第44話駄菓子配り

某避難所

私と千夜は、小学生や幼稚園児を中心に、避難している人達に駄菓子を配っていた。

意外だったのは、大人の人も駄菓子を貰いに来ていた事。

特に、中年の人達が多く来ており、昔からある駄菓子を選んでは懐かしそうにしていた。


「お姉ちゃん、僕もチョコ食べたい!」

「チョコね?どれがいい?」

「これ!」


やっぱり、小学生や幼稚園児にはチョコやスナック菓子が人気だ。

大人や学生には、何故か飴が人気で、レモン味の笛飴を懐かしそうに貰っていく人が多かった。

避難所には、捻くれてそうな奴が何人か居たけど、私が明らかにそっち側の見た目をしてる事と、千夜がそういう輩が何か言う前に威圧で黙らせているので、特に何も言われていない。


「ここには大体配り終わったし、次の避難所に行こうかな」

「そうだね。まだ駄菓子は余ってるし、他の避難所にも行けそうだよ」


出来ればマスコミが居る避難所に行きたいけど、あくまで慈善活動のつもりでやってる事だから、とりあえず『駄菓子を配ってる人が居る』という話が広がればそれでいい。

店主としては店の事を宣伝したいけど、分かりやすくやってしまうと批判される。

余った駄菓子を配る程度にしておかないとね。


「次の避難所はどこにあるのかな?」

「あっちの小学校は?学校は避難所としてよく使われてるし、結構な人が避難してるだろうから、いい宣伝になるんじゃない?」


小学校か…この近くだと、私の母校かな?

私の知ってる先生が残ってるか知らないけど、たまには顔を出すのもありかもね。


「じゃあ、小学校に行こうか。非常食は沢山あるだろうけど、嗜好品は少ないはずだからそこそこ売れるはず」

「売る?」

「持っていって貰えるって事だよ。もちろんお金はとらないよ」


それに、小学校なら子供も多いはず。

お菓子を持っていけば、喜んでもらえるだろうなぁ。

いい宣伝になるよう、頑張らないと!!




『城陽小学校』

校門には、錆びて青緑色になった看板?表札?が残っていた。

まあ、三年程度じゃそんなに変わらないか。

にしても、ここは焦げ臭いね。


「もしかして、この小学校には焼却炉が残ってるのかな?」

「もちろん。今は使われてないけど、人がすっぽり入れるくらいの大きさの焼却炉があるよ」

「よく知ってるね」

「そりゃあ、ここは私の母校だからね」


私は、ここで小学生の六年間を過ごした。

色々と思い出すね。他クラス、他学年のヤンチャ坊主を泣かせてたなぁ。


「琴音の小学生時代ってどんな感じだったの?」

「ん?そうだね~…不真面目で喧嘩っ早い問題児かな?まあ、学校側もお母さんを呼んだりしてだけど、ね?」

「あ〜…親が親だから改善されなかったのね」

「たまに喧嘩した相手の親が怒鳴ってたけど、お母さんが来た瞬間小さくなってたね」


アレは本当に傑作だった。

ついさっきまで喚き散らしてたヒステリックBBAが、明らかにヤバいオーラを放つお母さんを見て、虫みたいに小さくなった後、『はい』しか言わない首振り人形になってたからね。

あの時は、お母さんが怖すぎて笑えなかったけど。今思い出すと、笑いを堪えられないね。


「まあ、私も問題行動するとお母さんに連絡が行くから、出来るだけ大人しくしてたけどね」

「そうなの?てっきり、好き放題してるのかと思ってたけど…」

「ほら、あの頃のお母さんは今以上に荒れてる上に、私のことが嫌いだったから問題を起こすと、すぐに全身アザだらけになるくらいボコられたからね。怖くて大人しかったんだよ」


お父さん?

あの人はびっくりするくらい空気だったよ?

学校側も、お父さんは当てにならないとして、眼中に無かったし。

かわいそう?最近の話だと、引っ越し直後に一回顔合わせただけのお父さんに、そんな感情を抱くとでも?

