第33話スタンピード

箱根探索者組合


「それは本当なのか?」

「確証はないけど、大きな魔力の気配を感じてからすぐにモンスターが現れたからね。近くにダンジョンがあるのは確かだよ」

「そうか…」


山を下りて、組合にやって来た私は、たまたま出てきていた支部長にダンジョンの事を話す。

支部長は頭を抱えて、状況を話してくれた。


「下田で『スタンピード』発生したらしい。しかも、レベル4の大災害クラスだそうだ」


『スタンピード』

不定期に発生し、ダンジョン外部に大量のモンスターを放出するダンジョン災害だ。

スタンダードの規模にはレベルが振り分けられており、1から5まである。

また、他のダンジョンにスタンピードが拡散する可能性があり、その可能性はレベルが高いほど拡散しやすくなる。


「なるほどね。周辺のダンジョンに波紋が広がって、ここまでスタンピードの波が来たのね」

「ああ。幸い、スタンピードが発生したのは初心者向けダンジョンだった為に、中級ダンジョンには拡散しなかった。まさに、不幸中の幸いだ」


スタンピードは、基本的に発生したダンジョンよりも難易度の高いダンジョンには拡散しにくいという特性があり、初心者向けダンジョンで発生したということは、下級ダンジョンにしか拡散しない。

しかし、いくら下級ダンジョンといえどレベル4のスタンピード。

放出されるモンスターの量が多いため、バカには出来ない。


「もし、周辺の探索者だけでは手が足りなくなったら、私が強力な助っ人を呼べるけど?」

「強力な助っ人?誰だそれは?」

「あっちの戦力の都合もあるだろうけど、『英雄候補者』を引っ張ってくるよ」

「なんだと!?」


組合に居た誰もが目を見開き、支部長が肩に手を置いて怒気迫る表情で声を荒げる。


「君にはそんなコネがあるのか!?一体誰を呼べるんだ!?」

「ふふっ、今は東京に居る探索者。『剣聖』の名を持つ『神科千夜』を呼び出せるよ」


私の言葉に、組合に静寂に訪れる。

千夜は全国的に有名な『英雄候補者』だ。

当然の反応だろう。


「それは…本当なのか?」

「本当だよ。私の名前を言えばわかるかな?私は、『神条琴音』って言うんだよ」


支部長は斜め上を見て、その名前が該当する人物を探す。


「まさか…『剣聖の天敵』か!?」

「やっぱり、その不名誉な言い方をされるんだね…」

「ああ、すまない。これが世間的に有名呼び方だからな」


支部長が大声で言ったせいで、あちこちでヒソヒソと話す声が聞える。

なんだろう、なんか腹立つ。

ちゃんと面と向かって言えや。


「ちなみに、今すぐ呼べたりするのか?」

「あっちの戦力の都合もあるからね。まあ、東京には強力な探索者がいっぱい居るから、一人くらい離れた所で問題ないと思うけど」

「そうか…一応確認を取っておいてくれ、いざという時の保険にしたい」

「了解。ただ、いくら千夜でも本部の命令には逆らえないから、最悪は想定しておいてね」


私はそう言って、千夜に電話をかける。

しかし、誰かと通話しているか、電源を切っているか、空間収納に入れているかで、繋がらなかった。


「困ったね…電話が繋がらない」

「そうか…今は非常時だ、回線が混み合ってるんだろう」

「チッ!私も念話が使えれば、こんな事にはならなかったのに…」

「仕方ないさ。それよりも、その山奥ダンジョンは放置してるのか?」


支部長の言葉に、私は大切な事を思い出した。


「そうだ!!今、廃村でお母さんがモンスターの相手をしてるんだった!!」

「なんだって!?それは、何人で抑えてるんだ?」

「お母さん一人だよ。私が見たときはホブゴブリンだけだったから、お母さん一人でも問題ないけど、それ以上は…」


すると、支部長が顔をしかめて、


「悪いが、すぐには援護は出来ない。箱根はダンジョンが少ない上に、下級や初心者向けダンジョンが少ないんだ。そのせいで、探索者の数が少なくてな…戦力がギリギリなんだ」

