第66話緋剣3
『状況は最悪』
そんな言葉がここまで似合う体験をする事になるとは思わなかった。
出口まではあと少しなのに、その少しの距離がフルマラソンのように長い。
この、化け物の群れの前には……
数十分前
「ハァ……ハァ……」
「大丈夫ですか?流石に一人で鉄大蛇の相手をするのは無茶ですよ」
私は今、鉄大蛇という強力なヘビ型のモンスターと一人で戦った明日香先生の治療をしていた。
鉄大蛇は、その名の通り全身の鱗が鋼鉄で出来ていて、尚且つ魔力で強化されているため生半可な攻撃を一切通さない。
また、その巨体に反して身動きが素早く、私では絶対に追いつけない程の速度で動き回っていた。
そんな鉄大蛇を、先生は一人で倒してしまった。
「鋼の鱗なんて……炎で溶かせばいいだけよ。あとは、比較的柔らかい肉が出てくるわ」
「だとしても、一人で挑むのは無茶です。現に、こんなに怪我をして……」
先生が用意した上質なポーションを飲ませ、傷が治りきる前に汚れを拭き取っておく。
ポーションでは病原菌を殺す事は出来ない。
病気を治す特殊なポーションも存在するが、希少さ故滅多に手に入らない。
この洞窟の中では、どんな病原菌が潜んでいるか分からない以上。
傷口から入ってくる病原菌の数を減らすために、傷口付近の汚れを取る。
「消毒液があればいいんですけど……生憎、誰も持っていませんでした」
「別に良いじゃない。私、消毒液が傷口にしみるのキライだし」
「そんな子供みたいな理由で……」
先生なら、傷口に消毒液をしみる以上の痛みを何度も体験してるはず。
その程度の痛みなんて、大した事ないはずなのに…
すると、周囲の偵察に行っていた陽斗さんが私達が隠れている窪みに駆け込んできた。
「明日香さん!明日香さん!ありましたよ!!」
「ありましたって……もしかして!?」
「はい!それです!!出口があったんですよ!!」
出口が……あった!?
転移トラップに引っかかった時の対処法は、転移した先に存在する帰還用の転移魔法陣を使用すること。
陽斗さんは、帰還用の転移魔法陣を見つけたようだ。
「でかした陽斗!!これで帰れるぞ!!」
「はい!幸い、ここからそんなに遠くありませんし、道中でモンスターも見かけませんでした。今がチャンスです!!」
それを聞いた私達は、すぐに立ち上がり、陽斗さんの案内のもと転移魔法陣へと向かった。
「あれです!あれが俺の見つけた転移魔法陣です!!」
「そうか…あれが」
陽斗さんが指差す先に光り輝く魔法陣があった。
そこは、ここからおよそ百メートルほど離れた、対岸というべき場所。
まるで、水の流れていない大きな河川のような形になっていて、こことは反対側に魔法陣があった。
「何か出そうな雰囲気ね……これは、急いで渡った方がいいわよ」
満花さんが、険しい表情で横に広がる窪みを睨む。
確かに何か出そうな雰囲気だ。
イメージだと、ここを降りた瞬間左右から大量のモンスターが押し寄せてくる。
ダンジョンでは、実際にそういう事が起こり得るからこそ恐ろしい。
ある学者は、『ダンジョンは現代人の空想が何者かによって盗まれ、それが現実になったもの』という説を立てた。
また、別の学者は『ダンジョンは誰も入る前は何もない空間。ただし、誰かが入った瞬間その誰かのイメージの通りのダンジョンが出来上がる』という説を立てている。
今のところ、どちらとも有力な説とは言い難いけど、あり得ない話ではない。
すると、先生が手を叩いて注目を集める。
「変なことを考えるのは止めましょう。距離はおよそ百メートルほど。私達が全力で走れば確実に十秒以内には着くわ」
「そうですね。十秒で対岸に行けるのなら、例え窪みの両側からモンスターが来ても間に合いませんよ」
……本当にそうだろうか?
