第52話特訓 榊の影
お風呂(仮)
「あ〜…そこそこ…そこが気持ちいいの」
「もっと強くしたほうがいい?」
「ええ。もっと…もっと激しくしてくれてもいいの…」
「言い方!!」
お母さんに体を洗ってもらった私は、お礼としてお母さんの体を洗ってあげていた。
…わざとなんだろうけど、お母さんが変な声を出すから、精神的にキツイ。
私が『どうしてそんな声出すの?』と聞けば、『琴音が結婚したときに、夜の営みで恥ずかしがらないようにするために』とかふざけたことを言ってきた。
一回たらいの中に沈めてやろうかと思ったけど、喧嘩になりそうだから止めておいた。
「はぁ…今日はもう早く寝たい」
「ごめんなさい。ちょっとからかい過ぎたわ」
「謝るのが遅い!」
「アイター!?」
私がデコピンすると、お母さんが大げさに痛がる。
はぁ、その反応が面倒臭いんだよね。
「よし、これくらいで良いでしょ?」
一応全身洗ってるし、これくらいでいいはず。
足りないようなら、家のお風呂に入ればいいわけだし。
お母さんは濡れた体を拭いて、私が空間収納から出した着替えを着る。
「どうする?ご飯冷めてると思うけど…」
「コーンスープは鍋に戻して温めて、ハンバーグはレンジで温めるよ。せっかくお母さんと一緒にご飯を食べるんだから、冷たい料理じゃ悲しいよ」
「琴音…」
お母さんを感動で目をウルウルさせている。
昔じゃ絶対ありえない光景だね。
…というか、最近はお母さんの親バカ化が進んでる気がする。
殴られるよりはマシだけど、私も十六歳なんだから自分の事は自分で出来るんだけどなぁ。
「ご飯もレンジで温める?」
お母さんが謎の早着替えを披露している事には触れないようにして…
「そうだね。せっかくなら温かいご飯が食べたいし」
キッチンに戻ってきた私達は、コーンスープを鍋に戻して温め、ハンバーグをレンジでチンする。
ポテトサラダ?一緒に暖かくなってもらいましょう。
ハンバーグを温め終わると、今度はご飯を温める。
これはハンバーグと比べて時間が掛かったけど、コーンスープが温まるのと同じくらいに出来たから、ちょうど良かった。
「じゃあ…」
席についた私とお母さんは手を合わせる。
「「いただきます」」
私は、箸を使ってハンバーグを切り分けて、ご飯と一緒に食べる。
「うん、美味しい!……でも、レンジでチンしたからちょっと肉汁が…」
「そうね…惜しいことをしたわね」
ハンバーグから溢れ出す肉汁の量が思いの外少なかった。
多分、電子レンジを使ったからだと思うんだけど…もしかしたら、普通に放置しすぎかな?
「ごめんね、肉汁の少ないハンバーグで…」
「謝らないで。肉汁が少ないくらいでお母さんのハンバーグの味が落ちたりしないよ」
お母さんが落ち込んでるから、なんとかして元気づけてあげる。
この程度で元気になってくれるほど、お母さんは単純じゃないけど、私がお母さんを励まそうと必死になってるって事が伝わればいい。
例えば、多少大げさに美味しそうに食べたり、多少盛って話したり。
まあ、とりあえず色々と頑張ってるよって事が伝わるようにする。
すると、お母さんの表情に明るさが戻ってきた。
「ありがとう。今度はしばらく置いても大丈夫な料理にするわ」
「じゃあ、麻婆豆腐が食べたい」
「分かったわ。明日の夜ご飯は麻婆豆腐ね」
…ん?
「え?明日も居るの?」
「嫌なら家で作って来るけど?」
「いや、そうじゃなくて…お父さんを放置していいの?」
私が『お父さん』という単語を使ったあたりからお母さんの表情が険しくなる。
そして、私から視線をそらして黙々とご飯を食べ始めた。
「…喧嘩?」
なんとなくそんな気がして聞いてみると、お母さんが溜息をついて話し始めた。
「本っっっ当にあの人は他人に興味がないのよ。『しばらく帰ってくなくてごめんね』って言ったのに、『そうか』しか言わないのよ?心配したこっちが馬鹿だったわ」
「そうなんだ…」
「一回殴ってやりたいけど、DVで訴えられそうだから出来ないのよね。だから、私の気が落ち着くまでここに泊めて」
「ふ〜ん………え?」
私は色々と言ってみたけど、お母さんは家に帰りたくないらしく、しばらくここに泊まる事になった。
◆
お母さんが泊まりに来てから一週間半
ようやく関東全域のインフラが復活し、スーパーにも新鮮な食材が並ぶようになった。
世間では、『復旧が遅すぎる!』と政府に不満が殺到してるけど、じゃあお前等は復旧作業手伝ったのか?って話なんだよね。
私?前に死骸処理をちょっと手伝ったくらい。
まあ、その話は置いといて、私は今スーパーに買い物に来てる。
いい加減保存食生活は飽きた。
新鮮な食材を買い集めないと。
「えーっと?次は卵か…卵は確かあそこだったかな?」
卵コーナーに行こうとすると、急に買い物かごが重たくなった。
私はとっさに手に持っていた人参をナイフのように振って、曲者から距離を取る。
周りの人がざわついてるけど気にしない。
「誰?下らない透明化は止めて姿を見せなさい」
何処かに隠れたかも知れない曲者に聞こえるように、少し大きい声で虚空に話しかける。
すると、
「少しは腕を上げたようだな」
「ッ!?」
後ろから…いや、耳元に囁くように話しかけられ、あまりの気持ち悪さに回し蹴りをしてしまった。
突然の回し蹴りに対応出来なかったのか、何かを蹴った感触があった。
私が蹴った何かは、一度は地面を転がったものの、受け身を取って起き上がった。
どうしてそれが分かったかって?