「そうですか…じゃあ、私はお母さんを迎えに行きます。他のダンジョンの事は任せます」

「しかし、一人で行くのは危険だ。いくら『剣聖の天敵』でも、子供を一人で行かせるわけには…」


コイツ、私のこと舐めてるな。

下級ダンジョンのスタンピードなら、私だって十分戦力になる。

それに、お母さんを一人には出来ない。

すると、服を赤く染めた男性が前に出る。


「俺が一緒に行く」


小村さんだ。


「君は…確かに大人だし、一般人よりは戦力になるだろうが、探索者ではないだろう」

「俺は探索者じゃねえが、それがなんだって言うんだ?姐さんは俺の命の恩人にして、俺が世界一尊敬する人だ。そんな人が危険な状況なのに、何もしなねえ分けにはいかねえだろ!!」


小村さんの決意を目の当たりにした支部長は、真剣な眼差しで小村さんに睨み、


「死ぬかもしれないぞ?」


脅すように低い声で確認する。

しかし、小村さんは鼻で笑って一蹴する。


「フッ、俺が死ぬ?そんな身勝手な事するわけねえだろ。俺には帰りを待つ仲間が居るんだ、そいつ等を残して死ぬわけにはいかねえ。それに、一般人を舐めるなよ?探索者様方」


すると、支部長は嬉しそうに笑って、


「そうだな。恩人さんを救ってこい。そして、生きて帰ってこい」


支部長の激励を受けた小村さんは、私の背中を押して組合の外に向かう。

すると、支部長が小村さんの背中に声をかける。


「生きて帰ってきたら、探索者登録をしてもらうぞ。いつまでも魔力持ちを放置するわけにもいかんからな」

「わかってるさ。正式にダンジョンに潜るよ」


…小村さんは、登録せずにダンジョンに潜った事があるのかな?

