第61話お話

琴音が帰ったあと、私は琴歌おばさんと二人で話していた。

主に、私が琴音と話して感じたことを。


「ふふっ、私の言えたことじゃないけど、千夜ちゃんは心配し過ぎだよ。そんなに深く考えなくても、誰だって自分は責められたくないんだから。人に罪をなすりつけようとするのは普通のことだよ」

「でも、それは倫理的に良くないじゃないですか」

「まあね」


琴歌おばさんは否定はしなかった。

でも、何かを見透かしたような目で私をじっと見ている。


「でも、人間は倫理では動けない生き物なんだよ。どうしても感情を優先させちゃう」

「そんな事は無いと思いますけど…」

「そうかな?確かに合理的な判断を下す人はいるよ?でも、そういう人って、何でもかんでも合理性で決めつけるからね。人間的というよりは機械的に感じちゃうんだよね。感情を優先してしまうような非合理的な方が人間らしいとは思わない?」


琴歌おばさんの言っている事は一理ある。

合理的な人は大抵冷たいし、感情を邪魔なものとして捉えてしまう。

感情に突き動かされず、最適な行動を取る。それはもう機械だ。

確かに人間らしくない。


「琴音が言いたかった事はこういうこと何じゃない?『人間は倫理よりも感情を優先する生き物だから、千夜よりも私の方が悪いと感じる。だから千夜が責められる事は無い』って」

「そんな…」

「別にいいじゃない。琴音が全部背負うって言ってるんだから。せっかくの好意なんだから甘えなよ。それこそ琴音に対する感謝なんじゃないの?」


納得出来ない。

親友に…ましてや恋人に全ての責任を背負わせて、自分は何も背負わない?

そんなの許せるはずがない。


「う〜ん、まだ納得出来ない?」

「はい。そんな事、私が私を許せません」

「でもなぁ。いくら一人に背負わせる事が悪い事とはいえ、それを理由に相手の覚悟を無下にするっていうのもどうかと思うんだよね〜」


琴音の覚悟を……無下にする……

確かに、ここで私が私を許さずに責任を背負おうとすれば、琴音の覚悟を踏み躙る事になる。

でも、琴音一人に背負わせる訳には…


「本当、お節介が好きだね」

「えっ?」


私が頭を抱えて悩んでいると、琴歌おばさんが冷ややかな言葉を掛けてきた。


「多少良くない事でも、相手の好意として受け取ればいいのに。考え方なんて人それぞれなんだから、千夜ちゃんには千夜ちゃんのやり方があるでしょ?それを信じて突き進めばいいのに」

「そんな事、私に出来るんでしょうか?」

「出来るんじゃない?洗脳のように毎日同じ事を言い聞かせれば、それが普通になって違和感が消えるからね。やってみる?」


サラッと恐ろしい事を言ってるね。

自分に自分で洗脳を掛ける?

言い方を変えれば自己暗示か…確かに普通の事になるまで暗示を続ければ、違和感はなくなる。

だって、“普通の事”だから。

でも、そんな事で流していいのかな?

私が悩んでいると、琴歌おばさんが呆れたように溜息をついた。


「悩むのは良い事だけど、程々にしなよ。千夜のその悩みに答えなんてないんだから」

「そうですね…」


確かに…考え方は人それぞれ。

そもそも、何をもって“正解”とするのか?

そんな難しい答えを探さないといけなくなる。

…それでも納得出来ない自分がいるんだよね。

すると、まだ納得出来ない雰囲気の私を見て、琴歌おばさんがさっきよりも大きな溜息をついた。


「程々にって言ったよね?あんまりそういう事を考えてると、むしろ醜く見えるよ?自分に責任が降りかかるのが嫌で、いつまでも不安要素を無くそうとしてる。答えを聞いて、『やっぱり自分は間違ってたんだ』って思って反省したつもりでいる。そう思われるから、程々にね?」


