第62話仲直り
私の膝に頭を乗せた琴音は、目を瞑ってくつろぎ始めた。
…いや、寝始めたと言ったほうがいいかも。
目を瞑ってから十秒くらいで気持ち良さそうに寝息を立て始める琴音。
これは、私に甘えたかったという事でいいのかな?
「琴歌おばさん、それは…」
こっそり部屋を覗いていた千夜ちゃんが、困惑気味に話し掛けてきた。
「きっと、私に甘えたかったのよ。まったく、本当に可愛らしい子だこと」
優しく頭を撫でてあげれば、完全には寝ていなかったのか、目を瞑りながら微笑む顔を見せてくれる。
その顔が可愛らしくて、ついつい甘やかしてしまう。
「本当に、本当に可愛らしいわね。ありがとう、私にもう一度この顔を見させてくれて」
指を丸めて少し開いた口に入れると、入ってきた指を甘噛みする琴音。
もしかすると、ずっと眠たかったのかも。
私と仲直りして、ようやく安心して眠れるようになったのね。
でも、私には新しい問題が出来た。
「……」
「あー…千夜ちゃん、もうちょっとだけ我慢してね?」
さっきから、ずっと千夜ちゃんに睨まれている。
普通に殺気が乗ってるんだよね。
夜寝ている時に刺されそうで怖い。
「良いですね。お母さんってだけで琴音に簡単に甘えてもらえて。私なんて、ちょっとセクハラしただけで、ヤバイ毒が塗られた針を刺されたんですよ?」
なんですって?
ヤバイ毒が塗られた針?しかも刺された?
「…その話、詳しく聞かせてもらえない?」
私がそう言うと、急に琴音が飛び起きて千夜ちゃんの手を引いて走っていった。
私に聞こえないように遠くで話してるみたいだけど、微かに琴音の焦った声が聞こえる。
…何を言っているかまでは聞き取れないけど。
仕方なく、琴音が持ってきた羊羹を頬張っていると、なんだか疲れた表情の琴音と、満面の笑みを浮かべた千夜ちゃんが部屋に入ってきた。
「琴音、千夜ちゃんに針をさし「あー!あーあー!!」…千夜ちゃんに針を「よ、羊羹食べようよ!榊本家御用達の和菓子屋で買ってきた羊羹なんだよ?」へえ?それであんなに美味しかったのね」
「…え?勝手に食べちゃったの?」
「見て分からない?ほら、食べかけの羊羹があるでしょ?」
私が食べかけの羊羹を指差すと、琴音が何とも言えない表情になった。
…勝手に食べたのは不味かったかしら?
「それ、三人分しか買ってないんだけど…明らかに二人分食べてるよね?」
「……目の錯覚じゃない?」
あー…これは怒ってるね。
せっかく仲直り出来たんだから、仲良く食べたかったのかも。
それを私が勝手に食べて台無しに…
「…ごめんなさい。とっても美味しかったから、つい」
「……」
千夜ちゃんにくっついて、不機嫌ですオーラを放つ琴音。
何故か千夜ちゃんがとろけてるけど、そこには触れないでおきましょう。
「ごめんね。また今度一緒にドライブに行きましょう。ね?ね?」
「……」
「わ、分かったわ!何年か前に一緒に行った、あの喫茶店。あそこに二人で餡蜜食べに行きましょう!」
「あの喫茶店、もう無いよ?」
えっ!?
あそこ潰れたの!?
