第39話スタンピードが終わって

正午

近くの街にモンスター討伐の手伝いをしに行った千夜が帰ってきた。

半日以上働いてるはずなのに、千夜が疲れている様子が見えない。

『英雄候補者』はスタミナも桁違いなのか…


「ちょうどお昼の時間だし、お腹空いたね」

「そうだね。でも、スタンピードのせいで店はどこも開いてないよ?」


大勢の人が避難したせいで、飲食店はどこもやっていない。

美味しいご飯は期待出来ないだろう。


「じゃあ、作り置きの料理でも食べる?」

「作り置き?もしかして、空間収納の中に入ってるの?」

「そうだよ。ほら、ハンバーグとオニオンスープ」


千夜が近くの机に手をかざすと、美味しそうな“出来たて”の料理が出てきた。

なるほどね。作ったそばから空間収納に入れてしまえば、出来たてのまま保存出来るのか。

私もやってみよう。


「これ全部千夜ちゃんが作ったの?」


千夜が出した料理は、全体的に完成度が高い。

多分、私が作る料理よりも良く出来てる。


「そうですね。全部一人で作りました」

「へぇ〜、まだ高校生なのに凄いわね」

「そんな、それなら琴音の料理も良く出来てると思いますよ」


千夜、その言い方は私に飛び火するから止めて。

…って言っても遅いか。


「琴音なんてまだまだよ。この前一緒に料理作った時は、危なっかしくて包丁持たせられなかったもの」

「それは、お母さんが過保護過ぎるだけだよ。私だって一人で料理くらい作れるって」

「…怪我しないでね?」


はあ…最近お母さんの心配性が悪化してる気がする。

昔から、お母さんは心配性な所があったけど、最近は特に酷い。

野菜の切り方が違うだけで、あそこまで怒らなくてもいいのに…


「琴音ってお母さんと仲悪いって聞いてたんだけど…」

「ふふっ、最近仲直りしたのよ。千夜ちゃんはお母さんやお父さんと仲良いの?」

「あっ…」


千夜が一瞬困った顔をする。

これは不味い…知らなかったとはいえ、あまり良い事じゃない。


「お父さんはもう居ません。お母さんは…最近はパチンコにのめり込んでお金をせびってくるので、仲は良くないです」

「…ごめんなさい。余計なこと聞いちゃったわね」

「いいんですよ。おばさんも悪気があって言った訳ではないんですから」


千夜の家庭事情は複雑だ。

剣の才能を見出され、特例で『英雄候補者』になった千夜は、逃げるように東京へやって来た。

国に頼んで親元を離れ、転校もした。

それでも、たまに母親が家に来るらしい。

すると、電話の着信音がなった。

私は空間収納に仕舞ってるから違う。

お母さんは…違うみたい。

ということは千夜か。

千夜はスマホの画面を見て、顔を顰める。

その表情で大体予想が着いた。

千夜は私達から少し離れて、電話に出る。


「なに?…うん…うん…この程度で怪我する訳ないでしょ」


この距離なら、電話の相手の声は聞こえないけど、千夜の声なら聞こえる。

声的にあまり歓迎はしてなさそうだ


「あっそ、良かったじゃん…だから?…私にどうして欲しいのか言ってくれないと、いつまで経っても分かんないんだけど?…はぁ…こんな非常時でも金?…炊き出しにでも行けばいいじゃん。それか、家にまだ食べ物が残ってるでしょ?それ食べれば?…うん…うん…そうすれば?…うん…じゃあね…はぁ」


