第68話そうだ、スーパー銭湯に行こう

私はカレンダーにバツを付ける。

今日も一日が終わったという印。  

そして、バツの印を付けた隣を見て、深い溜息をつく。

明日はお母さんが駄菓子屋に帰ってくる日。

一週間という時間は、あっという間に過ぎていった。

―――だってお客さんが誰も来ないんだもん。

お客さんが誰も来ないから、一日を魔力操作の練習に費やして気付けば夕方、なんて事もよくあった。

泥棒に入られないのかって?

……うちに盗むようなものがあるとでも?

前に、なんか怪しい奴が現れたけど、ラムネだけ買ってどっか行きやがった。

動きが泥棒のそれだったんだけど、店内を見回した後、呆れたような表情でラムネを買って帰った。

あの時キレなかった私を褒めてあげたい。

泥棒は犯罪だ。犯罪なんだけどさ?

ちょっと店内見回して、『チッ、湿気てんな』で帰るのは失礼過ぎない?

次あいつを見かけたら、ギンピギンピを模した針刺してやる。


「はぁ……」


無駄に怒ったせいで、無駄に疲れた。

どうしよう、今日はダンジョンに潜らずにそのまま寝ようかな?

…いや、先にお風呂に行くか。

となると、また魔力操作でもして時間を潰すか。

私は魔力操作の練習を再開して、暇つぶしをしていると、店の裏口から誰か入ってきた。


「琴音ー!来たよー!」


千夜私の財布だ。

…いや、私の事を好きでいる人を財布呼ばわりするのは、失礼極まりない事は知ってるよ?

知ってるんだけど…


「あっ、居た居た。無くなってた野菜と調味料と…あと、お肉と卵を買ってきたよ。それと、お菓子とコーヒーと紅茶と炭酸水と新しい蛍光灯とトイレットペーパーとティッシュと歯磨き粉と歯ブラシ。それから―――」


まあ、そういう事。

なーーんにも買わなくても、うちには大体揃ってる。

何故なら、千夜が全部用意してくれるから。

…何なら、日用品に関しては私よりも千夜の方が現状を知ってるっていう。

まだ付き合ってる訳じゃないのに、私の生活は千夜に管理されてます。


「ティッシュって…まだ残ってたよね?」

「開いてないティッシュが一つしか無かったからね。早めに買っておいたの。トイレットペーパーもロールが三つしか無かったから買っておいたよ?」

「ソウナンダー」


別にもうちょい少なくなってから買えばいいのに。

それと、あの茶封筒は何だろう?


「ん?やっぱりコレが気になる?これはね、琴音の為に用意した一週間分の娯楽用のお金だよ」

「……はい?」

「まあ、簡単に言えばお小遣い」

「えーっと?私、そんなの無くても千夜のおかげでお金には余裕が…」


余裕があるとは言い切れないけど、少なくとも生活費は千夜が全額負担してくれてるから、駄菓子屋の事にお金を使えてる。

娯楽は大事だけど、店の方が大事だからそのお金も店の維持費に使うと思うんだけど…


「まぁまぁ。とりあえず受け取ってよ。私は別に困ってないからさ」

「…私を骨抜きにする気?」

「出来るなら」

「おい」


千夜はとんでもない事を言いながら、茶封筒を私に押し付けてくる。

流石にこんなの受け取れない。

私は必死に押し返すけど、千夜はそれ以上のちからで押し付けてくる。

結局私が押し負けて、受け取る事になった。

何だろう、心が痛い。

……はぁ、仕方ない


「分かったよ。じゃあ、このお金スーパー銭湯にでも行って、そこで夜ご飯を済ませてくる」

「…私の手料理じゃあ不満?」


千夜は、私が夜ご飯を外食で済ませるという事を聞いて、不満そうにする。

……私じゃなくて、千夜の方が不満そうじゃん。


「そんな事ないよ!ただ、今日は疲れたからお風呂に入って、すぐ寝ようと思ってたの。でも、千夜がこうやってお小遣いをくれるなら、ちょっと贅沢しようかな〜?って」

「ふ〜ん?じゃあ、私も銭湯に行く」

「え?…お母さんはどうするの?」

「ん?『琴音とスーパー銭湯に行ってきます』って連絡しておけばいいじゃん。一人にするのは可哀想だけど、琴音と一緒にお風呂に入れるいい機会だしね」


いや…私としては、お母さんと一緒に居てほしいんだけどなぁ。

お母さんって意外と寂しがりやだから、誰か居てあげないと落ち込んじゃうんだよね。

……お母さんも誘うか?


