第48話二人のカレー
押入れのダンジョン内
「…特に、とんでもなく強いモンスターの気配は感じないね」
「じゃあ、このダンジョンには宝剣があるの?」
「恐らくね。でも、宝剣特有の神々しい気配も感じないし…もしかしたら、新種のダンジョンなのかもね」
新種のダンジョン…なんだかワクワクするね。
…いや、バレたら研究対象にされて駄菓子屋が潰される。
そう考えると、まったくワクワクしないや。
「新種のダンジョンでも何でもいいけど、とりあえず誰にも言わないでね?」
「分かってる。琴音のお願いだもの、誰にも言わないよ」
「ありがとう。お礼に一緒の布団で寝てあげてもいいよ?」
すると、千夜が目をクワッ!と見開いてこっちを見てきた。
私が冗談で言ったつもりだったけど、千夜は本気にしちゃったらしい。
ものすごくニヤニヤしながら私の手を握ってきた。
「本当に一緒の布団で寝てくれるの!?」
「え?いや、その……うん」
「本当に!?やった~!!」
断れなかった。
だってさ、あんなにキラキラした目で見られたら断れないよ…
本気で嬉しかったんだろうなぁ…
今もピョンピョン跳ねてるし。
「琴音と同じ布団で…くふふふ」
なんだろう、急に寒気が…
何考えてるか知らないけど、絶対ろくな事考えてないね。
多分、私を好き放題するとか、私の匂いを嗅ぐとか…寒気が強くなった気がするのは気の所為?
「あっ!そう言えば、カレーほったらかしじゃない?」
「そうだね…一回戻らないとね…」
「どうしたの?元気なさそうだけど」
主に千夜のせいなんだけどね?
はぁ…もっと別の事でお礼すれば良かった。
「はぁ…カレーの様子を見に行こう。流石にまだ出来てないだろうけど、火事とかになってたら怖いからね」
「ははっ、揚げ物をしてる訳でもないんだから、そんなすぐに火事になったりしないよ」
「念には念をって言うでしょ…本当に千夜ってこんなキャラだっけ?」
千夜のクールビューティーなイメージは何処へやら…
私と一緒に居るのがそんなに嬉しいのかな?
なんと言うか、恋人というよりは自分に懐いてる犬みたい。
すぐに嬉しそうに尻尾を振る子犬。
「ねえ、今失礼なこと考えなかった?」
「千夜は子犬みたいだなぁって考えてた」
「…すぐに尻尾を振る女って言いたいの?」
「べ、別に、そんなつもりは!」
ヤバい、千夜が不機嫌になってる。
まあ、確かに『子犬みたい』って、『すぐに尻尾を振る』って言ってるようなものだからね。
普通に侮辱だね。
「ふ〜ん?琴音ってそんな事言うんだ?」
「そ、それは…」
「え?本当にそんな事言うタイプなの?」
「…かも」
確かに、私はよく相手を侮辱するけど…それは、私が不快に感じた時で、普段から人を侮辱したりしない。
…不快に感じたら、どんな些細なことでも侮辱する訳じゃないよ?
普通に相手が悪い時だからね?
…まあ、私が悪い時もあるけど。
「…ま、まあ、琴音はあの琴歌おばさんの娘だもんね。それくらい受け継いでるよね」
「必死のフォローありがとう。でも、あんまりお母さんの事を悪く言わないでほしいなぁ」
「あっ…ご、ごめんなさい!!」
悪気があって言ったわけじゃないから、別にいいんだけどね。
もし、完全に悪意で言ってたのなら、例え千夜でも容赦なくぶん殴るけど。
「私と結婚するなら、私のお母さんは千夜のお義母さんでもあるんだからね?そういう事を言ってもいいのは、私のお父さんだけだよ」
「お父さんはいいんだね…ん?琴音って結婚前提で私と接してるの?」
「え?千夜は結婚前提で考えてないの?私はてっきり結婚前提だと思ってたんだけど…」
確か、十…六年だったかな?十六年前の法改正で日本でも正式に同性婚が認められた。
千夜はそれを使って私と結婚する気だと思ってたけど…
「しないの?」
「するよ!!琴音が良いなら絶対する!!」
「う、うん。分かったから離れて」
千夜が飼い主が帰ってきた時の子犬のように飛びついてきた。
嫌な予感がして構えてなかったら押し倒されてた。
…うん、また千夜の背後に尻尾が見える。
「千夜、また子犬みたいになってるよ」
「ワンワン!」
「はぅ…」
ヤバイ、かわいいと思ってしまった。
千夜のイメージ?そんなの風化して崩れ落ちてるよ。
このままだと、本当に千夜に毒されちゃう。
『いつかで諦めてくれるでしょ?』…バカか私は。
それは、私が最後まで千夜の事を好きにならなかったらの話でしょ?
