第67話緋剣の死後

「その後、私達はダンジョンを脱出し、何があったかを事細かに報告した。…明日香先生の死も含めて」

「そんな事が……」


千夜がそんな経験をしていたなんて知らなかった…

私が知ろうとしなかっただけなのかもしれないけど、千夜も苦しい思いをしてきたんだ。

私が支えてあげないと。

思考の世界から現実に戻り千夜を見ると、千夜は意味深な笑みを浮かべていた


「どうしたの?」

「この話には続きがあるんだけど……聞きたい?」


……普通に聞いてほしいって言えばいいのに。


「じゃあ、聞きたい」

「分かった。…あの後、何か違和感を感じた私はね、あるところを頼って色々と調べたの。例の徘徊ボスの強さから考えて、そんな高難易度ダンジョンに私達のパーティを偵察に行かせるか?って思ってね」


…確かに。

『英雄』ですら本気を出さないと厳しいようなモンスターが出現するダンジョンに、千夜がいるパーティを偵察に向かわせるのはどうかと思う。


「あのパーティには、『日本三大英雄』である明日香先生がいた。それに、『英雄候補者』が二人いた。ここまで聞けば、このパーティが偵察に行くのはおかしくない。でも、そこには私がいるんだよね」

「『英雄候補者』ですらない、弱っちい状態の女子中学生がいたんだよね」

「そうだね。まあ琴音は後でぶん殴るとして、確かにあの頃の私はただのお荷物だったね」


おっと、言い過ぎちゃった。

まあ、一回殴られるくらいで許してもらえるなら、別にいいかな。


「おーい、戻っておいで。話てるんだから、ぼーっとしないでね?」

「はーい」

「はぁ……それでね、私という足枷がいるのに、そんな危険なダンジョンに行かせるのはおかしいんだよ。だから、調べてもらった」


そして、何か見つかったと…


「頭が沸騰しそうになるって、本当なんだね。結果を聞いて本当にそうなった」

「…誰かが糸を引いてたのね。それも、暗殺という形で。違う?」

「ふふっ、大正解。当時の組合長が裏で糸を引いていたの。…まあ、私がマジギレしたのはそこじゃないんだけど」


え?

大恩人を殺されてるのに、怒ってない?

そんなバカな…


「私がマジギレしたのは、その動機だよ。とにかく下らない理由だったからね」

「千夜がマジギレするような動機……どんな理由なの?」


すると、千夜は何故か笑みを浮かべた。

…いや、理由はその表情を見れば分かるんだけどね?


「あのクソ豚野郎の動機は、『フラれたから』。…厳密には、アピールしたのに相手にされなかったとかいうふざけた理由。勝手な逆恨み」

「…ラムネ飲む?」

「ありがとう」


私は、般若の面を付けたような表情をする千夜にラムネをあげる。

千夜が、今までに見たことがないくらい怒ってる。

もう過ぎた話なのに、ここまで怒れるなんて……明日香さんは、本当に尊敬されていたのね。


「ふぅ……ありがとう、落ち着いたよ」

「どういたしまして。それで?その後そのクソ野郎はどうなったの?」

「ふふっ……私が頼ったところに悪事を白日の下に晒され、立場を追われたわ」


そう言えば、前に組合長が資金を横領したってニュースがあったね。

……あれ?そいつって、今でも姿をくらまして逃げてるんじゃ…


「私がね。そんな軽い罰であのクソ豚野郎を見逃すと思う?」

「あり得ないね。それに、千夜が頼ったあるところが許すとも思えないし」

「へぇ?もう検討はついてるんだ?」


千夜が組合長の悪事を暴く為に頼る場所。

そんなの一つしかない。


「警察?圧力が働いて機能しない。政府?賄賂とか色々あるだろうし、そもそも千夜が政府を頼るとは思えないから無し。組合?相手は組合長、証拠を握る潰すのは簡単。裏社会?中学生の千夜にそんなツテがあるとは思えない」

「ふふっ、近付いてきたね」

「そうだね。ここまで来ると、組合長を探れる勢力は限られてくる。そして、千夜と繋がりがある勢力……榊だ」

 

