第53話榊の血

榊本家の屋敷


「お母さん、変な事しないでね?」

「変な事?例えば当主の顔をぶん殴るとか?」

「それは絶対しないでね。私まで絶縁されそうだから」


というか、下手したら龍太郎爺さんが死ぬかも知れないから本当に止めてほしい。

その事分かってるのかな?お母さんは。

そんな心配をしていると、見覚えのある襖が見えてきた。


「当主様。お二人を連れてまいりました」


おっさん…小次郎さんだったかな?が龍太郎爺さんに声をかける。


「入れ」


すると、龍太郎爺さんが中から入室許可を出した。

小次郎叔父さんは礼儀正しく襖を開けて一礼してから中に入る。

お母さんはというと…


「おいジジイ。私の娘に何しやがった?」


これである。

敷居は踏んでるし、畳のヘリはまったく気にしてない。

そして、第一声が罵倒。

これは勘当されるよ…むしろ、榊家がこれを勘当しない方がおかしい。


「琴歌。第一声がそれとは失礼にも程があるぞ」

「黙れ雑魚。お前に要はない」

「…兄に向かってその言い方はなんだ。それに、私が弱いのではない。お前が強過ぎるだけだ」


いきなり口論を始めたよ…

この人はお母さんの義理の兄、要は私の伯父さんだ。

まあ、名前知らないけど。

しばらくここで匿ってもらってたけど、この屋敷に来たのはほんの数回で、ほとんど別荘にいた。

別荘もかなり豪華なんだけどね?

多分、何処かの社長か政治家が用意したんでしょ。

さて、話を戻してと……お母さんは、ズカズカと部屋に入ると龍太郎爺さんの向かい側にドカンと腰掛けた。

胡座をかいてね。


「琴歌、お前いい加減にしろよ…」

「はぁ…うっせえな。私はジジイと話すためにここに来てるんだ、お前と話す事はない」

「チッ!だとしてもその態度をどうにか「静まれ」し、失礼しました!!」


伯父さんが小言を言おうとした時、龍太郎爺さんが年老いて枯れた声で伯父さんを黙らせた。

声は枯れているものの、その覇気は健在だ。

場の空気が息が苦しくなるほど重たくなった。


「琴歌。話とはなんだ?」

「すっとぼける気か?私の許可も取らずに人の娘に勝手なことしやがって」

「そうか?だが、琴音は私の曾孫でもあるんだぞ?孫を気にかけて何が悪い」


龍太郎爺さんの言ってる事は、ある程度間違ってない。

確かに許可を取らずにやったのは不味かったとはいえ、曾孫を思っての行動だ。

強く責める事は出来ない。

でも、お母さんなら適当なこと言って責めそう。


「私は別に琴音に変なのを付けた事を怒ってる訳じゃない。琴音の母親である私に何も言わずに勝手なことをした事に怒ってるんだよ」


あれ?結構まともな事言ってる。


「それは悪かった。だが、もし確認を取りに行ったとして、お前は榊の言葉に耳を傾けるか?」

「…」

 

確かに…お母さんは何も聞かずにドア閉めて追い返しそう。

電話を掛けたとしてもすぐに切るだろうし、手紙は破って捨てると思う。

…そもそも許可を取れないのか。


「そういう事だ。これからは訓練として小次郎を付ける。文句はあるか?」

「いや?しっかり私に確認しているなら別にいい。ただし、琴音の事を大事にしろよ。じゃないと二度と琴音を近付かせない」

「ふむ、そうか。では、話は終わりだな。少し琴音に用がある。琴歌は客間で待っていろ」


龍太郎爺さんが私に用がある?

一体何のようだろう?

私は、嫌そうな表情のお母さんを追い払って部屋に残る。

…一応廊下にいないか確認して。


「お母さん?」


ほらね?やっぱりいた。


「チッ…分かったわ。客間で待ってるから、何かあったらすぐに逃げてきてね?」

「話すだけなんだから、逃げるような事なんか無いよ。さあ、早く行って」


背中を押して無理矢理お母さんを客間に行かせる。

お母さんはまだ不満そうだったけど、私に言われて渋々客間に行ってくれた。


「さて、琴音。これからしばらく小次郎をお前の講師にしたいんだが、お前はどう思う?」

「講師と言いましても、私が小次郎叔父さんから学ぶことは隠密くらいですよ?それも、二週間もあれば小次郎叔父さん以上の隠密が出来るようになると思いますけど…」

「構わん。所詮小次郎はお前を成長させるための踏み台だ。不要になればまたわしに言いに来なさい」


龍太郎爺さんは、私に期待してるらしい。

確かに、私は榊でも優秀な方だ。

身体能力や武の才能はお母さんから継いでるし、頭脳はちょっとだけお父さんから継いでる。

本気で勉強すれば名門校に行けるとも思ってる。

…まあ、勉強は嫌いだから行くことはないだろうけど。


「何か必要な物はあるか?出来る限り用意しよう」

「でしたら、どうしてここまで私を気に掛けるのか教えてほしいです」

「そうか…いいだろう。端的に言えば、お前が和子姉さんに大切にされていたからだ」


なるほど…そう言えば、お婆ちゃんは龍太郎爺さんの姉だったね。

そして、龍太郎爺さんはとっても姉を尊敬してたらしい。

そんな姉が大切にしていた子を守りたかったのか。


「お前は榊の血が濃い。お前の祖父母がどんな血筋の人間か琴歌から聞いているか?」

「いえ、聞いてません」

「なるほど、やはり話していなかったか。では、ここでお前の血に関して話しておくべきだろう」


龍太郎爺さんは、深く息を吸って私の目をしっかり見ながら話し始めた。


「お前の祖父母、いや琴歌の両親は禁じられた恋をしたのだよ。」

「禁じられた恋?」

「ああ、琴歌の母親は和子姉さんの子で、父親はわしの子だ。近親婚は血が濃くなりすぎるため長らく禁じられてきたが…それでも子成した。もちろん、琴歌を出産した後無理矢理引き剥がされたがな」


