第45話迷惑客

「『剣聖』さんが駄菓子配りしてるらしいぜ?」

「何でも、『剣聖』の友人が駄菓子屋の関係者らしいな」

「強いだけじゃなくて、こういう慈善活動もしっかりしてるんだな」


やっぱり、千夜の人気は凄まじい。

みんな千夜に夢中になってるよ。

もちろん、駄菓子を受け取ってくれてるみたいだから、多少宣伝にはなってるはずなんだけど…


「よぉ嬢ちゃん。君が『剣聖』の友人か?」


私が千夜の方を見ていると、後ろから大男に声をかけられた。

大男の声はとても重たく、少し離れた人の耳にまでしっかり聞こえたようだ。

にしてもガラが悪そうだけど…変に絡まれたりしないよね?


「はい、そうです。駄菓子はいりませんか?」

「要らねえよそんな物。俺はお前みたいなチビにお似合いのゴミに興味はねぇ」

「なんですって?」


このクソ野郎はなんて言った?

お婆ちゃんから受け継いだ駄菓子をゴミだと?

ふざけんなよ。


「なんだぁ?大切な物をバカにされてキレてるのか?」

「…」

「ん〜?黙ってたら分かんねえぞ?ああ?」


本音を言えば、今すぐコイツを殺したい。

しかし、そんな事をすれば私は警察の御用になる。

そうなると、お婆ちゃんの駄菓子屋も不味い事になる。

だから、殺すことは出来ない。

もちろん、殺さないからと言っていきなり攻撃していいわけじゃない。

ここは我慢だ。


「ちょっと、その言い方はどうなのですか?」

「ハッ!天下の『剣聖』様が何言ってんだ?駄菓子こんなのただのゴミだろ」

「私の親友が大切にしている物をゴミ呼ばわりした挙げ句、反省もしないとは…貴方、人として終わってるわね」


千夜の容赦ない言葉が、既に冷えていた場の空気を、一気に氷点下まで叩き落とす。

そして、隠そうともしていない千夜の殺気が更に空気を冷やし、子供達が震えている。


「何だよ。俺を殴る気か?好きにしろよ。そうなったら、明日の朝一番のニュースは『剣聖が人を殴った』だろうな」

「…大丈夫、ここに居る人達全員が貴方の外道な発言の証人になる。私の親友を侮辱することは、私を侮辱したのと同じ。国や組合が握り潰すでしょうね」

「ほぅ…『剣聖』様が権力を振りかざしてそんな事をするのか…もっと聖人のような奴かと思ってたが、そうでもねぇみたいだな」


このクソ野郎…今すぐぶっ飛ばしてやりたい。

でも、千夜が私の事を『親友』と呼んで庇ってくれてるのに、私が手を出すのは不味い。

ここは大人しくしよう。


「私が聖人?そんな訳ないでしょ?この世にそんな綺麗な人間は居ないよ。誰だって欲望があって、自分のためにやりたい事がある。それなのに、それを切り捨てて自分を押し殺すような奴は、きっと何処かで後悔する」

「周りに利用されるからか?」

「それもある。でも、一番の理由は、優しさだけではどうしょうもない事が世の中にはあるから。聖人は優しすぎるんだよ」


優しすぎる、か。

確かに、本物の聖人は誰にも分け隔てなく優しくしそうだね。

でも、世の中どうしょうもないクズが存在する。

そういう奴は、優しさを利用したり、受けた恩を仇で返したり、恩人を使い潰して自分の利益だけを優先したりする。

優しい人ほど早死するんだよ、それが人間の本性だから。


「あっそ、お前の面倒くせえ説教はこれっぽっちも聞いてなかったからな。正直、そんなものをどうでもいいんだよ」


コイツ…闇夜に紛れてぶっ殺すか?

私のやり方は基本暗殺。

今は未熟だから直接戦闘も多いけど、本来なら奇襲で標的を始末するのが私のやり方のはず。

コイツが油断したところを、背後からドスッと殺って、ダンジョンに捨てるか。

そんな危ない思考を巡らせていると、千夜が口を開いた。


「貴方、努力するということを知らないの?いや、この様子だと努力した事が無さそうね。それだから、こんな常識的な事も理解出来ないんでしょうね」


おお!これは効くんじゃない?


「うるせぇ!!努力なんて糞だ!努力は必ず報われるだって?そんないい話があるわけねえだろうが!!俺はな、お前みたいな天才とは違うんだよ!」

「やっぱり努力してないのね。これだから凡人は…」

「…ろす」


すると、大男が空間収納から剣を取り出した。


「ぶっ殺す!!」


大男は取り出した剣を構えて、千夜に斬りかかる。

この時私が感じたのは、『馬鹿だなぁーコイツ』だった。

いやね?『剣聖』って呼ばれるほど剣術に長けてる千夜に、剣で挑むなんてもうそれは勇者だよ。

これに関しては称賛に値する。

まあ、結果は目に見えてるけどね?


