第26話温泉旅館〜酔っ払い〜

温泉旅館の食事処で、琴歌が正座をさせられていた。

琴歌の前には、腕を組んで仁王立ちをする琴音の姿があり、まったく笑っていない笑顔を琴歌に向けている。


「どうして普通に謝れないのかなぁ?別に、『ごめんなさい』の一言で終わる話なんだから、それくらいしてほしいんだけど?」

「だって…」

「ふ〜ん?誰のせいでこんな事になってると思ってんの?んん?」


食事処は、机がひっくり返ったり、食べ物が散乱していたり、一部血の着いた床があったりと、荒れ果てていた。

そして、多くの人が説教されている琴歌を遠くから見張っていた。

食事処で何があったか。

それは、二、三十分ほど前まで遡る。








三十分前 マッサージ室

もうすぐマッサージが終わるという時、部屋の外が騒がしくなり、琴音とマッサージのお姉さんが首を傾げていた。


「何かあったんでしょうか…?」

「多分ね。…凄い、嫌な予感がするわね」

「嫌な予感ですか?やっぱり、探索者をやっていると、第六感が鋭くなったりするんですか?」

「ええ。第六感は侮れないよ、こういった嫌な予感は大体当たるからね」


そんな事を話していると、マッサージ室のドアが開き、従業員さんが駆け込んでくる。


「酔っ払ったお客様が暴れてるんです!誰か手の開いてる人はいませんか!?」


酔っ払った客と聞いて、私の感じた嫌な予感が、更に強くなる。


「酔っ払った客…その人って、女性でガラが悪そうな見た目してる?」

「はい!…よくわかりましたね」

「やっぱりか…」


またお母さんが問題を起こしたのか…ん?酔っ払った客?


「その人、ほんとに酔っ払ってるの?」

「はい、ビールを何杯も飲んでたので…っ!?」


急に、周りの従業員さん達が怯え始める。

多分、私の殺気が漏れ出してるからだろうね。

はぁ、バイクでに来てるってのに、お母さんは何やってんだか…

とりあえず、お母さん一発ぶん殴りに行くか。


「その客は、私のお母さんよ。娘として、責任を取って私が止めるから、今対応に当たってる人を全員呼び戻して」

「え?あっ、はい」


従業員さんは、私の威圧に怯えて、すぐに出ていった。

私は、軽く体を動かして、準備運動の代わりをする。


「あの…神条さんのお母さんって、どんな人なんですか?」

「育児放棄と虐待をしてきた人。最近は、心を入れ替えたみたいに母親らしくなったけどね」

「…通報したほうがいいですか?」

「しなくていいよ。警察が来たら、面倒な事になるだけだから」 


お母さんなら、暴れまくって更に罪を重ねそうだから、警察は来ないでほしい。

いや、今回に限っては警察呼ばれてるかもね。

捕まらないといいけど…


「よし、行くか」


準備運動の代わりを終えた私は、お母さんが居るであろう食事処に向かう。

きっと、酷いことになってるんだろうなぁ…

ここからでも、何かがぶつかる音がするし。


「お母さんが喧嘩してる相手が、探索者でありますように」


私はそんな事を祈りながら、食事処に着く。

そこでは、やっぱりというか、凄惨な光景が広がっていた。

止めに入ったであろう従業員さんや、一般人が何人も倒れていた。


「た、助け」

「おいおい〜、男のくせに逃げるのか?ミットもねぇなぁ〜!まあ、私から逃げられるわけねぇけどなぁ!!」

「ごふっ!?」


這いずって逃げようとした一般人の男性が、背中を思いっきり蹴りつけられて気絶する。

これ以上、お母さんを暴れさせるわけにはいかないね。

はぁ…酔っ払ったお母さんの相手か…嫌だなぁ〜

私は、嫌々一歩踏み出してお母さんの視界内に入る。


「琴音〜、マッサージは気持ち良かったかぁ〜?」

「気持ち良かったよ、お母さん。で?この惨状は何?」

「ん〜?バカ共が絡んできたからぶん殴ったら、わらわらと集ってきやがったんだよ。だから、全員蹴散らしてやったの〜」


はぁ…

そんな事だろうと思った。

にしても、まずはこの悪酔いから覚まさせないと。


「お母さん、一回これ飲んで酔を覚まそうか?」

「なにこれ〜?」

「千夜から貰った酔い醒まし。さっ、飲んで」


私は、千夜から貰った酔い醒ましをお母さんに飲ませるべく、蓋を開けてお母さんの口に近付ける。

すると、お母さんは私から酔い醒ましを奪い取り、豪快に飲み干す。


「死ぬほど不味いって聞いたけど、大丈夫?」

「…」

「お母さん?」


お母さんの顔色が、どんどん悪くなっていく。

あっ、これは不味いやつ。

私は空間収納から、何故か入っていたバケツを取り出して、お母さんの前に出す。


「“不適切な表現のため自主規制”」


お母さん、思いっきりバケツの中に吐き出した。

それはもう、胃の中身を全てぶちまける勢いで。

バケツがどんどん重たくなり、中に吐瀉物が溜まっていく。


「お母さん、大じょ「“不適切な表現のため自主規制”」うわぁ…」


私が話しかけたそばから、お母さんは思いっきり吐く。

もう、嫌なんだけど?

バケツ、自分で持ってほしいなぁ…




それから、お母さんは数分間何度も吐いた。

食事処が酸っぱい臭いで満たされ、何人かが離れていった。

今は、濡れたタオルでお母さんの口の周りを拭いている。


「ありがとう、琴音。おかげで酔いが覚めたわ」

「…」

「琴音?」


私は酸っぱい臭いを放つバケツを、気乗りはしないが空間収納の中に仕舞う。

そして、お母さん笑顔をみせて、肩に手を置く。

私の表情を見て、お母さんは何をされるか察したらしい。


「座ろうか?」

「…はい」


私は、お母さんを正座させて、殺意のこもった笑みを向ける。

そこから私の説教が始まり、今に至る。


「まあ、私には謝らなくてもいいよ。お母さんが傷付けた人達には謝ってね?」

「…はい」

「それと、これからどうするの?」

「どうする?ってなに?」


あれ?まさか、気付いてないの?

いやいや、流石にしらばっくれてるだけのはず。


「ふざけてるの?そんなに私を怒らせて楽しい?」

「あの…ほんとになんの事?」

「はあ?ここまで、どうやって来たと思ってんの?バイクだよ?バイク。飲酒運転でもするつもり?」

「あっ…」


いや、『あっ』ってなによ?

まさか、ほんとに気付いてなかったの?


「…どうしよう?」


はぁ…

それは無いわ。


「お母さん…歯食いしばってね?」

「え?っ!?」


私は、お母さんの顎めがけて、思いっきり蹴りを入れる。

しかし、お母さんはギリギリで手を使って、私の足を止めた。


「チッ、ちゃんと顎で受け止めないと駄目じゃん」

「琴音…流石にやり過ぎじゃない?」

「ん?娘の愛を受け取ってくれないの?」

「同じ口実で殴って良いなら受け取るよ」


チッ!

こういう時だけは頭の回転が速いよね。


「はぁ…とりあえず、お母さんが殴った人と旅館に謝るよ。帰りのことはその後考える」

「え〜?」

「…ほんとに殴っていい?大人のくせに自分の尻も拭けないの?」

「…わかったわ。ちゃんと謝るから、その言い方止めて」


よし、これでお母さんも謝るでしょ。

後は、警察と、これからどうするかだね。

はぁ…面倒な事が多すぎて、頭が痛い。









「申し訳ございませんでした」


お母さんは、私と一緒に迷惑をかけた人に謝って回っている。

そして、今は旅館のオーナーに謝っている。


「これ、お母さんが壊した机の弁償です。受け取って下さい」

「わかりました。頭を上げてください」


オーナーは私から弁償のお金を受け取ると、お母さんに頭を上げるように言った。

多分、これで許してもらえたはず…


「常識的な娘さんが居て良かったですね」

「ええ。いつも娘に助けられてます。まあ、生意気なのが玉にキズですが…」

「ふふっ、いいじゃないですか。毎日楽しいのでは?」


…毎日喧嘩してると思われてるのかな?

まあ、ちょっと前まで毎日のように喧嘩してたけど。

…皮肉か?


「これから警察に事情を説明しないといけないので、これで失礼させていただきますね。それでは〜」


私は、お母さんの手を引っ張って、オーナーの元を離れる。

コイツは、好々爺な雰囲気を見せてるけど、普通にめんどくさいやつだ。

早めに離れたほうがいい。


「あっ、警察来てるよ」

「それくらい知ってるよ!まったく、誰のせいでこんな事になってると思ってるのかね!?」


お母さん、反省してるのかな?

一回殴っておいたほうがいいかな?

普通に喧嘩になりそうだけど、たまにはストレス発散に丁度いいけどさ。


「警察への説明は私がするからね?余計なことしないでよ」

「わかったわ。それに、言ったら不味いことくらいわかるよ」


ここで前科がついたら、後々面倒くさい事になる。

私がなんとかしなきゃ!!



結局、お母さんに絡んできた奴は、問題行動の目立つ要注意人物指定された探索者だっのと、私がすぐに謝って回ったおかげで、なんとか厳重注意で済んだ。

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