第64話緋剣
三年前
とあるダンジョンの前に、四人の男女がやって来ていた。
「ここが今日調査するダンジョンだ。二ヶ月程前から色々と異変があったらしく、その原因を調べてこいとの話だよ」
背が高く、とても元気そうな女性が残りの三人に話し掛ける。
「明日香さん、異変と言ってもどんな事が起こったのかくらい教えて下さいよ。ちょっと抽象的過ぎますよ」
「そうですよ。私達は兎も角、千夜ちゃんにも分かるように説明してあげてください」
大人の男女が最後のメンバー、中学生くらいの女の子を指さして明日香と呼ばれた女性に説明を要求する。
最後のメンバーは本当に中学生で、特例でダンジョンに潜る事が許された稀有な存在だ。
別の言い方をすれば、それほどの才能を持った天才というべきだろう。
その中学生の女の子の名前は『神科千夜』
後に『剣聖』と呼ばれる剣の天才だ。
「は〜ん?この『焔の剣姫』である飛鷹明日香様にそんな口を聞いていいのかい?
「はぁ…その話し方はもう飽きたって前にはっきり言いましたよね?」
「いつまでその話し方こする気ですか?正直めんどくさいです」
「酷い!ちょっとふざけただけなのに!!」
「「それも飽きました」」
二人からジョークを酷評された女性が『飛鷹明日香』
『緋剣の明日香』『焔の剣姫』と呼ばれる『英雄』だ。
面と向かってジョークを面白くないと言った若い男性の名前は『
特に有名な二つ名は無いが、優秀な探索者であり『英雄候補者』だ。
そして、もう一人ジョークを面と向かって面白くないと言った女性の名前は『
彼女も優秀な二つ名は無いが、回復と支援に特化した『英雄候補者』だ。
この三人は、国と組合に依頼されて千夜の教育をしている。
今日は、実戦として何度も異変が報告されているダンジョンへ来ていた。
「あの、私もどんな異変があったのか知りたいです…」
「おっ?気になるかい?ふふふ、とっても可愛らしい千夜ちゃんに免じて教えてあげましょう」
「恥ずかしいので普通にしてください」
「……はい」
子供の純粋さにテンションを木っ端微塵にされた明日香は、普通の口調で何があったかを話し始めた。
「異変を報告した人の話だと、『見たことないモンスターが現れた』とか、『地形が歪に変化していた』とか、『これまで無かった
こういったダンジョンの異変は世界各地で発生しており、大抵が何か大規模な災害が発生する前兆だと言われているが、これまでにそういった災害は発生していない。
ただ、ダンジョンの難易度が跳ね上がる程度だ。
「ちなみに、現段階で推定危険度はどれくらいまで上がってるんですか?」
「『英雄候補者』以上の称号を持っていないと入ることは出来ないよ。なにせ、徘徊ボスとして『英雄』が全力で戦うレベルのモンスターが出現したらしいからね」
『英雄』が全力で戦うという単語を聞いて、満花が不満そうな顔をする。
「…どうして私達が調査することになったのよ。そんなの、『勇者』を中心とした精鋭パーティで調査すべきでしょ」
『英雄』が一人しかおらず、千夜という明らかにお荷物になりそうな人物がいるこのパーティに、それほどの難易度のダンジョンを調査させるなど、「死んでこい」と言っているようなものだ。
しかし、明日香は苦笑いを浮かべながら満花の不満に応える。
「大丈夫だよ。あくまで私達は調査という皮を被った偵察に行くだけ。精鋭部隊の都合が良くなるまでに、入口周辺の大まかな情報を持ち帰ればいいだけの簡単な仕事だよ」
「なるほど……それならこのパーティでも問題なく出来そうですね」
陽斗は納得したようだが、満花は未だに険しい表情をしている。
まだ不安要素があるようだ。
「フラグのニオイがするのは気のせい?こういう先見調査隊って、大体全滅か壊滅するよね?」
「コラ!縁起の悪いこと言わない!!」
「あ痛ー!?」
縁起の悪いことを言う満花に、明日香がチョップをした。
そこそこな力を使っていたのか、頭を抑えて呻る満花。
それを見て、陽斗が後ろを向いて笑いを押し殺している。
「あー!陽斗今私の事笑ったでしょ!?」
「べ、別にわらってねぇーし!!」
「嘘つくな、このむっつりリスケベ!!」
「誰がむっつりスケベだ!俺はれっきとした紳士だよ!!」
陽斗と満花の掛け合いに、明日香は子供を見ているような微笑みを浮かべ、千夜は苦笑いを浮かべた。
これから高難易度のダンジョンに調査に向かうにしては明るい雰囲気が続いた。
◆
ダンジョン内
私達がダンジョンに入ってから、およそ一時間。
そろそろ私の体力が厳しくなってきた。
「千夜ちゃん、キツそうなら一回休憩を挟もうか?」
「お願いします…」
明日香先生の配慮で、私達は一度休憩することになった。
まあ、この休憩は当然のものだ。
こんな場所、中学生が来るところじゃない。
特例で探索者になってからもうすぐ一年。
この一年間で、下手な探索者では歯が立たない程私は強くなった。
それでも、私はまだ中学生。
例え実力が同じだったとしても、大人と中学生では圧倒的に体力に差がある。
先生は大人だし、陽斗さんと満花さんは大学生。
体力差の関係上、どうしても私にペースを合わせる必要がある。
「千夜ちゃん。スモークチキン食べる?」
「ありがとうございます。じゃあ、いただきます」
私は満花さんが出してくれたスモークチキンを受け取る。
