第50話特訓開始

店に戻ってきた私は、引き続き店番をお母さんに任せてダンジョンに飛び込んだ。

今日は訓練も兼ねて『黒装束』を使っていない。

アレは着てるだけで隠密効果があるし、防具としても優秀だ。

装備の力で強くなった気でいるのは良くない。

それに、いくつかの魔道具も付けてない。

私の力で隠密が出来るようになるために、最低限の魔道具だけでやる予定。

万が一やばくなったら指輪と仮面を使って全力で逃げる。

命あっての探索者だし、店を守るためにも死ねない。

それに、千夜との決着もつけられてない。

どうせ死ぬなら、せめて千夜と本気で殺し合ってからがいい。

あっ、あと店の後継者も見つけてから。


「まあ、死ぬつもりなんて一ミリも無いけどね」


このダンジョン以外で使ってる短剣を取り出した私は、軽く体をほぐしてから小屋のドアを開ける。

すると、小屋の直ぐ側にゴブリンが三匹いた。

珍しい、こんなところまでゴブリンが来るなんて。

もしかしたら、少なからずこのダンジョンもスタンピードの影響を受けてたのかな?

確か、近くのダンジョンにスタンピードが拡散する時、等級が足りずスタンピードが起こらなかったとしても入口付近にモンスターが集まる事があるらしい。

これもその影響だろうね。


「さて、今日の生贄一号、二号、三号君達、せいぜい私の成長の糧になってくれ」


私はそう言って一番近くにいるゴブリンの側に走る。

そして、ゴブリンが何かする前に首を刎ねる。

突然人間の女が走ってきたと思ったら、仲間の首が飛んでさぞかし驚いてるだろう。

でも、私の前でそんな隙きを晒していいのかな?

私はダンスでも踊るように、クルッと回って残りの二匹の首を刎ねた。

短剣はリーチこそ短いけど、軽い分振り回しやすく小回りも効く。

短いが故に手の延長のような扱いも出来るから、目と反射神経のいい人には相性がいいと思う。

ちなみに、リーチが短いから扱う上でのリスクがバカみたいに高いけどね。


「短剣は初心者が使うにはリスク・リターンが見合ってなさ過ぎる…玄人向けなのも納得だよ」


その点、槍は素晴らしい。

リーチがあって、威力も簡単に出せる。

間合いを詰められるとかなり危ないけど、そこさえしっかりしていれば初心者から上級者まで人気の武器だ。

まっ、私は槍なんて使わなくてもお母さん譲りの並外れた動体視力と反射神経、榊家特有の超直感、生まれながらの危機察知能力があるから、短剣でも問題無いんだよね。

さて、気を取り直して次の獲物を探そう。

私が気配を探ると、すぐ近くに複数の気配があった。


「…やっぱり、スタンピードの影響を受けてるね。気配的に全部ゴブリンだろうけど、ここまで集まって来るのは異常だ」


ゴブリンに限らず、モンスターの行動は二種類。

徘徊型と集団型。

徘徊型は、少数で集まってダンジョン内を徘徊しているモンスターを指す言葉。

集団型は、群れを作ったりコロニーを作って集団生活をしているモンスターを指す言葉。

ゴブリンは全体の数が多いから、徘徊型をよく見かけるけど、そのほとんどはコロニーを作って集団生活をしてる。

一匹いたら百匹いるとはこの事だね…


「そう言えば、このダンジョンでゴブリンのコロニーを見たことない気がする…ちょっと探してみるか」


ゴブリンは廃村や洞窟によくコロニーを作る。 

その二つが無いか入念に探しながら、ゴブリンのコロニーを見つけたい。

雑魚といえど、数の暴力で攻められると厳しい。

だからこそ、訓練になるんだけどね。

よし、探索開始!!

私は、あの毒ガス地帯と反対側に向かって歩き始めた。




三時間後


未だにゴブリンのコロニーは見つかってない。

何度かクソでかい熊をしばき倒したけど、それ以上に強いモンスターは見かけなかった。

一番面倒くさかったのは、コボルトモドキと呼ばれるモンスター。

見た目は二足歩行する犬?狼?と言われるコボルトと似ているんだけど、中身はまったく違う。

理性の欠片もない獣以下の畜生。

自身や仲間の死を省みず、相手がドラゴンでも構わず襲いかかる。

そして、探索者がモンスターと戦っているところに割り込み、両方に襲いかかる厄介さから、探索者から『クソ犬モドキ』だの『ダンジョンのゴミカス』だの『乱入妨害糞犬型不快害獣モンスター』と散々な言われようを受けている。

