第38話一撃必殺『千夜召喚』

こちらへ向かってる十数体のジャイアントオーガを見て、半分現実逃避気味にお母さんに話しかける。


「私とお母さんで一体ずつ相手したとして、他の十数体はどうする?」

「…ここの探索者を信じるしかないわね。そもそも、一対一で勝てる?」


どうやら、お母さんは一応戦うつもりらしい。

この状況では逃げるが勝ちだと思うけど、お母さんは負けず嫌いで喧嘩好きだからなぁ。

簡単には逃げてくれなさそう。


「勝ちたいなら逃げたほうがいいよ。千夜が来てくれるはずだからそれまで待って「違うね」え?」

「琴音の言う『勝つ』は、『結果的に勝つ』よ。自分が実際に戦って勝ったわけじゃない。せめて、あの十数体の内の一体でも良いから倒したい」

「でも、どうやって?お母さんの攻撃の威力だと、致命傷を与える事は出来ないと思うんだけど…」


不可能に立ち向かう事は悪い事じゃない。

『ピンチをチャンスに』、逆境こそが人を成長させる存在だ。

しかし、ピンチである以上リスクが存在する。

お母さんはリスクを承知で戦おうとしてるけど、アレはあまりにも無茶だと思う。


「もし、琴音が持ってる全てを使えば、アレに勝てる?」

「勝てる」

「そっか…私も店のダンジョンに行こうかな?」


私の魔導具を横取りする気か?

あのダンジョンはお婆ちゃんから貰った私のもの。

例えお母さんでも渡したくない。


「まあ、店のダンジョンのことはまた後で考えるとして、琴音ならどうやってアレを倒すの?」

「魔導具をフル活用して、一切知覚できないようにした後一方的に殺る」

「なんと言うか…ひきょ、ゴホン!狡猾なやり方だね」


今お母さん、卑怯って言おうとしたよね?

そもそも、私の本来の戦闘スタイルは暗殺者とか忍者みたいなやり方だから、真正面から正攻法で戦ったりしない。

でも、それのカモフラージュとして、剣士を気取ってるから正面から戦う事も多い。

後は、未だに魔力が少なくて魔導具を全部使用した本気モードで戦うと三十秒も持たいないって言う欠点がある。

そのせいで、真正面からの戦闘を強要されてる。

もっとモンスターを倒さないと…


「じゃあ、琴音はあそこに居る人達を連れて逃げなさい」

「ヤダ。お母さんを置いて逃げたりしないよ。それなら私も戦う!…必要は今無くなったね」

「…みたいね」


お母さんの覚悟を変えられないと思い、一緒に残ろうと思った瞬間、上空から凄まじい魔力を感じた。

見上げると、報道ヘリが私達の頭上を飛んでおり、そこから魔力が放たれている。

すると、暗がりに紛れて何かがヘリから落ちてきた。

そして、すぐそこまで来ていたジャイアントオーガの真上に落下し、ジャイアントオーガを真っ二つにした。


「琴音、お待たせ」


最強の親友、神科千夜が降ってきた。










空から降ってきた千夜の放つ魔力に、ジャイアントオーガ達が近付くことを躊躇している。


「間に合ったみたいだね。後もうちょっとで、このジャイアントオーガの群れに立ち向かうつもりだったでしょ?」

「そうだね。それよりも、私は千夜が降ってきた事の方が気になるんだけど?」


千夜に助けて貰った事よりも、千夜が空から降ってきた事の方が気になる。

おかしいね、千夜は走ってくるって聞いてたんだけど…


「あぁ、アレのこと?途中で報道ヘリを見つけたから、ナイフ投げつけてここまで送ってきてもらったの」

「報道ヘリを見つけて、連れてきてもらったのは分かる。まあ、千夜なら出来るよね。でも、なんでナイフ投げたの?ヘリ落ちちゃうよ?」


もしヘリに当たって墜落でもしたら、千夜が捕まると思う。

それなのに、そんな危ないことよくやったね。


「ちゃんと当たらないようにしてるから大丈夫。それに…お話しはこいつらを皆殺しにしてからにしようか」


そう言って、後ろに迫っていたジャイアントオーガを横に真っ二つに斬る千夜。

私じゃ、ほとんど斬れないあの硬い身体が真っ二つ…剣聖、恐るべし。


「せっかくだし、私の本気を見せてあげるよ。軽く家がいくつか崩れるけど、ここの組合に頑張ってもらおう」

「軽く家がいくつか崩れるとか言うパワーワード…」


私が呆けていると、千夜が刀を鞘に仕舞って、居合斬りの体勢を取る。

そして、私の比じゃないほど鋭く、強大な魔力が刀に収束する。

これが、『剣聖』と呼ばれた『英雄候補者』の魔力…


「一瞬だよ。一瞬で終わるから目を見開いておいてね?」

「分かった」


私に遠回しに瞬き厳禁と伝えた千夜は、息を深く吸い刀を抜いた。

実際に私が見たものは、息を吸った後急に千夜がブレて見え、目を疑った時には刀を振り抜いた千夜の姿と、真っ二つにされたジャイアントオーガといくつかの家が見えた。

千夜の刀は、私ではほとんど見ることが出来なかった。

しかし、一つ分かった事がある。

それは、千夜は私の想像してる何倍も強いということ。


「どう?私の刀は」


あの余裕の顔を作れるようになるためには、想像の何倍もの努力が必要だ。

それでも、私は千夜の領域に立ちたい。


「凄かった。ほとんど見えなかったけど、それだけ千夜が強いって事がよく分かったよ」

「ふふっ、当然だよ。私は『英雄候補者』だからね」


千夜は手を広げて大の字になり、誇らしげに微笑む。

その後ろには、いくつもの亡骸が転がっていた。




千夜が来たとで、箱根のスタンピードは一気に解決へ向かった。

今回のスタンピードで一番危険な存在であるジャイアントオーガが居なくなった以上、後は消化試合だ。

探索者が手分けして街に残っているモンスターを討伐し、夜明けにはおそらく全てのモンスターが殲滅された。

箱根のモンスターが片付いた事に気付いた千夜は、近くの街の手伝いをしに行った。


「眠い」

「私も」


スタンピードが終結し、一息ついた私とお母さんは、強烈な眠気に襲われた。

一晩中走り回ってモンスターと格闘していたんだ。

当然と言えば当然だ。

でも、生憎寝る場所がない。

組合のベッドは怪我人が使ってるし、沢山の人が行き来してるから騒がしい。

とても寝るのには向いてない。


「人が来なそうな場所…そうだ、支部長室でゆっくりしようよ」

「いいわね。行きましょう支部長室へ」


こうして、私とお母さんは支部長室へ忍び込み、ぐっすり寝始めた。

もちろん、起きたときに支部長に叱られました。



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