第28話説得と異変

「あの…どういう事ですか?」

「ん?」

「最後まで走り抜くって、どういう事ですか?」


…いや、わかるでしょ。

鈍化なのか、天然なのか、馬鹿なのか…


「最後まで諦めるなって事だよ。まだまだ選択肢は残されてるでしょ?別に無いなら自分で増やせば良いだけだし」

「確かに、選択肢はありますけど…自分で増やすのはちょっと」

「それが駄目なんだよね」

「え?」


自分には出来ない。 

自分が持っている可能性を潰す、最悪の言葉だ。

その言葉を使うときは、大抵『やったことはないが、難しそう』という場面だ。

つまり、本の表紙を見て面白くないと決め付けているようなもの。

実際に開いてみないとわからないのに、開こうともしない。

今の木村君も一緒だ。


「『自分には出来ない』なんて、誰が決めたの?」

「それは…」

「そもそも、『出来ない』って言うけど、やったことあるの?なんとなく出来なさそうだから、始める前から諦めてない?」

「…」


図星かな?

まあ、ほとんどの人はそうやって諦めるし、私だってそれを理由に諦めたりもする。

あの遺跡とか。

…いやいや!アレは別格!!

私の敵う相手じゃないっての!!

いくら強くなりたいからって、流石に命は惜しい。

別に、戦いもせずに逃げた訳じゃない!!

だって、あの化け物相手に、私程度が挑んで勝てるわけがないじゃん。

そもそも、戦いにすらならないっての!!


「あの、どうしました?」

「え!?な、なんでもないよ!それより、胸に手を当てて考えてみて。やったこともないのに諦めたことない?」


…あっぶねぇーー!!

顔に出てのか!…それか、雰囲気がアレだったとか?

いや、それはないか。

指輪の力を筆頭に、いくつもの魔導具を使って気配や魔力などを偽装、隠蔽してる。

こんな一般人が、私の気配に気付けるはずがない。

…もし、気付けていたら?

私は、少し気になって殺気を飛ばしてみる。

もちろん、指輪の力で隠蔽してるので普通は気付けない。


「…」


特に変わった様子は見られない…つまり、偽装と隠蔽は問題なく発動してるのか。

私の早とちりだったのか、いや〜、良かった良かった。


「俺は…何度も諦めてます」

「そうだね。でも、重要なことを忘れてるよ?」

「重要なこと?」


木村君は、重要なことを…重要過ぎる事を忘れている。

それは…


「ここを失ったら、もう死ぬしか無い。木村君は、唯一の居場所を失ったとき、人生すら諦めようとしてる。ね?重要なことでしょ?」

「…重要ですか?生きる意味を失ったら、もう死ぬしかないでしょう。思い残す事が無いのに、どうして死んだら駄目なんですか?」

「…」


確かに、生きる意味を失ったのに、無理をして生きる必要はない。

思い残す事が無いのなら、別に死んでも構わないだろう。


「何も言い返せないじゃないですか。神条さんも、納得してくれた。もう、俺を止めないで下さい」

「一ついいかな?」

「なんですか?」

「君が死んで、悲しむ人は居るかい?」

「ははっ!居ませんよ、そんな人」


そうか…木村君、君はそういう人間だったんだね。

この、


「恩知らずが」

「え?」


私は、木村君を押し倒し、腕を首に押し付けて圧力を掛ける。

この状態は、首を締められているようなもので、かなり苦しい。

しかし、それくらいの事をしてしまうほど、私は怒っていた。


「お前が死んで、悲しむ人間が居ないだと?ふざけるなよ!お前が今日まで生きてこられたのは誰のおかげだ!?誰がお前を生かしてやったんだ!?言ってみろ!!」

「がっ!…くぅ…あ、兄と…小村、さんの…おかげです…」

「じゃあ、そいつ等はお前が死んでも悲しまないのか?親に見捨てられて、大切にしてきた弟が死んで、兄貴は笑ってるのか?兄が死んで、一人になったガキの面倒を見た総長は、お前死んで清々するとか言うのか?言わねぇだろ!そんな事!!」


木村君が目を見開く。


「お前の兄貴が死んだ時、ここの仲間達は泣いてたか?それとも笑ってたか?どうなんだよ!」

「泣いて…ました…」

「だろうな!大切な仲間が死んで、泣かねえやつは仲間じゃねえ!!そんなやつを仲間だなんて呼ぶな!!そいつ等はな、他人を利用して価値が無くなったら捨てる外道か、元より仲間だなんて思ってない、ただの知人だ!」


たまに、『泣くのは今じゃない』と言って、かっこつけてる奴が居るが。

そいつ等だって、仲間の死を悲しんでる。

しかし、仲間の死を悲しむよりも、今すべき事を理解してこらえている。

そして、目の前の問題を解決したあと、しっかり弔ってくれる。

時には涙を流してくれる。

そういった人達は、仲間と呼んでいいだろう。

話が逸れたが、私の怒りは治まらない。


「それに、お前だって問題があり過ぎる!アルバイトするなり、定時制の学校に行くなり、今なら探索者になるなり、方法はいくらでもあるだろうが!!それなのに、やろうとしない。お前のそれは、ただの能力不足じゃない!お前の怠慢だ!!」

「怠…惰…?」


チッ!

