第40話千夜視点 屋上で

組合屋上

血と肉が焼け焦げる臭いの広がる外で、私は風に当たりながら黄昏れていた。


「琴音…」


私の事を励まそうと、抱きしめてくれた琴音を突き飛ばして逃げてしまった。

抱きしめてくれたのは嬉しかったけど、それ以上に恥ずかしかった。

あの人は琴音のお母さんだけど、人前であんなことをされるのは恥ずかしい。

それでも、突き飛ばして逃げるのは自分でもどうかと思う。

そもそも、琴音は私の事を親友だと思ってるのに、私は一方的に琴音の事を好きだと思ってる。

女同士で、遠いとはいえ同じ血が流れてる人に好意を抱いてる。

それは普通じゃない。


「琴音は…それを知ってて私と仲良くしてくれてるのかな?」

「そうだよ」

「ッ!?」


突然、後ろから琴音の声が聞こえてきた。

振り返ると、そこには微笑みながら佇む琴音の姿があった。


「いつからそこに?」

「ついさっき。やっぱり、この指輪の力は凄いね」


そう言って、琴音は右手の小指につけられた指輪を見せてきた。

アレは…確か、『薄影の指輪』だったかな?

使用者の気配を少しだけ隠す力がある魔導具。

…でも、あの指輪程度で私の探知を掻い潜れるとは思えない。

他にも魔導具を持ってるのか?

いや、今はそれよりも聞かないといけない事がある。


「私が、その、琴音の事を…すっ、好きだってこと、知ってたの?」

「もちろん知ってたよ。私はそんなに鈍感じゃないよ」

「そうなんだ…どうして、私と仲良くしてくれたの?」


普通、距離を取るはずなんだけど…琴音はずっと一緒に居てくれた。

もしかして、琴音も私に興味があるのかな?


「えーっとね。別に、千夜に興味が無いわけじゃないんだけどね?私って、恋愛にそんなに興味が無くて…別に、恋人が男でも女でもどっちでも良かったんだよね」

「え?」

「まあ、私自身が恋愛についてどうでも良かったから、私の事を好きで居てくれるなら誰でも良かったの。…キモいストーカーみたいな奴は流石に嫌だけどね?」


そうなんだ…琴音は恋愛に興味が無いのね…

それで、私の事を受け入れてくれたのか。

って事は、琴音の家に行って恋人らしい事をしてもいいんだ。

どうしようかなぁ、媚薬でも買って琴音に飲ませようかな?

でも、琴音は普通に見破って来そうなんだよね。

前も私の血を入れたチョコを、友チョコ的な雰囲気であげたら、『変なの入ってない?』って言われた。

それ以来琴音にあげる物には、絶対異物を混入させないと誓った。

でも、今度こそ媚薬を盛って琴音の方から求めてくれるようにしたい。


「…千夜?」

「えっ?あっ、な、なに?」

「さっき、私と良くない事しようと思ってなかった?」


ギクッ!

流石は榊本家出身。勘が異常に鋭い。


「えっと…ちょっと考えてたかな?」

「はぁ…そういう事は、私が千夜と互角に戦えるくらいになってからにしてね?」

「えっ?どうして?」


すると、琴音が深く溜息をついて、冷たい目でこっちを見てきた。


「力押しすればいけるって、千夜が味を占めないようにするためだよ。そのうち所構わず襲って来そうだから抵抗出来るようにしておきたいの」

「そんな!私が所構わず襲うような性欲モンスターに見えるの!?」

「中学生にして、バレンタインチョコに血を混ぜるような奴がそうじゃないとでも?例え違ったとしても、独占欲を拗らせて変なことをしないようにするためだよ」


あちゃ〜、血入りチョコはバレてたのか。

まあ、それはともかくとして、自分でもいつかメンヘラ拗らせそうな気がするから、ある程度私を抑えられるようになってからの方がいいよね…


「約束してくれる?」

「もちろんだよ!私も琴音には迷惑掛けたくないからね」

「ありがとう…出来れば、私が後ろ向いてたり、別の方向を向いてる時にだけお尻とか見るの止めて欲しいなぁ」


…そんな事してたっけ?

私別にお尻なんて見てないと思うんだけど…

そもそも、琴音ってちっちゃいからお尻も胸もそんなに魅力的じゃないんだよね。


「千夜、今私の身長バカにしたでしょ?」

「え?そ、そんな事無いよ。それとよりも、私琴音のお尻とか見てた覚え無いんだけど…」

「無意識でやってたの?チラッって後ろ見た時に、よく私のお尻に視線が行ってるよ?」


えぇ…

全然覚えてないんだけど…

私、無意識に幼女身長の琴音のお尻を追いかけてたのか…ちょっとショック。


「とりあえず、今後気を付けてね?」

「はい」


はぁ、なんだかこの短時間で色んな事を知った気がする。

私の片想いは相手に知られてたとか、よくお尻を見てたとか、バレンタインチョコの血は気付かれてたとか…

琴音って私の事結構知ってるのかな?

