第34話救助

「琴音、起きなさい」


スヤスヤと眠っていると、いきなりお母さんに叩き起こされた。


「なに〜?もう朝?」

「バカ。スタンピードの最中でしょ?そろそろ私達も戦闘に参加するよ?」

「…あ」


私は勢いよく起き上がると、空間収納から炭酸水を取り出してがぶ飲みする。

口と喉が炭酸の刺激でチクチクする。

目覚ましにはちょうどいい。


「千夜から連絡は?」

「さっき電話が鳴ってたから出てあげた。許可が降りたから来てくれるらしいわ。まあ、車も公共交通機関も止ってるから、走ってくるらしいけど」

「じゃあ、それまで耐えればいいのか」


千夜が来てくれるなら安心だ。

あのクソでかいオーガも、千夜が相手では無力。

刀を一回振るだけで、いくつもの首が飛ぶだろうね。


「とりあえず、私達は避難し遅れた住民の捜索、救助をしてほしいって言われてるわ。北側に住んでる筈の人達がほとんど来てないらしいよ」

「つまり、北側を重点的に探せばいいわけ?」

「そうね。救助活動は時間との勝負。今すぐ探しに行くわよ」


そう言って、お母さんは私の手を引いて組合の外に出た。









組合を出て二十分。

早くも逃げ遅れた住人を見つけた。


「お婆ちゃん、歩ける?背負って行きましょうか?」

「じゃあ、お願いしてもいいかね?」

「任せてください。琴音、警戒とモンスターの対応をお願い」


一軒家に隠れていた、見た感じ八十代くらいのお婆ちゃん。

どうやら、足が不自由らしく、逃げられなかったようだ。

お母さんが、お婆ちゃんに背負って、家から出る。

外にモンスターは居ない事を、気配探知で確認済み。


「行きましょう」

「うん」


避難所の位置は覚えてる。

一応、地図は頭に入れてあるけど、モンスターや倒れた電柱等を警戒しながら進む。

まあ、この辺りはモンスターが来てないから、その心配はないと思うけど。


「最近のお嬢さんは力持ちだねぇ」

「ふふっ、お嬢さんですか。私はこれでも四十代なんですよ?もう、お嬢さんだなんて歳じゃないですよ」

「そうかい?私の半分程度しか生きてないんだ。お嬢さんだと思うがねぇ?」


なんとも呑気なお婆ちゃんだ。

スタンダードが怖くないのか?

ちょっと聞いてみるか…


「お婆ちゃんは、スタンピードが怖くないの?」

「今起こってるこれの事かい?怖くないね。私はもうずいぶん長生きした。夫が死んでそろそろ二十年は経つだろうね。私もそろそろあっちに行かないと、あの世で浮気してるかも知れないねぇ」

「そうですか…」

「死ぬのは怖くないよ。ただ、死ぬ前にもう一度初日の出を見たいねぇ」


旦那さんに先立たれて二十年。

やっぱり寂しかったのかな?


「ちっこいお嬢さん。あんた、探索者だろ?」

「はい、そうですね」

「ボケの始まった老人からのアドバイスをしてあげよう。無茶はしていい、ただ死に急ぐような真似はするな。あんたには未来があるんだから」


お婆ちゃんの言葉は、とてもボケているとは思えないようなものだった。

否定はしないが、私の身をあんじてくれている。

とても、優しいアドバイスだった。


「わかりました。でも、私は死にたくないので、死に急ぐようなことも、無茶もしませんよ」

「そうかい?なら、後で私の家に来てくれないかい?渡したい物があるのさ」

「渡したい物?っ!!また後で聞きますね。お母さん」

「わかったわ」


私は、近くにモンスターの気配を感じ、お母さんに後ろに下がるように言う。

まあ、『お母さん』と呼んだだけで、意味は理解してもらえたけど。

少し進むと、三匹のゴブリンが現れた。

ノーマルの雑魚ゴブリンが三匹。

私の敵じゃない。

手に持っていた刀を抜き、三匹まとめて首を切り飛ばす。


「お見事」

「えっ?あ、ありがとうございます」


何故かお婆ちゃん褒められた。

でも、やっぱり褒められるのって嬉しいね。

これからもっと強くなって、千夜みたいにチヤホヤ…フフフ。


「珍しく琴音が照れてる…」

「…避難所行くよ」


はぁ〜

お母さんに現実に引き戻された。

いくらいい母親を目指してるとはいえ、子供を妄想の世界から引きずり下ろす所まで、母親らしくならなくていいのに。

後でアイス買ってもらおう。

いや、お寿司ご馳走してもらおうかな?

