第49話ボランティア
一週間後
ようやく東京から魔物が駆逐され、復興が始まった。
復興と言っても、建物への被害は窓ガラスが割れたくらいで、家が崩れたとか、ビルがヒビだらけになったという話は聞かない。
「ここも火事場泥棒にやられてるね…」
正直、こんな時にお客さんなんて来るわけないし、インフラが整わないと新しく商品の発注も出来ないから、復興ボランティアに参加してる。
今私が来ているのはブランド物の商品を扱う鞄屋。
高い鞄は軒並み火事場泥棒の被害にあってる。
割れた窓ガラスも、モンスターにやられたというよりは人が割ってる。
私の駄菓子屋も同じ目に合ってたかも知れないと考えると背筋が凍る。
今はお母さんに店番してもらってるから大丈夫。
そんな事をする不届き者はお母さんがフルボッコにした上で、裸釣りにされるだろうね。
「まったく、こんな時まで泥棒とか、性根が腐ってるとしか思えないよ。ねえ?オーナーさん」
「ええ。この後ネットで高額転売されると考えると、本当に腹立たしいですよ」
この店のオーナーさんに私が話し掛けると、冗談を言うように軽く返してくれた。
でも、その声には隠しきれない怒りがこもっている。
大切な店を荒らされて、それはもう強い怒りと喪失感に苛まれてるんだろう。
店に来たときのオーナーの顔は、怒りに染まって真っ赤になっていた。
私は、散らばったガラスを片付けながら、自分が同じ目に合ったらどうするか考えた。
…うん、ブチキレて相手を拷問した後に殺しそう。
「私、こんなですけど駄菓子屋の店長なんですよ」
「えっ!?」
「死んだお婆ちゃんが私に継がせてくれたんですよ。でも、スタンピードが起こったとき、お母さんと箱根にいたんです。表には出しませんでしたけど、内心駄菓子屋の心配で押し潰されそうになってました」
塵取りに集まったガラスを袋に入れて顔を上げると、オーナーがこっちを見てた。
だから、そのまま話を続ける。
「帰ってきて、いつも通りの姿の駄菓子屋を見て、ようやく胸をなでおろしました。私もあの駄菓子屋が何よりも大切なので、オーナーの気持ちは分かります。大切な自分の店をこんな風に荒らされて…私だったら、何が何でもそいつを見つけ出して殺します。私は探索者なので、それを出来るだけの武力と道具があるので」
「…本当に、殺りそうですね。目が本気ですよ」
「そうでしょうね。それに、ただ殺すつもりはありません。私は毒を使うので、色々な毒を使ってゆっくりじわじわ殺します。店を荒らすクソ野郎にかける慈悲はありません」
私の本気の宣言に、オーナーが若干引き気味に苦笑する。
…心做しか、顔に余裕が戻ってきたね。
「ちょっとは落ち着いたみたいですね」
「ええ、お陰様で。本当にありがとうございます」
オーナーが深々と頭を下げてお礼してくれた。
「頭を上げてください。私は散らばったガラスを片付けるくらいしか出来ません。これ以上、オーナーの助けにはなれない無力な人間です」
「そうですか?少なくとも、私は貴女のおかげで心に余裕が戻ってきましたよ。それで十分じゃないですか」
「そうでしょうか…この店にあるのはどれも高価な物、正直に言って経営を立て直すのは難しいはずです」
すると、急にオーナーが笑いだした。
そんなにおかしい事を言ったかな?
