第51話駄菓子屋の夕方
はぐれのゴブリンが木の実を食い漁っている。
警戒心皆無で、目の前の木の実に夢中になっていた。
「ゲキャッ!?」
すると、背後から何者かによって刺され、胸に焼けるような痛みを感じた。
ゴブリンが振り返ると、そこには血の付いた短剣を持った人間の少女がいた。
ゴブリンが痛む胸に手を当てると、何か生暖かい液体を触った感触があり、手を見てみるとべっとりと血が付いていた。
どうやら、かなり深く刺されたらしく短剣が体を貫通したらしい。
ゴブリンが顔を上げると、目の前に人間の少女がおり、短剣を振りかぶっていた。
そして、その短剣はゴブリンの首を正確に捉え、生首が宙を舞った…なに勝手にナレーション付けてるんだろう、私。
私は、気持ちを切り替えて首が無くなったゴブリンの死体を見る。
「ずいぶん痩せてる。コロニーを追い出されたのか?」
口減らしとして無能が捨てられるのはよくある話だ。
特に、生贄とかによく使われる。
「これだけ痩せてるとなると、追い出されてから結構な時間が経ってそう…」
ここまでよく生き残れたね。
この過酷な環境下で生き残ったゴブリンに敬意を払って、魔石は回収しておこう。
ゴブリンの魔石は、大きさと質や値段が釣り合わないから放置してる。
そもそも、魔石を取り出すという作業自体が面倒くさいからわざわざ売れない魔石を採る必要はない。
魔石を回収した私は、この後どうするか考えていた。
「帰るか…進むか…」
もう日は傾いていて、空も大地もオレンジ色になっている。
夜のダンジョンは危険だ。
特に、森林系のダンジョンであればなおさらだ。
ただでさえ視界の悪い森で、夜なんかになれば何処から狙われているか分からない。
けど、ダンジョンにセーブ機能なんてものは無い。
一度ダンジョンを出れば初めからやり直し。
それが嫌で、何日もダンジョンに籠もる人も居る。
「どうしよう…あっ!そうだ、店でお母さんが待ってるんだった!」
私は使わないようにしていた魔道具も使って全力で走る。
不味い、今すぐ帰らないと『どこほっつき歩いていたんだ?』って怒られる…
怒ったお母さんはマジで怖い。
流石にもう殴ったりはしてこないだろうけど、お説教が待ってるだろうなぁ。
言い訳ならいくらでも作れるけど、お母さんはそれが嘘かどうか簡単に見破ってくる。
「このまま全速力で走れば間に合うはず!待っててねお母さん!今すぐ帰るから怒らないでええぇぇ!!」
私は、必死に通ってきたルートを引き返した。
◆
駄菓子屋二階 キッチン
フライパンの上で、ハンバーグがジュージューと音を立てている。
なにげにここで料理をするのは始めてかも知れない。
「もうすぐ帰ってくるはず。琴音の好きなハンバーグとコーンスープももうすぐ完成。琴音が喜ぶ顔が楽しみね」
私の勘が正しければ、今頃私に怒られるのが嫌で血相変えて走ってるはず。
ヘトヘトになった琴音に優しくしてあげれば、もしかしたら『お母さん、大好き』って言ってもらえるかも。
…流石にそれはないか。
でも、琴音が私に甘えてくれるのは今だけ。
だって、そう遠くない未来に琴音はお嫁に行くだろうから。
神科千夜ちゃんの猛烈なアピールに負けて、結婚を約束させられたらしい。
「私が燻っていた火種に油を注いだとはいえ、あの子が行ってしまうのは寂しいわね」
箱根から帰るとき、すぐに寝てしまった琴音に隠れて千夜ちゃんと話した。
『琴歌さん、娘さんを私に下さい!』
『…はい?』
『ですから、神条琴音を私に下さい!』
『えーっと…つまり、同性婚がしたいと?』
『はい!』
『あー…う〜ん…まあ、琴音が良いって言ったならいいよ』
『ありがとうございます!!』
あの時の千夜ちゃんは本気だった。
もちろん、今も本気で琴音の事を好きでいるんだろうけど。
『私が許可を出していなければ』と思った事はあるけれど、あの人に許可を取りに行かせるわけにもいかないし、勢いでOKしたのは良いとは言えないけど、最悪ではないはず。
まあ、問題なのは…
『琴音は優しいから、千夜ちゃんに強く迫られたら断れないと思うよ。駄目なら、なんとか“ピー”して落とすとか?』
『えっ!?いいんですか!?』
『大丈夫。それに、あの子に性の目覚めを経験させる良い機会だから』
『そ、それって、琴音ってかなり清らかってことですよね?ふふっ、ふふふ…わ、私の、私の色で琴音を…』
一度だけタイムマシンが使えるのであれば、この発言だけは取り消したい。
千夜ちゃんに良くない事を教えてしまった。
いつか千夜ちゃんのお母さんに謝りに行かないと…
琴音は…まあ、結果的に琴音が千夜ちゃんの事を好きになれば問題無し!