回転寿司でいいから、お腹いっぱいサーモンが食べたい。

出来れば海で取れる方のサーモンを食べたい。

最近はダンジョン産のサーモンが大量に出回ってるから、天然、養殖のサーモンはかなり高くなってる。

というか、今どきスーパーに並んでる商品の殆どがダンジョン産。

米も麦も芋も大豆も野菜も肉も魚もお茶もコーヒーもみーーーーんなダンジョン産。

そのせいで、『日本は食品を輸入依存からダンジョン依存に切り替えた』なんて言われてる。

はぁ…天然物が食べたい。


「琴音、どこ行くの?」

「え?もう避難所?」


お母さんへの愚痴と、日本のダンジョン依存への愚痴を心の中に溜め込んでいる間に、いつの間にか避難所に着いていた。

お母さんはゆっくりお婆ちゃんを下ろすと、避難所の管理者さん(?)に引き渡した。


「他にも逃げ遅れた人を連れてくると思うので、また増えるかもと思っておいてください」


お母さん、避難所なんだから、流石にそれくらい想定してると思うよ?

お婆ちゃんは何か言いたそうだっけど、奥から来たおばさん達に連れて行かれた。

まあ、ボケが始まってそうなお婆ちゃんを、こんな危険な所には放置出来ないけど…


「琴音、次を探しに行くわよ」

「言われなくてもわかってるよ。私はいつでも行ける」


すると、お母さんは何故か不満そうな顔をした後、


「多分、また来ます」


そう言って、私を引っ張って走り出した。

…え?

いや、さっきの発言のどこに怒らせるような要素があったんだ?

私の態度が悪かったとか?

それくらいしか無いし、多分私の態度が気に入らなかったんだろうね。


「ごめんなさい」


とりあえず謝っておく。

例え別のことで怒ってたとしても、ごめんなさいは通じるはず。


「謝らなくてもいいわよ。ちょっとイラッとして、いつもの癖で顔歪めちゃっただけだから」

「いつもの癖?…仲悪かった時の?」

「そうよ。まだ溝があるみたいね」


溝というよりは、お母さんが短気なだけな気がするのは私の気のせいだろうか?

ちょっとバカにしたら、分かりやすく不機嫌になるからね。

これから救助に行くのに、こんな調子で大丈夫かな?

余計な心配させないといいけど。

私は、そんな不安を抱きながら救助活動を再開した。









避難所

あれから多分一時間半くらい経った。

周辺の人は全員避難したようだった。


「今思えば、たった二人で救助活動させるとか、組合は何してるんだか」


避難所周辺の人は、私達“二人で”全員救助した。

そう、たった二人で。


「警察とか消防がやってくれると思ってたんじゃない?事実、警察官と消防士が総出で避難誘導と救助活動してるみたいだし」

「だからって…せめて十人くらいは参加させてほしかったんだけど」


たった二人だと、形だけ救助活動してますよ感が半端じゃない。

それに、救助活動と言っても逃げ遅れた老人を数人運んだだけの仕事だった。

その仕事も、警察と消防とボランティアの人が殆ど終わらせてる。

…戦闘に参加するか?


「あの鬼ぶっ飛ばしに行く?」

「いいわね。救助活動しに来ました~って言って、鬼とかのモンスターを狩りに行きましょう」


狩り、か。

お母さんからすれば、あのモンスター達は“敵”ではなく“獲物”なのか。

普段、耳にタコができるほど私に『慢心するな』って言う割には、お母さんのほうがよっぽど慢心してる。


「さあ、私達も戦闘に参加しましょう。サラッとゴブリンを蹴散らしたりするくらいなら許されるでしょ」

「いや、あっちの作戦は千夜が来るまで耐えるだと思うけど…」

「大丈夫よ。迷惑をかけなければいいんだから」


いや、お母さんそんなに戦いたいの?

どっかの『オラワクワクすっぞ』って言ってる戦闘民族レベルで好戦的なんだけど。

まあ、私も強くなるチャンスって考えてるけどさ。


「なに?琴音が言い出した事でしょ?早く行きましょう」

「…そうだね。ちょっとくらいなら安心暴れても文句言われないよね」


これは私が言い出したことだ。

私が乗り気じゃないのはおかしい。

それに、雑魚を蹴散らすくらいなら迷惑にはならないはず。

よし、私達もカチコチに行こう!!

こうして、一段落した救助活動を放置して、戦闘をしに向かった。



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