第29話抗争前に…
翌日
いつも通りの時間に起きると、隣でお母さんがスヤスヤ寝ていた。
まあ、朝の五時だからね。
それに、お母さんは昨日色々と頑張ってたし、お酒も飲んでた。
起こさないよう、そーっと布団から出よう。
「…」
私は、ゆっくりと体を布団の中から出す。
腕を出して、身体を引っ張りながら、足を一本ずつ出していく。
「う〜ん…」
「っ!?」
不味い…起こしちゃったかな?
お母さんは、睡眠を邪魔されるとかなり不機嫌になる。
だから、お母さんと一緒に寝るときは、かなり気を使う。
私が警戒していたが、お母さんが起きることはなかった。
「よかった…」
布団から出ることは出来た。
後は、出来るだけ足音を立てずに部屋を出るだけ…そうだ、指輪と仮面を使って歩けば、足音なんか出ないはず。
指輪の力で足音を隠蔽し、百面で気配を消す。
「よし…足音は出てないね」
足音が出てない事を確認した私は、ドアノブに手をかけた。
その時、
「琴音…?」
お母さんが起き上がり、私を探す。
…いや、指輪を気配隠蔽に使って、仮面で姿を隠せばバレずに逃げられるはず。
「琴音、出ておいで。そこに居るのはわかってるのよ」
お母さんは、私が居る方向に指を指して、私の名前を呼ぶ。
それどころか、目があってる。
「そんな…どうして気付いたの?」
「女の勘よ。気配や姿は見えなくても、なんとなくわかるわ」
…それが出来たら、誰も苦労しないんだけど。
いや、魔導具は指輪と仮面しか使ってないから、それくらいなら直感でわかるのか…だとしても、勘が鋭すぎるけどね。
「琴音、こっちにおいで」
「え?なに?」
「いいからいいから。とりあえず、私の隣に来て」
お母さんが、私を手招きしてくるので、隣に座りに行く。
私が隣に座ると、お母さんは私を抱きしめて、そのまま布団に倒れ込む。
「まだまだこんな時間よ?一緒にゆっくりしましょう」
「…そうだね。お母さんと一緒に居るよ」
どうせ今日は休みだし、わざわざ早起きする必要もないか。
それに、今夜は忙しくなる。
今の内に、ゆっくり休んでおこう。
「お母さん、私も抱きついていい?」
「良いわよ。むしろ、もっと来てほしいのよ?」
「それは…恥ずかしいから無理かな」
何度も抱きつきにいくのは恥ずかしいけど、ちょっとくらないら…
私が抱きつくと、お母さんは寂しそうに頭を撫でてくれた。
「ごめんなさい、本当ならもっと小さい時にこうするべきだったのに…」
お母さんは、私以上に昔のことを気にしてる。
何度も喧嘩して、何度も嫌いと言って、何度もすれ違ってきた。
私は子供だからワガママを言えたけど、お母さんはそうはいかない。
お母さんは大人だし、母親だ。
それなのに、ワガママを言って私を傷付けてきた。
「琴音は、今でもお母さんの事が嫌いだよね?」
「全然」
「だよね…え?」
よくよく考えてみれば、お母さんが優しくなってから、ずいぶん仲良くなった気がする。
「私は、今の優しいお母さんが好きだよ。喧嘩することはあるけど、最近はお母さんと一緒に居ると安心するし、その…甘えたくなるんだよね」
「琴音…」
「でも、私はもう十六だし、お母さんだってそんな歳じゃないし…その、恥ずかしいから甘えられないけど、誰も居なところなら、ちょっとくらいは甘えたいかな」
すると、お母さんが私を抱き寄せて、その見事に実った胸に私の頭を押し当ててきた。
…なんだろう、強い安心感と一緒に、それと同じくらい強い敗北感を感じる。
「琴音、無理しないでね。何度も言うけど、私が母親を名乗るなんて今更だけど、私は紛れもなく琴音のお母さんだから。苦しい時はいつでも呼んで」
呼ぶ?