そろそろ、息がヤバいか…

私は、腕を離して起き上がる。

すると、木村君は首に手を当てて、咳き込んでいる。

私も深呼吸をして、いくらか頭が冷えた。


「ふぅ…要するに、お前は楽な方へ逃げ続けた為に、周りの人から与えられた機会を怠けてきた。その結果がこれだ」

「…」

「ちょっとくらい、変えようと思ってみたらどうだ?アルバイトとか定時制の学校が駄目なら、探索者になるなり、小村さんに働き方を教わったり、色々あるだろ。ほんのちょっとした事でもいい、なにかしてみろ」

「何かって…なんですか?」


…そこかぁ


「私に聞いても意味ないでしょ。これは、私の問題じゃなくて、木村君の問題なんだから。それに、私はお母さんや小村さんほど、お人好しじゃないから」


お母さんは、知らない相手や敵には容赦しないけど、仲間には甘過ぎる。

小村さんは、何があったか知らないけど、かなりお人好しになってる。

…私は、甘いかも知れないけど、お人好しと呼ばれるほど甘くはないと思う。


「そうですか?神条さん、かなり優しいと思うんですけど…」

「まあ、そこは良いのよ。とりあえず、なにかしなさい。何歳か知らないけど、もうそろそろ自立する時期でしょ。いつまでも寄生してたら恥ずかしいからね」


私は基本一人で出来るけど、多少はお母さんを頼ってたりする。

お金とか、お風呂に行くときとか。

でも、それくらいなら別に良いよね?


「…考えておきます」

「そうだね。今すぐにとは言わない、ゆっくり考えなよ。周りを探してみたら、思ったよりも助けてくれる人が多いかもね?」


少なくとも、小村さんは助けてくれるだろう。

あの人は優しいから。

後は…暴走族の仲間達とかかな?

そう考えると、群れるのも悪くないね。

まあ、空気が苦手だから、しばらくは無理だろうけど。

…喉乾いたな…あそこに自販機がっ!?


「ど、どうしました!?」

「何か…大きな魔力を感じた…」


突然、異常なほど大きい魔力波を感じ、一気に臨戦態勢を取る。

せめて、自分の身くらいは守りたい。

そんな事を考えていると、お母さんが倉庫の扉を蹴破って出てきた。


「琴音!!」

「お母さん!?また豪快に現れて…」

「そんなことより、これは大丈夫なのかしら?」


お母さんも、あたりを見回して警戒している。

しかし、何も起こらない。

私とお母さんは顔を見合わせて、警戒を解く。


「姐さん、どうしたのですか。急に慌て始めて…」


警戒を解いた頃に、小村さん達が倉庫から出てきた。


「何か、異常な魔力波を感じたのよ。ヤバいと思って、琴音の所へ飛んでいったけど、特に何も起こらなかったわね」

「そうですか…良かった、でいいんですか?」

「まあ、今のところは。でも、街の見回りをしたほうが良いわよ。万が一の事があるからね」


万が一、街のどこかで問題が起こっていたとき、私達が対応する必要が出てくるかも知れない。

それどころか、あの魔力波の規模なら、千夜を呼ぶことになるかも知れない。

用心するに越したことはないだろう。


「本当は、明日の抗争に備えて休んでほしかったけど、その分私と琴音が戦うから、街で何か異変が起こってないか調べてきて」

「わかりました。何かあれば、俺を介して姐さんに報告します」

「うん、よろしくね」


お母さんの旧友の抗争に巻き込まれた上に、ダンジョンか何かの異変にも巻き込まれる。

ダンジョンで、良くないものでも拾ってきたか?

一回厄払いしたほうがいいのかな?


「何事もなければいいけど…」

「フラグですか?」

「止めて、ほんとにフラグになりそうだから」


私がポツリと呟くと、木村君がツッコミを入れてきた。

まあ、内容はアレだったけどね。

…はぁ、本当に何も起こりませんように。

私は、そんな淡い祈りをしながら、いつでも千夜を呼べるように準備していた。

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