あの人にとって、私とお母さんはペットみたいなモノで、私とお母さんからすれば、養ってくれる存在程度。

家族愛?そんなの昔の私の家には無かったね。

今は、私とお母さんの間に家族愛があるよ。


「そう言えば、琴音のお父さんの話ってあんまり聞かないけど、どうなの?」


おお!お父さんを貶してたら、ちょうど千夜がお父さんについて質問してきた。


「昔の私の家族は、本当に血が繋がってるだけって感じだった。今は多少温かくなったけど、未だにお父さんとはほとんど関わりがないね」

「そうなんだ…」

「千夜のお父さんがどんな人だったか知らないけど、娘を置いて死んでしまった事が可愛く見えるほど私のお父さんは酷いよ」


それを聞いて、千夜が複雑な表情を浮かべる。

私にお父さんの事を、遠回しに酷い親だと言われた事が気に食わなかったのか、自分の親を酷評する私の姿が嫌だったのか…まあ、どうでもいいけど。


「琴音のお父さんは…どんな風に酷いの?」


千夜が、寂しそうな声で質問してきた。


「どんな風に、か。まず、私の事も、お母さんの事もこれっぽっちも愛してない事だね。そして、私がどんなにお母さんに虐待されても無視。育児放棄?そもそも、私を育てるつもりなんて無かったみたいだよ」

「そ、そうなんだ…」


予想以上に酷かったのか、流石の千夜もドン引きしてる。


「後は、噂程度なんだけどね?お父さんは浮気してるんじゃないか、って言われてるの。こんなのでも、お父さんはエリートだから、相応しい人と子供を作りたいんじゃないかな?」

「相応しい人?まるで、琴歌おばさんが相応しくないみたいな言い方じゃ…」

「いや、普通に考えて、元暴走族の総長で仕事がまったく出来ない低学歴な女性が、エリートサラリーマンと結婚出来た事自体が奇跡じゃない?」

「そうだけど…」


多分、できちゃった結婚なんだろうね。

お父さんは周りからの評価を気にするから、子供が出来たからには仕方ないと思ってたんだろう。

それで結婚したんだろうけど、私もお母さんも自立し始めてるから、良いタイミングで離婚して別の人と結婚したいんだろうなぁ。


「とにかく、私はお父さんに特に興味はないから、この話は終わり」

「えぇ…」


一応、あれでも父親だから色々と知ってるけど、興味があって知ったわけじゃないからね。

今思えば、あんなお父さんを頼ってた昔の私は狂ってたと思う。


「さて、そろそろ体育館に着くし、駄菓子を出す用意をしておいてね?」


久しぶり体育館。一体どれくらいの人が集まってるんだろうね。

私は、ワクワクしながら体育館の中に入った。







「ん?もしかして、今は避難してきた方ですか?でしたらここに名前を書いてください」


琴音の母校の体育館に入ると、教師らしき人が名簿が置かれた机の横に座っていた。


「いえ、避難しに来た訳ではないです。私は駄菓子屋の店長なんですけど、余っている駄菓子屋を配りに来ました」

「なるほど…」


これは…信じてないみたいだね。

まあ、琴音も私もまだ子供だからね。

こんな少女が駄菓子屋の店長だなんて、もっといい言い訳は無かったのか?って話だよ。

でも、私の権力でその認識を捻じ曲げる。


「こんにちは、私のこと分かりますか?」

「はい?……も、もしかして、『剣聖』さんですか!?」


教師が目を丸くして、驚いてる。

『剣聖』の二つ名は、本当に便利だ。


「そうだよ。私が『剣聖』だよ。まあ、私の事はいいとして、この子は私の親友なんだけど、駄菓子配りを手伝って欲しいって言われて、一緒に駄菓子を配ってるんだけど…何か?」