「じゃあ、お母さんも呼んでいい?一人だけ仲間外れは可哀想だし」

「別にいいよ?琴音がいいならね」

「分かった。じゃあ電話してくるね。お母さんが来てくれたら、千夜はお母さんのバイクに乗ってくれないかな?」

「ん」


若干がっかりしてるね。

そんなに私と一緒にお風呂に入りたかったのか…

私が落ちればいつでも一緒に入れるのになぁ。

私はそんな事を考えつつ、電話でお母さんを呼んだ。






某スーパー銭湯


スーパー銭湯にやって来ると、お母さんが嬉しそうに話し始めた。


「ここに来るのは初めてね。まさか、琴音の元に帰る前にこんなサプライズをしてくれるなんてね」

「サプライズ…というよりは、お母さんを一人ぼっちにするのが可哀想だったのと、私の原付きには千夜を乗せられないから、お母さんのバイクに乗せてもらおうと思ってさ」

「いいじゃない、そんな細かいこと気にしなくても」


どうやら、お母さんは私と一緒にここに来られた事が重要で、後のことはどうでもいいみたい。

にしても、お母さんと銭湯か…

…そうだ、釘刺しておかないと。


「お酒は無しだよ?」

「うっ……分かってますよ。私だって学習したんだから。箱根の時みたいな事はしないわ」


あの時は本当に酷かった。

思い出したくないから深くは考えないけど、本当に酷かった。


「大丈夫だよ琴音。元々琴歌おばさんはお酒飲めないから」

「…はい?」

「私が禁止してるんだよ。ちょっと前まで、毎日毎日身体を壊しそうな量のお酒を飲んでたんだよ?色々と心配だから、タバコと一緒にしばらく禁止にしておいた。あっ、駄菓子屋に帰った後も有効だから、琴音が見張っておいてね?」


えぇ…私が見張るの?

絶対、見張れないと思うけどなぁ〜。

多分、私がお母さんにそれをしたら喧嘩になる。

そして、私は喧嘩したくないから、『いいよ』って言っちゃうと思う。

どうしよう……守れなかったら私が千夜に怒られるよね?

お母さんの方をチラ見して、お願いしてみる。

『千夜に怒られたくないから、お酒飲まないで下さい』って。


「何目配せしてるのかなぁ?」

「えーっと…ちょっとナイショの話」

「ふ〜ん?」


千夜が私に無言の圧力を掛けてくる。

言葉には出してないけど、『絶対飲酒喫煙させるなよ?一滴でもお酒を飲ませたら…わかってるな?』って脅されてる。

何故か体が勝手に反応して、何度も首を縦にふる。

すると、それを見たお母さんが面白そうにしてる。


「ふふっ、琴音は完全に尻に敷かれてるわね」

「そ、そんな事は…無い……はず」


私が自信なさげに答えると、千夜が胸を張ってお母さんに向き直る。


「大丈夫ですよ。琴音の事は、全て私が管理しておくので」

「そうね。しっかりと主導権を握って置くのよ?貴女は強い女なんだから」

「はい!」


…気が強い女同士で仲良くなってる。

こういう所は、あのお父さん譲りなのかも。

まっ、ダラダラしてても千夜が全部やってくれるなら、尻に敷かれるのも悪くない…かも?


「よし!じゃあ、そろそろ中に入ろうか」


何故かお母さんが先頭に立っている。

…おかしいな?私はちょっと贅沢しただけのお風呂に入ろうと思っただけなんだけど…

そんな事を思いつつ、スーパー銭湯の中に入る。

中は結構騒がしく、ゲームセンターやボウリング場等が併設されているらしい。

お風呂から上がったあと、ちょっと遊びに行こうかな?


「思ってたより、色々な施設があるのね。さて、肝心のお風呂はどうなってるのかしら?」


私はお母さんに急かされて、受付カウンターで三人分のお金を払う。

正確には、このお金は千夜がくれたものだから、千夜が払ってるんだけどね?