そんな事を考えながら琴音の方を見ると、琴音がものすごく不快そうな顔をしていた。


「どうしたの?」

「いや…臭いがね」

「ああ。モンスターの死体を一箇所に集めて焼却処分してるからね。他の街でも似たような感じだと思うよ?」


スタンピードは、ただモンスターを倒して終わりじゃない。

モンスターの死体を放置するのは衛生上良くないし、景観的にも良くない。

それどころか、蝿が大量発生したり、山間では熊が降りてきたり、街全体に腐敗臭が広がるなどいい事が一つもない。

そのため、モンスターの死体は焼却処分し、飛び散った血は洗い流す。

そして、死者、行方不明者の捜索、対応などもしなければならない。

しかし、それだけでは終わらない。

今度は倒壊した建物を片付け、被害にあった住人には仮設住宅を用意するなど、被害者のアフターケアも必要だ。

そう言えば…


「琴音の店は大丈夫なの?」

「分かんない…帰りたくても道路が機能してないから、帰れないの。それに、モンスターが殲滅されたのはこの辺りだけだから、帰り道にモンスターと遭遇する可能性もあるし…」

「報道ヘリが使えれば帰れるんだけど、生憎知り合いに報道機関の人は居ないからね」


あの時報道ヘリを使えたのは、私が名声と権力を振りかざして、無理矢理乗ったから。

正直、批判されてもおかしくない事をした。

となると、帰る手段は一つ。


「どうする?走って帰る?」


最も原始的かつ、準備が簡単な方法。自力で帰る。

車の通れない細い道も、自転車が横転するような悪路も、瓦礫が散らばった道でも通る事が出来る手段。

これを使えば、普通に帰る事が出来る。

多少は時間がかかるけど、交通機関が復旧するまで待つよりは早くに帰れる。


「走ってか…確かに道路が使えるようになるまで待つよりは早く帰れそうだね。お母さんに相談してみようかな?」

「そうしたら?もし走って帰るなら、私も一緒について行くよ」


琴歌おばさんがちょっと邪魔だけど、琴音と一緒に家に帰るんだもの。

是非走って帰るを選んで欲しい。

瓦礫の上を歩くときに手を引っ張ってあげたり、川を渡るのに対岸で受け止めてあげたりしたい。

…いや、琴音の身体能力なら特に困る事も無いか。

それに、私よりも背が高くて、見た目的に頼れそうな琴歌おばさんが居る。

私の出番無いね。


「じゃあ、ちょっとお母さんに相談してくるね。…千夜もついてくる?」

「え?あー…ここで待ってるよ」

「そう?よくこんな臭いところに居られるね。じゃあ聞いてくるね」


今、私の心に棘が刺さった。

『よくこんな臭いところに居られるね』

私は、探索者歴が琴音よりも長いから、血の臭いにも、肉が焼け焦げる臭いにも慣れてる。

でもね、普通のJKはこんな臭いの中に居たら、普通は吐いちゃうの。

私も初めての時は吐いた。

でも、もう慣れた。

私は普通のJKが送るような青春をあまりしてない。

そりゃあそうだよね?

日本最少年の英雄候補者だよ?

高嶺の花過ぎて、誰も近付いて来ないっての。

例え私の方から近付いても、住んでる世界が違う人みたいな扱いを受けてる。

実は、学校ではボッチだったり。


「辞めたいなぁ、英雄候補者」


確かに現段階でかなり稼いでるし、このまま『英雄』になれば人生勝ち組確定だ。

でも、最近は強さや金に興味が無くなってきた。

みんなに褒められて、チヤホヤされるのもにも飽きた。

老後も安心して暮らせるくらいのお金が集まったら、探索者辞めて剣道教室でも始めて、ゆっくり過すのもありかも知れない。

目標を失うと、こんなにも気力が無くなるものなのか…

琴音はあんなに元気なのに、私は日に日に元気が無くなってく。

一体何を目標に生きてるんだろう?


「琴音のことがこんなに好きなのに、知らないことだらけ。軽くストーキングして調べようかな?」


琴音ならこれくらい許してくれるはず。

…でも、準備が大変だ。

琴音に気付かれないような隠密系の魔導具が沢山必要になる。

あの、榊の異常な勘を欺くような魔導具…それ、一体いくらするんだろう?

榊は色々と規格外だから、常識が通用しないんだよね。


「大人しく話を聞くにしたほうがいいかな。そっちのほうが楽でいいや」


それなら別に犯罪にならないし、お金もかからない。

シンプル・イズ・ベスト、普通が一番だね。

さ~て、どうやって聞こうかなぁ?

琴音が帰ってくるまでの間、血と肉が焼け焦げる臭いのする風を感じながら、どうやって琴音を丸裸にするか考えていた。


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