第18話一ヶ月の成果
『杉並公園ダンジョン』最下層
最下層の最奥に、物々しい見た目をした、2,3メートルはありそうな扉があった。
そして、その扉の前に二人の女性が立っていた。
「間違いなく、ここがボス部屋でしょうね」
「そうだね。位置的にもここで合ってるはず」
神条母娘だ。
一ヶ月の間、『杉並公園ダンジョン』の攻略を進めていたのだが、手応えを感じられず、他のダンジョンに行っている事が多かった。
そのため、一ヶ月経った今でも攻略が終わっていなかった。
「まさか、半日で最下層まで来れるとは思わなかったわね」
「それだけ私達が強くなったのか、ここが弱すぎるのか」
「どっちもじゃない?琴音も、店のダンジョンに通ってたんでしょ?私も、頻繁にダンジョンに通ってたし、かなり強くなってると思うの」
琴音が店のダンジョンに行っていたように、琴歌も一人でダンジョンに行っていたのだ。
そのため、二人の成長度合いは、同じくらいだと思っていいだろう。
「そうだね。一ヶ月前と比べたら、別人かって思うほど強くなったと思うよ。…それでも、千夜の足元にも及ばないけど」
千夜は、三年間探索者を続けている現役の『英雄候補者』なので、足元にも及ばないのは当然だ。
「琴音は、打倒千夜ちゃんを掲げてるのよね?勝算はあるの?」
「勝算?そんなのないよ。ひたすら鍛えて、真っ向から挑むだけ」
「流石、私の娘ね。癪だけど、榊のやり方をしっかり受け継いでる」
『目標は高く』
『やるなら全力で』
『出来ないなら、出来るようになるまで努力』
この三つは、当主の自室に飾られている掛け軸に書かれている家訓だ。
高い目標は、打倒千夜。
やるなら全力は、真っ向から挑む。
努力は、ひたすら鍛える。
琴音のやり方は、榊家が代々受け継いできたやり方なのだ。
「そして、この扉の先に居る『ホブゴブリンリーダー』は、私が千夜に勝つための踏み台の一つ。だから、邪魔しないでね?お母さん」
「わかってるわよ。わざわざ刀を買ってあげたんだもの、高い目標に向かって努力する娘の邪魔なんてしないわ」
琴歌は、この日のために、琴音に刀を買ってあげていたのだ。
一ヶ月間ダンジョンに通っていた事で、それなりにお金が溜まっており、その金を使って刀を買ってあげた。
「でも、ほんとに良かったの?こんなにいい刀買っちゃって」
最初は、自分のお金で買うと言っていた琴音だが、母親らしい事をしたい琴歌がお金を出すと言い出し、小一時間ほど話し合った後、琴歌の提案に乗ることにした。
しかし、この刀は決して安くはない。
琴歌が、一ヶ月探索者として働いて貯めたお金を全て使い切る程の値段はした。
「琴音がよく言う、『今更な母親らしい行動』がしたかったのよ。私だって、母親としてあなたの事を愛してるのよ?」
「それは知ってるけど…こんな生意気な娘に、大金使うことないと思うんだけど」
それを聞いた琴歌は、笑いそうになるのを必死に堪えて、琴音の肩に手を置く。
「琴音がそんなに生意気なのはどうして?」
「それは…私が、榊 琴歌の娘だから」
「そうよ。私の娘なんだから、生意気なのは当然よ。それに、私は娘はこれぐらい生意気な方が好きよ」
肩に置いた手を頬に当てて、優しく語りかける。
本当は抱きしめたいと思っている琴歌だが、それをすると嫌がられそうなので、自重する。
「お母さん、だいぶ丸くなったよね」
「あら?それはあなたも同じでしょ」
「そうだね…」
この一ヶ月で一番変わったのはこの二人の関係だと言える。
琴音が恥ずかしそうに琴歌の手を握る。
それの手はザラザラしていて、所々に豆の跡がある。
打倒千夜のために、努力している証拠だ。
そんなザラザラの手で、優しく琴歌の手を握る琴音。
琴音なりの親孝行のつもりだ。
これが出来るようになるほど二人の仲は改善された。
「ふふっ。じゃあ、扉を開けるわよ」
娘に手を握ってもらえて嬉しかった琴歌は、その手を引いて扉を開ける。
そして、半ば強引に部屋の中へ入っていった。
「お母さん、はしゃぎ過ぎ」
琴音が、優しい声で琴歌に注意する。
