第41話歩いて帰る

「走って帰る?」

「そう。車道は機能してないから、バイクが使い物にならないでしょ?だから、バイクは空間収納に入れて、走って帰らない?」


支部長室に戻ってきた私は、お母さんに走って帰る事を提案する。

お母さんが納得してくれるか分からないけど、この方法なら道路が復旧して使えるようになるより早く帰れるはず。


「そうね…千夜ちゃんも一緒に帰るの?」

「うん、そうだよ?」

「そう。じゃあ、走って帰りましょう。バイクはここの駐輪場にあるから、琴音の空間収納に入れて」


え?私の空間収納に入れるの?

私の空間収納って、結構色んな物が入ってるから、もう残りの空きスペースが少ないんだよね。

お母さんの大型二輪、入るかな?


「もしかして、バイクを入れられるだけの空き容量がないの?」

「分かんない。私の空間収納は色んな物が入ってるから、バイクを入れられるか分からないんだよね」


ああ、お母さんも困った顔してる。

お母さんはまだ空間収納を使えないから、必要な物は基本私が持ってる。

空間収納の容量が埋まっているのはこれが原因の一つだったりする。


「千夜に頼んでみる?」

「そうね…千夜ちゃんに持たせるのはあれだけど、仕方ないわよね。琴音、もしバイクが入らなかったら千夜ちゃんにお願いして」

「分かった。千夜によろしくって伝えとくね」


よし、お母さんの説得は出来た。

早く店に帰って、無事を確認しないと。

…店のダンジョンは明らかに初級じゃないから、スタンピードは起こってないはず。

でも、他のダンジョンから出てきたモンスターが店を襲ってないとも限らないから、早めに帰りたい。

千夜の居る屋上に来ると、バイクの件を千夜に相談してみた。


「それなら任せて。空間収納には余裕があるからね」

「ありがとう。もしもの時はよろしくね」


千夜はあっさり承諾してくれた。

まあ、この程度の頼みなら、親友じゃなくても普通に受けくれそうだけど。

とりあえず、私も帰る準備を整えてバイクが空間収納に入るか確かめないと。





駐輪場


「う〜ん…やっぱり入らないみたい」


バイクを空間収納に仕舞おうとするが、空間収納が入れることを拒絶している感覚があった。

やっぱり駄目か…


「そっか…じゃあ、よろしくね?千夜ちゃん」

「任せてください」


千夜がバイクに近付き手をかざすと、ぐにゃりと空間が歪み、そこにバイクが飲み込まれていった。

対象物が大きいとこんな事になるのか。

バイクが物理的にあり得ない変形をしながら、歪みに吸い込まれた。

アニメや漫画の収納のされ方は、強ち間違って無かったのか。


「東京まで歩くとなると、かなり時間がかかりそうだね」

「調べてみたら、十数時間かかるみたいよ。一日で帰れる訳でも無さそうだし、のんびり帰りましょう」


十数時間か…休憩を挟みつつ行けばもっとかかりそうだね。

まあ、軽い運動には丁度いいかな?

それに、箱根から東京まで歩くなんて機会、滅多に無さそうだし、悪くないかもね。

にしても、帰るルートってどうなってるのかな?


「帰り道って分かるの?」

「地図アプリでナビを使ってるから大丈夫よ」

「それ、信用出来るのですか?」

「…多分」


千夜に重要な指摘をされたお母さんは、目を泳がせながら曖昧な返事をする。

地図アプリ系のナビは信用ならないっていうのは、よく聞く話だ。

何故か変な道を通らされて、普通に行くよりも時間がかかるらしい。

そうなったら嫌だなぁ…


「まあ、『全ての道はローマに通ず』って言うでしょ?いつかは帰れるわよ」

「それ、使い方あってるの?」

「言いたい事は分かりますけど、そんな意味でしたっけ?」


あっ、またお母さんが目を泳がせてる。

多分合ってると思うけど、自信は無いんだね。


「そういう細かい事はどうでもいいでしょ?早く帰ってベッドで寝ましょう」


逃げたね。

口は災いの元とは言うけど、これはただの自爆かな?

私も余計なことは言わないようにしよう。


「そう言えば、千夜って寝てる?」

「え?」

「あっ、言葉が足りて無かったね。えっと、スタンピードが始まってから一回でも寝た?」

「いや、寝てないけど?」


あぁ、やっぱりか。

千夜は徹夜でモンスターと戦って、それから一度も寝てない。

これは、どこかでホテルか旅館に泊まった方がいいね。


「私の体調の事は気にしなくていいよ?」

「いや、徹夜でモンスターと戦ってたんだよ?一回休んだ方が…」

「私はね、ダンジョン内で不眠不休で四日近く過ごした事もあるのよ?このくらい大したこと無いよ」


不眠不休で四日…私も強くなったらそうなるのかな?

