第69話入浴中

サウナ


…千夜が来ない。

まさか、私の計画がバレたのか?

でも、千夜なら気付いてても来そうだけど…いや、そう言えばお母さんが居たね。

多分、お母さんが連れ回してるんだろうなぁ。


「…出ようかなぁ」


一応、前にあるテレビを見てるから、耐えられないくらいヒマって訳では無い。

でもね?一人で来てる訳じゃないのに、一人でこんなところにずっと居るのは寂しいじゃん?

せっかく千夜とお母さんと来てるんだから、もっと楽しまないと。

そう思ってサウナを出ると、ちょっと離れた所でジェットバスに浸かって気持ち良さそうにしてるお母さんと千夜の姿が見えた。

あっ、千夜が私に気付いた。

とりあえず、あっちに行く前に水風呂に入ろう。


「サウナの後は水風呂だよね」


私は、桶に水をたっぷり入れて、頭から浴びる。

水風呂に入る前に、しっかり汗を流しておかないと。

マナー違反をするようなモラルの欠けた人間じゃないからね、私は。

汗を流し終えると、ゆっくりと水風呂に入る。

いきなり、飛び込むと体がびっくりするから、足からちょっとずつ。


「ふぅ〜」


全身水風呂に浸かると、体から一気にサウナで温められた体温が抜けていく。

この感覚が最高に気持ちいいんだぁ〜。

…ちょっと気が散るなぁ。

さっきから、チラチラと視線を感じて気が散る。

まあ、誰が私を見ているかは分かってる。

私が彼女の方をチラ見すると、たまたま目があってお互い目をそらす。

…うん、千夜だね。

やっぱり気になるよね〜。

充分熱も冷めたし、千夜の隣に行こう。

私は水風呂から上がり、千夜とお母さんがいるジェットバスに向かう。

そして、千夜の隣に座る。


「おかえり。サウナは気持ち良かった?」

「そりゃあもちろん!お母さんが千夜を連れ回してなかったら、もっと気持ち良かったんだけどなぁ」


私は、浴槽の中で千夜の手を握る。

私に握られた自分の手と、私の顔を交互に見た千夜は視線で何か訴えてくる。

私はそれに返事を返すようにニコニコすると、千夜の顔がみるみる明るくなっていった。


「琴音も早く入りなよ。私が邪魔なら言ってね?私もサウナに行ってくるし」


お母さんに急かされて浴槽へ入った私に、千夜がもたれかかってきた。


「冷たい」


濡れた髪に当たったのか、そんな事を言われた。

もう一回頭を洗うべきだったかな?

…でも、体が冷えてる今だから、この千夜の体温をしっかり感じられる。


「千夜の体はとっても温かいよ」


思った事をそのまま話すと、千夜がピクッと震えた。

多分、恥ずかしかったか、嬉しかったか。

まあ、両方って可能性もあるんだけど。

すると、千夜が私の耳元に口を持ってきて、誰にも聞こえないように小声で呟いた。


「琴音、大好き」


はぅ…

ふ、不意打ちを食らった…

これは不味い…クリーンヒットしてる…

…しかも、千夜が期待の眼差しで私を見てる…

これはあれか…?

私も言わないと駄目なやつなのか…?

私は助けを求めようとお母さんの方を見ると、くっっっそ腹立つ顔でニヤニヤしてやがる。 

お母さん、あんたの入れ知恵か…


「琴音?」

「うっ…」


私が返事をしなかったせいで、千夜が悲しそうな目で私を見てくる。

…その後ろでお母さんがまたニヤニヤしてる。

これもお母さんがやったのか?

余計なことを…

はぁ…大丈夫。大丈夫だ琴音。

友達に対して言ってると思えばいい。

相手は親友の千夜だぞ?親友に対して『好き』という事は珍しくない。

大丈夫。大丈夫だ。


「わ、私も…」

「私も?」


千夜が一気に嬉しそうな表情を見せる。

うわぁ…こんな顔されたらやっぱり無理なんて出来ないじゃん。

こんな事ならサウナに閉じこもっていればよかった…


「その…す…えっと…す、好きだ……よ……」


私が『好き』と言ったあたりで、大浴場に妙な気配が現れた。


「……あっ!ごめん、ちょっと変な気配に気を取られてて聞こえなかった」


ナイスゥゥーーーー!!!

よくやった名も知らぬ不審者よ!!

この欲望渦巻く邪な気配は、女湯を覗きに来た変態だろう。

気配がする場所には誰もいないけど……透明化の魔導具でも使ってるのか?


「何か投げるもの無い?」


千夜は、遠距離から攻撃して変態さんをダウンさせるつもりらしい。

投げる物か…


「パラポネラの毒が塗られた針ならあるけど?」

「いいわね。それ貸して」


おー、悪い顔してるねぇ〜。

調子に乗って、女湯を覗きに来た変態さんに、激痛毒針のサービス。

流石千夜、容赦ないね!