満花さんは料理上手で、よく私に手料理を振る舞ってくれる。
『ササミ肉のスモーク』
高タンパク、低脂肪で成長期の私にはピッタリの料理。
何なら、チーズも乗っていて骨の成長に必要なカルシュウムも少し取れる。
成長期の私の為に、栄養バランスのいい料理を作って来てくれてるのだ。
「美味しい?」
「はい。とっても美味しいです」
高級な肉の味がする。
私の稼ぎは、お父さんが死んでパチンコにハマったお母さんのパチンコ代にほとんどが消えていく。
最近はお母さんに見つからないように貯金してるからだいぶマシにはなったけど、それでもお母さんのパチンコは酷い。
だから、私も家計を切り詰めて対応してる。
私が貯金の事を考えていると、明日香先生が私に質問してきた。
「そう言えば、貯金の調子はどう?独り立ちした時にお金に困らないようにするために貯めてるのよね?」
「はい、お母さんに勝手に使われてないので、だいぶ貯まってますよ。今の貯金だけで働かなくても数年は生きていけます」
「ふ〜ん?私達が引退するまで、ずっとここに居てくれていいのよ?」
明日香先生は優しいから、私が成長した後も私の面倒を見てくれるだろう。
でも、いつまでも先生を頼る訳にはいかない。
私はソロで活動したい。
仲間が居たほうが出来ることの幅は広がるけれど、私は自分の腕を磨きたい。
「ありがとうございます。でも、私はソロでいきたいと思っているので」
「ふ〜ん…まあ、困ったらいつでも連絡してね?」
「はい」
私は別に、お金が欲しいわけじゃない。
今の貯金を使いながら武者修行を続ければ、貯金が無くなる頃には生活に困らないくらいのお金は手に入るようになる。
ただ強くなりたい。
あの子がまた剣を持ってくれるように。
また、あの子と本気で戦えるように。
「千夜ちゃんの目標ってどんなのだっけ?」
「目標…ですか?」
陽斗さんが私の目標について聞いてきた。
目標か…
「そう言えば、あんまり考えたことないですね。あの大会以来、ただ剣の腕を磨く事しか考えて無かったので」
「大会か…ネットに上がってた動画を見たが、凄かったな。探索者でもない中学生一年生同士があんな試合をするなんてな」
陽斗さんが腕を組んで『うんうん』と頷いている。
「私はテレビで見てたんだけど、ずっとヒヤヒヤしてたよ。どっちが勝ってもおかしくない、って試合だったよね」
テレビで剣道大会を見る……また、マニアックな事をしてるね、満花さんは。
二人ともあの大会を『すごい』と言ってくれた。
初めて会ったときもこんな感じの会話をした気がする。
まあ、この二人は剣士じゃないから仕方ないんだけど。
私が大会の感想を聞きたいのは明日香先生の方だ。
明日香先生は剣士だから、何かアドバイスをくれるかも知れない。
初めて会った時は、感想を聞かせてもらえなかったから是非聞きたいところだけど…
「私の感想も聞きたい?」
「はい!」
「そう……そうね、千夜ちゃんは、あのまま二試合目があったら勝てた?」
二試合目……あの時は体力が限界だった。
例え休憩を挟んだとしても、あの子に勝てるほどの体力が残ってるかどうか…
「多分、勝てません」
「でしょうね」
で、でしょうね?
自分でも勝てないとは思ってたけど、ここまで面と向かって言われると悲しい。
「大会は生で見てたけど、あの試合は先に体力が尽きた方が負けの持久戦だった。そして、その肝心の体力はあの子の方が上。あの時勝てたのは、あの子が一瞬隙を見せてくれたからね」
「そうですね…」
あの試合は、お互いの剣の技術が拮抗してた。
先に体力を使い果たした方が負けの持久戦になってた。
「それに、あの子は試合の中で確実に成長していた。千夜ちゃんの剣術を吸収して自分のものにしてるの。反対に、千夜ちゃんは剣術に置いてあの子よりも格上。相手から吸収するものが無かった」
確かに…最初の方は私が押してたけど、徐々にその優位は無くなって、最終的に技術が拮抗。
体力勝負に持ち込む事になってしまった。
その理由は、あの子が私の剣術を吸収して強くなったから。
そして、吸収出来るとこは全てしてしまったせいで、それ以上急速に成長しなかった。
だから、あんな事になったのか。
「まあ、千夜ちゃんも成長してたんだよ?でも、あの子がそれと同じ速度で成長してたから、そんなに変わらないけどね」
「は、はぁ…」
褒めてくれてるのか、もっと頑張れと言われているのか…
私が困惑していると、明日香先生はクスクスと笑った。
「今のはそんなに気にしなくていいよ。客観的に見た感想だからね。…まあ、あの子が探索者になるって言うなら話は別だけど」
「え?」
明日香先生が急に真面目な顔になり、何かを考えているような様子で話してくれた。
「あの子の成長速度は凄まじい。相手の技術をいとも簡単に盗んで、どんどん強くなっていく。あの成長速度が止まらないとすれば、短期間で『英雄候補者』として申し分ない力を身に着け『英雄』へと駆け上がり、やがて『勇者』になり得る程だ。あの勝ちに固執して訓練を怠っていると、あっという間に抜かされて、手が届かない領域の存在になってしまうかも知れない。あの子は天才だ」
「……」
明日香先生が、こんなにあの子を褒めるなんて…
私でもこんなに褒められた事は無い。
私の才能は、あの子と比べたら大した事ないのかな?
