第20話押入れダンジョンの奥に

緑色の霧が漂う森。

押入れのダンジョンにある、毒霧ゾーンだ。

ここは、以前浄化マスクの性能限界で諦めた場所だ。


「千夜から十万円を盗った…ゴホン!借りたおかげで、簡単に高性能な浄化マスクが買えちゃった。後で千夜に感謝しないと」


親友の財布から金を抜き取るのは、ちょっと心が傷んだけど、これも私が強ために必要な事だから、千夜は許してくれるよね?

…別に、回避の訓練と言う名の拷問を受けた事の、仕返しのつもりとかじゃないよ?

別に、全身アザだらけにされた事の、復讐のつもりとかじゃないよ?

別に、腹癒せに嫌がらせのつもりで金を抜き取って来たとか、そんな事じゃ無いからね?


実際は、今後の成長のためという理由が1パーセントで、仕返しが99パーセントだ。

しかし、どんな言い訳をしようと普通に犯罪なので、絶対に真似しないで下さい。

なお、千夜はその事に気付いてはいるが、自分もやりすぎたと思っているので、慰謝料を持っていったというふうに捉えて、許している。


「バレたら、また打ち込み台にされるのかな?…あれ、普通に拷問だからなぁ。訴えられないかな?」


証拠を集めれば、訴える事は出来るだろう。

しかし、それをすれば、千夜の財布から金を抜き取った琴音も訴えれるだろう。

つまり、今は慰謝料を貰って盗んで和解している状況だ。


「まあ、盗んだのは事実だし、どうやって謝ればいいんだろう?何をすれば、千夜は喜んでくれるからな?」


キスして押し倒すとか?

千夜って、私を見る目がそっち系だから、自分から襲われに行けば、食いついてくると思うんだけど…

いや、それすると、千夜は気にしないだろうけど、私が気まずいから止めとこう。


窃盗の謝罪のために、体を差し出そうとする琴音。

犯罪にはならないだろうが、バレれば確実に批判される方法で謝罪するのはどうなのだろうか。


「プレゼントは…お金がないから無理。そもそも、千夜が物で喜ぶとは思えないし」


『英雄候補者』として、毎月大金を稼いでいる千夜なら、琴音が用意できる以上の物を自分で買えるだろう。

つまり、物で釣ることは出来ない。

だが、なら話は別だろう。

金で買うことが出来ない、特別な物。

例えば、琴音の手作りのお菓子等の、手作りの物なら釣れるかも知れない。

しかし、


「物で釣るのはなんか違うよね。やっぱり、隣に居てあげるのが一番いいのかな?」


思い遣りは、『物』ではなく、『心』だ。

なら、琴音が隣に居ることが一番いいだろう。

だが、それには一つ問題がある。


「絶対、何かに付けて剣の訓練をさせようとするよね…」


千夜は、『剣術バカ』と呼ばれるほど、剣にしか興味がない。

そして、自分と対等に戦える剣士を探している。

その一人が琴音だ。

千夜が、琴音との距離を縮めようとしている理由は、琴音と剣で戦うためだ。

琴音以上の剣士は、確かに存在する。

それでも、あの大会の高揚感が忘れられず、琴音に固執しているのだ。


「まあ、剣術のいい訓練になるから、あれは別に嫌いじゃないけどさ。やっぱり痛いじゃん」


千夜は、少しでも身軽に動くために、防具を着ることがない。

琴音も同じ理由で防具を着ない。

そのため、剣が当たると普通に痛いのだ。

自分で防具を着ないことを選んでいるので、怒ったりはしないが、痛いのは嫌だ。


「籠手くらい着けるか?でも、着けると腕を動かしにくいんだよねぇ〜」


頑なに防具をつけたがらない琴音。

一人でブツブツ呟きながら森を歩いていると、一瞬霧の奥に何か見えた気がした。


「ん?見間違い…じゃないよね」


はっきりと見えた訳ではないが、大きな何かが霧の奥に見えた。

その証拠に、薄っすらと大きな影が見える。


「行ってみるか…」


琴音は、短刀を取り出して、完全警戒体勢で影に向かって進む。

この霧の先に一体何があるのか。

どんな危険があるのか。

それに備える為に、過剰なほど警戒している。

しばらく進むと、薄っすらと全体像が見えてきた。


「これは…遺跡?」


ピラミッド型の、派手な装飾が施された遺跡。

それが、霧の奥にあった。


「もし、この遺跡が誰かの墓なら、お宝と罠があるはず。無かったとしても、何かしらの魔導具が手に入るはず。罰当たりだけど、行ってみるか」


もしこの遺跡が誰かの墓なら、琴音はトレジャーハンティングという名の、墓荒らしをする事になる。

亡者の眠りを妨げ、宝を盗むなど鬼畜の所業。

しかし、それでも財宝を求めて遺跡に入る者は跡を絶たない。

琴音もその一人だ。


その先に、何があるかも考えず、墓荒らしは進む。

甘い匂いを漂わせる、お宝を求めて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る