第22話箱根へ(息抜き)

こんにちは。神条琴音です。

私は今、正座をさせられて、お母さんから説教を喰らっています。

理由は簡単、昨日無茶して死にかけたから。

『一応、お母さんに相談しておくか』なんて事を考えて、家に帰ってきた私をぶん殴りたい気分。


「ちゃんと聞いてる?」

「聞いてますよ」


はぁ、誰がこんな長い説教聞くか。

全部右から左へ流れてるっての。

ちなみに、かれこれ三十分近く説教されてます。

流石に、そろそろ我慢の限界なんだけど?


「とりあえず、今日は私もいっしょ行くからね?」

「お母さんといっしょ、ってやつ?」

「やかましい!」


あらら、怒られちゃった。

でも、間違ってないと思うんだけどなぁ。

言い方が良くなかったのかなぁ。


「はぁ…またあそこに行くの?」

「なに?尻尾を巻いて逃げてきて、榊の女として恥ずかしくないの?悔しくないの?」


はあ?

まったく、昨日私がどんな目にあったか知らない癖に。


「お母さん、津波から命からがら逃げてきて、『恥ずかしくないの?』とか言われたらどう思う?」

「…そんなにヤバいの?」

「『英雄候補者』が本気を出すレベルのダンジョンの、中ボスが出たんだよ?普通、榊でも逃げるでしょ」


あれは、私が手を出していい領域じゃない。

千夜とかの、ベテラン探索者が戦うようなやつだ。


「じゃあ、その場所には行かないの?」

「今はまだ行かない。でも、いつか必ずあそこを攻略する。千夜に追いつくには、あれを一人で攻略出来るようにならないと」

「なるほどね…一度、行ってみたいわね。その遺跡」


お母さんは、あそこの危険さを知らないからなぁ。

実の娘が死にかけた所に、こんな楽しそうな顔で行こうとするんだから。

そうだ!


「お母さん、今日はちょっと息抜きに行かない?」

「息抜き?」

「例えば、箱根とか。温泉で日々の疲れを癒そうよ」

「そうね…せっかく琴音も休みなんだし、どこかに遊びに行くのもありね」


”も“?

お母さんは仕事してないんだから、常に暇「琴音」っ!?


