第63話仲間の重要性

私は今、千夜の恩恵を借りつつ、ダンジョンのかなり奥まで来ている。

ちなみに、私の言う千夜の恩恵というのは、探索者界隈では『帰還のコンパス』と呼ばれている魔導具の事だ。

この魔導具は、名前の通りダンジョンの出口を指すコンパスで、うちのダンジョンのような森林型ダンジョンでは重宝されている。

だって、帰りはコンパスに従って歩くだけだからね。

かと言って、あまり奥まで行き過ぎるのも良くない。


「はぁ……はぁ……」

「そろそろ疲れたんじゃない?寝袋出してあげるから、一回休む?」

「うん……お願い……」


常に警戒しつつ森の悪路を進み、モンスターとの戦闘もこなさないといけない。

肉体的な疲労はもちろん、精神的な疲労も蓄積していく。

特に致命的なのが、精神的疲労。

『病は気から』ということわざがあるように、精神の疲労は身体にまで影響を及ぼす。

要は、『疲れて動きたくない』という気持ちでいっぱいになり、余計に疲れてしまうのだ。

 

「ほい、準備出来たよ」


私は千夜が取り出した寝袋に潜り込む。

見張りは千夜がしてくれるから、気にしなくてもいい。

だって千夜だよ?

あの遺跡の化け物達すら倒してしまうような、人の常識から外れた力を持つ逸脱者。

何も気にせず寝られる…


「寝る前になにか食べなくていい?」

「いい…今はすぐにでも寝たい」


私は千夜の配慮を断り、そのまま眠った。


………


…おはようございます。


「んー!んんーー!!」


私は、寝袋から這い出すと体を伸ばす。

あれから何時間寝たかな?

千夜が寝ていた時間をストップウォッチで測っていたらしいけど、どうだろう……え?

私は、千夜を探す為に周りを見て目を疑った。


「う〜ん……おはよう、琴音」

「お、おはよう…?」


私の隣りで呑気に千夜が寝ていたのだ。

しかも、『おはよう』って言っておきながら、まだ寝てるし。

これ、大丈夫なの?

襲われてる様子はないけど、こんなに無防備で良かったのかな?


「……あっ、ストップウォッチ」


私が色々と困惑してキョロキョロと辺りを見回していると、千夜の近くにストップウォッチが転がっていた。

私がストップウォッチを回収し、見たときに表示されていた時間は『五時間三十九分二十二秒』

大体、五時間半寝ていたらしい。

十分な休眠とは言えないけど、少しは疲れが取れた。

とりあえず、千夜が起きるまで駄菓子でも食べよう。

私は、小さくて丸いチョコの駄菓子をいくつか取り出し、包装を剥がして全部一気に食べる。

スーパーのお菓子コーナーでもよく見かける、錠剤のような形をしたカラフルなチョコ。

食べてみると意外と美味しいけど、お腹いっぱいにはならないし、喉が渇く。

幸い、冷えたラムネがあるからそれを飲めばいいけど、ラムネも甘いから口の中に違和感が残る。

そして、どちらも砂糖の塊だから、食べ過ぎると肥る。

程々にしよう。


「最近はラムネを開けるのも楽になってきたね…これも成長した証拠か」


ラムネを開ける時は結構力がいるんだけど、最近は簡単に開けられる。

ダンジョンに何度も潜った事で、肉体が強化されてこの程度の力なら簡単に出せるようになった。

日常生活でも重労働な事は結構あるから、単純に筋力や持久力が増えるのは嬉しい。

…あと、ダンジョンには関係ないけど、忍耐力も少しはついてきた。

どうしてかって?……店にお客さんが来ないからだよ。

考えたことある?一人でずーーーーっとお客さんが来るのを待ってる状況。

こっちを見てきたから、店に来るのかと期待を寄せても来てくれないヤツ。

私を見て来るのをやめるヤツ。

そもそも駄菓子屋に興味がない連中!!

