第65話緋剣2
化け物と距離を取り続けて、もうすぐ十分くらい経つ頃だろう。
後退りで移動しているせいで、出口までの距離はまだまだ遠い。
幸いな事に、化け物の気配に怯えたモンスター達が一斉に距離を取ったとこで、道中でモンスターに襲われることはなかった。
しかし、このまま後退りを続けても良くないのは明白。
いつ、あの化け物が走り出すか分からない以上、この状況をどうにかしなければならない。
「明日香さん…どうしますか?」
「どう、ね?思いつく中で最善の手段としては、私が千夜ちゃんを抱えて、全員で走って逃げる事。でも、出口までは結構な距離がある。もう少し出口に近付かないと厳しいわ」
やっぱり私が足手まといになってるのか…
いくらこの一年間で強くなったとはいえ、『英雄候補者』と肩を並べられる程の力無い。
全力で走って逃げれば、私以外は助かるかも知れないけど、私を見捨てたらこのパーティの意味が無くなる。
だって、私を育てるためのパーティだから。
「千夜ちゃん。いざという時は、私達を置いて逃げてね?」
「えっ!?で、でも!!」
「大丈夫。あいつの強さは、私達が本気を出せば倒せるくらい。千夜ちゃんが逃げたあと、私達であいつを倒してすぐに追い掛けるわ」
聞こえはいいけど、それは先生達が囮になるということ。
全力を出せば勝てる?私を安心させるための嘘なんじゃないの?
先生の性格はよく知ってる。
この人は本当に優しい。
誰かの為に自分を犠牲にするような人だ。
そして、先生は私の事を『命にかえてでも守る』と言っていた。
先生はそれを本気でやってしまうような人。
万が一勝てないようなら、陽斗さんと満花さんを逃して一人
「……もっと、自分の命を大切にしてください」
私は、消えてしまいそうな声でそういった。
もちろん、この距離なら全員に聞こえていただろう。
でも、誰も返事はくれなかった。
誰が何を言ったところで、先生が意志を曲げない事は、私含め皆知ってる。
先生に何を言っても無駄。
だから、せめて聞かなかった事にしてやり過ごそうって考えのはず。
すると、私の顔を見た先生が優しく声を掛けてくれた。
「千夜ちゃん。私は死なないから大丈夫よ」
「本当ですか?自分の命を大切にできますか?」
「ふふっ、あなたが立派な剣士になるまでは、死ぬつもりはないわ」
そう言って、私の頭を撫でてくれた。
私が明日香先生を見上げた時、私達の頭上に魔法陣が見えた。
「あれは―――」
私が指さした瞬間、視界が真っ白になり、なんとも言えない浮遊感のようなナニカに全身が包まれた。
◆
視界が戻ってくると、私達は真っ暗な空間にいた。
突然の暗闇に困惑していると、オレンジ色の光が私達を照らす。
明日香先生の炎だ。
「やられたわ……まさか、あんなところに転移トラップがあるなんて」
転移トラップ……発動すれば最後、場合によっては『英雄』ですら簡単に命を落とす程の危険なトラップだ。
転移した先が針地獄じゃない事は幸運なのか、そうじゃないのか……
「出口は何処でしょうか……それに、この緊張感は……」
「いい判断だね、陽斗。状況ははっきり言って最悪だよ」
「そんなにですか……」
明日香先生が最悪と言うなんて…
確かに、私の直感が悲鳴をあげてる。
『ここはヤバイ』『今すぐ逃げろ』
そんな危険なところに転移させられるなんて…今日はついてない。
「正直、全員で生きて帰れる自信がないよ。確実に誰か死ぬ」
先生の言う『誰か死ぬ』は、『自分が死ぬ』だと思う。
先生がみすみす私達を死なせるわけがない。
「先生…もし、私が邪魔になったら、すぐに見捨てて下さい」
「何を言ってるの!!千夜、あなたを死なせるなんて真似はさせない。必ず守ってあげるわ」
明日香先生が私の手を握り、訴えかけてきたその時、私は全身が凍りついたかのような寒気に襲われた。
これは、私の直感が引き起こしたもの。
危険が迫っている。
私は明日香先生の手を全力で引っ張って、後ろに倒れる。
「何を―――ッ!?」
明日香先生は、私の咄嗟の行動に驚いていたけれど、すぐに驚きは別の方向へ向けられる。
ついさっきまで先生がいた場所に、三本の銀線が走ったからだ。
一瞬にして警戒心をMAXまで引き上げた先生は、『閃光花火』という魔法を使って辺りを照らす。
そして、一瞬照らされ“ソレ”を見て、私達は戦慄した。
「ドラ…ゴン…」
高難易度ダンジョンですら、滅多に見かけない最強のモンスター。
幼体でさえ『英雄』を複数人殺す事が出来る程の力を持つ怪物であり、存在が確認されれば国が総力を上げて討伐を行う真なるモンスターだ。
「