「明日香さん、千夜ちゃんが自信無くしかけてますよ?」
「そ、そうね……えっと、千夜ちゃんの才能は本物よ!おそらく、剣の才能はあの子よりも上ね!!」
「…それ以外は負けてるんですか?」
私がそう聞くと、明日香先生は困った顔をしてこう答えた。
「それは分からないわ。なにせ、相手の情報がないのだもの。今分かっている事は、剣の才能は千夜ちゃんレベルって事だけ」
「そうですね…」
あの子の……神条琴音の才能。
知りたい、琴音ちゃんの本当の才能を。
私は琴音ちゃんに勝てるのか。
どうすれば剣で琴音ちゃんに勝つことが出来るのか。
私と同じように鍛え上げた琴音ちゃんは、一体どれほどの力を持ってるのか。
私は、どうすれば琴音ちゃんを探索者に出来るんだろう?
組合の推薦を断ったって事は、探索者に興味がないって事だよね?
あんなに才能があるのに、それを使わないなんてもったいない。
…そうだ、私が琴音ちゃんを鍛えればいいんだ。
そうして、強くなった琴音ちゃんともう一度戦う。
いや、それじゃあ琴音ちゃんも私も本気を出せない。
『殺し合い』…命懸けの闘争じゃないと、本気を出せないよね。
ふふふ、決まりだね。
「どうしたの?そんな、獲物を見つけた狼みたいな目をして」
私が琴音ちゃんと殺し合う姿を想像していると、明日香先生からそんな事を聞かれた。
「…私、そんな目をしてました?」
「してるよ。今もそんな目を…いや、そんな顔をしてるよ。そんなにあの子の事が気になるの?」
『そんなにあの子が気になるの?』…そりゃあ、気になりますよ。
「はい。いつか、探索者になって、私と同じくらい強くなった琴音ちゃんと、もう一度戦いたいんです」
陽斗さんと満花さんが私の顔を見てゾッとしてる。
あぁ、なんとなく分かる気がする。
確かに、今の私の顔をは獲物を見つけた狼みたいんだろうね。
だって、琴音と私が殺し合う姿を想像すると、ゾクゾクするんだもん。
きっと、悪い笑みを浮かべてるに違いない。
すると、明日香先生が面白そうなモノを見つけたという表情をした。
「ふふっ、そんな日が来るといいわ、ね……」
明日香先生は、私の言っている事を否定はしなかった。
けど、今はそんな事はどうでもいい。
先生が警戒してる。
唇に人差し指を当てて、『何も喋るな』と無言の圧力を掛けてくる。
私も一応警戒しつつ、周りの気配を探っていると、陽斗さんと満花さんの顔色がどんどん悪くなっていく。
そして、その瞬間は私にも訪れた。
「……」
声には出さない。いや、声が出ない。
でも、心が悲鳴をあげている。
私の探知に、途轍もない力を持ったナニカが引っかかった。
そのナニカは、ゆっくりとこちらに近付いて来ており、まるで獲物に忍び寄る猛獣のようだった。
すると、明日香先生が指を動かして何かを伝えようとしている。
あれは…私達の中で決めていた自作の手話。
『キケン ニゲル ジュンビ キズカレタ』
最悪だ……『英雄候補者』が青ざめ、『英雄』がキケンというほどの化け物が、こっちへ向かって来てる。
どうやって逃げる?
そもそも逃してもらえるの?
もし、本気で走ったとしても、追いつかれそうな気がする。
私がどうやって逃げるのか考えていると、先生がまた手話を始めた。
『ユックリ ニゲル アイツヲ シゲキ シナイ』
そう言って、荷物を纏めた先生は立ち上がり、化け物が来ている方向を向いて、後ろ方向に向かって歩き始めた。
…まるで、熊と遭遇した時の対処法みたいだけど、危険な野生動物から逃げる方法としては、いい方法だ。
私達は、明日香先生に従って後退りをしながら化け物と距離を取り続けた。
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