仮にも本家の人間である私を剣術で負かした千夜を、本家の人間が黙って見ているとは思えない。

そして、千夜は本家と繋がりがある。

となると、必ず何処かで千夜と接触してる。

おそらく、大会の後。

明日香さんが死んだ頃には、千夜は榊と繋がっていたはず。

そして、榊ならあらゆる方面から組合長の悪事を暴く事が出来るだろう。

千夜が頼る事が出来て、組合長の悪事を暴く事が出来るような勢力。

それはもう、榊しかいない。


「大正解。警察が頼れないって時点で、普通の手段じゃ無理だと思ってた。だから、普通の手段以外も使える榊を頼る事にした」

「結果、榊は見事に真実を掴んだと」

「ええ。そして、榊は組合長の粛清に動いたわ。理由は、私を危険に晒した事と、明日香先生を殺したこと。明日香先生は天然の天才。出来れば榊に取り込みたかったらしいよ」


でも、組合長に殺されたと……優秀な血筋を重視する榊にとっては、許し難い事態ね。

そりゃあ、粛清しようとするよね。


「クソ豚野郎は、世間的には今も逃亡してるって事になってる。……まあ、見つからないよね」

「…粛清済み」

「さあ?なんのことやら」


千夜は意味深な笑みを浮かべ、立ち上がるとクルクル回る。

よっぽど例の組合長が憎かったみたい。

この様子だと、執行人は千夜である可能性が高いね。

過ぎたことでここまで怒れる千夜が執行した粛清。

一体どんなものだったんだろうね。










あのクソ豚野郎を殺した時の感覚は今でも覚えてる。

自分が仇を討ったという高揚感。

もう先生はいないという喪失感。

他にも、色々な感情が混じり合って自分でもよく分からないくらい心がぐちゃぐちゃになってた。


「拷問……したかったなぁ」


あのクソ豚野郎が榊に捕らえられてから、私がクソ豚野郎と顔を合わせる事が出来たのは一ヶ月後だった。

その頃には顔はやつれて、たっぷり付いていたはずの贅肉が消えていた。

榊による苛烈な報復の結果だろう。

それより、私を見たあのクソ豚野郎の反応。

最初こそ怯えていたものの、私に拷問する気がないと分かった瞬間助けを求めてきた。


『助けてくれ。もうこんな所で拷問されるのはごめんだ。何でもする、だから助けてくれ』


拘束を解かれ、私に縋りついてきたあのクソ豚野郎はそれはもう醜かった。

でも、あの時は我慢した。

そして、元から計画していた芝居をする。


『私はコレをしてるところのトップと関わりがあってね。その人に頼んでおいたよ。貴方を開放するようね』

『ほ、本当か!?』 

『ええ。現に、拘束を解いても何も言われてないでしょ?さっ、早く行くよ。着いて来て』


クソ豚野郎に背を向けて拷問室を出た私は、外にクソ豚野郎を案内する。

道中、クソ豚野郎が気持ち悪い表情をしていた事がなんとなく分かった。

でも大丈夫。

もうすぐこいつは地獄を見て死ぬから。

外に出たクソ豚野郎は、集まった観客を見て困惑してた。


『こ、これは…?』

『ん?観客よ。貴方の公開処刑を見に来た観客』


私がそう言うと、クソ豚野郎は顔をみるみる青くしてた。

滑稽だったよ。 

ついさっきまで、あんな雑な猿芝居を信じていたんだから。

そして、クソ豚野郎は処刑用の椅子に座らされた。


『嫌だ!!止めろ!!こんな所で死にたくない!!』

『喚くなクソ豚。害を振り撒く畜生はと殺されるものでしょう?まあ、お前は畜生以下のゴミだからな、焼却処分しやすいように裁断してやるからじっとしてろ』


私は刀を抜き、右手の指を一太刀で全て切り落とす。


『ぎゃぁぁぁぁあああああ!!』

『うるさいなぁ。これくらいこの一ヶ月間で慣れてるでしょうに』


そう言いながら、左手の指も切り落とす。


『ぁぁぁぁぁあああああああ!!』 


もはや反応するのも面倒くさかった私は、そのまま無言で、両足の指、両手、両足、肘から下、膝から下と少しずつクソ豚の身体を切り落としていった。


『ああ……ああぁ……』

『このまま放っておいても死にそうだけど、せっかくだから打ち首で殺してあげるよ』


私は豚にそう言ってみたけど、目の焦点が合っておらず、聞こえているかも分からない状況だった。

その時はかなり…というか、隠しきれないほど不快だったけど、今はそこまでだ。

まあ、マジギレしてた私は、最後に少しでも多く苦痛を感じさせるために、わざとゆっくり首を切った。


『…これ、調節が難しいな』


首をゆっくり斬る力加減がよく分からず、四苦八苦しながらも三十秒以上の時間を掛けて首を切り落とす事に成功した。

こうして、明日香先生を殺したクソ野郎は死んだ。

思えば、もっと色々な方法で苦しめて殺すべきだった。

上手くやれば、数時間かけてじっくりと殺せただろうに。

まあ、いくら過去を悔やんでも、それが覆る事は無い。

私に出来ることは、今を生きること。


「千夜?いつまで黄昏れてるの?」

「ん?すぐ行くよ」


明日香先生、貴女の死は私の心の中で一生後悔として残るでしょう。

しかし、安心してください。

この後悔をバネに、今度こそ大切な人を守り抜きます。

もちろん、自分の身も。

だから、安心して眠ってください。



私は、手を振る琴音の方へゆっくりと歩き出しだ。

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