何度キレそうになったことか。

…その点、最近はかなり我慢出来るようになったと思う。

だから褒めてほしい。

『琴音は成長した』って。

一人で『うんうん』と頷いていると、後ろから声を掛けられた。


「……何一人百面相してるの?」


…千夜だ。


「ちっ、千夜!?こ、これは違うの!!というか忘れて!!」

「あー…うん、忘れるよ。私は何も見てない、私は何も見てない、私は何も見てない…」


慌てて言い訳すると、何かを察した千夜は何も見てないと自己暗示を掛けてくれた。

良かった、今の千夜が優しくて。

機嫌が悪い時の千夜はそれを理由に何度もいじってくるからね。

本当に良かった…


「さて、とりあえずご飯食べようか。作り置きのカレーが山ほどあるから沢山食べて」

「ありがとう。千夜がいるだけでこんなに安心出来るなんて…やっぱり仲間って大事なのね」

「そ、そうね」


私の言葉に、千夜は歯切れが悪そうに答えた。

……そう言えば、千夜ってずっとソロでダンジョンに潜ってるんだっけ?

千夜が誰かと一緒にダンジョンに潜ったって話はあんまり聞かない。

あるとすれば、高難易度ダンジョンに複数人で挑む時、通称『レイド』と呼ばれる時だけ。

千夜が嫌じゃないのなら聞いてみるか。


「そう言えば、千夜って誰かと一緒にダンジョンに潜ってるって話聞かないね」

「そうだね……私は一人で十分だからね」

「ふ〜ん?他に誰かいたらなぁ〜、ってシチュエーションはないの?」


私がそう聞くと、千夜は一瞬動きを止める。

しかし、すぐにまたカレーをよそい始めた。


「私は、仲間なんて要らない」


私の方を見ず、冷たい声でそう答える千夜。

その冷たい声を聞いて、私はそれ以上千夜に質問するのを止めた。

千夜の様子から分かることは、間違いなく何かがあったこと。

何があったかは予想が出来るけど、わざわざ聞く訳にはいかない。

もしかすると、それは千夜にとってのトラウマなのかも知れない。

人のトラウマは刺激しないほうがいい。

もっとも、本人の方から言ってくれるのであれば話は別だけど。


「琴音はさ、剣が得意なだけの中学生…それも、一年生をダンジョンに行かせるのってどうも思う?」


千夜がこんな質問をしてきた。

中学生一年生をダンジョンに…そんなの、


「狂気の沙汰だね。とても正常な思考回路をしてるとは思えないよ」


まあ、コレが普通の意見かつ私の考えだね。

この発言が、千夜の心を抉るようなものじゃないといいんだけど…


「そうだよね。きっと、政府の人間もそう思ったに違いない。だから、特例でダンジョンに行けるようになった直後は、私を守ってくれる人達がいた」

「護衛…或いは、保護者って感じ?」

「まあ、そうだね。私は、その人達のおかげで安全にダンジョン攻略が出来た」


カレーの用意が出来た千夜は、私に大盛りのカレーライスを差し出してくる。

それを受け取ると、千夜は話を再開した。


「ある程度強くなって、お互い守る・守られるの関係というよりは、パーティメンバーとして接する事が出来るようになったの。その時は、とっても楽しかった。頼れる仲間達とダンジョンに行く。まるで、小説の主人公にでもなったような気分だったよ」


千夜はどこか遠くを見ているようで、どこも見ていない目を私に見せた。

この目は、思い出に浸る人の目。

眩しいほど輝く素晴らしい過去を懐かしむ人の目。

それだけ、その時の生活は楽しかったんだろうね。


「でも、その関係は突然終わった。…まあ、何があったかは誰でも予想できるよね?」

「…仲間の死」

「ふふっ、当たりだよ。私に魔力の使い方を教えてくれて、ただ剣を振る事だけが剣士じゃないという事を教えてくれた恩師であり、あのパーティの中心人物。『飛鷹明日香ひだかあすか』って名前、聞いたことない?」


飛鷹…明日香…?