言い方的にそういうふうに聞えるんだけど。

まあ、わざわざ掘り下げるような事でもないし、気にしなくていっか。

私は、小村さんに廃村まで送ってもらった。








組合を出発して数分

小村さんが心配そうに話し掛けてきた。


「なあ、今からでも誰か呼んだ方がいいか?」

「バイクの事?」

「ああ。これじゃあ、姐さんを乗せられねえだろ」


なんだ、そんな心配か。

別にそんな事なら問題ないね。


「大丈夫ですよ。お母さんと私は走って戻るので。まあ、万が一お母さんが怪我してても、私が背負って運ぶので問題ないですよ」

「いや、走って逃げられるのか?」

「もちろん。よほど速度に特化したモンスターでも出ない限り、私達には追いつけないから」


あの場にホブゴブリンしか居ないのなら、問題なく走って逃げられる。

今は逃げる時の心配よりも、お母さんの状況の方が心配だ。

多少怪我はしてても、戦えてるなら問題はないけど、一方的にやられてるようだと…

私は、お母さんの無事を祈りながら、小村さんにしがみついていた。

そして、更に十分ほど経った頃、山の麓に複数の人影が見えた。


「あれは…姐さんとゴブリン共じゃねえか!!」

「えっ!?小村さん!全速力でゴブリンに突っ込んで下さい!!」

「わかった!!琴音ちゃんは先に降りろよ!!」


小村さんは、一気に速度を上げて比較的外側に居るゴブリンに向かって走る。

バイクの音に気付いたお母さんが、意図を理解してゴブリンから距離を取る。

それを待っていたと言わんばかりに、バイクの速度が更に上昇する。

これ以上加速しているときに降りるのは危険か…

私はバイクから飛び降りると、ダンジョンで鍛えられた身体能力を使って体勢を整え、お母さんに向かって走る。


「うおおおおおおおおおおお!!!」


小村さんが雄叫びを上げながら、車体を横に向け飛び降りる。

バイクは回転しながら進行方向にいるゴブリンを巻き込んで吹き飛ぶ。

五、六匹は殺れたか…

一般人が、ホブゴブリンを一度に五、六匹倒すなんて、大戦果も良いところだ。

しかし、その代償は小さく無かった。


「小村ぁぁ!!」


軽く百キロは超えているであろう速度で身を放り投げれば、最悪大怪我どころでは済まない。

その証拠に、小村さんは地面に叩きつけられ、アスファルトの上を何度も跳ねながら回転した。

服はボロボロになっており、所々血が出ているのがわかった。


「琴音!!ポーションを!!」

「今渡す!!それと、お母さんの状態は!?」

「私は大丈夫だ!傷一つついてねぇよ!!」


良かった。

流石はお母さん、あの程度の数のホブゴブリンが相手なら傷一つつかないのか。

それよりも、今は小村さんの治療のほうが大事だ。

幸い、千夜から貰ったポーションがまだまだある。

それを使えば…っ!?


「お母さん!!」

「わかってる!!」


嫌な気配を感じた私はすぐに叫ぶが、お母さんは言われなくともわかっていたらしい。

すぐに小村さんを担ぎ、全力で走り出す。

その時、


「オオオオオオオオォォォォォ!!!!」


山の方から、腹の底まで響き渡るような、とてつもなく重たい雄叫びが箱根に響いた。

それが何かはわからない。

しかし、私とお母さんが本気を出しても、良くて五分五分の怪物が現れた事はわかった。


「クソッ!!あんな化け物が居るなんて…琴音の迎えが遅かったら、私は死んでたかもな!!」

「冗談言ってる場合か!!アレは下手したら私達より速い!死ぬ気で走れ!!」

「おいおい琴音。いつから私に命令出来るようになったんだ?ええ?」

「チッ!」


こんな時に喧嘩なんてしてられない!!

私が我慢するしかないか…

私が後ろを見ると、一軒家と同じ高さがありそうな、二本の角を持つ化け物が居た。


「オーガか…にしてはデカすぎる。上位種のジャイアントオーガか?」

「ジャイアントオーガ?それって、下級最上位のボスモンスターじゃねぇか!!クソ無能の組合め…あんな化け物の出るダンジョンを放置しやがって!!」


珍しく、お母さんの口調が荒れてる。

これは…前線に放置しすぎたか?

それか、あの化け物の登場に、生存本能が刺激されて荒れてるか。

どちらにせよ、普通の状態じゃないのは確かだね。


「どうする琴音。あの化け物に勝てる戦力が、この街に居ると思う?」

「居てほしいけど…ん?」


お母さんの質問に答えようとした時、ポケットに入れていたスマホが震えた。

電話か…相手は…!!

私は画面に表示された文字列を見て、すぐに電話に出る。


「もしもし千夜?今ピンチなんだけど、そっちの状態はどう?戦力が足りてるなら今すぐに箱根に来てほしいんだけど!!」


私は、喋る隙きを与えないで、早口でまくしたてる。


『え?え?箱根?戦力に関しては、多分問題ないよ。でも、本部の許可を「じゃあ来て!!」…許可が降りたら連絡する。まあ、行けると思うよ。それまで耐えて』

「わかった。全速力で箱根に来て!!」


そう言って、すぐに電話を切る。


「へえ?天下の『英雄候補者』様が来てくれると…それなら問題なさそうだ」

「問題大ありだよ!千夜が来るまで、ここの戦力と私達だけで耐えないといけないんだから。それに、絶対来れるってわけでもないみたいだし」


とにかく、今は組合に戻らないと。

幸い、何故かオーガは追ってきてない。

それに、ホブゴブリンもオーガの周りに集まって、私達には興味が無いかのように振る舞っている。

罠だったとしても、組合という拠点に戻るべきだ。


「支部長に千夜と電話が繋がった事を伝えて、持久戦の準備をしてもらわないと」


私とお母さんは、途中何度か休憩を挟みながら組合にたどり着き、事情を説明した。

その辺りで、どっと疲れが湧いてきて、相談室でお母さんと一緒に寝てしまった。

しかし、お陰で体力を回復させることは出来た。

けど、戦闘に備えてもう少しだけ寝ることにした。

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