第31話出発
「ありがとうございます!この御恩は一生忘れません!!」
私達を襲撃したクソ野郎が開放された。
小村さんが、毒消しとポーションを使ったあと、アイツの拘束を解いたのだ。
まあ、ミスリル鋼糸の拘束は私が外したけど。
「飴と鞭って、こんな感じなのかしら?」
「さあ?鞭が強すぎて、米粒でも飴に感じられるんじゃない?」
「まったく。琴音は、いつもやり過ぎなのよ」
いつもじゃないと思うけど…
確かに私はやり過ぎる事もあるよ?
いくら鬱陶しいからって、二階から不良を突き落としたのは不味かった。
いくらイラッと来たからって、服も下着も燃やしたのは不味かった。
いくらキモかったからって、手を握り潰したのは不味かった。
…うん、私ろくな事してないね。
「お母さん、アイツ逃して良かったのかな?」
「なに?まだ拷問したりないの?」
「いや、そうじゃなくて…私達の情報が漏れるでしょ。銃を使っての奇襲にも対応してきたとか。針と毒を扱うとか。気付いてるかどうか知らないけど、ミスリル鋼糸の事とか。バレたら不味い事が沢山あるよ?」
主に、私の力はバレると不味い。
毒を生み出せる魔導具は、それなりに深い所じゃないと出てこない。
それも、自分の意図した毒を作成出来る魔導具なんて、上級ダンジョンでもないと出てこないらしい。
それが何処からか漏れて、組合に聞かれたら不味い。
「大丈夫でしょ。軽いトラウマになってるだろうから、思い出したくないと思うよ?」
「そうかなぁ」
どうしよう、消したほうがいいのかな?
安全性を考えると、アイツは消してしまった方がいい。
けど、処分が大変だ。
肉体を処分するだけなら問題ない。
ダンジョンにでも放り込めばいい。
しかし、情報の処理は違う。
アイツを見た人全員が証人になり、パズルのピースのように一人一人の証言がハマっていくと、完成したパズルに私が浮かび上がる。
「琴音」
「なに?」
「犯罪者になるような事はしないでね?」
…はぁ
お母さんはお見通しだったのか。
「じゃあ、さっきやってた事は犯罪じゃないの?」
「まあ…犯罪だけど。でも、これ以上罪を重ねることもないでしょ?」
「…わかった。変なことはしないよ」
はぁ、これからは、押入れのダンジョンを隠す事に全力を注がないと。
あのダンジョンは、お婆ちゃんが遺してくれたもの。
私のために、死ぬまでナイショにし続けた、大事なダンジョン。
アレは、誰にも渡さない。
もし、私のダンジョンを狙おうものなら、例え国家権力が相手でも戦う。
絶対に私の店には近寄らせない。
「姐さん、少し相談したいことが」
クソ野郎を送り出した小村さんが戻ってきて、お母さんに相談に来た。
「裏切り者のことか?」
「はい。決戦は今夜、奇襲が出来ないのは残念ですが、許容範囲内です。問題は、抗争に背後から攻撃されることなんですよ」
「…今更どうやってあぶり出す?そんな時間はどこにもないでしょう。だから、背後からの攻撃を警戒しながら戦う。出来ることはそれしかない」
お母さんって、人が深刻に考えてても、特に気にせず踏み込んで行きそう。
すると、突然お母さんが睨んできた。
「えっ!?ど、どうしたの、お母さん?」
「今、余計なこと考えてなかった?」
「そ、そんな事ないよ。ただ、ちょっと適当だなぁーって思っただけだから!」
あっ、これ絶対信じてないね。
目がもうアレだから。
というか、お母さんの直感鋭すぎ。
戦闘では、先読みレベルで攻撃を回避してるし、日常生活だと、心読まれてるみたいに感じる。
神通力でも使えるんじゃないかな?