電話を切り、大きな溜息をついた千夜は、いつもの顔でこっちに戻ってきた。


「えーっと…お昼ごはんどうしようって話だったよね?」


私は適当に話題を作ってお母さんに視線を送る。


「そ、そうね。千夜ちゃんが作ってくれたご飯、冷めないうちに食べちゃいましょう」


そうだった。もう千夜がお昼ごはんを用意してくれてるんだった…

まあ、話題は変えられたしいっか。

すると、千夜がしおらしくなって謝ってきた。


「ごめんなさい、迷惑をかけてしまって」

「いいのよ。娘の親友のためだもの、これくらい何てことないわ」

「ありがとうございます」


千夜は感謝していたけど、やっぱりまだ申し訳無さそうにしてる。

私がなんとかしないと。


「千夜。私、千夜に食べさせて欲しいなぁ」

「え?…人が通りそうなこの場所で?」

「あー…支部長室で食べよっか」


困ったときの支部長室。

あそこに人が来ることは滅多にないから、簡易プライベートルームにするには丁度いい。


「勝手に入っていいの?」

「今朝は支部長室で勝手に寝てたけど、ちょっと怒られたくらいで、大した事なかったよ」

「…それ本当に大丈夫?」


むぅ…千夜も結構心配性だなぁ。

逆に、お母さんはこういう事はまったく気にしないけどね。

とりあえず、料理を回収し千夜の手を引いて支部長室へ向かう。

途中何人か人とすれ違ったけど、みんな千夜を見て目を丸くしてた。


「本当にいいのかなぁ…」

「大丈夫だって、支部長よりも千夜の方が上でしょ?」

「まあ、多少は口出し出来るけど…」


組織のやり方に口出し出来るなんて、やっぱり『英雄候補者』の影響力は凄まじいね…


「じゃあお昼にしよう。千夜の作ったハンバーグ、楽しみだなぁ」

「そんな期待されても…材料も作り方も普通のハンバーグだよ?」


料理の味も、気持ち次第では大きく変わる。

今は、千夜と一緒にご飯を食べられるという、嬉しい気持ちが強いからきっと料理も美味しく感じるはず。


「…なに?」

「ここに来た理由、覚えてるでしょ?」

「はぁ…」


千夜は溜息をついてるけど、なんだか嬉しそうだ。


「はい、あーん」

「あ〜ん」


お箸で器用にハンバーグを切り分けて、一口サイズのハンバーグを食べさせてくれた。


「ん〜!美味しいよ!千夜」

「ありがとう」


満更でもないという表情で、切り分けたハンバーグを私の口まで持ってくる千夜。

これなら割と早く元気になりそう。

そう言えば、千夜って徹夜してたよね?

お昼ごはんを食べ終わったら、一緒に昼寝しようっと。

千夜が嬉しそうに私にハンバーグを食べさせている姿を見たお母さんが、ニヤニヤしながらこんな事を言ってきた。


「赤飯炊いた方がいい?」


…ん?

赤飯って確か、お祝いの時によく出される料理…


「お母さん、えっと、何のお祝いで赤飯を炊くの?」


チラッと横を見ると、千夜が真っ赤になっていた。

まあ、多分そういうことだろうけど。


「決まってるでしょ?娘に初めて恋人が出来たんだもの、そのお祝いだよ」


千夜が真っ赤になった顔を手で覆い隠してるけど、ピクピク動く赤い耳を隠せていない。

実感は無いけど、多分私も赤くなってる気がする。


「お母さん、私と千夜はそんな関係じゃ…」

「あら?さっきのやり取りは恋人同士のそれだったわよ?」


うう、ニヤニヤしながらおちょくって来るのが腹立つ。

こんな事なら、お母さんも連れてくるんじゃ無かった…


「千夜ちゃん」

「はっ、はい!!」

「料理も上手だし、強いし、可愛いし、いいお嫁さんになれるわよ」

「おっ、お嫁さんだなんて!!まだまだ早いですよ!それに、私と琴音は親友なのでこれくらいは…ね?ね?」

「そ、そうだね。これくらい普通だよ!!」


すると、お母さんは手を合わせて嬉しそうに


「ふ〜ん?これが普通になるくらいラブラブなんだぁ?」


この言葉に、私と千夜は真っ赤になって、


「「違うもん(ます)!!!」」


声を揃えて否定した。






お昼ごはんを食べ終わった私は、お母さんを後ろから睨んでいた。


「ごめんなさい、微笑ましくてつい…」

「…」

「後で二人っきりにしてあげるから。ね?」


千夜は私の反対側で刀の手入れをしている。

お母さんに余計なこと言われたせいで、私と顔を合わせると恥ずかしそうにする。

まあ、千夜は私に親友以上のものを持ってるから、余計に恥ずかしいんだろうね。


「でも、千夜ちゃんは琴音の事好きでしょ?」

「え?」


突然の爆弾発言に、千夜が刀を落としてしまう。

それに、唖然として刀を拾おうとしない。


「あら?別に琴音にそんな想いは持ってなかったの?」

「えっと…はい。琴音はとっても仲のいい親友なので」


千夜が寂しそうしてる。

別に私に好意を抱いてるわけじゃないといった事が、千夜の心を抉ったんだろう。

それでもお母さんが口を開こうとしてるのを見て、私はお母さんの首を絞める。


「お母さん、私の千夜に余計なこと言わないで。本気で首絞めちゃうよ?」

「ご、ごめんなさい。もうしないわ」


本当なら一発殴ってやりたいところだけど、千夜の前でそんな事は出来ない。

それに、今は千夜の心のケアをすることのほうが先だ。

悲しそうに刀を拾う千夜の元まで来ると、優しく抱きしめてあげる。

軽いスキンシップは、相手を落ち着かせる効果があるって聞いたことがある。


「ごめんね、お母さんが余計なこと言っちゃって」


すると、千夜が私の事を突き飛ばして部屋を出ていってしまった。

…軽いスキンシップって、手を握ってあげるくらいの事だったかな?


「い、今のは私は関係ないわよ?」

「分かってるよ。急に抱きしめられて、恥ずかしくて逃げちゃったんだと思うよ」


後で二人で話し合う時に謝ろう。

今は、そっとしておいてあげた方がいいよね。

私は、千夜そっとしておいてあげることにした。

まずは、とりあえず、お母さんを一発殴っておいた。

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