第35話対スタンピード(雑魚戦)
ある避難所の近く
大量のモンスターが集まって来ており、探索者達は対応に追われていた。
「クソッ!雑魚の癖に数が多すぎるんだよ!!」
「おい!そっちに行ったぞ!!」
「チッ!」
襲いかかってくるモンスターは、どれも初心者でも倒せるような雑魚ばかりだ。
しかし、その雑魚が何百、何千と群れを成して襲いかかってくる。
彼らは五年以上探索者をしているベテランではあるが、いくらベテランでも多勢に無勢だった。
「相手は雑魚だ!!避難所に居る戦えそうな奴を呼べよ!!」
「分かった!!すぐに戻る、少し耐えてくれ!!」
避難所には戦いを経験したことのない一般人ばかりが集まっているが、探索者になりたての一般人が相手するような雑魚しか来ていないため、戦力になりそうな者を探すことになった。
「リーダー!!もう魔力が!!」
魔法使いの一人が、魔力が枯渇して魔法を使えなくなったようだ。
「チッ!お前も下がれ!!そして、避難所から使えそうな奴を連れてこい!!」
「分かったわ!」
魔法使いは避難所の中に入り、中に居る人に声をかけているようだ。
しかし、中から誰も出てこない。
当然といえば当然だ。
今の会話を一般人に当てはめれば、武器も経験も無いのに突然戦闘に参加させられるということだ。
いくら雑魚といえど、戦ったことのない一般人が化け物に立ち向かうには勇気がいる。
「クソがっ!!こんな連中放置して逃げれば良かった!!」
「リーダー!!」
「分かってる!!だが、自分では何もしようとしない無能を守るためにここまでしてるんだぞ!?少しくらいは協力しろよ!って言ってやりてぇんだよ!!」
彼は、怒りのままに剣を振る。
その一撃でかなりの数のモンスターが吹き飛んでいった。
しかし、大振りに動いたせいで、かなりの隙きが生まれてしまった。
そこに、一羽のウサギが突進してきた。
もちろん、ただのウサギではない。
額に鋭い角を持った、角ウサギだ。
角ウサギの突進をまともに受けてしまった彼は、角が深々と刺さり、血を流したいた。
「ぐぅ!!」
「リーダー!?」
リーダーの負傷。
このダメージは相当なもので、前線の崩壊と同時に他の探索者に大きな動揺を与えた。
「そんな…もうここはもう駄目だ!!」
「何を言ってるんだ!!相手は雑魚の群れ、リーダーもポーションを使えばなんとかなる!まだ希望はあ、ぐはっ!?」
錯乱した仲間を正気に戻そうとした男が、周囲の警戒を怠った事でモンスターに襲われる。
それを見た仲間が、現実から目を背けるかのように他の方向に目をやると、モンスターが吹き飛んでいるのが目に写った。
「なんだ…あれ…」
目を擦り、もう一度見てみるが、今度は別のモンスターが吹き飛ぶ。
よく見てみると、二人の女がモンスターと戦っていた。
それも、凄まじい勢いで迫りくるモンスターを薙ぎ払い、こちらへ向かって来ている。
「まさか…おい!もう少し耐えろ!!誰かがモンスターを倒しながらこっちに来てる!!」
最初は、ついに幻覚が見え始めたかと相手にされなかったが、十秒も経たずにここまで来た二人の女性を見て、幻覚でなかった事を知る。
「大丈夫ですか?必要であれば援護しますけ〜ど!!」
やって来た女性の一人が、後ろから近付いて来ていた狼型のモンスターに裏拳を放つ。
すると、狼型のモンスターは面白いほど簡単にぶっ飛んで行った。
すると、近くのモンスターを一瞬で全て切り裂い女性…というよりは少女が、女性の背中を叩く。
「お母さん、これは明らかに援護が必要でしょ。ヒーローごっこはいいから、早く手伝って」
「琴音、こういうのは雰囲気が大事なのよ。味方を鼓舞するのも重要な「説教は後にして」…分かったわ、後でゆっくりお話しましょう」
どうやら、この二人は親子のようだ。
武器が見当たらない事と、さっきモンスターを裏拳で倒していた事を考えると、この母親は格闘技でモンスターと戦っているらしい。
そして、娘の方は刀を持っている事から、おそらく剣士だと思われる。
それも、リーダー以上に強い剣士。
「すげえな。あんな剣技見たことねぇ」
「リーダー!?傷は大丈夫なのか!?」
「ポーションを使ったから大丈夫だ。それよりも、あの少女は何者だ?」
見た目は中学生のような少女。
そんな少女が自分以上の剣技を使って、あっという間にモンスターを倒してしまった。
「私の顔に何か?」
「え?いえ、何も…」
「そうですか」
少しまじまじと見すぎたようだ。
「怪我を口実に観察するか…」
リーダーは、一歩引いて少女の観察を始めた。
◆
琴音視点
「見られてる…」
「ふ〜ん?あの人ロリコンなのかな?」
「ちょっとお母さん!失礼だよ」
まあ、私もロリコンを疑ったけど…
でも、わざわざ口に出す必要はないよね?