明日香先生が強力な照明の魔法で、もう一度ドラゴンがいた場所を照らす。
そこには、巨大な黒いドラゴンがいた。
「逃げましょう…」
明日香先生が、震える声で私達にそう提案してきた。
誰も返事はしなかったけど、心は一つだった。
『今すぐここから逃げないと』
私が逃げようと一歩下った時、ドラゴンから溢れんばかりの魔力が放たれた。
「逃げろッ!!!」
いち早く危険を察知した明日香先生は、そう言って私を抱えて走り出した。
陽斗さんと満花さんも先生に続いて走り出す。
先生達が本気で走る中、私はドラゴンの様子を見ていた。
そして、見なければ良かったと後悔した。
「ブレスが来る!!!」
ドラゴンが放つ魔力が、口に集まっているのが見えた。
口に魔力が集まるなんて、やることは一つしかない。
ドラゴンの最大の攻撃、『ブレス攻撃』だ。
「陽斗!!満花!!死ぬ気で走れ!!!」
「言われなくても!!!」
「分かってますよ!!!」
息ピッタリの返事に、一瞬『仲いいなぁ』と思ってしまったけれど、後ろからの閃光にそんな思考は吹き飛んだ。
急いで振り返ると、紫色の光がドラゴンの口から溢れ出していた。
否、紫色に光る莫大な量の魔力が収束した球体がドラゴンの口から現れ、あっという間に巨大化していった。
「あああぁぁぁ……」
血の気が引くなんて言葉を聞いたことがある。
私は今、まさにそれを体感してる。
ドラゴンの顔がゆっくりとこちらを向き、その鋭い眼光が私達を捉えた。
そして、圧倒的な暴力が振るわれた。
「チッ!!一か八か……」
ブレスが放たれるその瞬間、明日香先生は私を降ろして結界を発動する。
その形は、よく見る結界とはかけ離れていた。
斜めにニ枚の結界を合わせて発動する。
立体的な二等辺三角形を半分にして、それを結界として使っているような形。
先生の結界が完成するのとほぼ同時に、凄まじい魔力の気流が私達に襲いかかった。
「くぅぅうううう!!!」
先生は、結界がダメージを負った瞬間から修復を行い、なんとかブレスを防ぎ続けている。
しかし、時の流れと共に先生の表情が歪んでいく。
焦りと苦痛で頭がおかしくなりそうなんだろう。
あれ程の破壊力を持った攻撃を防御しつつ、損傷した部分を瞬時に修復する。
そんな事をすれば、いくら先生でも脳が焼き切れそうな苦痛に苛まれるに違いない。
腕や脚からは血管が浮き上がり、目は充血している。
先生はそれでも諦めず、ドラゴンを睨みつけた。
「チッ……この……クソトカゲがぁぁぁあああああああ!!!!!」
先生が雄叫びをあげ、体から魔力が吹き出す。
心做しか結界の強度が上がった気がする。
それどころか、結界の修復速度も上がっている。
魔力を開放して、全力を超えた全力の力を発揮しているようだ。
……頭痛が痛いみたいな表現だけど、それ以外の表し方が思い付かなかった。
「おいクソトカゲ!!!弱小種族人間の底力を!!舐めんなよぉぉぉおおおお!!!」
先生はこれまでに見たことがない程の魔力を放ち、結界の枚数を増やす。
そして、自身の持つ半分以上の量の魔力を消耗して、ブレスを防ぎきった。
「ハァ……ハァ……どうだ…クソトカゲ…」
先生は肩で息をし、刀で体を支えてドラゴンを睨みつける。
消耗しきっているとは思えない程の覇気と殺気を込めたその瞳は、一般人が見れば即死するような威圧感があった。
ドラゴンはそんな瞳を真正面から見ている。
すると、ドラゴンは私達に背を向けて地響きと共に去っていった。
私は、ドラゴンの行動に敬意のようなものがあるように感じられた。
ドラゴンはとても賢い種族だという。
こちらから攻撃をしない。縄張りに侵入しない。
そういった行為をしなければ、相手から襲ってくる事は無いらしい。
そして、長生きした竜ほどそういった傾向にあるという。
この設定は、世界の様々な神話で見られる。
その話が本当なら、あのドラゴンは自分の攻撃を前に一歩も引かず、仲間を守りきった先生に敬意を評して、あえて去ってくれたんだろう。
「……ょ……よ!……千夜!!」
「あっ、はい!!」
「いつまでぼーっとしてるの?あのドラゴンが戻ってくる前に逃げるわよ」
先生はそう言って私の手を引く。
さっきまで息が上がっていたはずなのに、もう先生は元気そうだ。
いや、私がずっと思考に耽っていたのかも。
そんな事よりも、今は身の安全を確保する事の方が大切だ。
そして、出口を見つける。
こんな事を考えてる暇があるなら、周囲を観察して出口を探さないと。
私は、先生と手を繋いだまま出口を目指して歩き始めた。
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