第47話恋の理由、恋の利用

「私が琴音の事を好きになった理由はね、ずっと琴音の事を考えてたかな?」

「ずっと?」


千夜の口から放たれた言葉は意外なものだった。

私の事をずっと考えるって…一目惚れかな?

いや、それなら一目惚れって言うか。


「あの剣道大会で、結果的には私が勝ったけど、勝たせてもらったみたいな気がしたんだよね」

「まあ、あのまま続けてたら私が勝ってたけど…」


私が棄権してなかったら、体力勝負で私が勝ってた。

その事は千夜もなんとなく感づいていたらしい。

ここまでは、私も知ってる流れだね。

さて、ここからどうやって恋心に発展するのやら。


「それで、『確実に勝ったって思えるようになりたい』って思うようになってね、特例で『英雄候補者』になった後もひたすら練習した。琴音の事を思い浮かべながらね」

「やっぱり、私の事をライバル視してたんだね」

「そりゃもちろん。で、何度も何度も、『琴音ならこうする』『琴音ならこれくらい対応してくる』『琴音ならこれくらい出来てる』そんな事を考えながら練習してたの。私の頭の中は、琴音に勝つ事でいっぱいになってた。こういう時、その人への印象って二種類に分かれるよね」


二つに分かれるか…


「良い印象と悪い印象?」

「そうそう。私の場合は良い印象に傾いた。それも、恋心を抱くくらいには」

「凄い傾き方だね…」


九十度くらい傾いてるんじゃないかな?

でも、ライバル心が強ければそれくらい傾きそうだけど。


「それで、たまたま私に好印象を抱いた事で、少しずつ好きになっていったってこと?」

「う〜ん…少しずつ、ではない、かな?」

「ずいぶん歯切れが悪いね…」


多分、一目惚れのように一瞬で好きになった訳でも、長く一緒に居ることで好きになった訳でも無いんだろうね。

その中間くらいだから、言うのが難しいのかな?


「始めて会った時に見た、あの触れればチクチクしそうな雰囲気とか、鍔迫り合いの時に面の奥にあった鋭い視線に、一目惚れ?したんだよね。でも、恋心を抱く程ではなかったかな」

「なるほどね。第一印象がストライクゾーンにハマってたから、好きになる土台がある程度あったんだね」

「まあ、そういう事だね。これが、私が琴音の事を好きになった理由だよ」


なるほど?少し違和感を感じる気はするけど、『十人十色』という四字熟語があるように、人の感性はそれぞれ違う。

私にとっては変なことでも、千夜にとっては普通のことなのかもね。

まあ、千夜が私の事を好いてくれてる事は嫌じゃないし、それならこんな些細なことで文句は言わなくていい。


「ありがとう、千夜が私の事を好きになった理由が分かったよ。さて、私も千夜のいい奥さんになれるように、鍛えないとね」

「私は今のままの琴音が奥さんになってくれてもいいんだよ?」


千夜は優しいから、わざわざ過酷な鍛錬をしようとしている私を気にかけて、このままでもいいと言ってくれた。

でもね、


「千夜がよくても、私がよくないんだよ。何より、三年前の決着をつけないと」


私がそう言うと、千夜の笑みが深くなる。

その目は、喜んでいるというよりは、獲物を見つけてほくそ笑む猛獣のようだった。

あの結果に一番納得してないのは千夜だ。

私の事を好きになってしまう程、私に勝つ為に努力したんだ。

私も千夜の気持ちと努力に応えないと。


「前言撤回。指輪を交換するのは、琴音が私と同じくらい強くなってからだね」

「これまた高い目標が出来たね。『早く結婚したい』って泣いても知らないよ?」

「ふふっ、そんな事で泣かないよ。いつまでも待ってあげる。……もしかしたら、他の人に目移りしちゃうかもしれないから、出来るだけ早くしてね?」


う〜ん…他の人に目移りするなんて事があれば、その目移りした相手を目の前で拷問した後に殺して、千夜に『好きになっていいのは私だけ』って言う気がする。

これでも、私は独占欲が強いほうだ。

千夜は誰にも渡さない。私だけのものだ。

そして、もしあっちから近付いて来るなら、もっと酷い拷問をして、生きたまま虫の餌にする。

それくらいしないと、気が済まない。


「琴音?顔が怖いよ?」

「え?あっ、ごめんね?ちょっと、千夜が目移りした相手をどうやって拷も…ゴホン!お話した後殺すか考えててね」

「琴音なら意外とやりかねないのが怖い…」


しゅんとした千夜が、ほっぺをスリスリしてきた。

あっ、これ凄い満たされてる感がする。

定期的にやってもらって、ストレス発散に使おう。

私も千夜のほっぺをスリスリする。


「イチャイチャするのはいいけど、火を放置していいの?」

「あんまりよくないけど、多分大丈夫」


万が一ヤバい事になってらすぐに分かるし、火を止める用の道具は念入りに準備してある。

心配性のお婆ちゃんが、消火器を予備の予備まで用意してたからね。

ちなみに、私も駄菓子屋の事に関しては心配性だから、消火器を買ってある。もちろん予備も。

つまり、この店には五つの消火器がある。

店の大きさ的にあり得ない量はだね。

お金に余裕が出来たら、予備の予備と、予備の予備の予備とか欲しいね。

…千夜に貢いでもらおうかな?