「い、いえ!ここには子供達も沢山居るので、是非お願いします!!」

「ありがとう。じゃあ、行ってくるね」


下靴を脱いで体育館に上がると、予想通り大量の布団が敷かれていた。

…ちょっとほこりっぽいね。

きっと、しばらく使って無かった布団を取り出したから、ほこりが舞ってるんだろう。

鼻がムズムズしてきた。


「権力って凄いね」

「当然だよ。まあ、さっきのは権力というよりは、地位と名声の力だけどね」


最少年英雄候補者なんて言葉は、メディアウケがいい。

色んなマスコミがこぞって私を取材してるおかげで、私は知名度だけで言えば日本の探索者の中ではトップクラスだ。


「さて、駄菓子を配ろう。私は出来るだけ目立つように配るから」

「ありがとう。持つべきものは有名人の友だね」


友、かぁ…恋人が良かったなぁ。

まあ、琴音は私の事を愛してるって訳でもないし、仕方ないけどさ。


「じゃあ、私はあっちに配ってくるね」


私と琴音は二手に分かれて駄菓子を配ることにした。

ここは体育館。それなりに広いから人が沢山いる。

二手に分かれて配った方が効率がいい。


「こんにちは。駄菓子はいりませんか?」


私は近くにいたお婆さんに声をかける。


「駄菓子?物にもよるね。ふ菓子はあるかい?」

「もちろんありますよ。はい」


ふ菓子か…私は、ふ菓子はあんまり好きじゃないんだよね。

カリカリしてるのは好きだけど、ふ菓子ってちょっと柔らかいんだよね。


「ありがとう。お金は…」

「お代は結構です。友人の頼みで、一緒に余った駄菓子を配ってるんですよ」

「へぇ〜偉いねぇ。…もしかして、あんたの友人って榊さんかい?」


知ってるのか、このお婆さん。


「はい、そうです。今は榊じゃなくて神条ですけど」

「神条?…そう言えば、そんなの名前のお孫さんが居たねぇ。その子かい?」

「そうです。今は私の友人が店長をしてるんですよ」


私がそう言うと、お婆さんは寂しそうな顔をして、天井を見上げた。


「そうかい…和子さんは先に逝っちまったのかい」

「え?」

「和子さん、自分が死んだら孫に店を継がせるって自慢してたからね。店長が変わってるって事は、そういう事だろうね」


この人は琴音のお婆ちゃんと知り合いだったのか。

それに、琴音の事も知ってるみたい。


「あの駄菓子屋はね。ずっと昔からあそこにあるのよ。今代の店長さんは、ちょっと捻くれてるとは聞いてたけど。まさか、『剣聖』の嬢ちゃんの友人とはねぇ」

「…」


なんだ、私が誰か知ってたのか。

てっきり、知らないと思ってたけど、やっぱり老人はよくテレビを見てるのかな?


「確か、お孫さんの名前は琴奈だったかな?」

「琴音です」

「そうそう。そんな名前だったね。あの子はうまくやってるかい?」

「いえ…見た目が不良少女なので、お客さんが寄ってこないって嘆いてます」


すると、お婆さんはクスクス笑いはじめた。


「そうかいそうかい。見た目はいいとして、お客さんが来ないって嘆けるって事は、あの子は店を大切にしてるんだねぇ」

「それはもう。もし、私と店、どっちかを犠牲にしろと言われたら、間違いなく私を切り捨てるくらいには、あの駄菓子屋の事を大切にしてますよ」


実際に聞いたことは無いけど、多分琴音ならそうする。

私なんかよりも、ずっと駄菓子屋の方が大事だから。

私を泊まるのを拒んだのは、私が大切な駄菓子屋に何かしないか心配だったからだろう。


「そんなに店の事が好きなら、あの駄菓子屋も安泰だね」


お婆さんはとても嬉しそうだった。

でも、私は素直に喜べなかった。

言葉を飾らずに言えば、駄菓子屋に嫉妬していたから。

琴音はいつだって店のために頑張ってる。

探索者になったのも、少しでもお金を稼いで店を良くするためだし、私を頼るのも私の地位と名声がもたらす恩恵を受けるため。

あんな駄菓子屋のどこがそんなに大切なんだろう。

いっそ放火して、壊してしまいたい。

そんな危険な事を考えながら、複雑な気持ちで駄菓子を配った。

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