第16話目標

「う、う〜ん…」


痛い…

頭が痛い…

どうしてこんなに頭が痛いんだっけ?

…そうだ!!あのクソ亀が!!


「はっ!!クソ亀は!!?」


私は勢いよく飛び起きる。


「もう死んでるよ」

「え?」


後ろから千夜の声が聞こえてきた。

振り返ると、千夜が正座をして微笑んでいた。


「ほら、後ろに亀の死体があるでしょ?」

「え?うわぁ…」


千夜の指差す方向には、横に真っ二つにされた亀の死体があった。


「私、あの後どうなったの?」

「気絶…というよりは、死の間際に私がポーションを使ったから、なんとか一命は取り遂げたって感じ。ごめんなさい、ちょっとやりすぎた。」


死の間際、か……は?


「え?なに?私、死にかけてたの?」

「うん…というか、即死しなかったのが、不思議なくらいなんだけどね」

「…はい?」


え?即死しなかった方が不思議?

なに、あの攻撃って、そんなにヤバいやつだったの?


「普通、頭かち割られてるよ。それなのに、死なないどころか、少しだけ意識を保ってた。ほんとに少し前まで一般人だったの?」

「うん。モンスターも、まだ十匹ちょいくらいしか倒してないんだけど…」


すると、千夜が溜息をつきながら、とんでもない爆弾を落とした。


「はぁ…やっぱり、榊家の女はとんでもないね」

「……どうしてそれを知ってるの?」


榊家の女はとんでもない。

これを知っているのは、榊家と関わりのある者だけ。

それも、大抵が本家か、本家と関わりの強い分家の榊くらいだ。

それか、昔何らかの理由で榊と繋がっていた者。

千夜は、元々榊と関わりの無い地域から来ているので、本来知らないはずなのだ。


「千夜…どうしてそれを知ってるの?」

「…」


目を合わせようとすると、すぐに視線をそらし、顔を近付けるとそっぽを向く。

言うつもりはない、という事だろうか


「まあ、聞かなかった事にしとく。親友を疑いたくないからね」

「ありがとう。…その、いつか話すから」

「わかった。じゃあ、それまで待ってる。千夜の好きなタイミングで話してくれたらいいよ。なんなら、墓場まで持っていってくれてもいいよ?」


琴音が冗談を言うと、千夜は楽しそうにクスクスと笑った。

そして、何故か頭の上に手を置いてきた。


「…どうしたの?」

「え?…あっ!ごめん!!」


千夜はハッとした表情で、すぐに手を引く。


「いや、別にいいんだよ?頭を撫でられたくらいで怒ったりしないから」

「でも…その、恥ずかしくないの?」


恥ずかしい…か。


「人前なら恥ずかしいね。でも、ここには私と千夜しか居ないでしょ?なら別にいいよ」

「…じゃあ、ちょっとだけ」


千夜は、恐る恐る手を伸ばして、琴音の頭を撫でる。 

琴音は一切嫌そうにせず、ずっと微笑んでいた。

しかし、千夜は恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしてすぐに手を引いた。


「とりあえず、魔石だけ回収して帰ろうか」

「うん…そうだね…」


ん?千夜の様子がおかしい。


「千夜?」

「ひゃっ!!」


千夜の肩に手を置くと、可愛らしい悲鳴を上げて、ビクッと震える。

すると、更に千夜の顔が赤くなる。


「ちっ、違うの!!別にその、あの、えっと…とにかく、ちょっとびっくりしただけだから!!」

「あ、うん。わかったから、とりあえず落ち着いて」


琴音は、下手に触るとまた騒ぎそうなので、触れずに落ち着くよう促す。

そして、深呼吸させることで、なんとか落ち着かせた。








落ち着いた千夜は、すぐにダンジョンを出て迎えを呼んだ。

そして、車に揺られること40分。


「へぇ〜、これが千夜の家なんだ。やっぱりいい家に住んでるんだね」


ここって多分、高級住宅街だよね?

やっぱり、探索者として稼げてるのか…


「当然だよ。私は『英雄候補者』だよ?正直、まだ学校に行ってるの?って言われるほど稼いでるんだから」

「平均月収ってどれくらいなの?」

「年収じゃなくて、月収なんだね…まあ、そうだね。サラリーマンの平均年収の倍くらい?」

「…はあ!?」


ちょっと待って!!

確か、サラリーマンの平均年収って、大体400万から500万だって聞いたことあるんだけど!?

それの倍って事は、月収が800万から1000万って事!?

月800万稼ぐ女子高生…『英雄候補者』ヤバ過ぎでしょ…


「ねえ…本当にそんなに稼いでるの?」

「ごめんごめん。これは、今までで一番稼いでた時の数なんだよね。実際は、300万くらいだよ」

「いや、月収300万って、十分凄いと思うよ…」


月収300万か…後でどんな人がそれに当たるのか、調べてみよう。


千夜は空間収納から鍵を取り出して、ドアを開ける。

そして、琴音の手を引いて家の中に入った。


「ねえ、何したらそんなに稼げるの?」


家に入ってすぐに、琴音は千夜に質問する。

「お邪魔します」も言わずに…


「ん〜?私の場合は、『金肉豚』って呼ばれる、豚型のモンスターを見つけ次第狩ってるからだね」

「『金肉豚』?」

「『金豚バラ』って聞いたことない?」


『金豚バラ』

金豚と呼ばれるモンスターから取れるバラ肉で、有名な超高級豚肉だ。

もちろん、金豚から取れる豚肉はどれも高級品で、金持ち御用達の食材だ。


「その金豚の正式名称が、『金肉豚』なんだよね。それを見つけ次第狩りまくって、若干安めで卸してるの。その結果が私の月収に繋がってるんだよね」

「へぇ〜」

「一応言っておくと、私が行ってるダンジョンは、金豚が出やすいダンジョンなんだけど、それでも月に二頭見つかればいい方だよ?」

「…え?」


出現率が高い場所で、月に二頭見つかればいい方?

