第15話頂きの高さ

「誰あれ?初心者装備してるけど…」

「『剣聖』の友人か?」

「あれ?あの子って、伝説の決勝戦の相手じゃ…」


車から降りると、千夜の車を見て集まった野次馬達がヒソヒソと話していた。

主に、千夜の車から降りてきた謎の少女…琴音の話をしている。


「あれ全部探索者?」

「全部…ではないけど、ほとんど探索者だね。琴音みたいに軽装の人も居るけど、あれの防御性能は今琴音が来てるアーマーよりも高性能だよ」

「それくらい分かってるよ。防具としての性能が悪いのに、あんな軽装しないでしょ。するとしたら、相当な実力者ぐらい」


琴音はバカにされたような気がして、少しきつく言い返す。

もちろん、『怒ってます』という雰囲気を出すのも忘れない。


「どうして怒ってるの?」

「…バカにされた気がしたから」

「え?そんなつもりじゃなかったんだけど…」

「ならいいよ。それに、千夜はそんな下らない事はしないって思ってるから」


なら、最初からそんな態度取るなよって話だけどね…

まあ、一応確認しておきたかったし、本当にバカにされてたら怒ってたかも。

もちろん、殴ったりはしない…ていうか出来ない。

今の千夜は、私よりずっと強いし。


「琴音は、私のことを信用してくれてるって事でいいかな?」

「信用してなかったら、親友だなんて言ったりしないよ。私は千夜の事を信用してるな親友って呼べるくらいにはね」

「ありがとう。それと、もう一つ確認しておきたいんだけど…」


すると、千夜が真剣な表情になる。


「ダンジョンの事、舐めてないよね?」

「はい?」

「琴音は喧嘩強いし、身体能力が高いから杉並公園程度なら、簡単に攻略できると思うんだよね。でも、今から行く場所はそうはいかないよ。『新人殺し』の異名を持つダンジョンだから」


『新人殺し』?そんなに難しいのかな?


琴音が首を傾げていると、千夜が溜息をついて、両手を琴音の肩に置く。


「いい?今から行くダンジョンは、これまでに三百人以上の犠牲者を出してるの。それも、殆どが中堅目前のギリ新人の人達が犠牲になってる。中堅目前の探索者は、琴音より強いくらい。そんな人達が三百人以上死んでるんだよ?気を引き締め行かないと、いくら私が居るからと言って、本当に死んじゃうよ?」