「今、良くないこと考えてなかった?」

「べ、別に考えてないよ?うん、お母さんの気の所為だと思うよ」

「ふ〜ん?」


いや、お母さん勘鋭すぎでしょ。

もはや、テレパシーレベルじゃん。

お母さんの前では、余計なこと考えないようにしないと。


「で?どこに行きたいの?」

「え?えーっと、やっぱり箱根かな?温泉に入って、ゆっくりしたい」

「箱根ね?じゃあ、ヘルメットを用意してね。バイクで行くから」


そう言って、お母さんは着替えに行った。

私は外出しても恥ずかしくない格好だし、念の為着替えも持ってる。

ヘルメット?常に空間収納に入ってるよ。


「よーし、じゃあ行くよ」

「お母さん…それは、着替えたの?」

「ん?着替えたというよりは、上に着ただけだよ。とりあえずこれでいいでしょ」

「まあ…うん、じゃあ行こっか」


ライダージャケットを着たお母さんは、ご機嫌な様子でバイク置き場に向かった。


…鍵は、私が閉めるのね。









移動中


「ん?あの車…」


後ろから、高級車らしき車が、幅寄せをしてきていた。


「煽られてる?お母さん、やったほうがいい?」

「お願い。二度と車に乗れないようにしてあげて」

「いや、そこまですると捕まるから、軽くタイヤを壊しておくね」


私は、毒薔薇の指輪ローズリングに魔力を流し込んで、針を作り出す。

前は、一本作るだけでも魔力欠乏症になりかけた。

しかし、魔力量の増えた今なら、問題なく作る事が出来る。


「とりあえず、右の前輪をパンクさせてと」


私が右の前輪に針を投げる。

すると、針は深々と突き刺さり、バンッ!!という破裂音とともに、右の前輪がパンクする。


「次は、左かな?」


針をもう一本作り出し、左の前輪に向かって投げる。

左の前輪も同じようにパンクして、煽ってきた車の速度が一気に落ちる。


「はっ!私のことを煽るからこうなるのよ!!」

「お母さん、手を下したのは私だよ」

「別にいいのよ。あいつらは、私を煽ってこうなったんだから」

「訴えられたりしないよね?」

「大丈夫でしょ?」


そして、前輪のパンクした車を無視して、箱根まで向かった。







箱根道の駅


「で、箱根町に来たわけだけど、どこの温泉に行くの?」

「えーっと…適当にブラブラ?」

「はぁ…とりあえず、近くの大きな温泉旅館探すね」


箱根に行くことは決めていたけど、どこの温泉に行くかは決めてなかったので、お母さんが呆れている。

私もスマホで探そう。


「琴音、こことかどう?」

「えーっと…いいね。評価も高いし、結構近いし、ここにしよう」 

「わかったわ。じゃあ、ちょっと休憩してから出発しましょう」


そう言って、お母さんはバイクを降りると、トイレに向かった。

私は別にトイレに行きたい訳じゃないから、このままバイクの前でゆっくりしてよう。


「ふぅ…水出しコーヒーでも買って来ようかな?」


最近のマイブームは、水出しアイスコーヒーだ。

冷たくて、スッキリとしたあの味の虜になってしまった。

そのせいで、ペットボトルを洗っている流しが、コーヒー臭くなってしまった。


「バイクは…まあ、自販機はすぐそこだし、大丈夫か」


私は、バイクから離れて、近くの自販機まで歩く。

そして、お目当ての水出しアイスコーヒーを見つけると、空間収納から財布を取り出して、小銭を入れる。

その時、嫌な予感がして振り返ると、髪を染めたガラの悪い若者が、お母さんのバイクの周りで何かしていた。

とりあえず、コーヒーを買って、バイクの元まで戻る。 


「やあ、お兄さん達。私のお母さんのバイクに、何してんの?」

「あん?なんだこのガキ」


ガキ?

こいつら、見た目的に二十代前半くらいだろ?

それなのに、十六の私をガキだと?

…あぁ、そういうことね。


「ねえ、お兄さん。私十六なんだけど、そんなに幼く見える?」

「はあ!?お前、十六だったのか!?」

「ふ〜ん…つまり、お前には私が実年齢よりも幼く見えたと。私って、そんなにチビかな?」


私は身長が低い。

お母さんは180mc以上あるのに、私は未だに150mc代だ。

多分、156〜8mcくらい。


「まあ、私の身長の話は置いといて…お母さんのバイクになにしてんの?」

「お前のママがどんなのか知らねぇが、このバイクは俺が貰う。黙ってママに泣きついてろ」


なんだ、こいつらチンピラなのか。

このタイプだと…暴走族の幹部とかか?


「一応言っとくが、俺は探索者やってんだ。お前みたいなガキが勝てると思うなよ」

「ふ〜ん?じゃあ、ちょっと腕試しでもしようかな?」

「何言って、ッ!?」


私は全力で走って、チンピラの背後を取る。

そして、ナイフの変わりに、さっき買った水出しアイスコーヒーを首に当てる。


「これがナイフじゃなくて良かったね」

「てめぇ…」

「何やってんの?」


チンピラが何かしようとした時、お母さんが威圧マシマシの、ドスの利いた低い声で話しかけてくる。


「おいチンピラ共。私の娘とバイクに何してる?」


お母さんが一歩近付くと、チンピラ共は一歩下がる。


「お母さん、このチンピラ、お母さんのバイクを持ってくつもりらしいよ?」

「へぇ?十六歳の女にすら勝てないようなチンピラが?」

「う、うるせぇ!!俺は、『米緋燃守ベヒモス』の三番隊隊長、小林祐希だぞ!!死にたくなかったら、そのままバイク置いて失せろ!!」


ん?『米緋燃守ベヒモス』?

何処かで聞いた気が…


「『米緋燃守ベヒモス』?もしかして、そこの総長は小村か?」

「なっ!?小村さんを呼び捨てに…」

「やっぱりな。箱根でラーメン屋と暴走族をしてるとは聞いてたけど、まさかこんな所で出会うとは」

「はあ?…もしかして、小村さんの知人か?」


すると、お母さんはニヤッと笑って、チンピラの肩に手を置く。


「小村の学生時代、聞いたことあるか?」

「え?あ、ああ。確か、『羅美亜ラミア』って名前の暴走族の四番隊の隊長だったって言ってたが…」

「私の名前、『神条琴歌』って言うんだけど、結婚する前は、『榊琴歌』だったんだよね」


それを聞いたチンピラ達は、凍りついたかのように固まり、理解できた者から顔が青くなる。


「あ、貴女は…伝説の女総長…『組落しの榊』さんなのですか?」

「ああ。『組落し』は私だ」


そして、全員がゆっくり膝をつき、土下座する。


「「「「「「すいませんでした!!」」」」」」


チンピラ達の謝罪が、辺りに響き渡った。

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