第37話狂化
ジャイアントオーガの様子がおかしい。
さっきよりも強さが増してる気がする。
なんと言うか、禍々しくなったような、鬼らしくなったような感じ。
「琴音、気を付けなさい。アレは、多分『狂化』と呼ばれるものよ」
「『狂化』?理性を失う代わりに、筋力と耐久が向上するあれ?」
「そうよ。実際に狂化を見たことは無いけど、魔力を見ればなんとなく分かるわ」
ああ、なるほどね。
お母さんの言う通りだ。
あのジャイアントオーガは、さっきまで魔力は普通だった。
でも、急に魔力が荒れ始め、暴走してる。
昔聞いた狂化状態の魔力の特徴にアレはピッタリ当てはまってる。
「狂化は単純に強くなるのも厄介だけど、一番厄介なのは痛みをほとんど感じないから、怯まないってことだよね」
「ええ。それに、四肢を失っても襲いかかってくる。きっと、理性が飛んだのと同時に死への恐怖飛んじゃったんでしょうね」
呑気に話しているように見られるかも知れないけど、私達はこれでも本気でやってる。
遺跡でデス・ナイトと出会った時は、生存本能が過剰反応していた。
今はあの時ほど過剰に反応はしてないけど、本能がヤバイと言っているのが分かる。
すると、ジャイアントオーガが理性の欠片も見られない目で、こちらを睨んできた。
「ガァァァアアアアアアア!!!」
魔力が含まれているのか、周囲のコンクリートにヒビが入るほどの雄叫びを上げ、こちらへ突っ込んでくるジャイアントオーガ。
巨体に似合わず、かなりの速度だ。
しかし、この程度なら簡単に躱せる。
それに…
「ガァアアア!!」
「威力は凄まじいけど、やっぱり動きが読みやすい」
確かに攻撃力は上がっているみたいだけど、ある程度動きからどんな攻撃が来るか分かる。
かと言って、警戒を怠ってはいけない。
例え理性を失っていたとしても、知能を持った生物である以上学習する。
同じ動きを繰り返せば、対策されて痛み目を見る。
まあ、そうなる前に倒せばいいだけの話なんだけどね。
脚に魔力を集中させて、脚力を強化する。
そして、渾身の突きをジャイアントオーガの首目掛けて放つ。
「はあっ!!」
千夜と比べれば大した事無いけど、速さには自信がある。
攻撃の威力は、『重さ』と『速度』が大きいほど高くなる。
『重さ』に関してはあんまりだけど、『速度』は同レベルの探索者の中でもかなり優秀な部類だ。
速度特化の探索者でなければ大抵勝てる。
『速度』を活かした攻撃をすれば、首を貫通させることくらいは出来るはず…だった。
「マジか…」
私の刀は確かにジャイアントオーガの首に突き刺さった。
おそらく喉に横穴を開けているはずだ。
しかし、貫通させることは出来なかった。
それよりも、不味い事になった。
私は刀を手離し距離を取って、お母さんの元に避難する。
「刀が抜けなくなっちゃった」
そう、渾身の力で突き刺したせいで、それと同じくらいの力を使わないと抜けなくなってしまった。
「ええ?それ大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないね。刀を壊されるかも」
お母さんは心配してくれてるが、アレはどうしょうもない。
下手に近付くわけにもいかないし、万が一近付けたとしても抜けなければ意味がない。
それどころか、掴まれてそこに転がっている、潰された死体の仲間入りすることになるかも知れない。
「一応優秀な武器があるけど、人前では使いたくないんだよね」
「目立つ武器だと、どこかで情報が漏れたときに特定の材料にされるものね」
私は、駄菓子屋にあるダンジョンを隠すために、ひっそりと強くなる必要があるのだ。
そのためには、身の丈に合わない武器や、他に類似品の無い特殊な武器は人前で使いたくない。
あと、下手に魔導具を使って、変な力を出さないようにするのも気を使ってる。
「どうするの?刀が使えなくなったら大変でしょ?」
「…毒針を傷口に刺す。それくらいしか攻撃方法が無いよ」
けど、それはまたあそこまで近付かないといけない。
攻撃を躱しつつ、距離を詰めて針を刺したらすぐに逃げる。
うん、めっちゃ危険。
「ん?あ〜、刀を壊そうと…あれ?」
「抜いてる…だけ?」
どうやら、ジャイアントオーガは刀を壊す気は無いらしい。
邪魔な刀を抜き終わると、適当に放り投げやがった。
あれは私の刀なのに…
「良かったわね。危険な事しなくて済むわよ?」
「そうだね。まあ、急所を狙うには近付く必要があるから、そんなに安全ではないけどね」
とりあえず、刀を拾うまではお母さんに囮になってもらおう。
まあ、お母さんなら何も言わなくても理解してくれるはず。
ほら。私が遠回りを始めたら、首を縦に振って正面から突っ込んで…はあ!?