ああ、店の奥なら誰も入ってこないからか。
「店の奥なら、誰にも見られないってこと?」
「ふふっ、本当に琴音は理解が早いわね。いつでもこうしてあげるわ」
「うん…でも、これは落ち着くけど、それと同じくらい別の所が傷付くからいいかな」
本当、お母さんは羨ましい体型をしてるよ。
背が高くて、くびれがあって、脚もかなり細いし。
それに、世の男共が二度見しそうな大きな胸。
服装のことも考えると、撮影中のモデルみたいだ。
はぁ、妬けるなぁ…
「もしかして、また体型のこと気にしてる?」
「気にするよ!お母さんはこんなに美人なのに、私は合法ロリみたいな体型だもん!!まだ十六だけど」
すると、お母さんは私のことを脚まで使って抱きしめてきた。
「なっ、何してるの!?」
「はぁ〜!琴音はほんとに可愛いわねぇ〜」
「なっ!?お母さんまで私のことを子供扱いして!!」
私がお母さんを引き剥がそうと暴れると、お母さんは更に力を入れて抱きついてくる。
そして、また引き剥がそうと暴れたせいで、朝っぱらからドタバタと大きな音を立てた。
「ちょっと、近所迷惑だから止めなさい」
「じゃあお母さんも離してよ!!お母さんが離れてくれたら、私も大人しくするからさ」
しかし、お母さんは無視して一向に私から離れようとしない。
業を煮やした私が、思いっきり身体を振ると、床が『ミシミシミシ!!』っと、明らかにヤバい音を出した。
私とお母さんはすぐに離れて、布団をひっくり返す。
床が歪んでないか確認するためだ。
すると、この部屋のドアがノックされて、外から声が掛かる。
「朝から元気ですね。元気なのはいいですが、この家の床は脆いのであまり暴れないで下さいね?」
それだけ言うと、小村さんは部屋の前から去っていった。
「「…」」
小村さんが去っていった後、私とお母さんは顔を合わせられなくなった。
ちなみに、ペンキを塗ったくらい顔が赤くなってる。
「お母さん」
「なに?」
「大人しくしてよっか」
「そうね」
ここは、自分の家ではなく人の家。
それも、少し暴れると床が抜けそうなほど古くて脆い家だ。
そんな家が、しっかり防音対策されているわけがない。
私達は、防音対策のしっかりしていないであろう他人の家で、あんなことを言っていたのだ。
恥ずかしすぎて、顔が合わせられなくなった。
◆
時間は進んで午後三時
ちょうどおやつタイムなので、近くの和菓子屋で買ってきたどら焼きを、お母さんと一緒に頬張っていた。
「琴音、話長過ぎない?」
「楽しくなってつい…」
和菓子屋に行ったとき、店番をしていたお婆さんと、一時間近く話していた。
我慢できなくなったお母さんが、私の脳天に拳を振り下ろしてきて、半分喧嘩しながら店を出るまでずっと話していた。
「にしても、どら焼きって美味しいわね。どこかの青ダヌキの好物になるのも納得ね」
「お母さん、私の分まで食べるつもりじゃないよね?もう3つ目だよ?」
「大丈夫。食べたくなったら、お父さんの分を減らすから」
あらら、当然っちゃ当然なんだけど、うちのお父さんの扱いが酷すぎる件。
娘からは顔を見られただけで嫌な顔するし、妻からは『もう少し慎重に選ぶべきだった』と言われる始末。
そして、不思議と可哀想とは思わない。
まあ、しょうがないよね?