いくらここが『杉並公園ダンジョン』とはいえ、ダンジョン内ではしゃぎ過ぎるのは良くない。
「ごめんなさい。ちょっと嬉しくて…」
「知ってるよ。それと、ここからは私一人でやるから、お母さんは待っててね?」
そう言って、空間収納から刀を取り出す琴音。
その表情は、戦闘をする時の真剣な表情へ変わっていた。
そして、琴音は部屋の奥に居るボスに向き直る。
「行ってらっしゃい」
そんな琴音の背中に、実に母親らしい言葉が掛かる。
琴音はその言葉を聞いて、顔だけ振り返ると、
「行ってきます」
笑顔で、実に娘らしい言葉を返した。
◆
「ふぅ…」
私は深呼吸のために、一度余計な空気をすべて吐き出す。
そして、一気に新しい空気を吸い込んで、深呼吸を始める。
目を瞑り、集中力を研ぎ澄ませば、体を巡る魔力が増えるのを感じられた。
「よし…」
目を開けて、敵に視線を合わせる。
最後の準備、相手を殺すための意志、殺意をあのゴブリンへ向ける。
すると、ゴブリンも私のことを敵と認識したようだ。
ゴブリンが私目掛けて走ってくる。
「遅い」
一般的な成人男性と同じ程度の速さの走り。
それでは、探索者になる前の私でも遅く感じる。
しかし、今は探索者になって一ヶ月。
いくらあのゴブリンが強かろうと、
「その速度じゃ、私には勝てない」
私からも距離を詰めて、ゴブリンの背後に回る。
途中、ゴブリンが剣を振り下ろして来たが、そんなものが私に当たるはずがない。
軽く避けて、背後で抜刀の構えを取る。
そして、全身を使って刀を抜く。
「シィッ!!!」
私の刀は、一撃でゴブリンの首をはね、赤黒い液体を出す噴水を作る。
「弱い…弱すぎる。これじゃあ、踏み台どころか、素振りと変わらないじゃん」
やっぱり、『杉並公園』に期待したのが間違いだったかな。
ここで、急に壁が崩れて、とんでもなく強いモンスターが出てきたりしないかな?
…………ないよね〜
やはり、所詮は『杉並公園ダンジョン』
探索者としての基礎を学ぶための、訓練場でしかないようだ。
強くなりたいなら、他のダンジョンへ行くべきだろう。
「お疲れ様…で、いいのかな?」
「一撃で終わったから、別に疲れてないよ」
お母さんが話しかけてきた。
私は、相変わらずお母さんが嫌いだ。
でも、ちょっとした親孝行が出来るくらいには、お母さんと仲良くなれた。
もちろん、よく喧嘩する。
ついこの前も、お母さんと喧嘩して、ダンジョンに行くのをやめた事があった。
「まあ、とりあえずお疲れ様。強くなったね」
「うん、ありがとう」
それでも、本心で感謝を伝えられるようになった事は、お母さんとの関係が良くなっている証拠だろう。
いつか、お母さんの事を好きになる日が、そう遠くないように感じる。
「じゃあ、魔石を回収して、そこの転移陣を使って帰りましょう」
ナイフを取り出したお母さんが、足元に転がっているゴブリンの死体から魔石を回収する。
そして、二人で転移陣に入った。
すると、急に視界が白くなり、瞬きの時間で地上に帰ってくる。
「っ!?転移ってこんな感じなのね」
「なんと言うか、瞬きをしたみたいな感じ」
一瞬で地上に戻ってこれるという、転移の利便性を実感した。
私も自由に転移を使えるようになりたい!!
でも、転移はかなりの高等技術って聞くし…いや、やってみないとわからない。
私の才能なら、転移魔法を使えるようになるかも知れない。
可能性に賭けるんじゃない、やってみるんだ。
「でも、どうやって?…まあ、そのうちなんとかしよう」
「ん?どうしたの?」
「いや、なんでもないよ。それよりも、ダンジョン攻略記念に美味しいものが食べたいな。…もちろん、お母さんが作る料理で」
「え?」
…あれ?お母さん、フリーズしちゃった?
せっかく恥ずかしいのを我慢して言ったのに…
まあ、これでお母さんが喜んでくれるなら、全然いいけど。
その後、嬉しすぎて人前で抱きついてきたお母さんを説教したり、久しぶりに家に帰ってお母さんと食卓を囲んだりした。
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