まあ、ダンジョンは日帰りで攻略出来るようなものじゃないって聞くし、私もいつかはそうなる時が来るのかな?


「私は琴音のペースに合わせるから、琴音が休むタイミングで私も休むよ」

「…分かった。苦しくなったら言ってね?」


ちょっと不安だけど、千夜を信じてみよう。






「駄目ね。ここもやってない」

「スタンピードでみんな避難してるから、どこもかしこも開いてないんでしょうね」

「勝手に入ったら不味いでしょうし…今日は野宿ね」


スタンピードの影響で、どのホテルも旅館も開いていなかった。

そのため、千夜が持っていたテントで野宿することになってしまった。


「テントは二つあるんですけど…どうします?」

「ふふっ、一人で寝たい?それとも、琴音と一緒に寝たい?」


お母さんが、また変なことをやってる。

本当、千夜がかわいそうだから止めてほしいんだけど…


「琴音と一緒に寝たいです」

「おっ、よく言ったわ!そのまま夜這いを仕掛けるくらいに「お母さん?」…じょ、冗談よ。二人で仲良く寝てね?」


まったく、千夜が変な気を起こしそうで怖いから、そういう事を言うのは止めてほしい。

でも、これで千夜と一緒に寝られる。

後で寝顔の写真を撮って、千夜をイジる材料にしよう。


「おお!このテントすごく組み立てやすいわね!」

「はい。最新の超簡単組み立てのテントですよ」

「へぇ〜、キャンプなんてしたことないから、私にテントを建てられるか不安だっけど、これなら安心ね」


なんか、テレビのショッピング番組みたいな会話だね。

このあと値段のくだりが出てきたら、もう確実にそれなんだけどね。


「琴音、何ボーッとしてるのよ?千夜ちゃんのお手伝いをしなさい」

「…もう、ほぼ完成してるよ?」

「大丈夫だよ琴音。たった今完成したから」


いや…私何もすること無かったんだけど?

そんな事を考えて落ち込んでいると、千夜が美味しそうな匂いを出す鍋を取り出した。

この匂いは…


「あら、カレーじゃない。ちょうどテントを張ってるから、本当にキャンプに来たみたいね」

「そうですね。このカレー辛口なんですけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫。私も琴音も辛口は食べられるわよ」


千夜の作った辛口カレー。

具材は…豚肉かな?

贅沢を言えば、チキンカレーが良かったけど、ポークカレーも好きだから別にいっか。

白米と皿とスプーンを取り出した千夜は、三人分のカレーをよそってくれた。


「ごめんなさいね。何から何までしてもらって」

「別にいいですよ。これくらい普通のことですから」


千夜って、かなり優良物件だよね。

強いし、美人だし、優しいし、家事も出来るし。

そんな素晴らしい女性が私に恋してるなんて…誰かに取られる前に確保しておかないと。

そんな事を考えつつ、千夜のカレーを口に入れる。


「うん!このカレー美味しいね!」


流石千夜が作ったカレー、ものすごく美味しい。

何か隠し味でも入ってるのかな?

市販のカレーよりもスパイシーな気がする。


「ありがとう、琴音。私も琴音と一緒に食べられていつも以上に美味しいよ」

「そう?じゃあ、今度私がカレー作るから、一緒に食べよう」


あっ、余計なこと言ったかも。

すると、千夜が目をクワッと見開いて、肩に手を置いてきた。


「ほんとに!?じゃあ、いつでも行けるように時間作っておくね!!」


私の返事を聞かずに、私の体を揺さぶりながら勝手に決めつける千夜。

強引過ぎてやばい…

千夜の前では言動に気を付けないと、大変なことになるって学習したよ。


「ああ、琴音のカレー。楽しみだなぁ…」


そんな今から楽しみにしても…これじゃあ、早めに作らないと千夜がかわいそうだ。

はぁ、店に戻ったら安全確認とカレー作りだね…

こうして、私がやるべき仕事が一つ増えた。

ちなみに、寝るときはあまり疲れが取れてなかったせいで、千夜がトイレに行ってる間に寝てしまった。

くそう、千夜の寝顔撮りそこねた…





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