「琴音、正直に話したら許してあげるわよ?」
「…お母さんって、人が深刻に考えてても、気にせず踏み込んで行きそうだなぁ、って考えてました」
「素直でよろしい。それと、私はそこまで無神経じゃないよ」
軽く頬をつねられた。
今、軽くって言ったけど、ダンジョンで強化された握力があるから、普通に痛い。
一般人が本気でつねってきたら、多分こんな感じなんだろうなぁ。
「さて、じゃあ夜になるまで、小村の家でゴロゴロしてましょう」
「え?抗争の準備とかは?」
「準備するようなものあるの?」
そうだった。
別に、ダンジョンに行くわけじゃないんだから、装備を整える必要はない。
…お母さんは、ダンジョンでもアームウォーマー?みたいなのしかつけてないけどね。
「じゃあ、家に行きましょう。小村、抗争の準備は任せた」
「大丈夫です。今回のコレは、俺達が主催なので、元からそのつもりですよ」
やっぱり小村さんは優しいなぁ。
うちのお母さんとは大違いだよ。
何か準備するときも、他の人に押し付けてダラダラしてるからね。
…おっと、そろそろお母さんに怒られる。
余計なことは考えてませんよ〜
「はぁ…夜ご飯用意してあげないよ?」
「えぇ〜?せっかく二人で食事できる機会なのに?」
「うっ!痛いところ突いてくるじゃない」
そんな会話をしながら、私達は倉庫を出た。
…途中、羨望の視線を感じたけど、気付かなかったことにした。
◆
夜九時
倉庫の前には、何十台ものバイクが集まっていた。
抗争前に、集会を開いているのだ。
小村さんが簡易的な壇上立ち、声を張り上げる。
「これから『
小村さんの言葉動揺が走る。
「アイツらは銃を持ってるのか?」
「下手したら死人が出るぞ?」
「ここで、行くか行かないかの最終確認をするんだろ。もちろん、俺は行くぜ!」
「何かっこつけてんだよ!ここまで来て、引き返す奴がいるかよ!」
「そうだそうだ。ここに居るのは、命がけで喧嘩しに行く奴らだぜ?今更銃くらいでビビるかよ!」
どうやら、私が感じた動揺は、勘違いだったらしい。
ここに居る全員が、まったく銃に臆していない。
『命がけで喧嘩しに行く』か…良いこと言うじゃない。
そう言えば、木村君の姿が見当たらない。
流石に今回の抗争には参加しないか…それか、木村君が…流石にそれはないか。
「よし!やる気は十分だな!!じゃあ、俺についてこい!!」
「「「「「「ウオォーー!!!」」」」」」
小村さんが拳を突き上げると、集まった構成員達も雄叫びを上げながら拳を突き上げる。
熱気が凄い。
「凄いやる気ね。これは面白い事になりそうだ」
お母さんが、早くもワクワクしている。
そんなに戦いたいなら、今からでもダンジョンに行けばいいのに。
そんな事を考えていると、次々とバイクが出発していく。
「お母さん、一応最後尾を走るんだよね?」
「そうね。これは『
「ふ〜ん?じゃあ、あんまり暴れないんだ?」
意外だ。お母さんが、抗争レベルの喧嘩で前に出て暴れないなんて。
「そうよ、今日はあんまり暴れない。やるとしたら、銃持ちの相手をしたり、軽く蹴散らしたりするくらい」
「軽く…?」
「…琴音」
不味い、怒らせちゃったかも。
どうしよう、こんな時に親子喧嘩なんてしてられないんだけどなぁ。
…そうだ!
「っ!?こ、琴音?」
私は、目をうるうるさせながら、上目遣いをする。
こればっかりは、低身長に感謝するしかないね。
「お母さん、悪気はなかったの」
「ふぅ〜…あー、うん。琴音、別にそこまで怒ってないから大丈夫よ」
ふふっ、自分で言うのもなんだけど、美少女の上目遣いは強いね。
あのお母さんが、目を合わせないなんて。
…もうひと押ししてみよう。
「…お母さん」
「なに?」
「ごめんなさい」
「〜ッ!!琴音!その顔止めて!!」
ありゃ?刺激が強すぎたかな?
顔を真っ赤にしたお母さんが、そっぽを向いて怒ってきた。
…今度から、喧嘩になりそうなときはこうしよう。
「お母さん、この顔そんなに嫌だった?」
「嫌というか…凄く抱きしめたくなるの。あっ、そろそろ私達も出発する時間ね。ほら、この話は後でしましょう」
「…逃げたね」
お母さんは、私をバイクに乗せると、最後尾を走った。
う〜ん…遅いなぁ。
もっとこう、風を切って進む感じが楽しいのに。
私も早く大型二輪に乗れるようになりたい。
…その頃には、身長が伸びてるといいけど。
「お母さん、どれくらいで着くのかな?」
「さあ?この速度だと、結構時間が掛かりそうね」
「はぁ…暴走族って言う割には、大したことないね」
すると、お母さんはクスクス笑って、
「やっぱり、琴音は私の娘ね」
と言ってきた。
まあ、バイクは好きだけどさ。
というか、これもある意味お母さんの教育の賜物だね。
…世間的には、良いとは言えないけど。
「お金も貯まって、琴音も新しいバイクを買えたら、二人で日本一周ツーリングとかしてみたいわね」
「いいねそれ。…でも、やっぱりお父さんは除け者になるんだね」
「そりゃあそうでしょ。あの人バイクに乗れないもん」
お父さんは、昔原付バイクで事故ってから、一度もバイクに乗ってない。
お母さんが運転すると言っても、『琴歌の運転は荒すぎるから無理』という。
「琴音でも、普通二輪くらいなら乗れるんじゃない?」
「…なに?私の低身長馬鹿にしてる?」
「馬鹿にしてないよ。事実を言っただけ」
なんか腹立つなぁ。
でも、下手にちょっかいかけて事故になったら大変だから、また今度にしよう。
その時、妙な気配を感じた。
「ん?」
あたりを見回したり、気配を探ってみたが、何も見つからなかった。
「気のせいか?」
「どうしたの?何か見つけた?」
「いや、変な気配を感じたから…まあ、一瞬変なのを感じただけなんだけど」
そう言えば、昨日異常な魔力波を感じてたね。
もしかしたら、ダンジョンから何か出てきたか?
後で調べてみるか。
その後、一応警戒しながら半グレの拠点に向かった。
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