そんな事が…確かにそれなら納得がいく。

あのお母さんの異常なまでの超直感。

鋭い直感は榊の特徴だけど、それだけ榊の血が濃いなら超直感にも納得出来る。


「そして、琴歌は我々の根回しで榊の責務を果たしている」

「榊の責務…まさか!!」


榊の責務

それは、本家の人間は祖父母のどちらかの兄弟の孫と結婚するというもの。

榊の優秀な血を残しつつ、近親交配で問題が起こらないようにするための配慮。

正直、あんまり気に入らないしきたりだけど、榊の血の希少性を考えると妥当といえば妥当だ。

…倫理的には不味い気もするけど。


「そうだ、お前の父親は榊の血が流れている。まあ、榊の血が流れていない天然の天才に負けるような出来損ないではあるがな」


お父さんはエリートだけど、完全上位互換とも呼べるような後輩が居るせいで、後輩から影でバカにされてるらしい。

それよりも、お父さんが榊の血を持ってる?

それであの程度の才能なの?

いや、そこは触れないようにしてあげて…


「どうして、お父さんをお母さんの婚約者になるように根回ししたのですか?」

「血を薄めるためだ」

「中途半端な才能を持つお父さんで、お母さんの血を中和しようってことですか…」

「いや違う」


はあ?

そういう事じゃないの?

この方法なら血を中和出来ると思うんだけど…


「お前の父親は四代目だ。本来三代目と結婚させるのが榊のしきたりだが、今回はそういう訳にもいかず、血が薄れ始めた四代目を使う事になった」

「…それなら、一般人と結婚させれば良かったのでは?」

「出来ればそうしたかったが、アレでも琴歌は本家の人間だ。守らなければいけないしきたりがあるのだよ」


しきたりか…現代でそれを忠実に守っているあたり、やっぱり榊は名家なんだろうね。

…世間的には知られてないけど。


「お母さんの事情は分かりました。そして、お婆ちゃんが私に良くしてくれていた理由も」


私は龍太郎爺さんの曾孫だけど、お婆ちゃん…和子お婆ちゃんの曾孫でもあった。

可愛らしい曾孫を大切にしたかったんだろう。


「いいか琴音、お前は将来を潰してまであの駄菓子屋を守る覚悟があるか?姉さんの形見を失うのは寂しいが、負担になるようなら売り払う事も出来るんだぞ?」

「いえ、私は駄菓子屋を売るつもりはありません。それに、あの店の店主は私です。赤字の店の切り盛りくらい、榊の血筋のものとしてやってのけますよ」

「そうか…では頼んだぞ」


龍太郎爺さんは嬉しそうに微笑みながら、私に駄菓子屋さん任せてくれた。

当主の許可も取れたことだし、私も帰ろうかな?

私が龍太郎爺さんに挨拶をして、部屋を出ようとしたとき。


「千夜とはうまくやっているか?」


ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「あの、どうして千夜の事を呼び捨てに…」


いくら龍太郎爺さんは立場がかなり高いとはいえ、爺さんら他人を呼び捨てで呼ぶような人じゃない。

大抵は名字か、名字と一緒によぶ。

それなのに『千夜』と呼んだ。

どうして千夜のことは呼び捨てにするんだろう?


「ん?知らないのか?あの子もわしの曾孫だぞ?」

「…は?」


んんんー?

ちょ、ちょっと待って!

千夜が龍太郎爺さんの曾孫?

それって、千夜は榊の血縁者って事だよね?

…というか、千夜とは離れた従姉妹関係ってことなの?


「あの、千夜は自分が榊の血縁者だって事を知ってるのですか?」

「知っているぞ。お前とはとこだと言うこともな」

「え、えぇ…」


はとこって始めて聞いた単語何だけど…

まあ、それは良いとして、千夜は同じ血を持つ私に好意を持ってるの?

ストライクゾーン特殊すぎない?

いや、千夜の性癖は良いとして、私と千夜が関係をもって法律的に大丈夫なの?

結婚って出来るのかな?

…榊ならそれくらい握り潰しそうだけど。


「困惑しているようだな。情報整理も兼ねて今度千夜と二人で話すといい。テーマパークのチケットを用意しようか?デートには丁度良いだろう」

「え?あの、千夜が私に好意を持ってる事を…」

「知っているぞ?そもそも、榊の間ではその話は有名なんだぞ?なにせ、数ヶ月前の集会で全員の前でわしに許可を取りに来たからな」

「はあ!?じゃ、じゃあ榊の血縁者はみんな知ってるって事ですか?」

「もちろんだ。方やたまたま過去の血を覚醒させて才能を手に入れた娘、方や禁忌の方法で生まれた娘が作った本家並に血の濃い娘。良くも悪くも有名な二人が結ばれようとしているのだ、知らない方がおかしい」

「ソ、ソウナンデスカー」


ちょっと現実を受け止めきれてない。

ただでさえお母さんの複雑な事情を聞いた後なのに…

とりあえず、今日は帰ってもう寝よう。

ちょっと精神的に疲れた…

私は爺さんに挨拶をして、お母さんの居る客間に向かった。

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