世の中人間では太刀打ち出来ないような化け物が数多く存在する。
対岸まで全力で走れば、十秒どころか五秒くらいで着くはず。
それでも、化け物はそれに追いついてくる。
とにかく、そういった化け物が居ないことを願うしかない。
「準備はいいか?」
明日香先生が私達に問いかける。
これから転移魔法陣へ向かって走るんだろう。
陽斗さんと満花さんは頷いた。
私もそれにつられて頷く。
「じゃあ……行くぞ!!」
先生の言葉と同時に、私達は対岸を目指して走り出した。
一秒経過
窪みに降りると同時に、左右から途轍もない量の気配が現れる。
それも、一匹一匹が私では太刀打ち出来ないほど強い。
二秒経過
現れた全ての気配が私達に向かって走り出す。
幸い、かなりの距離があり、追いつかれそうな気はしない。
三秒経過
窪みの後半に差し掛かり、ゴールはもう目の前という気分だった。
しかし、私はここで違和感を感じた。
果たしてこんなに上手く行っていいのだろうか?
このトラップがこの程度で終わるだろうか?
四秒経過
すぐそこに傾斜が見える。
あとはこれを登るだけ。
その時、私はあのドラゴンと遭遇した時程ではないにしても、強烈な寒気に襲われた。
ナニカが来る!!
「止まって!!!」
私が悲鳴のような声をあげる。
それに驚いた先生達が一瞬速度を緩めた。
それで十分。先生達も気付いたらしく、すぐに足を止めた。
刹那、このまま走っていれば私達が居たであろう位置にナニカが落ちてきた。
そのナニカは、地面に激突すると放射線状のヒビ割れを地面に作り、ムクリと起き上がった。
「%$!*&%#*#$%@%」
この世のものとは思えないような音を発するナニカ。
それは、ナニカの鳴き声であり、私達を萎縮させるには十分な効果があった。
―――強い。
あのドラゴン程ではないにしても、明日香先生が戦った鉄大蛇や、今ここへ向かって来ているモンスター達と比べれば、頭一つ……いや、三つ四つ飛び抜けた気配を感じる。
「……勝てない」
明日香先生がポツリと呟いた言葉。
私達は、その言葉を聞いても動揺しなかった。
それすら許さない程の気配を、アレは漂わせていた。
全身が真っ黒で、肩と頭が融合したような人型の巨大なモンスター。
その手は何かものを掴むにしては鋭く、敵や獲物を切り裂く為に発達したような形をしている。
それでいて、目、口、鼻、と顔のパーツは揃っているのが、その不気味さを大きくしている。
「%%#%*&*#%@」
ソレが奇声を上げたかと思えば、突然姿がかき消えた。
いや、消えたわけじゃない。
現に、明日香先生は反応して動けている。
つまり、私では見ることが出来ないような速度で動いたのだ。
――――明日香先生を殺そうとして。
「ぐぅ……クソッ!避けきれなかった」
先生は、あの化け物の目にも止まらなぬ速度の攻撃で、左肩から先が消し飛んでいた。
そう、消し飛んでいた。
先生の近くには、鮮血と水を入れて混ぜたような挽肉が散乱している。
あれが、明日香先生の左腕だったものなんだろう。
「%$#@%*&@#*&」
化け物はまた奇声を上げて姿をくらます。
しかし、誰も襲われることはなかった。
どうやら、先生の左腕を消し飛ばして満足したのか、去っていったようだ。
ある意味、九死に一生を得たのかも知れない。
あの化け物と戦う事が九死なら、このモンスターの群れと戦うのは一生だろう。
「全員、武器を構えなさい」
私達は、お互いの背中を合わせて武器を構える。
先生の怪我を気にしている余裕はない。
そんな暇があるなら、迫りくるモンスターの群れとどうやって戦うかを考えたほうが百万倍有意義だ。
そして、左右からモンスターの群れが私達に襲いかかった。
『状況は最悪』
先生は左腕を失って本来の力を発揮でない。
そして、ドラゴンのブレスを防いだ事と、鉄大蛇との戦闘で魔力を消耗している。
魔法を連発する事は出来ない。
陽斗さんは元々正面戦闘が得意じゃない。
彼の本業は偵察と奇襲だから。
満花さんは結界を張って閉じ籠もっている。
魔法攻撃役兼回復役の満花さんにとって、同格のモンスターに近付かれるのは死んだも同然。
そして私は……残りの三人に比べればいくらかマシだった。
「ふっ!」
持ち前の勘の良さでモンスターの攻撃を的確に躱し、誘導して同士討ちさせる。
隙をついて、目や喉を狙って攻撃することで少なからずダメージを与える。
こうして、着実に攻撃を躱して身を守ってきた。
