第24話温泉旅館〜サウナ〜

とある温泉旅館のサウナ


「あの〜、お客様」

「何でしょう?」

「そろそろ、お上がりになられたほうが、よろしいかと…」


旅館の従業員が、サウナから上がるように言ってきた。


「そうかしら?」

「はい。かれこれ二時間近く入っておられませんか?流石にこれ以上は危ないと思うのですが…」

「わかったわ。琴音が負けを認めたらあがる」


はぁ…お母さん、また私のせいにして…

そんなこと言われたら、絶対上がれないじゃん。


「あの〜、お母様もこう仰っておられますし、そろそろ…」

「迷惑は承知ですけど、ここで上がるわけにはいきませんね。この初老に一泡吹かせるまでは、上がりませんよ」

「へぇ?言うようになったじゃない?」


私がお母さんを煽ると、お母さんはニヤニヤ笑って、従業員さんの方を見る。


「扇風機かなにかで、熱風を送ってくれない?この生意気な娘に、大人の偉大さを教えてあげるのに必要なの」

「は、はぁ…」

「お願いね?」


お母さんが微笑むと、従業員さんは頬を引き攣らせて、サウナから出ていった。


「琴音、私に喧嘩を売った事を、後悔させてあげる」

「先に喧嘩を売ってきたのは、お母さんでしょ?私は喧嘩を買っただけ。後悔するのはお母さんの方だよ」

「へぇ?本当に、よく口が回るようになったわね」


お母さんは、何故か私の頭を撫でてくる。

はぁ…また、私のことを子供扱いして。


「あの、扇風機持ってきました」


ちょうどその時、従業員さんが扇風機を持ってきた。


「ありがとう。私達に当たるようにつけて」

「わかりました…あの、本当にいいんですよね?」

「大丈夫。飲み物なら娘が持ってるから」

「?」


私は、空間収納から天然水を取り出す。

それを見て、従業員さんが目を見開く。


「それ、空間収納ですよね?」

「そうですね」

「探索者だったのですか?」

「はい。私、これでも十六歳なんですよ?」


はぁ…また子供扱いか。

いい加減、私も低身長から脱却したい。


「ふふっ、また実年齢よりも幼く見られてるわね」

「お母さん…後で覚えといてね?」

「お〜怖い怖い(棒)」


私のコンプレックスを知っているくせに、わざとそれを刺激してくる。

ほんと、お母さんはいい性格してるよ。

そんな事を考えていると、従業員さんが扇風機をつける


「えっと…これでいいですか?」

「ええ、ありがとう。これで、ちょうど良いくらいになるわ」

「そうですか…あの、お気を付けて」

「わかってるわ。無理はしない」


従業員さんは、心配そうな顔をしながらサウナを出ていった。


「さて、これで二人っきりね」

「そうだね。もっと、くっついた方がいい?」

「琴音が良いならぜひ」


私は、お母さんにぴったりくっついて、もたれかかる。

…何故か安心出来る。やっぱり、こんな人でも私の実の母親だからなのかな?


「琴音、お店の調子はどう?」

「駄目だね。やっぱり、私が店主だと人が寄り付かないみたい。…私の見た目が不味いらしい」

「だろうね。まあ、無理に格好は変える必要はないよ。それに、お金に困ったら私達を頼ってくれればいいんだから」


お母さんに金銭的に頼る?


「ちなみに、ダンジョンでの収入はどうなったの?」

「え?」

「刀に全部使っちゃったけど、ホントはもっと持ってたんじゃない?」


ダンジョンに潜っていると、宝箱等から武器や防具が出てくる。

私は店のダンジョンで見つけた装備一式(武器含め)があるし、お母さんは武器を使わない。

それどころか、いまだにスポーツウェアでダンジョンに潜ってる。

そういった装備は全て売っている。

そのお金は山分けにしていて、そこそこの収入になっている。

それこそ、魔石と同じくらいの。


「魔石と装備と後は素材。全部合わせれば、あの刀の値段よりも稼いでいるよね?」

「それは…」


お母さんは気まずそうに顔をそらす。

私は、お母さんの頬に手を当てて、無理矢理こっちを向かせる。


「使っちゃったんだよね?お酒か煙草かパチンコか」

「…はい。パチンコに使っちゃいました」

「はぁ…それでよく、金銭的に頼っていいよなんて言えたね」


すると、お母さんが私のことを抱きしめてきた。

普通に抱きしめるなら良かった。 

でも、体がミシミシ言うほどの力を込めて、私のことを抱きしめてる。


「痛い痛い痛い痛い痛い!!」

「バカッ!琴音のバカ!!せっかくいい雰囲気だったのに!!」

「ごめんなさい!私が悪かったです!!だから離して!!」


お母さんは、私と楽しく話したかったらしい。

そして、いい感じの雰囲気になった時に、私が余計なことを言って、その雰囲気をぶっ壊した。

まあ、怒って当然だよね。


「お願いお母さん!離して!骨が折れちゃう!!」

「余計なことした琴音が悪いんだから!骨の一本や二本、折れたっていいでしょ!!」

「待って!折れるのは肋とかじゃなくて、背骨だから!!私、死んじゃうから!!」


ヤバい!私を締め付ける力が強くなった!!