蹴った時に透明化が切れたからだよ。
いきなり、髪の毛ボサボサのいかにも怪しい姿のおっさんが突然現れたのを見て、周りの人が何人か悲鳴を上げてる。
「あんたは…あの時のおっさんか」
「イテテ…そうさ、お前さんに声をかけた小汚えおっさんだよ」
「あっそ。で?何のよう?」
私が冷ややかに要件を聞くと、頭をポリポリ掻きながら申し訳無さそうに話し始めた。
「たまたまお前を見つけたから、どれくらい成長したか確かめるために、ちょっと後をつけててな…」
「…訴えていい?」
「まっ、待ってくれ!金が無いから慰謝料は払えねえが、隠密の技術を教えられる!だから警察は勘弁してくれないか?」
「…もしもし警察ですか?〇〇スーパーに未成年者を付け回す変態がいます」
「待ってくれ!俺はお前を心配して!」
「変態が変な事を言ってます。…はい、はい。普通に変質者です。あと、多分探索者ですね、透明化を使ってたので」
ちなみに、本当に通報してます。
だって、町中でたまたま見つけた少女を透明化と隠密を使って付けますんだよ?
どこをどう見れば変態じゃないんだか。
すると、おっさんがボロボロのマントのフードを被って姿を消した。
あの透明マントか…
「隣の公園で待ってる」
横から小声でおっさんが何か言ってる。
…これ行かなきゃ駄目かな?
行きたくないなぁ…
私は、一人で『う〜ん』と唸りながら買い物を済ませた。
公園
結局来てしまった。
まあ、悪意があるようには見えなかったし、きっと大丈夫。
公園を見回すと、端の方のベンチにおっさんが座っていた。
「おう。よく来たな」
「出来れば来たくなかったけどね。…で?隠密のイロハを教えてくれるんでしょ?」
「そこは覚えてるのな…」
おっさんは溜息をつきながら、また頭をポリポリ搔く。
癖になってるのかな?
「警察は?」
「逃げられたって言ってきた。まあ、監視カメラに写ってるだろうから、もしかしたらお縄につくかもね」
「はぁ〜、声掛けるんじゃなかった」
…これだけ見ると、ただの哀愁漂うおっさん何だよね。
でも、実際は私の探知では見つける事が出来ないレベルの隠密を出来る…暗殺者?
「おっさんって、暗殺者でもやってるの?」
「まあ、そうだな。もちろん、普通の暗殺者じゃなくて、ダンジョンで探索者としての暗殺者だからな?」
「それくらい分かってる」
本物の暗殺者なら、こんなヘマはしたりしない。
それに、こんなくたびれたおっさん風な格好をするなら、もっと他にも服があるはず。
探索者じゃなかったら、普通にイタイおっさんだし。
「タバコ吸っていいか?」
「…」
「駄目そうだな…タバコのニオイは気にするほうか?」
「いや、単に私が禁煙してるから」
「そうか……ん?」
おっさんがまじまじと私の顔を見て、嘘をついている訳ではないということを確認すると、視線を上から下へ、下から上へと動かす。
「お前…何歳だ?」
「十六」
「二十歳どころか未成年じゃねえか!?それで禁煙?お前、どんな生活送ってたんだよ…」
「お母さんに影響されて吸ってた。今は二十歳になるまで禁煙するって決めてる」
高校入学を機にタバコは止めたけど、周りの人が吸っているのを見ると私も吸いたくなる。
おっさんは、さも当然かのように振る舞う私に呆れたのか深く溜息をついた。
「まあ、タバコの事は黙っておくとして…で、肝心の隠密についてだが…お前はどこまで気配を消せる?」
「…これくらい」
「そうか…魔力が漏れてるな。あと生命力も。その二つは最も感知しやすい気配だからそれを隠す事だな」
「それくらい分かってるっての」
それを知らないようじゃ、暗殺者にはなれない。
このおっさんは、私の事を馬鹿にしてるのかな?