あの喫茶店の餡蜜、好きだったんだけどなぁ。
「じゃ、じゃあ!二人で遊園地とか、映画館とか、えっとー、えーっと…何処か一緒に遊びに行きましょうよ!!」
「千夜に怒られるよ?」
「…はっ!?」
「……」
千夜ちゃんを見ると、さっきまで嬉しそうな顔をしていたのに、今は敵意むき出しで私を睨んでいる。
どうしよう…なんて言い訳すれば…
私がオロオロしていると、千夜ちゃんが助け舟を出してくれた。
「はぁ……琴音、いい加減、琴歌おばさんをいじめるの止めたら?」
「…別にいじめてないもん」
「まったく…琴歌おばさん、大丈夫ですよ。琴音は本気で怒ってる訳じゃないので」
「でも、私が勝手に羊羹を食べちゃったせいで…」
すると、千夜ちゃんが残っていた羊羹を取って、一口で食べてしまった。
それを見た琴音がバッと起き上がって目を見開く。
「ちょっと!私も食べたかったのに!!」
「せっかく仲直りしたお母さんに対してそんな事をするような琴音に、食べさせる羊羹はありません」
「いや、これ私が買ってきたんだけど?」
「それでも駄目。ちゃんと謝りなさい」
千夜ちゃんを恨めしそうに睨みながら、琴音は私の隣にやって来て、私の手を握ってくる。
そして、恥ずかしそうに私と目を合わせずにボソボソと何かを言い始めた琴音。
「……ごめんなさい」
最後の『ごめんなさい』しか聞こえなかったけど、とりあえず謝ってくれてる事は分かった。
「ありがとう。大好きよ、琴ッ!?」
「…琴歌おばさん?」
「…千夜、別に大好きくらい許し「黙って」…はい」
まったく笑っていない笑みを浮かべる千夜ちゃん。
琴音を黙らせると、無言の圧力で私を責めてくる。
謝りたいけど、どうやって謝ればいいのやら…
結局、琴音が千夜ちゃんの相手をしてくれたおかげで私も許してもらえた。
けど、少しだけ千夜ちゃんに警戒されてしまった。
…この調子で一週間持つのかな?
そんな心配をしながら一週間を過ごす事になった。
◆
駄菓子屋
「ねぇ…流石にトイレまでついてこられるのは恥ずかしいんだけど」
「琴音が逃げないように見張ってるの」
「この密室でどうやって逃げるのよ…」
お母さんと仲直り出来たまでは良かった。
そして、気持ちを整理するために一週間だけ待ってもらう約束をしたのも良かった。
でも、これは良くない。
何があったかというと、何処へ行っても、何をしても千夜がそばにいる。
例え火の中水の中トイレの中。
…アニソンの歌詞にあった気がするフレーズだけど、本気でそれくらいするほど千夜がついてくる。
別にここまでしなくても、お母さんよりも千夜の方が優先順位が上なんだから見捨てたりしないのに…
「どうしてここまでついてくるの?そんなに私の事が信用出来ない?」
「…琴音のお父さんは浮気してるんだよ?」
…なに?
つまり、千夜は浮気するような父親の子供なんだから、私も浮気するとでも思ってるの?
しかも、よりによってあのお父さんと一緒にするとは…
「でも、私のお母さんは、相手に依存するほど一途だよ?お母さんの血を色濃く受け継いでる私なら、一途な方が勝ると思うんだけどなぁ」
「…浮気しないでね?」
「いや、そもそも相手はお母さんだよ?私はマザコンじゃないんだから、心配しなくても浮気なんてしないよ!!」
その後も三十分近く説得することになった。
…トイレの中で。
危害を加えないだけマシだけど、千夜って立派なメンヘラだよね?
私って、予想以上に重たい女と一緒にいるの?
早急に強くならないと命の危険が…
「とりあえず、少しは納得してくれた?」
「…ちょっとだけ」
「だったら、一緒にダンジョンに行こうよ!最近はあんまり潜ってなかったから、たまには実戦で訓練しないと」
「いいよ。私がキャリーしてあげる」
おっ?
元気が戻ってきたっぽい?
よーし、これでひとまずは安心かな。
…いや、まだまだ安心は出来ない。
千夜のことだ、どこかに盗聴器とか盗撮カメラとか仕込んでないよね?
今はずっと一緒に居るから無理だけど、仕掛けるタイミングはいくらでもあったはず。
「…?何キョロキョロしてるの?」
「え?…いやー、鍵どこに置いてかなぁー、って」
私は適当な事を言って誤魔化す。
「空間収納に入れて無いの?」
「…あっ!そうだった!!空間収納に入れてたんだった。ちょっと、ダンジョンに行く前に鍵掛けてくるね」
私は、千夜が動く前にそそくさと一階へ下りる。
そして、手早く鍵をかけて二階へ向かう。
少しでも遅れたら千夜にしつこく問い詰められるかも知れない。
早く、千夜に襲われても身を守れるくらいの力を身に着けないと…
「ただいま!じゃあ、ダンジョンに行こっか!」
そう言って、私は千夜の手を引きながらダンジョンの中に入っていった。
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