「あー、何考えてるか知らないけど、そこまで沢山お金を貸すつもりはないからね?それと、貸すときは使用用途も聞くから。変なことに使おうとするなら貸さないよ」

「じゃあ、消火器をもう二個買いたいから、お金ちょうだい」

「二個?それと“もう”って聞こえたんだけど?もしかして、店に二個以上消火器があるの?」


流石千夜、勘が鋭いね。


「そうだよ。この店には消火器が五個あるからね」

「うん、絶対お金貸さないから」


私のお願いはバッサリ切り落とされた。


「えぇ〜?どうして?」


私がヘラヘラしながら質問すると、額に青筋を浮かべた千夜がまったく笑ってない笑顔で答えてくれた。


「どうしてって…明らかに無駄な出費でしょ?」

「む、無駄だって?いつ何時、どんな理由で火事が起こるか分からないんだから、それくらい備えておかないと」

「にしても過剰でしょ。店が全焼するくらいの火事を、消火器で止めるつもり?」


失礼なことに、千夜が信じられないという表情で否定してきた。

消火器を舐めちゃいけない。

これ一本でどんな理由の火事も鎮火出来るからね。

もちろん、火の手が回りすぎてると止められないけど。


「そもそも、この店には火災探知機とか、スプリンクラーとかはないの?」

「そんな新しい物ないよ。電話で消防車を呼んで、到着までにある程度どうにかしないといけないんだから」


そのためにも消火器は必須だ。

何事も万が一に備えるのが大事。慢心するわけにはいかないのよ。

だから、これくらい消火器が必要で、もしかしたらもっと使うかもしれない。

それに備えて七個目の消火器が欲しいところだ。


「普通にスプリンクラー買えばよくない?」

「設置が面倒くさいの。ただでさえボロいんだから、変に穴開けて店が崩れたら大変でしょ?」


何より、工事中にダンジョンが見つかったら店が潰される。

下手に工事はしたくないんだよね。


「いっそ、店ごと改築したら?」

「その金は千夜が出してくれるならいいよ」


言ってる側から一番出来ない事を言い出しちゃったよ。

店を改築するって事は、一度ほぼ全部壊すから確実にダンジョンの存在がバレる。

しかも、あのダンジョンは国や国連が秘匿するほどの超危険、或いは超希少なダンジョンだ。

バレる訳にはいかない。


「別に、将来住む家になるかも知れないんだから、それくらいいくらでも出すよ?」

「…駄目」

「はあ?何が駄目なのよ?私と同棲するのが嫌なの?」

「嫌じゃないけど…」


不味い…このまま迫られたら隠しきれないかも…

そうなったら店を潰される…


「琴音、何か隠してない?」

「えっ!?な、なんのこと?」

「…」


千夜は、訝しげな表情で私の顔をじーっと見てくる。

私は、抑えきれない冷や汗を必死に隠しつつ、表情は平静を保っていた。

すると、千夜が私の冷や汗を舐めてきた。


「この味は、嘘をついてる味だぜ!」

「何処かで聞いたことある台詞止めて。色々と不味いから」


千夜が、何処かで聞いたことのある台詞を、カッコよくポーズを取りながら言う。

コレは著作権云々とか、色々不味い事になるからやめてほしい。


「まあ、冗談はこれくらいにして…正直に話して?」

「…なんのこと?」

「隠しても無駄だよ。そもそも隠しきれてないし」


どうやら、冷や汗を掻いた事でバレてしまったらしい。

明確に何があるかは気付いてないだろうけど、なんとなく予想はしてるはず。


「か、隠してるって…わ、私が何を隠してるって言うのよ!!」

「わざとらしいね…ダンジョンでしょ?店のどこかにダンジョンがあるんじゃない?」

「な、なんのことかな?」

「それはもういいから」


やっぱり感づかれてたか…

これは隠しても無駄だね。


「はぁ…ついてきて」


私は千夜を呼んで寝室に向かう。

押入れの前に置いてあった机を退けて、押入れを開くと、千夜が軽く目を見開いた。


「嘘…まさか、本当にダンジョンがあったなんて…」

「そのまさかだよ。その、親友として…未来の恋人としてお願いしたいんだけど…」

「それは…いや、規則は規則だし…でも、琴音のお願いを無下にするのは…」


まあ、当然の葛藤だよね。

ずっと想い続けてきた人に、とんでもないお願いをされたんだ。

規則をとってその人の思いを潰すか、その人の為に規則を破るか。

まあ、私に恋してる千夜なら、少し背中を押せば共犯者になってくれる。


「私は、榊家が代々受け継いできた駄菓子屋を守りたい。例え、千夜を殺す事になっても…」


私は、出来るだけ悲しそうに俯きながら言う。

こうすれば、千夜は私のお願いを断れない。


「っ!…分かった、組合には報告しない」

「ありがとう。…ごめんなさい、こんな選択させて」


ほらね?

わざとらしさを緩和するために、軽く謝っておく。

こうすれば、少しはバレにくくなるはず。


「…その、ダンジョンの中を見せてくれる?」

「いいよ。千夜なら誰にも言わないだろうし」


念の為、釘を刺してから押入れの前を離れる。

千夜は、少し警戒した様子でダンジョンの中に入っていった。



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