長なんだけど、まあ私は気にしてない。私が聞きたいのは、私の店がどうなるって言ったかだ」
「え、えっと……そ、そのぉ……」
「もう一回言ってみろよ。ちょっと雰囲気が変わったくらいで物が言えなくなるのか?」
「……」
…チッ、こんな奴にまともに話した私がバカだったか。
もういい…
「その駄菓子はくれてやる。二度と私の店に近付くな」
私はそう言って踵を返す。
手を出せば私が悪くなる。
このまま帰って、何事もなかったかのように振る舞えばいい。
落ち着け私、あんなクソの相手をする必要なんて無いんだ。
畜生相手にキレてどうする。
あの店を守れるのは私だけ、こんな事でヘマはしない。
私は自分にそう言い聞かせ、駄菓子屋に戻った。
「なるほどね……まさか、ここに例の泥ママが現れるとはね」
駄菓子屋に帰ってきた私は、店頭で待ってくれていたお母さんにさっき起こった事を話した。
どうやら、お母さんはあのクソBBAの事を知っているらしい。
「知ってるの?」
「知ってるよ。だってあの泥ママはあのマンションに住んでるんだもの。マンションではある意味有名人よ?誰彼構わず泥するってね」
「ふ〜ん……でも、うちにあいつが来てるの見たことないんだけど?」
すると、お母さんはニヤニヤ笑って教えてくれた。
「昔、あの泥ママが家に来たことあるのよ?でも、玄関先でちょっと話すくらいだったんだけどね。まあ、その時に運悪く私に恨みを持つバカが、私の事を狙いに来てね。あの泥ママは私の事を暴力団の関係者か何かと勘違いしたらしいのよ」
「いや、元暴走族の総長なんだから、あながち間違ってないでしょ…」
「まあ、そうだけど……で、その事をママ会の時に話したら、正しい知識を持ってる人が『あの人は元暴走族の女総長だよ』って言ったらしく、完全にヤバい奴認定を受けてあっちから逃げていくようになったのよ」
そんな誇らしげに言われても、まったくすごいと思えないんだよね。
要は、話の通じない泥ママにヤバい奴認定されるほどヤバい奴ってことだよ?
複雑な気分だなぁ…
「…それなら、お母さんを連れてくれば良かったね。あのBBAの事だから、お母さんを見た瞬間逃げ出しそう」
「そうね〜。でも、もう私が出るまでもないでしょ」
「…私がやばい奴認定されたってこと?」
店に来ないのは嬉しいけど、なんか複雜な気分。
「一般人に見えるくらい魔力を放って威圧したんでしょ?それをやばい奴と言わずとして何と言うのかしら?」
「……要注意人物」
「意味一緒じゃない…」
はぁ…また魔力操作の練習でもして暇つぶししよう。
久しぶりのお客さんが、あんなのとは…
私が軽く落ち込んでいると、サラリーマンらしき中年のおっさんが二人やって来た。
「いらっしゃいませ〜」
私はすぐに営業スマイルを貼り付けてニコニコ対応する。
おっさん達は何やら混乱している様子。
「えっと…君はバイトでここにいるの?」
またバイトか…
私って、そんなにバイトみたいに見えるのかな?
「いいえ。私はこれでもここの店長ですよ?」
「えっ!?前に来たときは、お婆さんが居たような…」
なるほど、この人はお婆ちゃんが居るときに、ここに来たことがあるのか
「それは、私のお婆ちゃんですね。お婆ちゃんは少し前に他界しまして…今は、私が店長です」
私がお婆ちゃんが亡くなった事を伝えると、『しまった!』という表情を見せた。
「それは…お悔やみ申し上げます」
「ありがとうございます。またこの店に来ていただいて…お婆ちゃんも喜んでいると思います」
流石社会人。しっかりと礼儀は弁えてる。
あの泥とは大違いだ。
「これから会社に帰るところなので、同僚に何か買っていきますね」
「それは――ありがとうございます!」
さっきの泥ママの件があるから、このおっさん…いや、おじさん達が聖人に見える。
おじさん達は、カゴに沢山駄菓子を入れて、カウンターに持ってきた。
私はそれを丁寧にレジを通して袋に詰める。
「ありがとうございました〜」
おっさん達は『また来ます』と言って帰っていった。
嬉しいなぁ…あの泥ママへの対応で荒んだ心が治っていく。
このままお母さんと千夜に甘えられればどれだけ嬉しいか。
「呼んだ?」
よっしゃあ!ナイス、お母さんの超直感。
「お母さん、膝枕して」
私は、お母さんに膝枕を要求する。
飼い主に甘える子犬のような目でお母さんにすり寄れば、お母さんは確実に私を甘やかしてくれる。
「もう、仕方ないわね」
お母さんはそう言いつつも嬉しそうに膝枕をするための座り方をする。
私はそこに頭を乗せて、言葉にできない幸福感に包まれた。
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