実際クソ面倒くさかったけど…


「うわっ、この気配は…」


私は嫌な予感と気配を感じて、近くの木の上に避難する。

しばらくすると、噂をすればなんとやら、あの『ゴミカスクソ犬モドキ』が現れた。

それも、二十匹くらいいる。

う〜ん、精神的によろしくない。

さっさとどっかに行ってほしいんだけど…

しかし、私の願いが届く事は無かった。

あのゴミカス共ときたら、私が倒したモンスターの死骸を我が物顔で食い漁り始めた。

別に死骸なんかに興味はないけど、こうやって居座られてモンスターの死骸を食い漁られると腹が立つ。

今すぐぶん殴ってやりたい。

いや、根絶やしにしてやりたいところだけど、手を出すのは嫌だ。

あのゴミカスはゴブリンよりも強くて、死への恐怖がないからノーガードで突っ込んで来る。

死を恐れない奴ほど厄介な事は無い。

さらに言うと、常に脳のリミッターが外れてるのか、かなりの速度で襲いかかってくる。

成人男性以上の腕力とアスリート並の速度、死を一切恐れず、常時キマってるみたいにリミッターが外れてる。

さらにさらに、こんなに厄介なのに倒しても魔石の質がゴブリン以下。

売ってもまったく金にならない。

いい事が一つも無い。まさにゴミカス。


「ガブッ、ガッガッ!!」


しばらくすると、ゴミカス共が何かを見つけたらしく何処かへ走って行った。

気配が遠くなった事を確認し、私はようやく木の上から降りた。


「うわっ!きっっったな!!」


あのゴミカス共がいたあたりには糞尿が放置されており、奴等が垂れ流していた事が分かる。

早急にこの場から立ち去ろう。

今はこっちが風上だからニオイはしないけど、いつ風向きが変わってこっちに来るか分からない。

一応鼻を抑えながら私は出来るだけ遠くに逃げようとしたその時、


「ッ!?」


後ろから何かが飛んでるくる事を感じ、横に飛んで回避する。

私が横に飛ぶと、さっきまで私がいた場所に拳大の大きさの石が飛んできた。

それも、プロ野球選手のような速度で。

当たっていたら、かなり痛かっただろう。

いや、それ以上に…


「このニオイ…石に糞尿を塗ってやがったか」


とことんクソだな。

私だって女だ、糞尿が塗られた石をぶつけるなんて鬼畜の所業。

決めた、このクソ共は絶対殺す。

一匹たりとも逃したりしない。

絶殺だ。


「容赦はしない。こんなおもちゃじゃなくて、本物で殺してやるよ」


私は持っていた短剣を仕舞い、空間収納から二本の短刀を取り出す。

私の本気の武器、黒短刀『漆』赤短刀『紅蓮』だ。

魔力量が増えた事で使える力が増えたこの二本の短刀。

始めて見つけてたときはものすごく壊れにくくて、鋭い短刀でしか無かったけど、今は違う。


「黒色『影縫い』」


黒短刀『漆』に魔力を注ぎ、『漆』が持つ力を使う。

『影縫い』は闇魔法の一種で、拘束用の魔法だ。

藪の中から飛び出してきた愚かな三匹のコボルトモドキが、自分の影から伸びた黒い触手に拘束される。

この魔法は、対象の影が無くなるか死ぬまで永遠に続く。

もちろん、壊して逃げる事も出来るけど、壊れた触手の修復は対象の魔力を吸い出して行われるから、一撃で破壊しないと魔力をずっと吸われ続ける。

そして、最終的には魔力欠乏症で死ぬことに…

まあ、そんな感じの魔法だ。


「ガッガッガッガッ!!」

「フガフガッ!ガァガッ」

「ガガガガッ!!」


黒い触手に拘束されたコボルトモドキの後ろから、十匹以上の仲間が現れた。


「チッ!やっぱりまだ来てるか…」


さっきあそこで肉を食ってたのは十五匹。

そこで三匹拘束してるから、多分これで全部。

とりあえず、まずは数を減らすか。


「赤色『焔』」


『紅蓮』から真っ赤な炎が溢れ出す。

飛び散った炎は近くの草を焼き、木々の葉を燃やす。

それどころか、燃え広がった炎は枝や幹を焦がし、やがて炎で包む。

コボルトモドキ共はそれを見ても止まらない。

死を恐れないというのは本当みたいだ。

まあ、こっちとしてもその方が好都合なんだけどね。

私は、『紅蓮』が纏う炎を向かって来るコボルトモドキ共に放つ。


「えっ!?こ、これは予想外…」


イメージだと、炎の斬撃を飛ばす感じだったんだけど、実際は刃の先端から火炎放射器のように炎を噴射した。

ただ、その威力は絶大で、火炎放射を食らったコボルトモドキはもちろん、あたりの木々まで燃え始めた。

ガソリンでも撒いたのか?って勢いで木が燃えてる。


「ガガガガガッ!!」

「嘘ッ!?あの炎の中を燃えながら突っ切って来やがった!!」


恐らく、火炎放射の直撃を免れたであろうコボルトモドキが、燃え盛る煉獄の中を走ってくる。

もちろん、触れるだけで簡単に人体に火がつくほどの業火の中を走ってくるんだ、体毛は全て焼け焦げ、皮膚は爛れている。

それでも、叫び声を上げながらこちらへ向かって来るコボルトモドキ。


「きっしょ…いや、あれやったの私なんだけどさ…一気に火葬するか」


『紅蓮』に注ぐ魔力の量を増やし、炎の出力を上げる。

所有者特権で熱に耐性を持っている状態でも熱い。

私は、その熱さに耐えながら剣先をコボルトモドキに向ける。

そして、容赦無く魔法を発動した。


「赤色『烈火葬』」


剣先から放たれた炎は、さっきの『焔』とは比較にならないほどの熱を持ち、向かってきていたコボルトモドキが焼き尽くした。

それどころか、直線上の全てを焼き払い、この森の一部を焼いた。


「お、恐ろしや…これは使用時は要注意だね」


万が一味方に誤射したなんて事になったら、一瞬で火葬されちゃう。

威力の制御が出来るようになるまでは『漆』を主軸に使おう。

私は、絶賛森林火災中の現実から物理的に背を向けて走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る