何処かで聞いたことがあるような……あっ!!


「その人って、北海道出身だよね!?」

「そうだよ。北海道が産んだ、かつての日本三大英雄の一人、『緋剣の明日香』その人だよ」


『緋剣の明日香』

別名、『焔の剣姫』とも呼ばれている『英雄』。

たまたまテレビで流れてたの見て、その名前を微かに覚えてる。

彼女は『英雄』だった。

今の千夜みたいに『英雄候補者』ではなく、国や組合から認められた本物。

そして、国や組合から何度も『勇者候補者』推薦を受けていたそうだ。

そんな大物が、千夜のパーティにいたなんて…


「私はね、明日香先生から全てを教わった。私の代名詞とも言える剣術も明日香先生にかなり影響されてる。ご先祖様から受け継いだ剣術があるのにね」

「…でも、複数の剣術が扱えるって事は、良い所を重ね、悪い所を補うように新しい剣術を生み出せるんだから、いい事なんじゃないの?」

「そうだね。実際、私の剣術は代々受け継いできた剣術と、明日香先生の剣術のハイブリッド。琴音の言ってる事は間違ってないよ」


そう言う千夜は、何処か寂しそうだった。

…何をそんなに寂しそうにする事があるんだろう?


「どうしてそんなに寂しそうにしてるの?今の話的に、悪い所なんて無いと思うんだけど」

「そうかな?…私みたいに剣一筋の人間からすれば、剣術はその人の生き方。そして、人から人へと受け継がれる剣術は、その人が生きた証拠。つまり、私の剣の中に、明日香先生の生きた証拠がある……明日香先生の面影があるの」

「……」


つまり、千夜は自分の剣を使うたびに恩師の事を思い出すのか。

そして、この様子だと自分のせいで飛鷹明日香が死んだみたいな雰囲気がある。

まあ、どうしてここまで苦しんでるのかは、千夜の口から聞こう。

思い出したくないような事を無理矢理思い出させ、話させるのは酷なことかも知れないけど、勝手な勘違いをして更に苦しめるよりはマシなはず。


「…琴音は、私が言いたいことを先に知る事が出来る能力でもあるの?」

「無いよ?逆に、千夜は私の心を読めるような読心術でも持ってるの?」


何を聞いてるんだか。

観察力の高い千夜の事だ、私の表情から大体の予想を立てたんだろうね。


「ふふっ、面白い会話だね。こんな会話をするのは、私達くらいじゃない?」

「多分そうだね。…お母さんは、出来そうだけど、出来なそうな気もする」

「あんまり馬鹿にしないであげてね?後で怒られるのは琴音だよ?」

「分かってるよ。お母さんは、今頃クシャミでもしてるんじゃない?」


まあ、そんな漫画みたいな展開があるとは思えないけど。


……………


「くしゅん!!…誰かが私の事を馬鹿にしてる気がする……琴音か?」


……………


「…話を戻すね。明日香先生は死んだ。私は先生が死んだ瞬間を見たわけじゃない。でも、あの状況で生き残れているとは思えない。モンスターの強さも、数も、私達の状況も、全部が絶望的だったからね」

「…『英雄』が居ても?」

「じゃあ聞くよ?『英雄』や『勇者』が全力で戦うレベルのモンスターがうようよ居る中で、今の私ですら勝率が五分五分くらいのモンスターが犇めいていたんだよ?そして、そこに行くまでの道中で先生は何度も同格や格上のモンスターと戦って満身創痍。正直、あそこで生きて帰ってこれた事自体が奇跡だよ」


…そんなに過酷な状況の中で、千夜は生きて帰ってきた。

…そもそも、どうしてそんな状況に?

中学生がいる中で、そんな化け物が出るようなダンジョンに行くはずがない。

一体どうして…


「気になる?じゃあ、教えてあげる。あの日、私達に何があったか」


そう言って、千夜はカレーを頬張りながら話し始めた。



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