受付を抜けると、今度は二人から急かされて浴場へ向かう。

…軽い旅行気分じゃん。

何故かノリノリの千夜とお母さんから距離を取りつつ服を脱いでいると、また千夜が変なことを言い出した。


「うわぁ〜!やっぱり琴歌おばさん、スタイル良いですね!!」

「そうかしら?千夜ちゃんだって、とってもスタイル良いわよ?将来琴音が嫉妬しそうな体型ね」


もう嫉妬してるよ。

…というか、無駄に大きい声でそんな事話さないでほしい。

めっちゃ視線集まってるじゃん。


「こうやって琴歌おばさんの身体を見てると、琴音が本当におばさんの娘なのか疑っちゃいますね……あっ」

「……」

「べ、別に、琴音の身体的特徴をバカにしてる訳じゃないよ?ただ、琴歌おばさんの体型がすごくいいから…」

「…どうせ、私はチビでつるぺたですよ〜」


はぁーーー

千夜のせいで、一気に冷めちゃった。

サウナにでも行こうかな?

私、サウナ好きだし。

千夜と一緒にお風呂入らないのかって?

余計なことを言った罰として、私から一緒に入る事はありません。


「ごめんなさい、琴音。本当に、本当に悪気はなかったの。ちょっと口が滑っちゃって…」

「……」


千夜が何か言ってるけど、全部無視。

無視無視!!

私は千夜を無視して先に浴場へ入る。

流石スーパー銭湯。

いつも行っている安い銭湯と違って、かなりの種類のお風呂がある。

さあ、どれから入ろうか……う〜ん、迷うなぁ。

でも、まずは身体を洗わないと。

いきなり浴槽に入るのはマナー違反もいいところ。

しっかりと身体を洗わないと。

私は、頭と身体を入念に洗う。

途中で千夜がやって来て、何か言ってきたけど全部無視した。

正直、何言ってたか覚えてない。


「どこ行くの?」

「…サウナ」 


まあ、一応最初に行くところくらいは教えてもいっか。

どうせ、ほとんどの時間をサウナに使うだろうし、ちょっとした仕返しに千夜をサウナに拘束しよう。

そして、スーパー銭湯を楽しめないようにする。

ふふふ、普通に楽しめると思うなよ?千夜。

あれもこれも、千夜が私のコンプレックスを刺激したのが悪いんだ!!

私は一方的な恨みで薄汚い計画を立て、一人ほくそ笑んでいた。










千夜視点


「どうしよう…琴音を怒らせちゃった…」


サウナに行くとだけ言って、そのまま先に行ってしまった琴音の姿を思い浮かべながら、私は後悔していた。

すると、琴歌おばさんが横から気楽に話しかけてきた。


「千夜ちゃん。琴音を尻に敷くなら、この程度で狼狽えてちゃ駄目よ」

「でも、琴音は間違いなく怒ってましたよ?」


ここは琴音の為に、優しく接してあげたほうがいいんじゃ…

しかし、琴歌おばさんは自身ありげな表情で私を説得してきた。


「大丈夫。琴音だって、千夜ちゃんの事が大好きなんだから、ちょっとくらい大丈夫よ」


う〜ん…大丈夫なのかなぁ?

私はかなり不安だったけど、琴歌おばさんは琴音に意地悪するための計画を話し始めた。


「多分だけど、琴音は仕返しとして千夜ちゃんがスーパー銭湯を楽しめないようにしてくると思うの。それがサウナ」

「サウナ?」

「ええ。琴音はサウナが大好きだから、ずーっとサウナに居られるの。それを使って、千夜ちゃんを他のお風呂に行かせないつもりよ。だから、それを逆手に取って、琴音をサウナに拘束するのよ」


つまり、私がいつ来るか分からないから、サウナで待ち続けるしか無い琴音を放置して、私達だけでお風呂に入ると…

なかなかにえげつない計画だね。

…でも、琴音がそんな事をしようと考えてるのなら、わざわざそれに乗っかる必要はない。

それに、琴音を尻に敷くためにも、琴音の計画には乗らないわ!

ふふっ、琴音の我慢の限界を試すとしましょう。

私は、悪い笑みを浮かべて琴歌おばさんと一緒に色々なお風呂を巡り始めた。

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