このままだと、ほんとに背骨が折れて死ぬ。

お母さんに、こんな殺され方をされるなんて嫌だ!!


「お、お母さん!!お願いだから離して!!」

「うぅ〜」

「『うぅ〜』じゃないから!!私、ほんとに死んじゃうから!!」


すると、私を締め付ける力が弱くなり、普通に抱きしめるのと同じ状態になる。


「はぁ〜、死ぬかと思った…」

「…」

「お母さん?」


お母さんが、私に抱きついたまま離れない。

それどころか、私を抱き寄せて膝の上に乗せてきた。


「なんだか、琴音を抱きしめてると落ち着くの」

「母性本能?」

「かもね。ねえ琴音、もう少しこのままで居ていい?」

「私は別にいいよ?私も、お母さんと一緒に居ると、なんだか安心するし」


お母さんは、たわわな果実が実ってるから、背中に温かいクッションがある。

私?足が全部見えるよ。


「琴音、私のこと嫌い?」


お母さんが、急に変なことを聞いてきた。

私の答えはわかりきってるはずなのに…


「嫌い」

「じゃあ、私とお父さん、どっちが好き?」


どっち?

難しいな…


「…どっちも同じくらい」


お母さんは、昔の恨みがあるからあれだけど、今はだいぶ見直してる。

お父さんは、昔から何もしてこなかった。

助けてくれる事なんて稀だし、何か恩を受けた覚えもない。

あるとすれば、親として私を養ってくれたこと。

そもそも、お父さんが少しでも助けてくれれば、お母さんの暴力も、少しはマシになってたんじゃないかな?


「どっちもは駄目って言われたら?」

「…お父さん?」

「そっか…」


普通に考えて、お父さんの方が沢山恩を受けてるし、私に暴力を振るったりしなかった。

けど、あの人は割とイカれてると思う。

だって、大切な娘が虐待を受けてるのに、ほとんど気にしないし、まるで私に興味がない。

店を継いだ時も、父親として手伝いに来ただけで、お父さんが進んで来た訳じゃない。

…ある意味、お母さんよりもヤバいのでは?


「お母さん、どうしてあのお父さんを選んだの?」


あのお父さんのヤバさ。

お母さんは知ってて選んだのか、知らずに選んだのか。

どっちなんだろうか?


「どうして、か…行き遅れないためかな?」

「つまり、焦ってよく考えずに結婚したの?」

「まあ…そうだね。今思えば、もう少し慎重に選ぶべきだったね」


お母さんも、あのお父さんのヤバさには気付いてたのか。

まあ、気付いたのは最近になってからみたいだけど。


「でも、私は琴音が居るなら別にいいわ」 

「お母さん…」


私は、顔だけ振り向いて、お母さんの頬にキスをする。

すると、お母さんは口を開けて、ボーッとしている。


「娘にキスされるのは嫌だった?」

「…いいえ。むしろ、とっても嬉しいわ」


そう言って、お母さんも私の頬にキスしてくれた。

…なんだろう、この満たされたみたいな気持ちは。


「たまには、こういったスキンシップもありね」

「そう…だね。またいつか、今度はもっと涼しい所でしたいね」

「琴音?ちょっと、大丈夫?」


なんか、お母さんと一緒に居ると、頭の中がボーッとして、体が重たくなって、動きたくなくなるんだよね。


「琴音、あなたのぼせてない?」

「そんなこと…無いと思うよ」

「うん、とりあえず上がりましょう。確実にのぼせてるわ」


お母さんは、私を抱えてサウナを出た。

そして、いきなり私を水風呂に放り込んだ。


「冷たっ!?」


体がビクッ!!となり、心臓が跳ね上がる。

寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い!!

私は急いで水風呂から出ると、近くの温泉に飛び込む。


「あ、あったかい…」


温泉の暖かさが、急激に冷やされた身体を包み込む。

はぁ〜温泉サイコ〜


「良かった。危うく倒れるところだっのよ?まったく、無理して」

「だからって、いきなり水風呂に放り込むのはどうかと思うよ」


文句は言ってるけど、お母さんには感謝してる。

多分、あのままサウナに居たら倒れてた。

やっぱり、この人は私の大切なお母さんだ。

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