第19話一ヶ月の成果 その2

薄暗い洞窟の中、二つの足音が反響して聞こえてくる。


「琴音。いくらあなたが天才とは言え、一ヶ月で岩亀を倒せるとは思えないんだけど…」


ここは、『さいたま南ダンジョン』

一ヶ月前、琴音が高みを目指すきっかけとなったダンジョンだ。

そのダンジョンに、琴音と千夜が来ていた。


「例え倒せなくても、私がどれだけ成長したかを確認するには、あいつ岩亀と戦うのが丁度いいでしょ?」

「まあ、そうだけど…はぁ」


千夜は今の琴音の格好を見て、溜息をつく。

今の琴音の格好を漢字二文字で表すなら、『私服』だろう。

十人見れば、十人全員がヤンキーと言いそうな、琴音のいつもの格好。


「琴音、やっぱりダンジョンを舐めてるよね?」

「そんな事ないよ。これでもかなり真剣なんだよ?」

「じゃあ、どうしてプラスチックアーマーすら着てないの?」

「あれ動き辛いからヤダ」

「はぁ〜〜」


今度は、さっきよりも大きい溜息をつく千夜。

確かに、プレートアーマーでも動き辛いのはわかる。

鎧は服と違って伸び縮みしない。

そのため、全身を使っての格闘戦を得意とする琴音にとっては、鎧は邪魔なだけの枷でしかない。


「それに、千夜だって私とそんなに変わらないじゃん。それ、私服だよね?」

「これは…確かに私服だけど、プラスチックアーマーよりも強度のある服だから、大丈夫」


難易度の低いダンジョンに行くときに、わざわざ戦闘用の装備を着る必要はない。

かと言って、私服で行くのはダンジョンを舐めていると思われる。

そのため、ある程度防御性能のある服がほしかったのだ。

そして、その願いを叶える物が、今着ている服。


「これは、『鬼蚕おにかいこ』って言うモンスターの糸で作られた絹で出来てる服。こんなダンジョンに完全武装で来るわけにもいかないし、私服で行くわけにもいかない」

「それで、その服に白羽の矢が立ったと」

「そうそう。だから、この服は私服でもあるし、防具でもあるの」

「…なるほど。それがいくらするか知らないけど、面子を保つ為に大金を叩いたって事であってる?」


琴音の冷たい言葉に、千夜が一瞬固まる。

まさか、琴音にそんな事を言われるとは、思ってもみなかった。

しかし、軽くこちらを睨んでくる琴音を見て、千夜も睨み返す。


「「…」」


二人が動かず、無言でいることで、辺りは静寂が支配している。

しかし、実際にその場に立てば、静寂が嘘のように感じられるだろう。

まるで、高山に来たかのように息がし辛い。

二人の睨み合いで、辺りの空気が一気に重たくなっているからだ。


「何か言ったら?」


千夜の、挑発の意味を込めた言葉が、一時的に静寂を破る。

しかし、


「…」


琴音が何も言わなかった為に、再び静寂が訪れる。

先程と違うところは、琴音に無視された事で、千夜が不機嫌になったことだろう。

そのせいか、空気が更に重たく感じられる。


「ふふっ」


急に琴音が笑いだし、空気が少し軽くなる。

それを見て眉を顰めた千夜が、琴音を睨みながら質問する。


「何がおかしいの?さっき無視された事で笑ってる?」

「まさか。私は、千夜が遠い所に行ってないか、確かめただけだよ」

「遠い所?」

「自分の地位を守るために、道を外れたことをするような人間。要は、クソ野郎だね」


人間は、自分の利益のために、他人を平気で不幸にするような生き物だ。

特に、政治家や大企業の社長。

そういった、権力や財力を持つ人間ほど、道を外れる傾向が強い。


「でも、どうやって私が道から外れてないか調べるの?私、怒っちゃったけど」

「簡単だよ。千夜は普通にバカにされて怒ってた。クソ野郎は、もっと汚い怒り方をするよ。言葉には出来ないけどね?」

「言葉に出来ない?」

「感覚的な部分が強いからね。なんと言うか、欲望?いや、欲が透けて見えるんだよね。後は、クソ野郎特有のゲス顔とか」


千夜にそういったものは見られなかった。

つまり、千夜は道を外れてはいないという事。


「でも、煽られて普通にキレてる千夜を見てると、ちょっと面白くなってきてね」

「それで笑ったと…よし、後で私の道場に来なさい。剣を避ける訓練をつけてあげるから」

「あ、いえ、遠慮しとき「来い」アッハイ」


千夜の威圧に負けて、地獄の訓練が確定した琴音。

変に探りを入れるんじゃなかったと、激しく後悔していた。

しかし、決まってしまったものは仕方ないので、岩亀に八つ当たりする事にした。


「ほら、もうすぐあの場所に着くよ」


あの場所…一ヶ月前、岩亀と遭遇した場所だ。

琴音は頬を叩いて、気合を入れる。

そして、空間収納から刀を取り出す。


「へぇ、もう空間収納が使えるんだ。流石は天才だね」

「これくらい朝飯前だよ。まあ、仕舞える量は少ないけど」

「そっか…おっ、そうこうしてる内に、到着したよ。それに、この前と同じくらいの大きさの亀も居る」