「ほいっ!」
お母さんが私の顔の横に蹴り飛ばしてくる。
理由は分かってるから、軽く顔を傾けて避けておく。
「ちゃんと警戒しないと危ないよ?」
お母さんの蹴りは、私の後ろから襲いかかって来ていた狼型のモンスターを吹き飛ばす。
多分、頭蓋骨を砕かれて死んだね。
「警戒はしてるよ。それに、あれくらい対応出来るもん」
「ふふっ、じゃあ援護は要らない?」
「もちろん。お母さんは、自分のことに専念して。私もそうするから」
刀を振りながら後ろに振り向き、背後から襲おうとしていたモンスターを切り裂く。
チラッと後ろを見ると、お母さんが踵落としで狼の首をV字にへし折ってた。
背骨が折れて即死だろうね。
「はぁ…数が多い。でも、これを全滅させれば相当な経験値が手に入るはず」
ステータスとかは無いけど、モンスターを倒すことで得られる力、通称『経験値』は存在する。
何故そんな仕組みがあるかは謎だけど。
まあ、そもそもダンジョン自体が謎の塊だけどね。
「琴音。今から十秒測るから、どっちが多く倒せるか勝負しない?」
「いいよ。負けた方は帰りにお寿司奢るでいい?」
「へえ?じゃあ天然物を使ってる高級寿司屋に連れて行ってもらおうかな?」
天然物か…まあ、千夜を誘って肩代わりしてもらおう。
いや、勝てばいいだけの話なんだけど、保険は掛けておいた方がいいでしょ?
「琴音も天然物のお寿司食べたい?」
「いや?私は別に普通の回転寿司でいいよ。お寿司を沢山食べたいだけだから」
「ふ〜ん?せっかく海で取れる魚を食べるチャンスなのに」
「私はいつでも千夜に奢って貰えるから大丈夫」
千夜の羽振りの良さなら、天然物…海で取れる魚を買うくらい普通の事だと思う。
ちなみに、さっきから言ってる天然物というのは、海で取れる魚の事で、養殖されている魚でもダンジョンで取れる魚ではないので『天然物』と呼ばれている。
まあ、化け物が跋扈する場所で取れる物と比べれば、現世で育ったものなら『天然物』と呼んでもいいと思う。
そう言えば、千夜って今どこまで来てるんだろう?