「え、ちょっ…お母さん!?」
「大丈夫よ!こんな奴の攻撃、目を瞑ってても避けられるわ!!」
いや…お母さんなら出来そうなのが怖い。
お母さんは、私や千夜と違って、無意識に才能を磨いてるタイプだから、何度か戦闘をすると体が勝手に覚えてる。
すごく羨ましいけど、頭を使う機会が少なくなりそうだから、欲しいとは思わない。
「ガァッ!!」
「うん、当たらない」
「ガアア!!」
「それも当たらない」
「ガアアアアアアアア!!!」
「ほんとに目を瞑ってても避けられそうね」
…色々とツッコミたいけど、後にしよう。
せっかくお母さんが囮になってくれてるんだから、背後から一突きしたい。
刀は回収済みだから、今度こそ急所を貢献する。
致命傷になりそうなのは…ん?
そう言えば、狂化状態って血流どうなってるのかな?
常にブチキレてるようなものだから、頭に血が登ってそうだけど…切るか?動脈。
それか、ポンプの役割を持ってる心臓を潰すか。
…動脈のほうが切りやすそうだし、刀が抜けなくなる、なんてことは起こらないはず。
「念の為、気配を消して…」
気配を消しながら、近くじゃないと聞こえないほどの小さな音で深呼吸をする。
血管が浮きで出てるから、狙う位置が分かりやすくていいね。
さてと…行くか。
「フゥ〜…シッ!!」
呼吸を整えた私は、さっきと同じ要領で突きを使う。
狙うはあの浮き出てる血管。
ちょうど横を向いてるから、首の表面付近を一気に抉れるはず。
私の刀がジャイアントオーガの首に到達すると、かなりの抵抗を感じながら、血管と正面の肉を削いでいった。
「よし!!」
首を切られたジャイアントオーガは、切られた部分から大量の血を吹き出す。
あんな勢いで血が流れ出したら、数分で失血死しそう。
でも、それでお母さんが満足してくれるかどうか…あっ、大丈夫そう。
「よくやったわ琴音!」
お母さんは、すごい笑顔で私を抱きしめてきた。
いや、お母さん?
まだジャイアントオーガは生きてるよ?
こんな事してたら、二人まとめて潰されて死んじゃうよ?
「後は私に任せなさい。アイツが失血死するまで殴り続けるから」
「あ、うん…気を付けてね」
そう言って、お母さんはいきなりジャイアントオーガに殴りかかり、顔を九十度回転させるほどのパンチをお見舞いした。
…お母さん怖ぁ。
◆
お母さんがジャイアントオーガの相手を始めてから、多分十分くらい経った。
結論を言うと『お母さんヤバすぎ』
何あれ?
攻撃が当たらないどころか、そもそも攻撃の動作に入った時にはもう居ないんだけど?
未来予知でもしてるの?
それとお母さんの攻撃はダメージは与えられてるみたいだけど、有効打にはなってない。
…それでもあのデカブツを殴り飛ばすのはヤバイと思うけどね。
「オラァ!!デカだけの雑魚がよぉ!!調子乗って狂化なんて使ってんじゃねえぞカスが!!」
「ガ、ガアア…」
血を流しすぎたせいで、まともに動けなくなってるのもあるけど、それ以前にお母さんの攻撃が激しすぎる。
アレ、一秒に何回殴ってんの?
一発一発にそこまでの威力は無いけど、塵も積もればなんとやら。
確実にダメージは蓄積されてる。
「ん?なんだぁ?もう死んだのかよ」
…まだ生きてはいるよ。
『かろうじて』って言葉が付くけど。
「お母さん、そろそろトドメ刺していい?」
「なんだ、まだ生きてるのか。まだ遊び足りないけど、もう使えなそうだしいいよ」
ジャイアントオーガはサンドバッグか何かですか?
いくらお母さんでは致命傷になるような攻撃が出来ないとはいえ、こうも圧倒的だと一人で良かったんじゃないかって思う。
そんな事を考えながら、ジャイアントオーガの首…脊髄がある辺りに刀を突き刺してトドメを刺す。
「これで、ジャイアントオーガは討伐完了だね」
「…あれ?普通は歓声が湧き上がる場面じゃないの?」
「お母さんがヤバすぎて、みんな絶句してるんだよ」
当然だよね。
ジャイアントオーガと素手で渡り合える化け物が、ここに居るからね。
声も出ないでしょ?
…ッ!?
「ねぇ…私、いつお替り注文したかな?」
「わんこそば方式で出てきてるんだと思うよ?」
少し離れた所を見ると、支部長を始めとした探索者達が口を開けて顔を青くしていた。
そして、お母さんと一緒に振り返ると…
「これ、何体居るんだろうね?」
「さあ?」
確実に十以上は居るであろう、ジャイアントオーガの群れが現れた。
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