第26話温泉旅館〜酔っ払い〜
温泉旅館の食事処で、琴歌が正座をさせられていた。
琴歌の前には、腕を組んで仁王立ちをする琴音の姿があり、まったく笑っていない笑顔を琴歌に向けている。
「どうして普通に謝れないのかなぁ?別に、『ごめんなさい』の一言で終わる話なんだから、それくらいしてほしいんだけど?」
「だって…」
「ふ〜ん?誰のせいでこんな事になってると思ってんの?んん?」
食事処は、机がひっくり返ったり、食べ物が散乱していたり、一部血の着いた床があったりと、荒れ果てていた。
そして、多くの人が説教されている琴歌を遠くから見張っていた。
食事処で何があったか。
それは、二、三十分ほど前まで遡る。
◆
三十分前 マッサージ室
もうすぐマッサージが終わるという時、部屋の外が騒がしくなり、琴音とマッサージのお姉さんが首を傾げていた。
「何かあったんでしょうか…?」
「多分ね。…凄い、嫌な予感がするわね」
「嫌な予感ですか?やっぱり、探索者をやっていると、第六感が鋭くなったりするんですか?」
「ええ。第六感は侮れないよ、こういった嫌な予感は大体当たるからね」
そんな事を話していると、マッサージ室のドアが開き、従業員さんが駆け込んでくる。
「酔っ払ったお客様が暴れてるんです!誰か手の開いてる人はいませんか!?」
酔っ払った客と聞いて、私の感じた嫌な予感が、更に強くなる。
「酔っ払った客…その人って、女性でガラが悪そうな見た目してる?」
「はい!…よくわかりましたね」
「やっぱりか…」
またお母さんが問題を起こしたのか…ん?酔っ払った客?
「その人、ほんとに酔っ払ってるの?」
「はい、ビールを何杯も飲んでたので…っ!?」
急に、周りの従業員さん達が怯え始める。
多分、私の殺気が漏れ出してるからだろうね。
はぁ、バイクでに来てるってのに、お母さんは何やってんだか…
とりあえず、お母さん一発ぶん殴りに行くか。
「その客は、私のお母さんよ。娘として、責任を取って私が止めるから、今対応に当たってる人を全員呼び戻して」
「え?あっ、はい」
従業員さんは、私の威圧に怯えて、すぐに出ていった。
私は、軽く体を動かして、準備運動の代わりをする。
「あの…神条さんのお母さんって、どんな人なんですか?」
「育児放棄と虐待をしてきた人。最近は、心を入れ替えたみたいに母親らしくなったけどね」
「…通報したほうがいいですか?」
「しなくていいよ。警察が来たら、面倒な事になるだけだから」
お母さんなら、暴れまくって更に罪を重ねそうだから、警察は来ないでほしい。
いや、今回に限っては警察呼ばれてるかもね。
捕まらないといいけど…
「よし、行くか」
準備運動の代わりを終えた私は、お母さんが居るであろう食事処に向かう。
きっと、酷いことになってるんだろうなぁ…
ここからでも、何かがぶつかる音がするし。
「お母さんが喧嘩してる相手が、探索者でありますように」
私はそんな事を祈りながら、食事処に着く。
そこでは、やっぱりというか、凄惨な光景が広がっていた。
止めに入ったであろう従業員さんや、一般人が何人も倒れていた。
「た、助け」
「おいおい〜、男のくせに逃げるのか?ミットもねぇなぁ〜!まあ、私から逃げられるわけねぇけどなぁ!!」
「ごふっ!?」
這いずって逃げようとした一般人の男性が、背中を思いっきり蹴りつけられて気絶する。
これ以上、お母さんを暴れさせるわけにはいかないね。
はぁ…酔っ払ったお母さんの相手か…嫌だなぁ〜
私は、嫌々一歩踏み出してお母さんの視界内に入る。
「琴音〜、マッサージは気持ち良かったかぁ〜?」
「気持ち良かったよ、お母さん。で?この惨状は何?」
「ん〜?バカ共が絡んできたからぶん殴ったら、わらわらと集ってきやがったんだよ。だから、全員蹴散らしてやったの〜」
はぁ…
そんな事だろうと思った。
にしても、まずはこの悪酔いから覚まさせないと。
「お母さん、一回これ飲んで酔を覚まそうか?」
「なにこれ〜?」
「千夜から貰った酔い醒まし。さっ、飲んで」
私は、千夜から貰った酔い醒ましをお母さんに飲ませるべく、蓋を開けてお母さんの口に近付ける。
すると、お母さんは私から酔い醒ましを奪い取り、豪快に飲み干す。
「死ぬほど不味いって聞いたけど、大丈夫?」
「…」
「お母さん?」
お母さんの顔色が、どんどん悪くなっていく。
あっ、これは不味いやつ。
私は空間収納から、何故か入っていたバケツを取り出して、お母さんの前に出す。
「“不適切な表現のため自主規制”」
お母さん、思いっきりバケツの中に吐き出した。
それはもう、胃の中身を全てぶちまける勢いで。
バケツがどんどん重たくなり、中に吐瀉物が溜まっていく。
「お母さん、大じょ「“不適切な表現のため自主規制”」うわぁ…」
私が話しかけたそばから、お母さんは思いっきり吐く。
もう、嫌なんだけど?
バケツ、自分で持ってほしいなぁ…
それから、お母さんは数分間何度も吐いた。
食事処が酸っぱい臭いで満たされ、何人かが離れていった。
今は、濡れたタオルでお母さんの口の周りを拭いている。
「ありがとう、琴音。おかげで酔いが覚めたわ」
「…」
「琴音?」
私は酸っぱい臭いを放つバケツを、気乗りはしないが空間収納の中に仕舞う。
そして、お母さん笑顔をみせて、肩に手を置く。
私の表情を見て、お母さんは何をされるか察したらしい。
「座ろうか?」
「…はい」
私は、お母さんを正座させて、殺意のこもった笑みを向ける。
そこから私の説教が始まり、今に至る。
「まあ、私には謝らなくてもいいよ。お母さんが傷付けた人達には謝ってね?」
「…はい」
「それと、これからどうするの?」
「どうする?ってなに?」
あれ?まさか、気付いてないの?
いやいや、流石にしらばっくれてるだけのはず。
「ふざけてるの?そんなに私を怒らせて楽しい?」
「あの…ほんとになんの事?」
「はあ?ここまで、どうやって来たと思ってんの?バイクだよ?バイク。飲酒運転でもするつもり?」
「あっ…」
いや、『あっ』ってなによ?
まさか、ほんとに気付いてなかったの?
「…どうしよう?」
はぁ…
それは無いわ。
「お母さん…歯食いしばってね?」
「え?っ!?」
私は、お母さんの顎めがけて、思いっきり蹴りを入れる。
しかし、お母さんはギリギリで手を使って、私の足を止めた。
「チッ、ちゃんと顎で受け止めないと駄目じゃん」
「琴音…流石にやり過ぎじゃない?」
「ん?娘の愛を受け取ってくれないの?」
「同じ口実で殴って良いなら受け取るよ」
チッ!
こういう時だけは頭の回転が速いよね。
「はぁ…とりあえず、お母さんが殴った人と旅館に謝るよ。帰りのことはその後考える」
「え〜?」
「…ほんとに殴っていい?大人のくせに自分の尻も拭けないの?」
「…わかったわ。ちゃんと謝るから、その言い方止めて」
よし、これでお母さんも謝るでしょ。
後は、警察と、これからどうするかだね。
はぁ…面倒な事が多すぎて、頭が痛い。
◆
「申し訳ございませんでした」
お母さんは、私と一緒に迷惑をかけた人に謝って回っている。
そして、今は旅館のオーナーに謝っている。
「これ、お母さんが壊した机の弁償です。受け取って下さい」
「わかりました。頭を上げてください」
オーナーは私から弁償のお金を受け取ると、お母さんに頭を上げるように言った。
多分、これで許してもらえたはず…
「常識的な娘さんが居て良かったですね」
「ええ。いつも娘に助けられてます。まあ、生意気なのが玉にキズですが…」
「ふふっ、いいじゃないですか。毎日楽しいのでは?」
…毎日喧嘩してると思われてるのかな?
まあ、ちょっと前まで毎日のように喧嘩してたけど。
…皮肉か?
「これから警察に事情を説明しないといけないので、これで失礼させていただきますね。それでは〜」
私は、お母さんの手を引っ張って、オーナーの元を離れる。
コイツは、好々爺な雰囲気を見せてるけど、普通にめんどくさいやつだ。
早めに離れたほうがいい。
「あっ、警察来てるよ」
「それくらい知ってるよ!まったく、誰のせいでこんな事になってると思ってるのかね!?」
お母さん、反省してるのかな?
一回殴っておいたほうがいいかな?
普通に喧嘩になりそうだけど、たまにはストレス発散に丁度いいけどさ。
「警察への説明は私がするからね?余計なことしないでよ」
「わかったわ。それに、言ったら不味いことくらいわかるよ」
ここで前科がついたら、後々面倒くさい事になる。
私がなんとかしなきゃ!!
結局、お母さんに絡んできた奴は、問題行動の目立つ要注意人物指定された探索者だっのと、私がすぐに謝って回ったおかげで、なんとか厳重注意で済んだ。
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