「わ、わかった!!わかったから、とりあえず離れて!周りの人が見てるよ!!」

「あんな有象無象なんてどうでもいい。本当に気を引き締めてね?」


琴音はとりあえず首を何度も降って、理解した事をジェスチャーで伝える。

すると、千夜は手を離した。

やはり、身振り手振りが加わると、わかりやすいようだ。


「じゃあ、『新人殺し』こと、『さいたま南ダンジョン』へ行くよ」

「埼玉南?…ああ、『さいたま市』の方か」

「そうそう。理解が早くて助かるよ。まあ、さいたま市で一番有名なダンジョンだから『さいたまダンジョン』にしたほうがいいんじゃないか?って言われてるけどね」


『さいたまダンジョン』か…漢字がないから、文字にすると小学生っぽさが出そう。


相変わらず下らない事を考える琴音。

そして、下らない事に気を取られていたせいで、千夜から叱責させれる。


「またダンジョンのことを軽く見てない?私は琴音の事を思って言ってるんだけど?」

「ごめんごめん。今度こそ気を引き締めるから、早く行こう」


琴音は面倒くさそうに謝ると、適当な事を言ってダンジョン前の検問所にカードを見せに行く。


「えっと、神科様のお連れの方で、よろしかったでしょうか?」

「そうだね。千夜に誘われてここに来たよ」

「かしこまりました、探索者カードを確認します」


琴音はカードを取り出すと、係員に見せる。


「確認いたしました。今度からは神科様が来られてからダンジョンに入ってくださいね?」

「もう来てるから大丈夫。はい、カード」


千夜はすぐ側まで来ていて、係員にカードを見せる。

そして、琴音よりもスムーズに検問を終える。

カードの確認というよりは、普通に顔パスである。


「ねえ、カード見せる必要あった?」

「一応、規則は守るべきでしょ?係員の人も見てないと思うけど、形だけでもやっておいた方が、問題にならなくていいじゃん」

「有名人は大変だね。ちょっとした事で炎上騒ぎになるかもだし」


琴音は、有名になった後の大変さを感じ取り、軽く同情する。


「はいはい。そろそろ本当に気を引き締めてね?」

「分かってるよ。それと、今更なんだけどね?」

「なに?」

「私…魔力が少なすぎて、身体強化すら出来ないんだよね…」


すると、千夜がピタリと止まって、フリーズする。

数秒で戻ってきたが、その表情はかなり険しい。


「そういう大事なことは早く言ってよ…はぁ、とりあえず、絶対私から離れないでね?」

「ダンジョンに行くのは変わらないのね…」

「琴音はさ、ここまで来て引き返すなんて、私の顔に泥を塗るような行為をするの?」

「行こう。すぐにダンジョンに潜ろう」


流石に親友の顔に泥を塗るのは不味い。不味すぎる。

なんなら、千夜と一緒にいるところを見られてるから、私の評価にも響く。

つまり、引き返すなんて選択肢はなかった。


そうして、二人は早足でダンジョンに潜った。







ダンジョンの中は天然の岩が一面に広がっていた。

洞窟だ。

しかし、壁に掛けられた魔導ランタンが照らしており、入口周辺は明るいようだ。


「これは…洞窟系のダンジョンなんだね」

「そうだね。洞窟系の鉱山型ダンジョンだよ」

「鉱山型…って事は、鉱石が掘れるの?」

「もちろん。まあ、今はかなり深くまで潜っても掘れいけど」


既に鉱石は掘り尽くされてるのか…残念。

でも、ダンジョン資源こと、モンスター達は健在だろうし、それを採掘しよう。


「とりあえず、モンスターの居る所まで連れて行くから乗って」

「わかった…え?」

「モンスターの居る所まで、背負って連れて行くから」

「え?ああ、うん」


千夜は、何時でも琴音を背負える体勢で待っている。


えぇ…この年でおんぶされるの?

それも、唯一の親友に。

くっそ恥ずかしいんだけど…


「早くしてよ、時間がもったいない」

「えぇ…」

Harley up!!早くしろ

「アッハイ!」


琴音は千夜に急かされて背中に乗る。

千夜はすぐには琴音を背負うと、両手でしっかり支えて走る。

その速度は、車と同じくらいであり、一般人が出せる速度ではない。


ちなみに、一般人というのは、探索者等のダンジョンに潜った経験のある者以外を指す言葉である。

つまり、ダンジョンに潜った経験がなければ、アスリートでも一般人扱いだ。


「おっ?琴音、早速一匹見つけたよ。せっかくだから戦ってみる?」

「うん。やばくなったら助けてね?」

「分かってるよ。不味そうならすぐに助けに入る」


千夜が獲物を見つけた場所、そこには大きな亀が鎮座しており、こちらに背を向けていた。


「うわぁ…よりにもよって岩亀かよ…」

「岩亀?岩亀って、あのでっかい亀?」

「そうそう。まさにあれだよ。…でも、ちょっとちっさいな…子供なのかな?」


子供?

え?子供であのサイズなの?

…高さだけで三メートル近くありそうだけど?

というか、サイズ完全にトラックなんだけど。

私、今からトラック相手にするの?

なんかよくわかんない籠手つけてるけど、ほぼ素手で戦うの?


「ねえ…相手変えない?」

「え?むしろこいつのほうが良いと思うよ?確かにデカくて硬いけど、遅いしバカだしビビりだし。一方的に殴れるよ?」

「素手でどう戦えと…」

「とりあえず戦え」


千夜は琴音の背中を蹴って、前に無理矢理立たせる。


「え?はあっ!?」


すると、琴音の声に反応して岩亀が振り返る。

その目は確実に琴音を見ており、つぶらな瞳の中には明確な殺意が宿っているのが見えた。


「いやいや…いやいやいやいやいや!!どうやらこのデカブツと戦えと!!」


琴音が文句を言おうとすると、岩亀が走ってきた。

…短距離走のアスリート並の速度で。


「えええーーー!!?」


琴音は亀に背を向けて全力で走る。

ひたすら走る。


「これのどこが遅いんだよぉーーー!!!」


琴音が怒鳴りながら千夜の方を見ると、クスクスと笑っていた。

それを見た琴音は、こめかみに青筋を立てて、亀と向き直る。


「チッ!笑われるくらいならやってやらぁ!!」


琴音はアスリート並の速度で向かってくる亀を引き付けて、気を見て全力でジャンプする。

そして、そのまま亀の甲羅に乗る。


「ふん!ここなら何もできまい!ふふっ、勝ったな!!」


甲羅の中央部まで登った琴音は、盛大にフラグを立てる。


「琴音ー!そんなにおっきなフラグ立てると、絶対ろくな事にならないよー」

「何言ってるの?亀はここまで攻撃出来ない…よね…」


琴音が視線を感じて振り返ると、顔のすぐ側まで亀の顔が伸びて来ていた。


「岩亀の首は、甲羅の中央部よりも後まで伸びるよ〜」

「さ…」

「さ?」


琴音は口を開いて噛みつこうとする亀の甲羅から降りる。

そして、すぐにまた走り出す。


「先に…」

「先に?」


しかし、ずぐに亀も追いかけてくる。


「先に言えやああぁぁーーー!!!」


琴音の魂の叫びが、洞窟内に響き渡る。


「フラグ回収乙」

「あぁ!?なんつったお前!!」


琴音はまたまたこめかみに青筋を立てて怒鳴る。


「ん?聞こえてたの?『フラグ回収乙』って言ったんだよ〜」

「わざわざ言い直すなーーー!!!」


千夜の事を殺意を込めながら睨む琴音。

しかし、千夜からすれば、赤ちゃんが睨んできてるようなものなので、まったく怖くない。

それどころか、


「なに笑ってんだお前!!早く助けろやぁ!!!」

「あれ〜?笑ってた?ごめんごめん。なんと言うか、微笑ましくてさ〜」

「ふざけんな!!こっちは絶賛死の鬼ごっこをしてんだよ!!誰かさんのせいでな!!!」


今度はキレ散らかしている琴音の姿を見て、自然と顔がニヤつく。


「はぁ〜〜〜!!?なにニヤニヤしてんだよ!!助けろや!!!」

「まだ戦ってもいないのに、助けたら意味ないでしょ?それにこの亀公、完全に琴音の事舐め腐ってるよ?」

「はぁ!!?このクソ亀野郎、私のことを舐め腐ってやがるのか!!?ふざけやがって!!!」


琴音はもう一度亀と向き合うと、今度は亀に向かって走り出す。

そして、いい感じの所まで距離を詰めると、横に飛んで突進を回避する。


「はあっ!!!」


琴音は声を上げながら、気合の一撃を亀の尻尾に叩き込む。

しかし、


「いったぁ!?」


ガントレットをつけているにも関わらず、手にかなりの痛みを感じた。

まるで、素手でコンクリートを殴ったかのような痛み。

琴音は思わず殴った方の腕を掴んで、膝をつく。


そう、膝をついてしまった。


「琴音!!!」


琴音が顔を上げた瞬間、亀の尻尾が猛スピードで琴音の顔に直撃する。

あまりの衝撃に、琴音は声を上げる事すら出来ず宙を舞い、壁に叩きつけられる。


「…………」


声が出ない。

喉を潰されたわけじゃない…

意識が…遠のいてるんだ。

気絶しても大丈夫…千夜がいる。

でも…あのクソ亀は…子供なんだよな…

私…は…あの亀の…子供にやられた…のか…?

あん…な…クソ…亀の…子供に…

いち…擊…で…

あぁ…も…う……意識…が……もた………な……ぃ……


そして、琴音の意識は落ちていった。








琴音の意識が落ちる直前、ポーションが琴音の頭にかけられたが、意識が遠のいており、気付くことなく気絶してしまった。

“気絶”してしまったのだ。

もし、ポーションをかけるのが遅ければ、死んでいたかも知れない。

そんな危険な状態であった。


「ごめんなさい、琴音。ちょっとやりすぎた」


千夜は刀を取り出すと、魔力を込めて亀の方目掛けて居合斬りを放つ。

すると、魔力が斬撃を帯びて亀の方へ飛び、亀を横に真っ二つにする。


「とりあえず、ここで琴音が起きるのを待とう。気絶した琴音を抱えてる姿なんて見られたら、私の評価にもつながるしね」


千夜は琴音が起きるのを待つことにした。

幸い、ここはそう人が来るような場所ではない。

琴音の事を膝枕しても、誰も見ないだろう。


「元が整ってるからか、寝顔がとってもかわいいね」


自分の膝で眠っている琴音の頬を撫でながら、念の為ポーションを飲ませる千夜。

琴音は千夜の親友だ。

絶対に死なせるわけにはいかない。


「上級ポーションを二回も使ったし大丈夫だとは思うけど、念の為もう一本…中級だけど使っておくべきかな?」


親しい人には甘過ぎる千夜。

上級ポーションを二回も使うとういう、あり得ない贅沢をした上で、まだ中級ポーションを使おうとしている。


「流石にちょっとやりすぎか…」


琴音の怪我は、最初の上級ポーションで完治していたが、それでも安心出来ない千夜がもう一本使った事で、疲労や切れた筋繊維すら回復した。

普通にやり過ぎである。


「起きたらもうちょっと虐めて、やる気になってもらわないと。強くなった琴音との本気の殺し合い…楽しみだなぁ」


千夜は、あの時の琴音との戦いが忘れられず、ついには本気の殺し合いをしたいと思うようになった。

そんな異常な夢を持つ千夜は、頬を歪ませて、琴音の頬を撫でていた。

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