琴歌おばさんはそう言って、『眠たいから』と寝室へ向かった。

考え過ぎると醜く見える…

私は、まだ現実を受け入れ納得することが出来ず、しばらく寝ずに考えていた。










翌朝


そろそろ朝ご飯を作る時間だと思い、未だに少しだけ痛む腰をさすりながらお茶の間に出てくる。


「イタタ…琴音め、こんな本気で蹴らなくてもいいのに」


私だってもう若くないんだから、腰を蹴られたダメージは小さくないんだっての。

老化と琴音に対して愚痴を溢していると、お茶の間の奥で座布団を枕に千夜ちゃんが寝ているのが見えた。

きっと、夜遅くまで考えてたんだろうね。


「まったく、いくら『英雄候補者』といえど、こんなところで寝たら風引くでしょ…どこかに毛布として使えそうな物は無いかなぁ」


私が色々と漁っていると、千夜ちゃんが眠そうに目を擦りながら起き上がった。


「…おはようございます」

「おはよう。考えはまとまった?」


私がそう質問すると、千夜ちゃんはニコニコしながら元気よく答えくれた。


「はい!私の中で答えをまとめられました」

「へえ、それは良かったわね。で?どんな答えなの?」

「それはですね…『考えるだけムダ』です!!」


自信満々でそう答えた千夜ちゃんを見て、私は思わず笑ってしまった。

千夜ちゃんはそんな私に不満そうな視線を向けてきた。


「ごめんなさい。昨日の夜遅くまで考えた結果がこれなのよね?」

「…そうですよ」

「ふふっ…ごめんなさい、ちょっと、面白くて……」


笑いそうになるのを必死でこらえているものの、隠しきれていない私を見て千夜ちゃんは恨めしそうに睨んできた。


「…ふん!もう琴歌おばさんの事なんか知りません!ご飯も一人で食べて下さい!!」


あっ、これは不味い。

このまま千夜ちゃんにまで捨てられたらどうしよう?

一応、昨日の琴音の様子を見ると過干渉しなければ受け入れてくれそうだけど…


「ごめんね。もう笑わないから許して?」

「ふん!」


あっ、ちょっと待って。

また笑っちゃう。

我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢ッ!!!

私は自分に言い聞かせるが、我慢しきれなかった。


「ふふっ」


思わず笑いを溢してしまい、千夜ちゃんにそれはもう凄い殺気をこめて睨まれた。


「…何がそんなにおかしいんですか?」

「その、懐かしいなぁ、って」

「懐かしい?」


この千夜ちゃんの怒り方は、私にとって懐かしいものだ。

それも、楽しい思い出の。


「そうやって、『ふん!』って怒る姿が琴音そっくりでね。琴音ったら可愛らしく怒るのよ?なんと言うか、見た目も相まって子供っぽいの」

「本人が聞いてたら怒られますよ?」

「そうね。でも、琴音が小学生みたいにプリプリ怒ってる姿を想像してみて?」


私がそう言うと、千夜ちゃんは少し上を見上げて何か考えている。

そして、頬をほころばせて微笑んでいる。


「…可愛いですね」

「でしょ?さっきの怒り方は、そんな感じの琴音にそっくりで可愛かったの。そして、懐かしいなぁ、って感じたのよ」

「そうですか…私も見てみたいですね、その怒り方」


琴音がこの怒り方をする時は、『本気で怒っている訳じゃないけど不満ですよ』という事を伝えたい時にする。

そういう時は甘やかしてあげると嬉しそうにするんだよね。


「もし、琴音がその怒り方を見せたら沢山甘やかしてあげて。嬉しそうするわ。あと、たまーに甘やかしてあげると、気まぐれに猫みたいにすり寄ってくるわよ?」

「へぇ〜、じゃあ今度餌付けするときにやってみます」

「……あの子も大変ね。千夜ちゃん無しじゃ生きられない体にされるわよ」


まあ、千夜ちゃんならそれが狙いでもおかしくないけど。

にしても、さっきの千夜ちゃんの結論といい、本当に二人はお揃いね。

私が入る隙なんて無さそう。


「千夜ちゃんは、琴音と仲直り出来そう?」

「それは…分かりません。琴音は許してくれそうな気はしますけど、私が私を許せるかどうかは別になんです」


そっか…自分の中で結論は出ていても、それが実行できるかは別問題だものね。

まあ、琴音と千夜ちゃんなら大丈夫でしょ。


「きっと大丈夫よ。さあ、朝ご飯を作りましょう」


私は千夜ちゃんを励まして、台所へ誘った。





夕方


琴音がやって来て、家の空気が少しだけ重たくなった。

今の私達の位置は、ちゃぶ台を挟んで私の反対側に琴音と千夜ちゃんが座ってる。

千夜ちゃんが琴音の隣に座っている理由は、『琴音がなにかしようとした時にすぐに動けるように』という理由らしい。

実際、それを聞いた琴音が私に殴りかかるフリをすると、千夜ちゃんが琴音の右腕を掴み、もう片方の手で後頭部を掴んで顔をちゃぶ台に叩きつけてた。

…ちょっとやり過ぎじゃない?


「琴音、いい加減その私の腹を抓るの止めてほしいんだけど?」

「そう?じゃあ千夜が止めるなら私も止めてあげる」


流石にやり過ぎだったらしく、お互い私に見えないところで抓り合ってるみたい。

可愛らしい喧嘩だこと。


「あっそ。私は別に痛くないからこのままでもいいんだよ?」

「ふ〜ん?じゃあ、このまま本題に入るよ」


そう言って、琴音が真面目な表情で私の方を向く。

空気が緊張し、私も思わず表情が硬くなった。

息苦しい間が続き、千夜ちゃんが警戒心をあらわにし始める。

すると、琴音が額がちゃぶ台に当たるくらい頭を下げた。


「ごめんなさい」


無理矢理言わされた訳でも、嫌々言っている訳でもない『ごめんなさい』。

琴音は本心で私に謝ってくれた。


「よく考えもせずにあんな事を言ってお母さんを傷付けて……本当にごめんなさい!!」

「琴音…」


まさか、ここまで謝ってくれるなんて…

一回ごめんなさいと言って終わると思ってたけど、それ以上謝ってくれるとは…琴音も成長したのね。


「ありがとう。もう頭を上げてくれていいのよ」


私がそう言うと、琴音は少し間を置いてからゆっくり頭を上げた。

失礼にならないように、すぐには頭を上げない…一体どこで学んだんだか。


「ただ、謝っておいてあれなんだけど、駄菓子屋に戻ってくるのはもう少しだけ後にしてくれない?」

「えっ?」

「実は、まだ心の整理が出来てなくて…一週間だけ時間をくれない?そこでちゃんと気持ちを落ち着かせるから」


そうなんだ…でも、謝ってくれただけでも嬉しいし、また琴音と暮らせると思えばもっと嬉しい。

待ってあげようじゃない、一週間くらい。


「分かったわ。じゃあ、一週間は駄菓子屋には行かない。…という事で、もうあと一週間よろしくお願いします」


私は琴音に約束したあと、千夜ちゃんの方を向いてお願いする。

すると、千夜ちゃんは安心したような顔で笑みをこぼしていた。


「良かった…2つの意味で良かった…」

「2つの意味?」

「琴音と琴歌おばさんが仲直りしたことと、琴歌おばさんが変なところで一週間を過ごさないって事ですよ。また、あのマンションに行くなんて言われれば力ずくでもここに残らせてましたよ」

「大丈夫。お母さんがそんな事を言ったら、問答無用で駄菓子屋に連れて行く。しばらく気不味い空気が続くだろうけど、お父さんの所に行ってもらうよりかは百万倍マシ」


ははは…あの人も嫌われたものね。

まあ、事が事だから仕方ないんだけどね?

私が苦笑いを浮かべていると、琴音が私の方をじっと見つめている事に気が付いた。


「どうしたの?」

「…千夜、ちょっとだけお母さんと二人きりにしてくれない?」

「えっ?…まあ、襖のすぐ裏で待機してていいなら」

「別にいいよ」


琴音がそう言うと、千夜ちゃんは訝しげな表情で琴音を見ながら部屋を出ていった。

千夜ちゃんが出ていったあと、琴音はスッと立ち上がり、私の隣にやって来る。

そして、私の膝に頭を乗せて寝転がった。



…え?

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