「遅い」

「え?」


千夜は、振り下ろされた剣を片手で受け止めると、腕を振って剣を奪い取った。

そして、目にも留まらぬ速度で大男の首に剣を突きつける。


「私に剣で挑む覚悟は認めてやる。だが、私に剣で勝とうなんて、お前が無限の回数素振りをしてもあり得ない。部を弁えろ、凡人が」


千夜の言葉は、自分の剣に絶対の自信の現れだ。

凡人がこれを言ったところで、まったく迫力は無いが、『剣聖』と呼ばれる千夜だからこそ、その真の威圧が発揮される。

凡人が決して辿り着けない境地。

天下の努力の結晶。

それが『剣聖』


「剣は返す。そして、組合に報告したりもしない。今回のコレは、私も原因の一つだからね。でも、二度はない」

「つ、次同じ事をしたらどうするつもりだ?」

「組合に報告するだけだよ。殺したりはしない」 


大男に剣を返した千夜は、私の手を引いて体育館の外に出た。

千夜は優しいから、私の事を心配してくれてるんだろうね。


「ごめんなさい。本当なら、もっとやりたかったんだけど、周りの人の目があったから…」

「…それはつまり、周りの人の目が無かったら、もっとやってたって事?」

「そうだね。手始めに小指を両方ともはねて、体の端から少しずつ切っていくかな?」


それってただの拷問では?

まあ、私も箱根でやった事に関しては、人の事言えないけど。


「琴音ならどうしてた?」

「私?そうだね~、闇夜に紛れてドスッ!って」

「殺しちゃうの?」

「出来るならね。まあ、いくら証拠を隠しても、やってしまった事に変わりはないからね。出来るだけそういう事はしたくないよ」


出来るだけって事は、その気になれば普通に殺るのか?って話なんだけどね。

実際は、キレたら衝動的に殺っちゃいそうだから、『出来るだけ』何だよね。


「どうするの?今からでもぶん殴ってくる?」

「いや、そんな事しないよ。せっかく千夜が我慢してくれたんだもん。千夜の我慢を無駄にはしたくないよ」


本当は顔が原型を留めないくらいぶん殴ってやりたいけど、千夜のためにも止めておく。

…やっぱり殴ろうかな?

だって、ムカつくんだもん。

あのクソ野郎は、私の大切な駄菓子を馬鹿にしやがったんだよ?

軽く全身アザだらけにするくらいなら別にいいよね?


「…やっぱり怒ってるんだね」

「そりゃ怒るよ!!私の大切な物を馬鹿にした挙げ句、千夜の事を侮辱しやがったんだよ?今すぐ軟体動物にしてやりたいくらいだよ」


はぁ…この怒りをどうすれば。

今日はここまでにしようかな?


「駄菓子って、もうほとんど配ったでしょ?」

「そうだね。空間収納に残ってるのは、あとちょっとって感じ」

「じゃあ、今日は帰ろっか」


無理して全部配る必要はないからね。

ダンジョン探索の時に、カロリー○イト代わりに食べれば良いわけだし。

それに、空間収納に入れておけば劣化しないから、そこまで深刻に考える必要もない。


「棚に並べておけば、買ってくれる人が居るかもしれないしさ。今日はここまで!」

「…」


私があのクソ野郎のせいで落ち込んでると思ったのか、凄く不満そうな顔をしてる。

これ、放置したら闇討ちしそうだね。


「千夜、私は別に落ち込んでるわけじゃないよ?」

「…でも」

「あんなの気にしないよ。まあ、千夜が注意してくれなかったら、ブチキレてぶん殴ってたと思うけど」


私がケラケラ笑いながら冗談めかして言うと、千夜が頬を摘んできた。

強く摘んでるわけじゃないからまったく痛くないけど、ちょっとびっくりした。


「琴音がよくても…私がよくない!!」

「え?」

「あんなの殴れば良かったじゃん!私は立場上そういう事が出来ないけど、琴音なら出来たでしょ?どうしてやらなかったの?!」


千夜の様子が変だ。

私のために怒ってくれてるのは分かるけど、そんなに怒ることかな?

私は特に気にしてないのに…


「片想いでも、愛しい人が大切にしてるものを侮辱されてるんだよ?私はそんなの許せない!!」

「千夜…」

「まだ未熟で、本物の強者と比べれば弱々しい琴音を守る為に!私はここに居るんだよ!!それなのに…それなのに!!」


なるほどね…力がありながら、あんな雑魚を殺れなかった自分の不甲斐なさに苛立ってるのか。

でも、あそこであのクソ野郎を殺ってたら、証人が多すぎて千夜が捕まってた。

私としては、千夜が捕まる方が嫌だから、直接手を出さないあの対応は嬉しいんだけどね。


「千夜、もう大丈夫だよ。私は千夜の対応は良かったと思うよ?誰も傷付いてないもん」

「でも…」

「『でも』じゃない。私の事を思ってやったのなら、私がいいって言ってるんだから、それ以上はやらなくていいよ。それなのにやるのは、優しさじゃなくて余計なお節介だよ?」

「…」


あらら、俯いちゃった。

まったく、力は強くても心が弱いんだから。

…いや、私に弱いだけかな?

私は千夜の手を握って、校門の方向に引っ張る。


「元気だしてよ。せっかく二人でお泊りするんだから、そんなに俯いてたら私も悲しいよ?」

「…うん」


私が優しく語りかけると、千夜も俯いたままだけど首を縦に振ってくれた。

そして、千夜の方から歩き出してくれた。

ちょっとは落ち着いてくれたみたいだね。

…さて、どうやって千夜を励ましながらダンジョンを隠そうか。

もしかしたら、ここで帰ろうといったのは間違いだったのかもと、密かに後悔していた。



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