第23話箱根の暴走族

とある倉庫

倉庫の前の駐車場には、いくつものバイクが止められていた。

その倉庫の中には、ガラの悪そうな若者達が集まっていた。


「お久しぶりです。姐さん」


倉庫の中に入った私達を歓迎してくれたのは、小さい頃に一度会ったことのある、ガタイのいい男性。

昔、お母さんが暴走族の総長をやっていた頃の四番隊隊長、『小村和人おむらかずと』さんだ。


「久しぶりだな、小村。何年ぶりだろうな?」

「姐さんの娘さんが八歳だったはずなので、八年ぶりじゃないですか?」

「ああ、そうだったな。それくらいだな」


八年…そんなに前だったのか。

あの時は、お母さんの斜め後ろに隠れたんだっけ?


「にしても、あの小さくて可愛らしかった娘さんも、大きくなりましたね。纏ってる覇気が、あの頃の姐さんそっくりですよ」


小村さんが、昔を懐かしむように『うんうん』と、頷いている。


「小村、お前も年を取ったな。仕草が老人のそれだぞ?」

「それを言えば、姐さんはまったく変わってませんね。未だに二十代に見えますよ」

「ふん!見た目で判断するなよ。これでも四十肩らしきものが始まってるんだぞ?」


それは多分、肩こりだと思う。

お母さんが四十肩になったなんて、信じられない。

というか、四十肩ならあんなに機敏に動けないでしょ?普通。


「ハハッ!それは肩こりじゃないですか?一度マッサージに行ってみたらどうですか?体が軽くなると思いますよ」

「そうか?じゃあ、また今度行ってくるよ」


小村さん、余計なこと言わないでよ。

ただでさえ化け物みたいに強いお母さんが、更に強くなるじゃん。


「それと、椅子か椅子の代わりになりそうな物をくれないか?いつまでも立ってるのは疲れるからな」

「そうでした。おいお前、椅子を二つ持って来い!」

「私はいいよ。お母さんほど足腰は弱くないから」


私の言葉に、倉庫が静かになる。

そして、お母さんと小村さんが声を上げて笑う。


「ハッハッハ!!流石は姐さんの娘だ!その歳で肝が据わってるな!!」

「当然さ!そんな軟弱な育て方はしてないよ」


…今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。


「育て方?母親らしい事を一つもしないのが、軟弱じゃない育て方なの?」


育児放棄と虐待を繰り返しておいて、それが厳しい育て方だって?

ふざけんなよ!!


「いや…その、琴音。確かに私のしたことは母親らしくない。恨むのは当然だよ」

「その話は聞き飽きたよ。それに、もうお母さんの教育方針には期待してないから」


私の冷たい言葉に、場の空気が重くなる。

いくら暴走族とはいえ、育児放棄や虐待を聞けば、多少は思うところがあるだろう。

まあ、私にはどうでもいいことだけど。


「あの…外で娘さんの相手をしておきましょうか?」


暴走族の一人が、恐る恐る手を挙げた。

この空気の中で、手を挙げられるとは…ずいぶん度胸のあるやつだな。


「わかった。私は外に居るから、お母さんは小村さんと好きなだけ話してて」

「そう…行ってらっしゃい」


私は、まるで当たり前のことのように、倉庫の外に出る。

すると、何人かの構成員が私に続いて外に出る。

もちろん、さっき手を挙げたやつも私に続く。


「あの…大丈夫ですか?」


手を挙げた、勇気のあるやつが声を掛けてくる。


「総長を学生時代に従えてた人って聞いたから、どんな凄い一人かと思えば、娘に碌な教育をしてないクソ野ろ「おい」ッ!?」


私は、このバカの胸ぐらを掴んで睨みつける。


「お母さんが、私に碌な教育をしなかったのは認める。けど、お前今なんつった?」

「それは…」

「私は、確かにお母さんが嫌いだよ。クソ親だと思ってる。でも、それでもあの人は私のお母さんだ。大事な大事な母親なんだよ」


私は強引に手を離し、バカを突き飛ばす。


「お前はさ、他人に自分の家族をバカにされてキレない。そんなクソ野郎か?」

「…」

「人を見た目で判断するなよ?その気になれば、お前全員殺せるんだぞ?」


私は、バカの背後を取り、後ろからナイフを首に当てる。

バカは、生まれたての子鹿のように、ぷるぷると震えだす。


「私のお母さんを侮辱にするな。クソ野郎が」


私がナイフを首から外すと、バカは糸が切れたかのようにへたり込む。

まだ震えている辺り、少し脅しすぎたか?


「…悪い、少し言い過ぎた」

「い、いえ!気にしないで下さい。人の親を侮辱するなんて、自分でも最低な行為だと思います。…その、すいませんでした」


そのまま土下座をして、謝ってきた。

不味い、やっぱり言い過ぎた。

いくら私が神条琴歌の娘とはいえ、これ以上は印象が悪くなる一方だ。

なんとかしないと。


「頭を上げてよ。あなたがいくつか知らないけど、十六歳の女に土下座するのは恥ずかしいでしょ?」

「え?十六歳だったんですか?」

「…お前も、私をチビ呼ばわりするか?」


身長は、私の最大のコンプレックスだ。

お母さんもお父さんも身長が高いのに、私は未だに150cm代。

胸が小さいのは別にいい。動きやすいから。

でも、この低身長は嫌だ。

今も、実年齢よりも幼く見られて…あれ?