「大丈夫です。人生、いつまでも上手くいく訳じゃないんですから。困難の一つや二つは当たり前ですよ」
「でも、これは…」
「確かに、これは酷いです。今後の人生に関わる大きな困難ですよ。でも、それを乗り越えてこそ、良い未来が待ってるんじゃないですか?」
…なるほど。この人は強い。
目の前の辛い現実から目を背けず、正面から立ち向かおうとしてる。
これは、並大抵の人には出来ない事だ。
多くの人は、ここで諦めて気力を失ってしまう。
でも、このオーナーはまったく諦めてない。
この諦めの悪さは才能だね。
「見直してくれましたか?誰だって、壁にぶつかる時があります。そこで諦めずに進み続ける事が大切なんですよ」
「進み続ける事…ですか。いい言葉ですね」
「ありがとうございます。私はまったく諦めていませんので、心配しないで下さい」
この人ならきっと大丈夫だろう。
絶対に諦めず、店を守ってい行くだろうね。
私も、このオーナーみたいに諦めない人になりたい。
私にも守るべき物があるんだから。
ガラスを片付け終わると、『残りは自分でする』とオーナーが言ってくれたので、次のボランティアに行くことにした。
あんまりやりたくはないけど、そこらじゅうに転がっているモンスターの死骸の処分をさせられそう。
私は、早くも重い足取りで困っている人を探した。
◆
とある中学校
私は今、燃え盛る肉塊の山を見つめてボーッとしていた。
案の定というべきか、モンスターの死骸の処分を手伝わされた。
私の仕事は、運ばれてきたモンスターを燃やすこと。
ひたすらモンスターの死骸を炎の中に投げ込む単純作業。
魔法の効果でずっと燃え続けてるだけマシだけど、この悪臭の中肉体労働はキツイ。
すると、ガタイのいいおっさんが話しかけてきた。
「嬢ちゃんやるな。大人でも苦労するのに、こうも簡単にやってのけるとはな」
「これでも探索者なので、力には自信がありますよ。モンスターの死骸を炎の中に投げ込む程度なら楽勝です。…この悪臭さえ無ければ」
少しは慣れてきたものの、ニオイが酷すぎる。
苦情が来そうなものだけど、今はそれどこじゃないから誰も何も言わない。
人々に余裕が戻ってきて、文句を言われる前に周囲の死骸を全て燃やしたい。
「ハッハッハッ!やっぱりこのニオイは厳しいか!それりゃそうだろうな、俺でも鼻がひん曲がりそうな悪臭だ、嬢ちゃんには毒なんじゃねえか?」
「私はそんなに弱くないですよ。何なら、今誰にも気付かれずにおじさんを殺す事も出来るんですよ?」
「ほう?じゃあ、軽くどうやるのか見せてくれよ」
はぁ…面倒くさい。
隠密を使って首にナイフ突きつけよ。
指輪やその他の魔道具を使って気配を消し、おっさんの視界から外れる。
このまま後ろからナイフを突きつければ…ッ!?
「おっ?気付いたか?」
「…何者だ」
このおっさん、私の隠密を見破りやがった。
「何者、か…探索者としか言えないな。ちょっと隠密と気配探知が得意な」
「なんの冗談?こんなにキレイに力の気配を消して、私の隠密を看破したのに…」
「そりゃあ、お前の探知能力と隠密能力が低いだけだろ。探知はいいとして、隠密は駄目だ。魔道具に頼りすぎてる」
それを言われると痛い。
探知はそれなりに鍛えてるけど、隠密はそうもいかない。
気配を消すというのは意外と難しくて、あまり進展がない。
そのせいで、隠密は魔道具に頼り切り。
千夜の探知を掻い潜れたのは、単純に千夜が気を抜いていたのと、魔道具を全力で使用して知覚外から現れたから。
私個人の隠密能力は初心者でもなければ感知出来るくらい貧弱だ。
「まあ、俺の正体はどうでもいいだろ。それと、先輩探索者としてアドバイスしてやる。探知と隠密は鍛えろ、対人対モンスターどちらにも役に立つ」
そう言って、おっさんは私の返事を聞かずに去っていった。
「何だったんだあれ…」
よくよく考えてみれば、周りの人もあのおっさんの事をまったく見てなかった。
単純に興味がないだけかも知れないけど、ちょっとくらいチラ見してもいいはず。
まるで、私しかいないみたいな雰囲気だった。
「鍛えろ、か…」
自分で言うのもあれだけど、私の才能は本物だ。
戦闘センスも、成長速度もかなり高いと思ってる。
そして、純粋に強いとも。
でも、探索者の世界にいる強者に勝てるとは思えない。
千夜が良い例だ。
今の私だと完全武装の奇襲以外でまともに戦えるとは思えない。
そして、千夜の危機察知能力なら私の完全武装隠密を見破られるかも知れない。
さっきのおっさんがそれを証明してる。
「目標は、私が想像していた以上に高かった」
打倒千夜が高い目標だとは思ってた。
でも、せいぜい高層ビル程度、私が本気で努力すれば手が届くと思ってた。
でも違った。
完全武装隠密の奇襲なんかで千夜に勝っても嬉しくない。
やるなら本気でやりたい。
その時の目標の高さは、富士山…いや、エベレスト並に高い。
あの名前も知らないおっさんは、私にそれを気付かせてくれた。
こんな所でじっとして居られない。
『善は急げ』だ、今すぐダンジョンに行こう。
「すいません。ちょっと用事が出来たので帰りますね」
「そうかい、お疲れ様」
「お疲れ様です」
正直、あのおっさんの正体は凄く気になる。
突然現れて、まるで日常会話を終えたかのように普通に去っていった。
違和感を感じるほど、違和感のない行動。
隠密のプロはあんな感じなんだろうか?
あの何事も無かったかのように去っていく姿、まずはあれを超える。
こうも直感的に動いたのは久しぶり。
経験上、こういう時はソレをすぐに実行するに限る。
自分でもどうしてこんな事になったか知らないけど、直感が『やれ』って言ってるんだ。
私は、軽く本気で走って店のダンジョンに向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます