第46話カレー

店に帰ってきた私達は、駄菓子を棚に戻して二階へ上がった。


「これがキッチンであれが寝室、こっちは物置だね。トイレは一階にあるから、漏らさないでね?」

「流石に漏らさないよ。子供じゃないんだから」

「大人でも漏らしてる人はいるよ?」

「そういう事じゃない!!」


ちょっとからかうと、千夜は軽く私を突いて怒ってきた。

二人でキャッキャしていると、床が『ミシッ!』っと明らかにヤバそうな音を立てたので二人共大人しくなる。


「…オンボロだから暴れないようにね」

「もちろん。愛しい人の大切な駄菓子屋を壊すなんて事はしないよ」

「今はまだ親友でしょ?あんまり愛しい人呼びはしないでね。恥ずかしいから」


千夜が私の事を愛しい人って呼ぶのは、『私はこんなに貴女のことを愛してますよ〜』ってアピールだろうね。

なんと言うか…こういうのって、愛が重いって言うのかな?

まあ、別に私は気にならないけど。


「ちょっと抱きついていい?」

「え?別にいいけど…どうしたの?急に」


私がいいよと言うと、千夜は本当に抱きついて来た。

しかも、かなりしっかり抱きついてる。

…う〜ん、ハグというよりは、甘えてるように見えるんだよね。

私に抱きつくと落ち着くのかな?

可愛いね。


「よしよし。千夜だって甘えたいよね〜」

「もっと撫でて」

「千夜ってこんなキャラだっけ?もっとクールなな感じだったと思うんだけど」


こんなに可愛らしい千夜は初めて見た。

あの強くてかっこいい千夜が、私と二人きりになるとこんなに甘えん坊になる。

それだけ私のことが好きなんだろうね。


「千夜、ここ廊下だよ?甘えるなら寝室とかの方がいいんじゃない?」

「今寝室に行ったら、琴音を押し倒しそうな気がする」

「…キッチンに行こうかな」


私は、未だに抱きついている千夜を引っ張って、キッチンに入る。

カレーの材料は残ってたかな?

すると、急に千夜が顔を上げて大きな声を出した。


「えっ!?これがキッチン!?」


恐らくガスコンロを見たであろう千夜が、目を見開いている。

それか、電気式のかなり古い冷蔵庫を見たか。

どちらにせよ、最近は見かけない物がほとんどだから、レトロ過ぎて驚いてるんだろうね。


「さて、カレーを作ろうと思うんだけど…材料は残ってるかな〜」

「え?まだ四時だよ?こんな時間から作るの?」

「別に、カレーなら食べる時に温め直せばいいし」

「いや、いくらカレーでも放置すると食中毒になりかねないよ?」


食中毒かぁ…

確かにカレーで食中毒が起こったって話はたまに聞くけど…ねえ?


「別に食べるのは私達だけ何だよ?私達が食中毒になる未来が思い浮かぶ?」

「…うん、あんまり想像出来ない」


私はまあ可能性はあるけど、千夜が食中毒になるとは思えない。

あるとすれば、相当マズイ菌がついた料理を数週間放置しないとあり得ない気がする。

そんな料理普通に捨てるだろうけど。


「多分大丈夫だよ。仮に食中毒になったとしてもポーションを駆使すれば一発で回復するし」

「…そうだね。まあ、大丈夫でしょ」


よし、千夜も納得してくれた事だし、カレーを作りますか。

私は冷蔵庫から人参、玉ねぎ、じゃがいも、鶏肉の四つを取り出す。

すると、千夜が横から声をかけてきた。


「琴音はチキンカレーが好きなの?」


そう言えば、野宿をした時の千夜のカレーはポークカレーだったね。


「まあね。私はビーフやポークよりもチキンカレーが好きなの」

「…ふ〜ん」


なんだか千夜が不満そうなにしてる。

まるで、チキンカレーが嫌いみたいな顔…もしかして


「ねえ、千夜ってチキンカレーは苦手なの?」

「そうだね。カレーと言えば、豚肉だと思うんだけど。豚肉は無いの?」


う〜ん。

私は鶏肉がいいんだけどなぁ。

いっそ、きっぱり言っちゃうか。


「私のカレーはチキンカレーだよ?チキンカレー以外を作る気はないよ」


ハハッ、言ってやったぜ!

…あらら、あからさまに嫌そうな顔。

にしても、こんなことでムスッとしてる千夜も可愛いね。

思わずニヤニヤしちゃうよ。

すると、私がニヤニヤしてるのを見て怒った千夜がスマホで何かを探し始めた。


「チキン以外にして。じゃないと、琴音のだらしない寝姿を晒すよ?」

「なっ!?」


そういって千夜が見せてきた写真には、腹丸出しでおかしな体勢で寝ている私の姿が写っていた。


「ひ、卑怯だ!いくらポークカレーが食べたいからって…それなら、私も色々と噂を流すよ?知ってる?日本人の噂の伝達速度は凄いんだからね」


噂というものは、日常会話に混じってあっという間に広がっていく。

さらに、分からない部分を想像で補うせいで、広まる頃には話が大きく変わっている事もしばしば…


「だったら私も琴音の噂を流す。どんな噂が流れるか楽しみにしててね?」

「あっそ。じゃあ、千夜の服を剥いで素っ裸の写真をバラ撒くよ?」

「じゃあ私も琴音の服を剥ぐ」


噂の次は裸晒しか…今更だけどとんでもない会話してるね。

たかがカレーの具材で裸の晒し合いが起こりそうになるなんて…

でも、私は裸を晒されると別方向で困るんだよね。

私って、チビでツルペタだからネットにそんな写真が上がったらバカにされる。

だから、晒される訳にはいかない。

仕方ないか…


「…分かった、ポークカレーにするよ」


私が渋々了承すると、千夜が私と顔を合わせずに手を繋いで、


「ごめんなさい。私のワガママを聞いてくれてありがとう」


そう言って、普通に謝罪&感謝してくれた。

流石に晒し合いになると、友情どころか愛にすらヒビが入りそうだから、ヤバいと思ったのかな?

そもそも、最初からポークカレーがいいって言えば良かったのに。


「ポークカレーか…豚肉は、残ってるね」


冷蔵庫の上の方に、しゃぶしゃぶ用の肉が置いてあった。

しゃぶしゃぶ用だからすぐに火が通って使いやすいんだよね。

肉野菜炒めの時は重宝してるよ。


「豚肉があることも確認したし、料理を始めますか」


私はまな板と包丁を取り出して、玉ねぎの頭と根っこを切り落とす。

そして、半分に切ると皮が向きやすくていいんだよね。

玉ねぎはくし切りにして用意しておいたボウルに入れる。

流石に一個じゃあ少ないよね?

もう一個切っておくか。

私は、さっきと同じ方法で玉ねぎを切って、ボウルによそう。

次は人参だね。

人参は、一応皮を向くのが基本だけど、私はそんな面倒くさい事はしない。

しっかり水で洗った後、頭と根っこの方を切り落として、いちょう切りにする。

後ろから「信じられない…」って聞こえた気がしたけど気にしないよ。

人参も同じように、ボウルに入れて放置。

最後にじゃないも。

コレは特に決まった切り方はしてない。

適当に、一口サイズに切ってそのままポイッとしてる。

よし、野菜の準備は終わり。

次は肉だ。

しゃぶしゃぶ用の肉を鍋に入れて炒める。

油は肉から出てくるだろうけど、念の為にほんのちょっとだけ油を入れた。


「しゃぶしゃぶ用の肉はすぐに焼けるから、野菜を入れる準備をしておいて」


別に私一人で出来るけど、せっかく千夜が居るんだしちょっとは手伝ってもらう。

肉が焼けると、丁度いいタイミングで千夜が野菜を入れてくれた。

野菜をしばらく炒めた後、ボウル一杯分の水を入れる。

ちょっと多い気がするけど、冷凍庫すれば大丈夫でしょ。

蓋をして中火で三十分ほど煮込む。

待っている間に二人で魔力操作の練習でもしようと思って振り返ると、千夜が勝手に冷蔵庫を漁っていた。


「ちょっと!勝手に漁らないで!」

「はいはい。にしても、びっくりするほど物が無いね」

「別に、一人暮らしをするぶんには困らないからいいでしょ?あっ!そのプリンは私のだから食べないでね」


はぁ…目を離すとすぐに変なことするんだから。

これは、常に監視しておかないと押入れを開けられるかも…

一応、釘を刺しとくか。


「これ以上勝手な事するなら、カレーだけ食べて帰ってもらうよ?」

「え〜?別にいいじゃん。将来のお嫁さんとして物の場所くらい覚えたって」

「それは、本格的に付き合い始めてからでいいでしょ?焦らなくても私の隣には千夜以外置くつもりはないんだから」


私の言葉を聞いた千夜は、凄い勢いで振り返って目をキラキラさせてる。


「ほんとに?ほんとに私以外隣に置かない?」

「う、うん。今はそのつもりだから、ちょっと離れて。近い近い」


もし、千夜に尻尾があれば千切れそうな勢いで振ってただろうね。

私に惚れ込んでる千夜なら絶対そうなってるはず。


「琴音、もう一回抱きしめて?」

「えぇ…分かった分かった!千夜が満足するまで抱きしめてあげるから、その捨てられた仔犬みたいな目を止めて」


千夜は、捨てられた仔犬のようにつぶらな瞳をして、目をウルウルさせている。

この目を見ると、保護欲と罪悪感が私の心を抉るから止めてほしい。

私は千夜を優しく抱きしめてあげると、全身の力を抜いた千夜が私にもたれ掛かってくる。


「重くない?」

「全然?私をそこらの女性と一緒にしないでほしいね」


この程度で私が重たいって感じる訳けがない。

元々腕力があるうえに、探索者としてダンジョンで強くなってるから人を持ち上げるなんて、朝飯前だ。


「はぁ…幸せ」


これが『剣聖』の本性か…親友にべた惚れして、こんなに甘えてる。

…今更だけど、どうして千夜は私に惚れてるんだろう?


「千夜ってさ、どうして私を好きになったの?」

「どうして?それはね〜」


千夜は私に抱きついたまま好きになった理由を話し始めた。

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