「さっき、小村さんが八年前に出会った時は、八歳だった的なことを言ってなかった?」

「あっ…」

「お前、やっぱり見た目で判断してるだろ」


はぁ、これだから低身長は嫌なんだよ。

絶対に、見た目で判断する奴が一定数居る。

私は、馬鹿にされるのも、子供扱いされるのも大嫌いだ。


「まあ良いよ。別に見た目で判断する奴は珍しくないからね」

「そ、そうですか…」

「まあ、もし私のことを見た目で判断してる奴が居たら、その程度の人間なんだなって思っておけばいいよ」

「はい?」

「真なる強者は、見た目で判断したりしない。魔力と、相手の佇まいで見極める。だから、実力者は隠蔽系の魔導具が好きなんだよ」


私も、隠蔽系の魔導具で実を包んでる訳だし。

隠蔽の指輪で隠してるけど、私の手には大量の指輪が付けてある。

その中のいくつかは隠蔽系だ。

他にも、ピアス等の耳につける物、ネックレス、腕輪、髪留め。

『くの一の黒装束』の効果を補助するための魔導具がいくつもある。

まあ、今の話には関係ないものばかりだけど。


「そう言えば、名前を聞いてなかったね。あなた、名前は?」

「木村隼人です」

「木村君ね?私は神条琴音。『組落し』の娘だよ」

「琴音さんですか…あの、さっきのナイフは何処から」


いや、最初の質問がそれ?

確かに気になるだろうけどさ。


「袖の中に入ってるよ。他にも、針が数本」

「…暗器を、隠し持ってるんですか?」


ふ〜ん?聞いちゃうんだ?

私は木村君の側まで来ると、肩に手を置いて、


「聞かないほうが身のためだよ」


若干脅すように囁く。

それを聞いた木村君は、首を何度も振りながら、ぷるぷる震えている。

聞こえたのかどうかわからないけど、周りの構成員達も震えていた。


「今のは聞かなかったことにしてあげる。だから、他に質問は?」

「えっと…お母さんとは、よく喧嘩するんですか?」

「するね。最近は大丈夫だけど、前までは殴り合いの喧嘩くらいなら、日常的にやってたからね」


一発二発殴るくらいでも殴り合いだと言うのなら、日常的にやってる。

というか、いきなり家庭の事情を聞くのも、どうかと思うけどなぁ〜

すると、倉庫からお母さんが出てきた。


「琴音。大事な話があるから、あなたも中に来て」

「はいはい。すぐ行くよ」

「『はい』は一回ね。で、君達。琴音と遊んでくれてありがとうね。もし暴力を振るわれてた言ってね?私がお仕置きしておくから」


別に、胸ぐらを掴むくらいしかしてない…はず。

というか、ここで告げ口出来るなら、褒めてあげたいくらいだよ。

まあ、その後でやり返すけど。


「じゃあ、中入ろうか」


私は、お母さんに連れられて、中に入る。

う〜ん、これは強くなった弊害かな?

私が倉庫の中に入ると、全方位から視線が集まる。

その視線に気付けてしまい、気になってしまう。

強くなるのも楽じゃないし、強くなった後も楽じゃない。


「それで、話ってなに?」

「それはですね、お二人の力を借りたいんですよ」

「へぇ?何処かと抗争でも始めるの?」

「察しが良くて助かりますよ。そうです、近々抗争になると思うんですよ」


抗争か…

暴力団か半グレか…どっちが相手でも、最悪黒装束を使えばなんとかなるけど。

まあ、黒装束は最終手段という事にしておこう。


「相手は、『戯弩羅ギドラ』とかいう半グレで、トップは野島という男なのですが…」

「どうした?」

「その野島なんですけど、元うちの構成員なんですよ」

「へぇ?」


なるほど、暴走族を離れて、自分の組織を立ち上げたのか。

野島って言ったか?一体、どんなやつなんだろうね。


「その、もっと言うと、『羅美亜ラミア』の元構成員でもあるんですよ」

「なんですって?」


それを聞いて、お母さんの表情が険しくなる。

流石に、元身内同士が抗争するのは、思うところがあるんだろうね。


「それで、その野島はそんなに優秀なのか?」

「いえ、うちに対抗するためにいくつもの半グレが集まって出来たのが『戯弩羅ギドラ』なんですよ」

「なるほどね。…それでギドラなのか」


ギドラと言われると、頭が3つある黄金のドラゴンを思い浮かべる。

米緋燃守ベヒモス』に対抗するために、いくつもの組織が統合され、頭が複数存在するんだろう。

それで『ギドラ』というわけか。


「で?私達が協力するとして、抗争はいつ頃にするの?琴音は仕事があるから、長居はできないんだけど?」

「そうですか…出来れば、明日の夜でどうでしょうか?」

「私は構わないけど、そっちの予定は?」

「まあ、なんとかします」


私は店を開けないといけないから、長居はできない。

明日の夜というのは、ギリギリ許せるラインだ。

出来れば今夜が良かったけど、流石に急すぎる。


「琴音、この条件でいい?」

「いいよ。私とお母さんが本気を出せば、一晩も掛からずに壊滅させられるでしょ」

「ふふっ、そうね。じゃあ、そういうことで行きましょう。私達は、これから温泉旅館に行ってくるから、人を集めるのはよろしくね?」


お母さんは立ち上がると、手をヒラヒラ振って、倉庫を出た。

もちろん、私もお母さんの後ろを歩いてるから、一緒に倉庫を出る。

そして、バイクに乗って、目的の温泉旅館まで向かった。


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