何気に私が一番消耗していない。
この危機的状況が私の中に眠っていた力を覚醒させたのか、モンスターの動きが手に取るように分かる。
…いや、実際には分かっていない。
ただ直感的に動く事で、モンスターの攻撃を悉く躱しているのだ。
また、直感で動けているおかげで先生達の方に意識を向ける事が出来る。
戦況は今はまだ押されている程度だけど、いつその均衡が崩れるか分からない。
何より、少しずつ現れるモンスターの強さが上がっている。
近くに来ていないだけか、近くに来てはいるが他のモンスターが邪魔で私達まで近付けていないだけで、先生ですら苦戦するようなモンスターが迫っている。
要は、あの鉄大蛇と同じかそれ以上のモンスターがすぐそこまで来ているのだ。
なんとかして今の状況を打開したい。
でも、私にはそんな力はない。
「どうすれば……ッ!?」
私が呟きとして声に出しながら悩んでいたその時、途轍もない魔力の収束を感じた。
この魔力には覚えがある。
あのドラゴンだ。
ドラゴンのブレスだ。
私が何か行動に移すよりも早く、収束した魔力が放たれるのが分かった。
「なっ!?」
ドラゴンのブレスは壁を突き破り、私達のすぐ横を薙ぎ払う。
ブレスが通った跡には何も残っていない。
砕けた岩も、巻き込まれたモンスターの塵も。
全てが消し飛んだ。
「走れ!!!」
明日香先生の怒号が響く。
私達は、その意味を一瞬で理解し、転移魔法陣へ向かって走り出す。
すると、先生達を襲っていたモンスター達も追い掛けてきた。
このままでは、転移魔法陣で逃げられない。
転移魔法が発動する前に襲われて終わりだ。
最悪、転移魔法陣を破壊されるかも知れない。
それでも、今は走るしか無かった。
すると、転移魔法陣を目前にして、近くにいたモンスター達が激しく燃え上がる。
明日香先生だ。
「行きなさい!!!」
先生は踵を返し、炎を身に纏いながらモンスターに斬りかかる。
魔力が残り少ないにも関わらず、先生の体からは魔力が溢れ出している。
片腕しか無いにも関わらず、モンスターをバッサバッサと切り倒していく。
全身傷だらけで、まともに戦えるような状況じゃないにも関わらず、一人でモンスターを抑えている。
あれは、『日本三大英雄』の意地なんだろう。
『緋剣の明日香』としてのプライドが、先生の力の源になっている。
「おい千夜!お前も早くこい!!」
陽斗さんが私の手を引く。
そして、転移魔法陣の中に無理矢理入れられた。
「待って!!明日香先生がまだ!!」
「よせ!どこへ行く気だ!!!」
明日香先生を助けようと、魔法陣の中から出ようとする私を二人がかりで止めてくる。
「嫌だ!嫌だ!!先生を置いていくなんて嫌だ!!!」
「バカ!暴れるな!!チャンスは今しかないんだ!!明日香さんが作ってくれた機会を無駄にする気か!!?」
陽斗さんが私を睨みつけ、更に力を入れて抑えようとしたその時、魔法陣が輝き視界の端が白くなる。
「嫌だ!待って!止まって!先生!!先生ぇぇえええーー!!!」
私は必死に手を伸ばし叫ぶが、その手は届かない。
そして、視界が完全に白で埋め尽くされ、何とも言えない浮遊感に抱かれる。
そして、私達は帰ってきた。
ただ一人、飛鷹明日香を除いて。
私が最後にあの場所で見たものは、大量のモンスターを背に、私に微笑みかける先生の姿だった。
◆
転移魔法が発動し、皆が転移していった。
千夜ちゃんは最後まで抵抗していた。
私を助けようと、私と一緒に帰ろうと必死だった。
その点、私の意図を察して無理矢理千夜ちゃんを引き止めてくれたあの二人には感謝しかない。
「ありがとう。陽斗君、満花ちゃん」
私は再び剣を、体を、魂を燃やす。
そして、目の前に犇めくモンスター共を睨みつける。
「私は『日本三大英雄』の一人、『緋剣の明日香』例えこの命が風前の灯火であったとしても、諦めるつもりは無い!!」
モンスターにこれの意味を理解出来るとは思えない。
私は、もっと気高き存在に宣言した。
一度は私を殺そうとしたものの、私の力を認め、最後に手を差し伸べてくれた存在。
かの存在のおかげで、私は仲間を逃がす事が出来た。
私は最期まで『英雄』でありたい。
国や組合に祭り上げられた存在ではなく、本物の“英雄”でありたい。
「行くぞ、モンスター共」
私は最後の力を振り絞り、剣を構え立ち向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます