第25話温泉旅館〜ご飯とマッサージ〜

温泉旅館の食事処

温泉から上がった琴歌は、一人で遅めの昼ご飯を食べていた。

琴音はマッサージを受けに行っている。

琴歌も行こうかと思ってはいたが、お腹が空いたので先にご飯を食べに来た。


「このカツカレー、辛口で美味しいわね」


カツカレーなんて、何年ぶりに食べただろう?

カレー自体は何度も家で作ってるけど、豚カツを乗せた事は無かった。

しかし、いざ久しぶりに食べてみると、驚くほど美味しい。


「…ビール飲みたい」


揚げ物を食べると、どうしてもお酒が飲みたくなる。

今は、キンキンに冷えたビールの気分だ。

冷たいビールを一気に飲み干す。

…はぁ、想像したら更に飲みたくなってきた。

けど、ここで飲んだら、琴音に怒られる。


「でも飲みたいんだよなぁ」


一杯だけ。

一杯だけなら琴音も許してくれるはず。

私は立ち上がって、食券機の前に行く。

 

「大丈夫、一杯だけ。一杯だけだから」


お金を入れて、ビールのボタンを押す。

すると、食券機が音を立てて動き出し、食券が出てくる。


「買ってしまった…いやいや、琴音もそこまで心の狭い人間じゃないはず!!」


食券をカウンターまで持っていき、店員に渡す。


「生ビール一つですね。少々お待ち下さい」


店員は食券を受け取ると、ジョッキに氷を入れて、ビールを注ぐ。

黄金の液体が、気泡を大量に吹き出しながら、ジョッキに溜まっていく。


「はい、生ビールです」


店員はカウンターに生ビールを置き、他の作業に向かう。

まあ、生ビールが手に入ったんだし、もうあの店員はどうでもいい。

そんなことより、コレを早く持っていって、豚カツを食べながら一緒に飲もう。


「ふふっ、やっぱり買って良かった。お風呂上がりといえばこれだよね」


ジョッキを掴んだ事で、ビールの冷気が伝わってきた。

きっと、飲めば天にも昇るような気分になるだろう。

自分の席に戻った私は、ジョッキのふちに口をつけて、ビールを流し込む。

すると、口の中が一気に冷やされ、口と喉で炭酸が弾ける。


「くぅ〜!!最っ高!!」


どうして私は我慢してたんだろう?

こんなの、飲んで当然だ。

飲まないほうがおかしい。

ビールを飲んで喉を潤したことだし、このカツカレーを食べますか。


「うん!ビールで冷やされた口に、辛口のカレー。最高の組合せだ」


俄然、食欲が湧いてきた。

これなら、いくらでもおかわり出来そうだ。


「カレーもいいけど、ビールと一緒に食べるなら唐揚げだよね」


私は財布を持って立ち上がると、再び食券機の前に立ち。

食券を買う。

そして、さっきと同じように店員に渡し、自分の席に戻ってくる。

唐揚げが揚がるまでの間、先にこのカツカレーを食べてしまおう。


「辛口だからか、体が熱くなってきた…まあ、こんな時こそビールだよね」


私は、またビールを呷る。

今度は、一度に飲みすぎたからか、頭がキーンとなる。

けど、そんなのどうでもいい。

これもビールの醍醐味だと、私は思う。

…私だけかな?

すると、手元の呼び出しベルが鳴った。


「おっ、唐揚げが揚がったのか」


私がカウンターに唐揚げを取りに行くと、唐揚げが新しいビールと共にお盆に置かれていた。

唐揚げを注文するのと一緒に注文していた。


「ふふっ、ごめんね琴音。お酒の誘惑に負けるようなお母さんで」


私は、ルンルン気分で唐揚げとビールを持っていった。







マッサージルーム

日々の疲れを取りたい琴音が、一人でマッサージを受けに来ていた。


「お客様…その、意外と筋肉質ですね」

「まあ、探索者なので」

「え!?」


はぁ…また、子供扱いか。

いい加減馴れてきたけど、気分は良くない。


「その、もっとお若いと思ってました」

「お若いじゃなくて、幼いの間違いじゃないの?確かに私は十六歳の未成年だけど、そんなに子供じゃないので。あと、謝らなくてもいいですよ。馴れてるので」

「そ、そうですか…」


ここでも子供扱いされたのはあれだけど、マッサージに来て正解だったね。

からだのコリが解れてく。


「あの、探索者ってやっぱり儲かるんですか?」

「儲かる…う〜ん、才能が無いなら、普通に働いたほうがいいと思いますよ。命の危険がある仕事の割に、才能が無いとほんとに儲からないので」

「才能…ですか?」


そう、探索者は完全実力主義。

力のない者は淘汰される。


「武器を扱う才能とか、身体能力はもちろん必要です。それ以外にも、進むか引くかの判断力、どうすれば戦闘時に生き残れるかの思考力、相手の攻撃や隙きに反応する反射神経。そういった物が無いと、探索者は死にます」

「…死ぬ?」

「失敗して減給されるとか、クビになるとか、慰謝料を請求されるとか、そんなものではなく普通に死にます」

「…」


後は、人を蹴落とす狡猾さや、他者を傷付ける残忍さ。

時には仲間を見捨てる冷酷さも、探索者として生き残る上では必要なものだ。


「まあ、ちょっと鍛えて自身がつかないなら、探索者にはなるべきじゃないですね。命が惜しければ」

「そうですよね……実は、弟が探索者になりたいと言ってまして」

「…強いですか?」

「いえ、英雄に憧れただけの一般人です」


よくある話だ。

テレビでは、『英雄』や『勇者』といった、探索者界の大物がよく取り上げられる。

探索者の大物=相当な実力者だ。

そういった、英雄的な人物に憧れた子供達がダンジョンに潜り、死んでいく。

だからか、国も色々と対策しているが、それでも最終的には当人の能力次第。

未成年者の死亡報告は跡を絶たない。


「…そうですね。あなたの出来る範囲で弟さんを止めてください。それでも弟さんが諦めないなら、コレをあげてください」

「これは…?」


私は、空間収納からナイフを取り出す。

少し前に作った、猛毒のナイフだ。


「大人でも簡単に死ぬほどの毒が塗られたナイフです。消耗品ですが、一度だけなら窮地を乗り越えられるかも知れませんよ?」

「そうですか…」


私は、マッサージをしてくれたお姉さんに、ナイフを手渡す。

あのナイフに塗られた毒を使えば、『杉並公園』程度のボスなら確実に殺せる。

しかし、毒に耐性を持つモンスターもいるし、そもそも死にかけてる時に、このナイフを正しく使えるかも謎だ。


「ありがとうございます。でも、いいのですか?これ、結構高価な物だと思うんですけど…」

「逆に、この程度で良いなら、いくらでも差し上げますよ。私は沢山持ってるので」

「あの…もしかして、有名な探索者なんですか?」

「有名?まさかw」


私は、軽く笑って、マッサージのお姉さんの間違いを正す。


「私は探索者を始めて、一ヶ月程度のまだまだひよっこですよ。まあ、普通の探索者よりは、遥かに才能がありますけどね」

「凄い自信ですね…」

「ええ。私の名前は神条琴音。ネットで調べれば出てくると思いますよ。」

「そうですか。…ん?神条…?」


おや?もしかして、私の事を知ってるのかな?

珍しい、いつも千夜の影に隠れてるから、私を知ってる人は少ないんだけど…


「あの!もしかして、三年前の剣道大会の!!」

「そうですね。神科千夜の親友であり…ライバルですよ」

「まさか、『剣聖の天敵』に出会えるなんて…」


『剣聖の天敵』?

これまた、凄い二つ名を付けられたね。

天敵じゃなくて、好敵手だったら良かったのに。


「あの!私、剣道の県大会に出たことがあって、その時は決勝戦までいったんですよ」

「へえ、凄いですね…って、私が言うのもアレですけどね」

「全国大会の決勝戦に出て、日本最強の剣士と、剣で互角に戦える人ですもんね…」


『月とスッポン』

この状況に、ぴったりなことわざだろう。

私とこの人とでは、差があり過ぎる。


「その、あの決勝戦を見て、神条さんのファンになったんです!よろしければ、サインを貰えませんか?」

「サイン…ですか?色紙とか持ってないですけど」

「いえ、色紙じゃなくてもいいので、サインを貰えませんか?」


色紙じゃなくてもいい、か。

…そうだ!これに書いて渡せば、喜んで貰えるんじゃないかな?

私は、空間収納から最近千夜の道場からパクって、ゴホン!!貰ってきた竹刀に、筆ペンでサインを書く。


「これは…神条さんが使ってる竹刀なのですか?」

「そうですね。ちなみに、これは千夜の道場から貰ってきた物なので、私と千夜の使っていた竹刀ですよ」

「ええ!?そんなの貰っていいんですか!?」


マッサージのお姉さんは、目を見開いて竹刀と私を何度も見る。


「もちろんです。パクって来た…いえいえ!お古を貰ってきただけなので、特別な物でも何でもないんですよ。代わりならいくらでもありますし」

「今、とんでもない言葉が聞こえた気がしたんですけど…」

「気の所為ですよ」


大丈夫、千夜はそんな事で怒るような人じゃないから。

まあ、ちょっと私が世間から批判されるだけで済むんだし、別にいいでしょ。


「まあ、サインも書いちゃったので、受け取ってください」

「そうですね…一生の宝にします!!」


ずいぶん、オーバーなリアクションだね。

…これ、また道場から竹刀パクってきて、サイン書けば売れるんじゃ?

日本の剣道のツートップが使った竹刀なんて、幻のプロ野球選手の、サインボールレベルの価値があるんじゃない?

ふふっ、金のニオイがするわね…


「さて、マッサージを再開してもらえませんか?」

「はい是非!!」


私は、マッサージを受けてリアクションしながら、どうやって竹刀を売るかの悪巧みをしていた。

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