この程度でちょっとキュンとした私が、この先千夜の誘惑に耐えられるのか…
「あれれ?効果バツグンだった〜?」
「…一気に冷めた」
「なっ!?」
訂正、千夜は上げた分をすぐに落としてくる。
だから、そう簡単には私は落とされないと思う。
これなら安心して千夜と接する事が出来るね。
「よし、帰ろう。いつまでもダンジョンで遊んでられないからね」
「帰ったら続きしてもいい?」
「いいよ。千夜がどうやって私を落とすのか、とっても楽しみだなぁ」
一応千夜に火を付けておく。
さっきのアレで抗体と覚悟が出来た。
後は、私が落ちるのが先か、千夜が諦めるのが先かの勝負。
出来れば負けたいけど、今はまだそこまで好意を持ってないから、しばらくは千夜任せだね。
「…誘惑するのはいいけど、異物が入った物を食べさせるのはやめてね?」
「な、なんのこと?」
「千夜の事だから、媚薬の一つや二つはあるんじゃないかな?って思って…ほんとに持ってるの?」
私が質問すると、千夜が凄い勢いで首を振る。
なーんか若干怪しいけど、本当だと信じておこう。
部屋に戻ってきた私は、まっすぐキッチンへ向かう。
途中、千夜が後ろで何かしてたみたいだけど、無視することにした。
どうせ変な事か、私には関係ない事だろうし。
「水を入れておいたし、流石に焦げたりはしてないか」
一通りかき混ぜてみたけど、特に焦げているところは見当たらなかった。
もう少し煮る必要があるし、それまで千夜と戯れておくか。
私は、煮込み終わるまで千夜と話すことにした。
◆
台所
家は、食卓と台所がすぐ隣になっている。
イメージとしては、キッチンがある部屋に食卓がある感じ。
そして、食卓には椅子が二つ置かれていて、丁度いい数だった。
私は完成したカレーをご飯を盛った皿にかける。
そして、そのまま食卓に置いた。
「さっ、食べよ食べよ」
私が呼ぶと、千夜は反対側の席に座ってニコニコしている。
私待ちか…
目の前の席に座って、手を合わせる。
「「いただきます」」
スプーンでご飯とカレーの境界をとって食べてみる。
…味は普通のポークカレーだね。
でも、千夜はとっても美味しそうに食べてた。
「うん!美味しいよ!流石、琴音が作ったカレーだね」
「そうかな?…普通のポークカレーとそんなに変わらないと思うんだけど…」
きっと、千夜は愛の味を感じてるから、余計に美味しく感じてるんだろうね。
愛のパワーって凄いんだなー、って思ってみたり。
「琴音はどう?ポークカレーも悪くないでしょ?」
「いや、別に嫌いな訳じゃないんだよ?」
私はチキンカレーが好きなだけで、ビーフやポークでも問題なく食べられる。
ただ、やっぱり私はチキンの方がいいかな。
でも、このカレーは具材が何であれ美味しいものだろうね。
「二人で協力して作ると美味しいね」
「そうだね。一人の食事よりもずっと美味しいよ」
食事って言うのは、ただ単に生き残る為にやってる訳じゃない。
人と人とのコミュニケーションの場でもある。
デートでも、喫茶店とかレストランに行くイメージがある。
美味しい料理を食べれば会話は弾むし、会話が弾めば料理が美味しくなる。
こうやって、人と食事をして楽しいと思えたのは、つい最近になってから。
それまでは、基本一人かまったく楽しくない食事だった。
「人の温もりの味がする」
「?」
物理的には温かくても、精神的に冷たい料理しか食べてこなかったからね。
千夜と一緒にご飯を食べれば、この温もりをまた感じられるのかな?
「…そんなに嬉しかった?」
「え?」
「泣きそうな顔してるよ。琴歌おばさんと仲直りしたなら、とっくにその味を知ってると思ってたけど…」
私が泣きそうになってる?
こんな事で?
それに、お母さんと外でご飯を食べた事は何度も…そうか、お母さんの料理を食べたい事はなかったね。
「ごめんね。楽しい夕飯のはずだったのに…」
「私は別にいいよ。琴音の意外な一面を見られたし」
「それは恥ずかしいから忘れて」
千夜に泣いてる姿を見せるなんて…失敗したなぁ。
自分でも良くわかってるほど、私は滅多に泣かない。
だから、私の泣いている姿はかなり特別なもの。
隠しておきたい恥ずかしい姿。
それを、よりにもよって千夜に見られるなんて…
「…絶対言いふらさないでね?」
「さあ?どうしよっかなぁ〜?」
はぁ…また、面倒くさい事になった。
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