豚肉って、一頭からどれくらい取れるのか知らないけど、絶対二頭じゃ足りないよね。

よくよく考えてみたら、近所で金豚を食べたって人、聞いたこと無いんだけど。

いや、居たわ。

榊家当主、『榊龍太郎』

あいつが食べた以外、聞いたこと無いわ。


「ちなみに、東京で消費されてる金豚の三割は、私が卸した金豚だよ」

「千夜は狙ってるからでしょ…」


まあ、元々の収穫量(?)が少ないんだから、毎月卸してる千夜はシェア率高いだろうね。


「それで、琴音は『英雄候補者』になるなら、どんなのを狙う?」

「どんなって…モンスターの事?」

「そうそう。よくあるのは、原石系モンスターの討伐だね」


原石系モンスターか…

確かに、あれならかなり儲かるだろうけど…硬いって聞くからなぁ〜

硬いやつは私とは相性が悪い気がする。


『原石系モンスター』

名前の通り、宝石の原石を持つモンスターを指す言葉だ。

ただ、宝石に限らず、様々な鉱石を持つモンスターも原石系に含まれている。

つまり、レアメタルや、マナレアメタルを持つモンスターがこれに該当し、積極的に狩られている。

しかし、こういったモンスターは、総じて硬い。

とにかく硬い。

あの岩亀程度に苦戦した私じゃなぁ…


「ふふっ、どうかな?自分の弱さを自覚した気分は」

「うん、これが挫折ってやつなんだろうなぁ、って思ってる」

「それは良かった。わざと琴音のプライドを砕いた甲斐があったよ」

「…ん?今なんて言った?」


わざとプライドを砕いた?

なに?千夜はこれを狙ってたの?


「実はね、琴音が手も足も出ない事は、わかってたんだよね。でも、まずは妥当クソ亀を目標にして、その次は、またその次は、って目標を立ててほしかった」

「目標を立てる…」

「そうそう。いずれは私を倒す、なんて目標を立ててほしいところだよ。琴音、今から軽く殴るけど、手加減してるから止めてみてね?」

「え?う、うん。わかった」


家の中でするの?

危ない気が…っ!!?


千夜の拳を警戒しながら、考え事をしていた琴音に向けて、砲弾が飛んできた。

琴音は思わず目を瞑ってしまう。

そして、ゴウッ!!とういう風を切る音が聞こえ、琴音の顔に突風が吹く。


「うん、やっぱりギリギリ反応できる程度だね」

 

砲弾は、琴音の顔のスレスレの所で止まっていた。


「は、速すぎでしょ…」

「速い?私はこれっぽっちも全力を出してないよ?」

「嘘でしょ…」


あれでまったく全力を出してない?

信じられない…千夜は、そんなにも高い所に立ってるのか…

私なんて、千夜に比べたら蟻以外…ミジンコみたいな存在なんだ…


「あれ?もしかして、余計なことしたかな」

「いや、別に。自分の弱さを自覚するいい機会になったよ」


千夜はこんなに強いのに、私はあんな亀ごときに負けてる。

それも、一撃で…


「琴音」

「なに?」

「琴音は探索者になってから、どれくらい経ってる?」

「…三日?」


すると、千夜がニヤニヤし始めた。


「なによ…何がそんなに面白いの?」


琴音が抑えてはいるものの、怒りに震えた声を出す。


「いや、琴音ってかなり傲慢なんだなぁって」

「はあ?」

「私はさ、あの大会以降、国から推薦を受けて『英雄候補者』の申請をした。あの時中一だから、私は三年くらい探索者やってるんだよね。で?琴音は今日で何日目?」

「三日…ああ、そういう事か」


そりゃあそうだよね。

もし、私と千夜の才能が同じくらいなら、三年間探索者を続けてる千夜と、探索者になって三日の私じゃ比較にすらならない。

そもそも、経験日数が違い過ぎる。

何を落ち込んでたんだか…


「わかったよ千夜。いつか絶対貴女に膝をつかせるくらい強くなる。それまで首を長くして待ってなさい!!」

「そうそう。その意気だよ、琴音。」


この余裕の表情を、私の力で崩してみせる。

そのためには、駄菓子屋の経営もしながら、探索者としても努力しないと。

とんでもないハードスケジュールだとは思うけど、それくらいこなせないと、千夜と戦えるほど強くはなれない。

だから、絶対両立させてみせる!!


「千夜!!」

「なに?」

「高級焼肉店に連れてって!!」

「…はい?」


千夜は、わけがわからないと首を傾げる。


「ちょっとでも時間稼ぎをするために、千夜の財布に攻撃を仕掛けとこうと思ってさ」

「また下らない事を…はぁ、別にいいよ。私の奢りで食べさせてあげる」


焼け石に水だろうけど、これで人の金で焼肉が食える。

人の金で食う焼肉は美味いって言うしね。

さて、千夜はどこに連れて行ってくれるのかな?


「その代わり、魔力の体内循環が出来るようになったら連れて行ってあげる」

「わかった。一瞬で終わらせる」


魔力の体内循環くらいなら、すぐに出来るようになるはず。

千夜の許可も取れたし、高い肉ばっかり食べようっと。


そして、魔力の体内循環をあっという間に覚えた琴音は、千夜の金で焼肉をたらふく食べたそうだ。

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