…まあ、毒針の話を出したのは私なんだけど。


「はい。くれぐれも外さないようにね?」

「分かってる。確実に当てるよ」


そう言って、千夜は毒針を受け取ると、一見何もないところに毒針を投げる。

すると、

 

「ぎゃぁぁぁぁあああああああ!!!」

 

毒針が姿を隠した変態さん突き刺さり、あまりの痛さに悲鳴を上げた。

あっ、透明化が解けた。

変態さんを隠していた透明化が解かれ、女湯におっさんが現れる。

大浴場にいた女性達は、突然悲鳴が聞こえたかと思えば、おっさんが女湯に現れ、のたうち回ってる様子に思考がショートしてる。

しかし、 


「キャァァァァアアアアアアアアア!!!」


いち早く我に返った人が悲鳴を上げた事で連鎖的に全員が我に返る。


「嫌ァァァアアアア!!!」

「変態ッ!!変態ッッ!!!」

「どっから現れたのこのおっさん!!?」


女湯は大混乱。

騒ぎを聞きつけて、脱衣所や露天風呂からやって来た人達も女湯におっさんが居ることに困惑している。

すると、千夜が手を叩いて叫ぶ。


「落ち着いて!!落ち着いて下さい!!!」


若干魔力を纏わせた大声には、『英雄候補者』らしい覇気があり、女湯は千夜の覇気によって一気に静かになった。

静かになった事を確認した千夜は、魔法で体に付いたお湯を払うと、瞬間着脱を使いフル装備になる。

服の代わりのようだ。


「落ち着いて下さい。この変態の対応は私がします」


千夜は凛とした態度で、落ち着くよう促すと、変態さんの元へ向かう。


「あれ、『剣聖』じゃない?」

「嘘っ!?ほ、本物なのかな?」

「でも、瞬間着脱を使ってたよ?本物なんじゃない?」

「あれが噂の『剣聖』さん…すごくかっこいいわね」

「ね?高校生って聞いてたけど、大人とそんなに変わらないわよ?」


あちこちから聞こえてくる話し声に、千夜は満更でもないという表情をしている。

普通に嬉しかったんだね。

変態さんのそばに来た千夜は、毒針を回収すると解毒ポーションを飲ませる。


「い、痛みが引いた?」

「そうよ。その痛みはこの毒針が原因だからね、解毒ポーションを使えば良くなるわ」


…あの毒針は私のなのに…

まるで、千夜の持つものの一つみたいに自慢しちゃって…

私はその不満を視線に込めて千夜を睨みつける。


「で?どうしてこんな事をしたの?」


すると、私の不満を感じ取ったのか、話を本題ヘ移す千夜。

千夜の質問に対して、変態さんは当然とでも言いたいような声で答える。


「どうしてって…透明化の魔導具を手に入れたんだぜ?やるこたァ一つだろうよ」

「…女湯を覗くことが、それなの?」

「おう!」


こいつ、悪びれもせず…

千夜も額に手を当てて呆れてるじゃん。


「にしても、どうして俺がいるって分かったんだ?見えないはずなのに…」


はぁ…この変態さんは『英雄候補者』を舐めてるな。


「透明化程度で『英雄候補者私達』を欺ける訳ないでしょう」

「ほへー、流石『剣聖』さんだなぁ。俺もそれくらい強くなりたかったなぁ……今からでも鍛えたらいけるか?なあ、『剣聖』さんよ、俺を弟子に「黙れ」ッ!!?」


あらら、怒らせちゃった。

千夜は、魔力と殺気を放ちながら、冷ややかな声で変態さんを黙らせる。

正直、覇気と殺気が強すぎて、空気が二、三度下ったような気がする。

ほら、一般人の皆さんが全員震えてる。


「お前みたいなお調子者が居るせいで、探索者の印象が悪くなるのよ。いや、お前の場合はただの馬鹿だな。身の程を弁えろ。それが出来ないのなら、少しでも他人に気を遣え。世界はお前を中心に廻ってる訳じゃないのだから」


相手が一般人なら、呼吸困難になりそうな程の威圧を掛けながら説教をする千夜。

あの馬鹿も自分の置かれている状況を理解したらしく、顔を青褪めている。


「とりあえず警察だな。そして、魔導具を犯罪行為に利用したとして組合に報告する。反省しろよ」


千夜は、そう言って変態さん…いや、お馬鹿な変態さんの首根っこを掴んで引きずっていった。

あれで更生しないようなら、私の方から根回ししてもらうよう榊にお願いして、全ての探索者の名誉の為に掃除をしよう。

まあ、アレみたいな馬鹿は逆ギレして千夜に復讐しようとする。

そうなると、榊が黙っちゃいない。

私が何かする前に、榊が勝手にアレを粛清するだろうね。


「さて、千夜ちゃんが出ていったわね」

「…そうだね。私に何か?」

「そうね〜」


すると、何故かお母さんが私の耳元に近付いてきて、囁いてきた。


「貴女の『好き』、千夜ちゃんにバッチリ聞こえてたわよ?」


…爆弾が投下された。

つまり、千夜は私を安心させるために聞こえてないフリをしてたの?

いや、多分あの変態さんはたまたま乱入してきたはずだから、アドリブで聞こえてないフリをしてたのか…

…ん?お母さん、上がるのかな?


「どこ行くの?」

「サウナよ。一人ぼっちで放置されてた琴音の気持ちを味わってくるわ」


サラッと嫌味みたいな事を言われたけど、怒らないように努力する。

本当は、後ろから冷水をぶっかけたいけど、返り討ちに遭う未来は目に見えてるから止めておこう。

私は、お母さんがサウナに入っていくのを見送った。



…あれ?また一人ぼっちじゃね?

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