「うん、そろそろいいかな」
ポテトサラダとミニトマトを盛り付けておいたお皿にハンバーグを盛って、手作りのソースを掛ける。
うん、我ながらいい出来ね。
ハンバーグが完成して満足していると、視界の端でコーンスープが沸騰しているのが見えた。
「しまった!火力を落としなかった!!」
急いで火を止めてかき混ぜる。
匂いを確認してみると、特に焦げた匂いはしない。
小皿に少しよそって飲んでみても、普通のコーンスープ。
よかった…焦げてなかった。
コーンスープをお椀によそい、テーブルに置いたとき。
「ただいま!!」
襖を勢いよく開ける音と共に琴音が帰ってきた。
そして、急いで靴を脱いだ琴音がキッチンに駆け込んでくる。
「おかえり。ご飯よそうから机に置いて」
「あ、うん…」
怒られるとでも思っていたのか、きょとんとしている琴音。
身長が低いからこうやって見ると可愛いわね。
思わず頭を撫でたくなっちゃう。
「お母さん」
「ん?何かしら?」
「私、臭わない?」
ダンジョン帰りなら、多少汗臭いかもね。
後は、返り血を浴びたりして血生臭かったり…うっ!?
「琴音…ご飯を食べたらすぐに体を洗いなさい」
「そ、そんなに酷い?」
「血と肉が焼け焦げた臭いと汗と…これは、なんの臭いかしら?まあ、とにかく酷いわ。出来れば今すぐ洗ってほしいけど…」
「でも、銭湯は休みだよ?」
そうだった。
この駄菓子屋にはお風呂がないんだった。
「コンロでお湯を沸かすから、ダンジョンの中で洗ってらっしゃい」
「分かった。…今から行った方がいい?」
「出来れば…」
私が本気で嫌そうな声を出すと、琴音はしょんぼりしながらダンジョンへ向かって行った。
「さて、何処かにたらいがあったはず。物置に残ってるかしら?」
昔、お婆ちゃんにそれでお風呂をしてもらった事があった。
もちろん、小学生になる前くらいの小さい頃だったけど。
…まさか、十六歳の娘にそのたらいを使わせる事になるとは思わなかったけど。
鍋を二つ用意してお湯を沸かしている間に、物置部屋にたらいを探しに行く。
無かったら鍋のまま使ってもらう事になるけど…あった!?
「まさか、これがまだ残ってたなんて…とりあえず、ダンジョンの中に持っていこう」
私は、片手でたらいを持ちながら琴音の待つダンジョンへ向かった。
◆
ダンジョン入口の小屋
小屋の中でお母さんを待っていると、大きなたらいを持ったお母さんがやって来た。
「あっ!それって!!」
「琴音は知ってるの?」
「知ってるよ。お婆ちゃんにこれをお風呂に見立てて入れてもらったんだ。幼稚園のときだったかな?懐かしいなぁ」
私が懐かしのたらいを見て感傷に浸るっていると、お母さんが納得がいったという顔で独り言を呟いていた。
「なるほど…それで残ってたのか」
どうやら、お母さんもこのたらいの事を知ってるらしい。
って事は、昔ここでたらいを使った何かをしてたのかな?
氷水を作ってラムネを冷やしてたとか……流石にその頃には冷蔵庫があったか。
あるとしたらスイカかな?
冷蔵庫に入り切らなかったから、こっちで冷やしてたとか。
それなら普通に有り得そう。
「お母さんもこのたらいを知ってるの?」
「ええ。私も琴音と同じように幼稚園くらいの頃にこのたらいにお湯をに入れて、お風呂にしてもらってたからね」
「えっ!?お母さんもやってもらってたの?」
意外だ…あのヤンチャお嬢ちゃんのお母さんが、このたらいでお風呂に入ってたなんて…
というか、親子二代でこのたらいを使ってるのか。
「何か失礼な事考えてるみたいだけど、見逃してあげる。私だって可愛らしい子供時代があったのよ?」
「榊の人に聞いたら、物心ついた頃からヤンチャだったって聞いたよ?」
「…お婆ちゃんに対してはそこまでヤンチャじゃなかったの」
お母さんもお婆ちゃんには勝てないのか。
まあ、お婆ちゃんだって武の才能は無くても榊の女だからね。
お母さん程度なら軽くあしらえるのか。
「懐かしいわね…今思えば、子供時代にもっとお婆ちゃんに甘えるべきだったわね。寂しい思いをさせちゃったかも」
「だろうね。でも、私が沢山お婆ちゃんに甘えてたから、最期に満足出来たと思うよ」
たらいに水と鍋のお湯注ぎながら、後悔の念に駆られているお母さんを慰めてあげる。
お湯の準備はもうすぐ出来そうだし、服を脱いでおくか。
私が服を脱ぎ始めると、お母さんが何故か笑っていた。
「…なに?」
「いや、琴音くらいの年頃の子なら、親がいる前であんまり服を脱がないと思うんどけどね」
「別に?だってお母さんだよ?千夜なら…襲われそうで怖いからしないけど、血のつながったお母さんに裸を見られても恥ずかしくないよ」
第一、どうして同性の裸を見て恥ずかしがるんだか。
異性に見られてるならまだしも、同性同士で恥ずかしがるような事なんて無いはず。
「これは…千夜ちゃんが大変そうね」
「どうしてここで千夜が出てくるのよ」
お母さんが何故か千夜の心配をしてるけど、意味が分からない。
私は千夜を困らせるような事を言ったつもりはないんだけど…
私が考え込んでいると、タオルをお湯で濡らしたお母さんが、私の体を拭いてくれた。
「これくらい自分でするよ?」
「大丈夫。これは今しか出来ないんだから、今の内にやっておきたいの」
「…私が大人になったら出来ないってこと?」
すると、お母さんが嬉しそうに笑いながら、
「琴音のことが大好きな奥さんの仕事を取るわけにはいかないでしょ?」
「え?…あー」
なんとなく意味は理解した。
もしかして、将来これを毎日千夜にやられるの?
それは恥ずかしい…
私は、千夜が私の体を洗ってくる姿を想像して、真っ赤になっていた。
…同性同士で恥ずかしがる理由がなんとなく分かった気がする。
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