到着したあの場所には、丁度一ヶ月前と同じくらいの大きさの岩亀がいた。

琴音はその岩亀を睨み、敵意を見せる。

すると、岩亀が目に見えて警戒し始めた。


「じゃあ、行ってくる」


琴音はそれだけ言って、一歩踏み出す。

手に持った刀を鞘から抜きながら、また一歩、更に一歩と前に進む。


「あれは…ふふっ、懐かしいものが見られたね」


その姿は、かつて剣道大会で見た琴音の姿と、重なって見えた。

目の前の敵に、真っ向から立ち向かう姿。

いつもの適当な雰囲気が嘘のように消え、真剣で鋭い空気を醸し出している。


「さて、お前は私の踏み台になってくれるよな?」


魔力が琴音の体を巡り、身体能力を強化する。

そして、千夜にもはっきりとは見えなかったものの、琴音がなにかしたのが見えた。


(魔力操作による身体強化は見えた。でも、その後確かになにかした。それが何かはわからないけど、纏っている空気が変わったのは確か…琴音は、私の知らない何かを持ってるのね)


琴音がなにかした事に気付いた千夜は、色々と考えた後、嬉しそうにほくそ笑む。

『英雄候補者』である千夜ですら知覚仕切れない何かを、琴音は持っている。

それが琴音の才能なら、その才能を活かして戦う事だろう。

その才能が千夜にとって脅威となるか、もし脅威になるのなら、嬉しい限りだ。


(何にせよ、一ヶ月でかなり強くなってる。これは、私も負けてられないね)


千夜よりも圧倒的に弱いものの、千夜を超える成長速度を誇る琴音の姿を見て、千夜は対抗心を燃やしていた。


「さてさて、琴音の一ヶ月の成果。見せてもらいましょうか」


岩亀との距離を詰める琴音を見つめその顔は、親友の努力の成果を楽しみに待っている、一人の友人の顔というよりは、獲物の成長を見てほくそ笑む猛獣のようだった。








後ろから、熱烈な視線を感じる…

まるで、獣がよだれを垂らしてるような、獲物の見る視線。

千夜って、こんな一面もあったのか…


「はぁ、もう少し顔を伸ばしてくれないと、お前に攻撃出来ないんだけど?」


私は亀に話しかけてみるが、反応がない。

というか、無視された。


「仕方ない、じゃあそのつぶらなお目々に、」


指輪の力で魔力の流れを隠蔽し、そのうえで袖の下でナイフを複製する。

ナイフには、大人が泣き叫ぶほどの激痛を感じる猛毒を仕込んでいる。


「ナイフを突き立てちゃおう!!」


身体強化と左耳につけてある、強化の耳飾りで強化された筋力を使い、全身の筋肉を使ってナイフを投げる。

ナイフは、ほぼ音速で亀の右目に向かって飛ぶ。

そして、瞼が完全に閉まる直前に、亀の右目に突き刺さった。


「ーーーーッッ!!!!!!」


亀は、悲鳴のような叫び声(?)を上げて、ナイフが刺さった右目を、地面に擦り付ける。


あれは即効性の毒だから、ナイフが目に刺さった痛みと、毒の激痛によるダブルパンチが亀を襲ってるだろうね。 

ひえ〜、やったの私だけど、絶対あんな目には合いたくないね。


「そんなに痛い?じゃあ、今楽にしてあげるね」


今度は、全身を使って亀との距離を詰めて、両手で刀を持つ。

そして、走ってきたスピードも乗せて、亀の伸びた首に刀を振り下ろす。


「はあっ!!!」


最初こそ硬い外皮で抵抗を感じたものの、なんとか外皮を貫いて首の肉を切り裂き、骨を断つ。

私の刀は、見事に亀の首を一刀両断した。


「ふぅ…若干不正っぽかったけど、なんとか一撃で倒せたね」


私は、血が溢れ出す亀の死体を見て、達成感に包まれていた。

そこに、千夜がやって来る。


「凄いね。まさか、岩亀の首を一刀両断するとは思わなかったよ」

「ふふっ。これが、私の一ヶ月間の努力の成果だよ。どう?少しは千夜に近付いたかな?」


私が質問すると、千夜は顎に手を当てて考える。


「そうだね。百メートル走で例えるなら、十センチくらいは進んだんじゃない?」

「は、果てしない…」


一歩どころか、半歩すら進んでいないようだ。

でも、確かに千夜との差が埋まっている。

これなら、いつか追いつけるだろう。


「じゃあ、私の道場に行こっか?」

「え〜っと…別に訓練しなくても避けるのは得意…」

「『好きこそものの上手なれ』だよ。さあ…逃さないからな?」


最初は、優しく語りかけてくれていたが、『さあ』で手を肩に置いて、ドスの利いた低い声で脅し…ゴホン!!誘ってくれた。


「お、御手柔らかに…」

「分かってるよ、全身アザだらけにしてあげる」

「いや、絶対体に当ててくるよね!?回避の訓練じゃなかったの!?」

「ん?当てるくらいの勢いでやったほうが、訓練になるでしょ?」


まったく笑っていない笑顔で、正論をぶつけてくる千夜。 

ただの恐怖でしかない。


結局、無理矢理道場に連れて行かれ、夕方になるまで帰してもらえなかった。



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