車が使えないから走ってくるって言ってたらしいけど、東京から箱根までって結構距離あるよね。
普通、走って来られるような場所じゃないんだけど…
「じゃあ測るよ?」
おっと、もう始めるのか。
集中しないと、千夜に迷惑掛けちゃう。
「分かった」
「よし…スタート!!」
お母さんの指が、ストップウォッチを起動したスマホの画面に触れる。
すると、お母さんはモンスターに向かって本気で走り出した。
「はあっ!!」
お母さんの本気の蹴りが、またしても狼型のモンスターの首をへし折った。
…お母さん、本気で私に高級寿司屋奢らせる気なのか。
これは負けられないね。
「シッ!」
私の振った刀は、近くに居た複数のモンスターを切り裂く。
多分、四、五匹は倒せたはず。
お母さんは連撃が得意だけど、一発で一体にしか攻撃出来ない。
それに対して、私は連撃こそ出来ないものの、一回刀を振れば数体同時に倒せる。
バランスはいい感じ。
「っ!?近くにモンスターが居ない?」
辺りを見てみると、私の近くにモンスターが居なかった。
…そうか、ハメられた。
「ふふっ」
お母さんが狼狽える私を見て、不敵に笑う。
開始の合図が急だった気がしたけど、そういうことか。
私が近くのモンスターを狩り尽くして、近くからモンスターが居なくなるようにした。
「チッ」
舌打ちをしながら、出来るだけモンスターが固まっている場所に向かって走る。
もちろん、走った時の速度を使って届く範囲の全てのモンスターを攻撃する。
とにかく時間がない。
一匹でも多くモンスターを…いや、その手があったか。
私は、空間収納から糸を取り出して、魔力を流して操る。
「ん?ッ!!」
糸をお母さんの腕に巻きつけ、近くの電柱や壁、木に括りつける。
これでお母さんの動きをかなり封じられる。
あ、すごい睨まれてる。
「チッ!余計なことしやがって………あー!手が滑ったー(棒)」
「え?ッ!?」
お母さんが変なことを言い出したから、チラッと後ろを見てみたら、お母さんが割れたアスファルトを投げて来た。
プロ野球選手以上の豪速球で
「琴音。この糸を外しなさい」
「お母さんのほうが先に不正したくせに」
「なんですって?…チッ!強度が異常な上に外れないようになってる」
糸を括りつける先を複数にすることで、糸にかかる負担を分散してる。
いくらお母さんの怪力でも、無理矢理抜ける事は出来ない。
…でも、今は外しておくべきだね。
「…そうよ、それでいいの。で?」
「ここにいるモンスターを殲滅したら話す」
「分かったわ。いつでもぶん殴れるようにしとく」
あー、これは相当キレてらっしゃる。
先に不正したくせに。
…私の勘違いじゃないよね?
う〜ん…とりあえず殲滅するか。
じゃないとお母さんが更に怒りそうだし。
口を聞いてもらえなくなる前に、殲滅しとこう。
三十分後
避難所近くのモンスターは全て倒して、避難所を守っていた探索者のお礼を貰って、次の獲物を探しに歩き始めた。
「で?何が言いたいの?」
「お母さん、私の近くにモンスターが居ないのを見計らって始めたよね?」
「…なんのこと?」
…ん?
若干怪しい感じがするけど、嘘をついてるようには見えない。
やばい、私の勘違いかも。
「狙ってないんだよね?」
「もちろんよ。いくら勝ちたいからって、そんな姑息なことしないわ」
「…ごめんなさい」
はぁ…
私の勘違いだったのか。
これは、殴られるのを覚悟したほうがいいわね。
恐る恐るお母さんの顔を見ると、申し訳なさそうな顔をしたお母さんが、私を見下ろしていた。
「確かに、今思えば琴音に不利な状況だったわね。ごめんなさい、もっと周りを見るべきだったわ」
「お母さんが謝ることないよ。勝手に勘違いして、妨害したのは私なんだから」
やっぱり顔を合わせられないなぁ。
申し訳なさすぎるし、恥ずかしい。
ん?え?
急にお母さんが私のことを抱きしめてきた。
「自己嫌悪しないで。私はもう怒ってないわ」
「でも…」
「じゃあ、お詫びとして連れて行ってくれる?」
「え?…別にいいけど」
だって、元から千夜に払ってもらうつもりだったし。
「ありがとう。そうだ、琴音に不利な状況で勝負を挑んだ事のお詫びに…」
「お詫びに?」
お母さんは一呼吸置いて、優しい笑顔で
「お母さんのチューを「要らない」即答!?」
「キスするくらいなら、もう少しこのまま抱きしめて」
「…琴音もすっかり甘えん坊ね」
そう言って、お母さんは優しく頭を撫でてくれた。
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