「じゃあ次だな。感情を隠せ」
「感情?」
「そうだ。分かりやすい例で言えば、殺意や敵意だな。これは、殺気に直結するからバレやすくなる。もちろん、殺意や敵意でなくても出来るだけ感情は隠せ」
感情を隠す、か…
「無心になれと?」
「そこまでは行かないが、表向きには何も考えてないようにみせろ。これはかなり重要だぞ?」
確かに、殺意は言わずもな、敵意や悪意には敏感な人が多い。
そういった意味では、感情を表に出さず無心でいることは大切なのかもね。
「最後は………」
「いや、ためないで普通に言ってほしいんだけど?」
「おいおい。こういうのは雰囲気が大事だろ?そこは『最後は、何なのですか?』みたいな」
「私はドラマの無知な女性じゃないんだけど?はぁ…で?結局何なの?」
おっさんは溜息をついて『やれやれ』という態度を取る。
なんだこのおっさん。
誰もいないところならぶん殴ってたのに…
「最後は、とにかく死角に立つこと」
「死角?背後に立てってこと?」
「違う。確かに人間は情報のほとんどを視覚から得てる。だから、背後に立つのは間違ってないが…強者相手にそれが効くか?」
「まあ、普通に気付かれるだろうね」
私も、さっき買い物かごに卵を入れられた時に危険を感じて、直感的に背後を攻撃した。
後は、耳元で囁かれてあまりの気持ち悪さに直感で回し蹴りしたら当たってたり…
「さっき普通に蹴り食らったからな…あれは俺に気付いたのか?」
「いや?直感だけど?」
「直感か…流石榊だな」
「なん、ですって?」
こいつは今、榊って言ったか?
調べる必要があるわね。
「ちょっと来て」
私はおっさんの胸ぐらを掴んで公衆トイレの裏側に行く。
そこで、おっさんを壁に押し当てて首を絞める。
「お前、何者だ?」
「待て待て待て!俺はお前さんの家族に頼まれてやってんだ!!」
「家族?……じいさんか」
「そ、そうだ!榊家当主、『榊 龍太郎』様に頼まれて…なんのつもりだ?」
私はおっさんの目に『漆』を突きつける。
「龍太郎『様』だって?その言い方をするって事は、榊の関係者か」
「チッ!これだから琴歌さんの娘の相手をするのは嫌だったんだよ…ああ、そうさ。俺はの名前は『榊 小次郎』お前のお母さん、神条琴歌の従兄弟だ」
「は?…え?お前、私の叔父なの?」
「そうだよ。悪いか?」
こんなくたびれたおっさんが私の叔父なの?
こいつ、本当に榊か?
「お前、いま絶対俺の悪口考えてただろ?」
「なるほど、確かに榊の血は流れてそうね。まあ、従兄弟って事は本家じゃなさそうだけど」
「そりゃあそうさ。こんな危ない仕事、本家の人間がやるわけねぇだろ。まっ、榊を名乗れるだけマシだけどな」
確かに…榊の名前は日が当たらない場所で役に立つ。
裏社会の怪人や政界や財界の妖怪とか。
こいつくらいの年なら、一人や二人子供が居てもおかしくなさそうだけど…お?
「久しぶりね、影薄の小次郎君」
「げっ!?琴歌!?」
「“さん”を付けろ、榊の犬が」
ようやく来たね。
実は、ここに来る前に念の為お母さんを呼んでいた。
そして、スマホの電話をスピーカーにして、会話をお母さんに筒抜けにしておいた。
だから、このおっさんの榊うんぬんの話をお母さんは知ってる。
「龍太郎のジジイと話がしたい、お前の方から連絡を入れろ」
「琴歌さん、それは流石に無理が「やれ」アッハイ!」
おっさんがお母さんの覇気に負けてスマホを取り出した。
そして、ちょっと離れた所で頭をペコペコ下げながら何かお願いしている。
まあ、あっち側からすれば、勘当した女が当主に会わせろって言ってきたんだから、普通は相手してくれないだろうね。
でも、ここで『無理でした』なんて言ったら、お母さんがあのおっさんをボッコボコにするだろうし…それが嫌でペコペコしてるんだろうけど。
すると、おっさんが急に何度も深く頭を下げだした。
しかも、ちょっと嬉しそう。
交渉が成功したか。
「来てもいいって言ってもらえましたよ。もう少しだけここで待って下さい」
「ふ〜ん?じゃあ、待ち時間でお前から話を聞くとするか」
お母さんが、まったく笑っていない笑みを浮かべておっさんの肩を掴む。
まあ、当然おっさんは冷や汗ダラダラ。
きっと、過去のトラウマとかがあるんだろう。
私は、おっさんがお母さんに問い詰められてる様子を遠くから見守っていた。
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