血の繋がった娘じゃなかったら、相手にすらされてなかっただろうし。
お母さんが元ヤンじゃなかったら、普通に浮気してただろうし。
…うん、しょうがない。しょうがない。
「お父さん、今何してるのかな?」
「仕事でしょ?あんな人でも、大企業のエリートサラリーマンなんだから」
「そうだね。性格とか、人間性はアレだけど、能力は確かだし」
お父さんは、家族との関係以外は勝ち組と言っていいと思う。
大企業のエリートで、年収は申し分ない。
結婚もしていて、奥さんは元ヤンであること、喧嘩っ早い事を除けば、美人で家事を万能にこなせる理想の女性。
娘が一人いて、母に似て多芸、父に似て理解が早い。
二人の良いところを受け継いだ、素晴らしい娘だ。
高校中退&母親譲りの不良少女であることを除けば。
「お父さん、会社でどんな仕事……お母さん」
「わかってる。確実に私達を狙ってるわね」
お父さんの事について考えていると、妙な気配を放つ輩が、私達に視線を向けていた。
おそらく、今日の抗争の前に、主力になりそうな私達を潰しておこうという魂胆だろう。
「とりあえず、人気のない場所に行きましょう。そこで返り討ちよ」
「わかった。…そのどら焼き、食べながら行くの?」
私は、お母さんの指示に従って、人気のない場所を探す。
すると、日陰の続く裏道を見つけた。
ここなら何かあっても大丈夫だろう。
「ついてきてる…確定で黒」
「どうする?軽く尋問する?」
「人が来たらまずいでしょ?気絶だけさせて、小村さんに報告する」
「わかったわ。私がやってもいい?」
「いいよ。やりすぎないでね?」
お母さんは、手加減は出来なくはないんだけど、調子に乗るとやり過ぎる癖がある。
せめて、腕を一本折るくらいに留めてほしいところだけど。
「お前、『組堕し』だな?」
ストーカー野郎が声をかけてきた。
「そうね」
「そうか…じゃあ死ね」
「ッ!?」
お母さんが適当に返事をすると、ストーカー野郎は銃を取り出して、いきなりぶっ放しやがった。
これには、流石のお母さんでも驚き、体勢を崩す。
ストーカー野郎が体勢を崩したお母さんに、もう一発撃つ前に、麻痺毒入の針を投げる。
「いっ!?」
針は、なんとか引き金が引かれる前に、ストーカー野郎の手に突き刺さった。
突然手に針が突き刺さり、ストーカー野郎が怯んだその隙きに、お母さんが体勢を立て直し、強烈な蹴りを入れる。
「ぐはっ!?」
お母さんの蹴りは、ストーカー野郎の鳩尾に深々と突き刺さり、一撃で意識を刈り取った。
「ありがとう、琴音。久しぶりにヒヤッとしたわ」
「私もヒヤヒヤしたよ。お母さんがあれで死ぬとは思えないけど、一発やニ発は当たりそうな気がした」
そうなったら、麻痺毒じゃなくて、即効性の猛毒を使ってたと思う。
私のお母さんを弾くなんて、万死に値する。
殺しで空間収納に入れて、ダンジョンでゴブリンの餌にでもしてやる。
「…どうする?流石に銃持ちはヤバいわよ?」
「銃を奪って、拘束する。丁度いい糸があるからね」
私は、練習も兼ねて例の鋼糸を使う。
数秒で拘束し終えた私は、コイツの持っている全ての凶器を奪って、口にガムテープを貼り付ける。
「ガムテープがあるなら、最初からそれを使えばいいのに」
「わかってないなぁ、お母さんは。鋼糸を使うんだよ?厨ニ心くすぐられるでしょ?…ゴホン!小村さんに連絡して。人一人隠せる車を手配してほしいって」
「さっきのは聞かなかった事にしてあげるわ」
お母さん、マジ感謝!!
何が『厨ニ心くすぐられるでしょ?』よ。
めちゃくちゃ痛いセリフじゃん!!
はぁ…これも、このストーカークソ野郎のせいなんだ。
後で弾丸アリの毒を模倣した毒を塗った針を刺そう。
そんな事を考えていると、お母さんが連絡を済ませたようだ。
「小村に言っておいたわ。後は、あいつが迎えに来るまで、コレを隠しておかないとね」
「それなら任せて、偽装と隠蔽は得意だから」
私は、『くノ一』以外の全ての隠蔽系魔導具を使って、こいつを隠す。
これで一般人には見えなくなった。
…ついでに私も。
「煙草吸っていいい?」
「いいよ。そのほうが自然に見えるだろうし」
退屈そうなお母さんが、煙草を吸い始める。
すると、裏路地で煙草を吸う女性が居る、程度にしか思われなくなる。
そうやって、小村さんが来るまで隠し続けた。
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